ボーカリストの手嶌葵が19日、アルバム『Cheek to Cheek~I Love Cinemas~』をリリース。アマチュア時代からベット・ミドラーの「The Rose」のカバーをライブで披露するなどジャズをルーツに持ちながら、2006年に映画『ゲド戦記』挿入歌「テルーの唄」でデビューを果たした手嶌。これまでに3枚の映画音楽のカバー作をリリースしているほか、2017年のフジテレビ系ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の主題歌となった「明日への手紙」でのシルキーな歌声が話題を集めた。映画音楽カバー第4弾となる今作は、映画史に残る名曲をジャズアレンジでカバー。さらに平井堅とのデュエット曲も収録。「ジャズを歌っても似合う年齡になった。年齡を重ねるごとに歌える楽曲が増え、歳を取ることも楽しいと思える」と話す、手嶌のこだわりと愛が込められた作品について話を聞いた。【取材=榑林史章】
最近よく鼻歌で歌う曲を選曲
――今作は、映画音楽のカバーアルバムです。これまでにも3作同様にリリースされていますが、手嶌さんはどういう映画がお好きですか?
小さい頃から両親が、モノクロの映画や、オードリー・ヘップバーンの作品、ミュージカル作品をよく観させてくれたので、ちょっと古めの映画が好きです。幼稚園くらいの時に観たもので覚えているのは、オードリーの『ローマの休日』や『メリー・ポピンズ』です。特に『ローマの休日』は、広場でジェラートを食べているシーンのオードリーが、すごく可愛くて好きで、母に言ってそのシーンばかり何度も観させてもらった記憶がありますね。『メリー・ポピンズ』は本当に楽しい歌がたくさん出てくるので、内容が分からないながらも、一緒に歌っているのがとても楽しかったです。
――映画のカバーアルバムは今回で4作目ですが、今回はどういった基準で曲を選んでいったのですか?
実は、洋楽のカバーアルバムということは決まっていましたけど、最初は映画にこだわっていたわけではなくて。今回は、ジャズっぽかったりアメリカンポップスっぽかったりする曲を歌いたいと思って選んだのですが、最近よく歌っている鼻歌は何かなと考えて。
――鼻歌は、どういう時に出ますか?
駅まで歩いている時とか、お風呂とか…。鼻歌って、無意識にフッと出るものだから、やっぱり印象に残っていたり、好きだったりする曲だろうなと思って。それで思い出してみたら、映画『昼下りの情事』の「C’est si bon」や、映画『マイ・フェア・レディ』の「On The Street Where You Live」など、たまたま古い映画の曲ばかりだったんです。
――表題曲の「Cheek to Cheek」も、1935年の映画『トップ・ハット』の曲で、とても古いですね。
はい。映画も好きで、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが踊っているシーンが特に好きです。「Cheek to Cheek」という曲は、いろんな方が歌っていますけど、私はエラ・フィッツジェラルドがすごく好きなので、エラとルイ・アームストロングが歌っているバージョンをカバーさせていただきました。
――ジャズは、やはりスタンダードがお好きなんですか?
そうですね。高校生くらいの時に、ラジオで聴いたジャズを「誰が歌っているんだろう」と調べて、聴くようになりました。エラ・フィッツジェラルド、ドリス・デイ、ルイ・アームストロング、チェット・ベイカーなど、今もよく聴きます。今回のようにジャズをテーマに掲げて作品を作ったことはないので、自分としてはチャレンジした1枚になりました。
――今作は若手クリエーターをアレンジャーに迎えて、一発録りでレコーディングしたとうかがっています。
鈴木正人さんと兼松衆さんは、これまでに何度もお仕事をさせていただいている、信頼できる素敵なお2人です。梅林太郎さんとは初めてお仕事をさせていただいたのですが、とても美しいアレンジをしてくださいました。オオニシシュウスケさんは、私のコンサートの時のバンドでバンマス(バンドマスター)をやってくださっているので、コンサートのような和気あいあいとした雰囲気でレコーディングすることができました。ジャズアレンジで歌うのは難しかったんですけど、せーので、久しぶりにバンドさんとレコーディングできたのは、とても楽しかったです。
――アレンジの面では、どういう要望を伝えたのですか?
なるべくシンプルに、原曲の要素も残していただけたらとお願いをしました。アレンジャーさんには、私のイメージを伝えるために、簡単なピアノをバックに私が歌ったデモを録ってお送りしたんです。言葉よりも聴いていただいたほうが、自分が歌いたいイメージや方向性が伝わりやすいんじゃないかと思ったので。それを各アレンジャーさんにお渡しして、アレンジを考えていただくという形でした。
――「Cheek to Cheek」のほかに、絶対に入れたかった曲は?
古い曲だけにはしたくなかったので、2013年の映画『華麗なるギャッツビー』の曲として、ラナ・デル・レイが歌った「Young and Beautiful」は入れたいと思いました。すごく難しい曲ですけど、「こういう新しめの曲も歌えます!」ということも、知っていただきたいと思ったので。
――「Young and Beautiful」の原曲は、シンセの壮大なサウンドの中で、ラナがすごくエモーショナルに歌っていますよね。
はい。それに新しいのに新し過ぎず、どこか少し古めかしい雰囲気があるところが、彼女の楽曲の魅力です。だからこそ、古い曲がたくさん収録されている中に並んでいても、違和感がないのだろうと思います。梅林さんにアコースティックアレンジを施していただいて、また違ったイメージになったので、原曲を知っていらっしゃる方でも新鮮さを感じていただけると思います。私自身も、こういう素敵な曲を一番シンプルなアコースティックスタイルで歌えて楽しかったです。
――こういうカバーを出す時は、自分の好きなものをたくさんの人と共有したいという気持ちが大きいですか?
まさしくそうですね。私が好きなものは少し古いものが多いので、学生時代は同級生と音楽の話が合わないことが多くて。でも好きでずっと歌ってきたものですし、「こういう曲があります。みなさん知っていますか?」と、紹介したい気持ちがあります。懐かしく感じていただく方もいらっしゃるでしょうし、私と同世代や若い世代の方には「こんな素敵な曲がありますよ」と、ご紹介できることは、カバーすることの目的の一つでもありますね。
――逆に「今度はこういうカバーをやって欲しい」とか、「この曲を歌って欲しい」など、リクエストされることも多いのでは?
コンサート後の握手会では、そういうことも多いです。竹内まりやさんやカーペンターズさんなどは、よく言っていただきますね。機会があれば挑戦して、そこでまた新しい何かが生まれたらいいなと思います。意外性を感じてもらうことや、驚いていただくこともやっていきたいですから。
――高校生の時に聴いていた曲もあると思いますが、それを今の年齡で歌って、新たに感じたことはありますか?
10代の頃にジャズを歌うと、「ちょっとまだ若いね」と言われたり、少し生意気に思われたりしたのですが、ようやくと言うか、こういうジャズを歌っても似合う年齡になったのかなと思いました。私自身もしっくりくるし、楽しめます。そういう意味では、年齡を重ねるごとに歌える楽曲が増えていくので、その部分で歳を取ることも楽しいと思えるようになりました。今の私が歌いたくて、31歳という今の年齡だからこそ歌えるものを選曲しているので、今までのカバーアルバムよりも少し大人の雰囲気や女性らしさを感じて聴いていただけると思います。