坂本冬美、泉ピン子と明治座で共演 3年振りの座長公演に幕
『艶歌の桜道』
歌手の坂本冬美が6月1日から27日に掛けて、東京・明治座で『坂本冬美 特別公演』をおこなった。3年振りとなった座長公演で<第一部>には『恋桜-いま花明かり-』を石井ふく子演出で泉ピン子が友情出演という豪華キャストで昨年の大阪に続いての再演。<第二部>は坂本冬美オンステージ『艶歌の桜道』の2部構成。芝居に歌と特別公演の名に相応しいパフォーマンスで魅了した。19日におこなわれた公演の模様を以下にレポートする。【取材=村上順一】
『恋桜-いま花明かり-』
脚本家・宮川一郎氏の作品である『恋桜-いま花明かり-』を石井ふく子氏の演出で新たな生命を吹き込んだ。時は東京オリンピックが開催される少し前、昭和38年の東京は上野を舞台にした物語。坂本冬美は人気芸者である梅竜を演じ、友情出演の泉ピン子は置屋(※芸者・娼妓をかかえておく家)・松迺家の女将を務めながらも売れない芸者・八重次を演じた。
周りを固める俳優陣も三田村邦彦、丹波貞仁、清水由紀、演歌歌手の森山愛子と個性のある役者たちで彩った。置屋を舞台にそれぞれの思いが交差する恋模様を描いた。そこで見せる坂本冬美の表情は歌っている時とはまた違ったものを見せる。
坂本と泉ピン子とのやり取りはユーモア溢れ、観客の笑顔を誘う。そのなかで自分のせいで服役することとなってしまった、梅竜の幼馴染である丹波貞仁演じる大野太吉へ寄せる想いを話す、恋する坂本冬美の表情は艷やか。
三田村邦彦演じる谷川俊次とのシーンは人と人間の違いに迫る、考えさせられる一幕もあった。谷川俊次のセリフ「人はいっぱいいるけど、人間はいない。人と人の間を繋ぐ心がないんだよ」。この言葉をキーワードに物語は進んでいく。そのなかで愛する大野太吉に裏切られた梅竜の悲しみや葛藤も、人間から人になっていってしまう過程を、見事に表現した坂本冬美の演技力もみどころ。
さらにみどころとしてセットや演出も上げられる。多くの演技はここを拠点に繰り広げられる松迺家は2階建て。演技が繰り広げられる場所によって建物自体が昇降する可動式。部屋に置かれている小物などもこだわりを感じさせた。そして、石井ふく子氏による演出も光る。坂本が第二部のMCで話していたお酒の瓶を持つ仕草や歩き方など、リアリティを追求した。
他にも料亭での宴のシーンで見せた坂本と三田村による相打ち太鼓や、そして、満開の桜が壮大なスケールで目の前に広がったエンディングと、日本ならではの美しい光景をより濃く映し出していたのも感動を誘った。
令和という新時代に突入した現代。幸せとは何か、忘れかけていたものを思い出させてくれる公演だった。大野太吉が梅竜の元を去った理由がわかった後の梅竜のセリフ、「私、人間になった」この言葉が胸に響いた。
『艶歌の桜道』
第2部は坂本冬美オンステージ。彼女の真骨頂である歌を存分に堪能させてくれた約90分。幕が上がり豪華なバンドメンバー、ステージ中央には白いドレスにティアラを乗せた坂本。オープニングを飾ったのはビリー・バンバンのカバー「また君に恋してる」。この曲で坂本冬美の今まで持っていたイメージを一新させた、ターニングポイントと言える一曲を、丁寧にメロディと歌詞を紡いでいく。
MCでは座長公演は3年振りということもあり、プレッシャーがあったことを明かした。そのなかで泉ピン子にこの特別公演への出演をオファーしたが一度断られた。その断った理由として、泉ピン子は座長公演を退いてから十数年、それから一切舞台には出ていなかったからだという。しかし、坂本は諦めずに何度も何度も泉ピン子にお願いをし引き受けてもらえ、泉ピン子の縁もあって、石井ふく子氏が演出を手がけてくれることになったことに「私にとっては夢の舞台でございます」と語った。
お客さんを弄ったりと笑いの耐えないMCに続いて、美空ひばりの「真っ赤な太陽」で力強い凛とした歌声を響かせ、壮大なスケール感を感じさせるコーラスが心を掴んだちあきなおみの「喝采」、坂本の恩師である猪俣公章が作曲した水原宏の「君こそわが命」を熱唱。曲によって表現方法を巧みに使い分け、その曲の世界へグッと引き込んでいく歌唱力はいつまでも聴いていたい、と思わせるものがあった。
続いては昨年リリースされた五木ひろしとのデュエットシングル「ラストダンス」のカップリング曲「雨の別れ道」をソロ歌唱。ステージ後方には雨を想起させるオブジェがキラキラと輝き、ダンサーの飯作絵梨子と宮河愛一郎の2人によるコンテンポラリーダンスが坂本の歌を後押し。そのダンスが「雨の別れ道」の世界観をまたひとつ鮮明にしていた。
泉ピン子と森山愛子もステージで歌唱
ここで森山愛子が下手(しもて)のステージ下から登場。一昨年リリースされたご当地ソング「会津追分」を歌唱。そのキュートなルックスからは想像できない“コブシ”の効いた歌声で、明治座に会津の情景を映し出していた。森山は「またこうやって冬美さんと特別講演の舞台に立たせて頂いて本当に幸せです。この幸せを噛み締め、日々勉強しながら千秋楽まで一生懸命務めさせて頂きたいと思います」と、坂本との共演できる幸せを述べ、今年の5月にリリースされた新曲「尾曳の渡し」を熱唱し、『坂本冬美 特別公演』のステージに華を添えた。
続いて、泉ピン子が威風堂々とステージに登場し、1977年にリリースした「哀恋蝶」を歌唱。1コーラスを気持ちよく歌っていたところに、『のど自慢』でお馴染みの鐘の音が一つ鳴り終了。その鐘の音に「おいおいおい!」と、バンドメンバーに勢いよくツッコむ泉ピン子に会場は大爆笑。そのまま『NHK紅白歌合戦』に落選した話や、『レコード大賞』にノミネートされた話しなど、歌手活動をしていたときのエピソードと、巧みなトークで盛り上げた。
ここで泉ピン子が浪曲師・二葉百合子からの手紙を朗読。そこにはこの曲を歌うことの意義「上手く歌おうとは思わないで下さい」と記されていた。その手紙に続いて、坂本が再びステージに登場し「岸壁の母」を披露。息子の戦争の帰りを待つ母の思いを歌った1曲で、坂本の迫真の歌声は、二葉百合子の手紙に書かれていた、母の尊い愛を見事に表現していた。
コンサートは後半戦へ。和太鼓奏者の大塚 宝によるダイナミックな太鼓さばきから、坂本のデビュー曲「あばれ太鼓」へと流れ込んだ。歌いながらもステージを小走りで、右へ左と観客に感謝を伝える姿も印象的だった。続いて、吉幾三の作詞作曲による昨年リリースされた「熊野路へ」の流れはデビュー曲と、現時点での最新曲ということもあり、坂本の過去と今を最短距離で聴かせてくれた。
代表曲「夜桜お七」のイントロでのサウンドと妖艶な佇まいに緊張感が走るなか、サビで桜の花が開花するかのような、軽快なリズムに変化するドラマチックな1曲をエモーショナルに歌い上げ、ラストは鶴田流琵琶奏者・熊田かほりによる歴史を感じさせる琵琶の音色が、より楽曲の世界観を際立たせた「火の国の女」。ステージ後方にはメラメラと燃える炎のオブジェが揺らめき、フィナーレを迎える頃には、ステージにキラキラと紙吹雪が舞い、桃源郷を彷彿させるような空間を作りあげ、19日の『坂本冬美 特別公演』は大団円を迎えた。
プログラム
<第一部>『恋桜-いま花明かり-』
<第二部>坂本冬美オンステージ『艶歌の桜道』
01.また君に恋してる
02.真っ赤な太陽
03.喝采
04.君こそわが命
05.雨の別れ道
06.会津追分(森山愛子)
07.尾曳の渡し(森山愛子)
08.岸壁の母
09.あばれ太鼓
10.熊野路へ
11.夜桜お七
12.火の国の女