『第10回AKB48世界選抜総選挙』(ナゴヤドーム)が終了して1週間が経った。今改めて振り返ってみると、総選挙には、グループをまたいでメンバー個々にドラマがあり、そのドラマこそがグループの魅力を押し上げているように思えた。特に今回の総選挙によってAKB48グループは新たなフェーズに突入している。

アイドルの魅力と惹きつけるもの

 立候補受付が始まってからの3カ月。目標値に達しても涙、達せずとも涙。この期間を戦い抜いたメンバーの悲喜はそれぞれだった。

 選抜総選挙の戦いはこの期間に集約されるが、振り返れば1年を通してのものであり、それまでの活動が試される場所でもある。その仕組みは私達の身近にも存在して、日頃の努力の積み重ねが成果として表れるのと似ている。

 スポーツの世界にもある。例えば、高校球児が夏の甲子園を懸けて日頃の練習や試合に臨むように。それらを彼女達は“総選挙”という形で体現している。

 さて、アイドルの魅力は何か、という問いにあるアイドルはこう答えたことがあった。

 「アイドルのなかには特別な才能があるわけではない人もいる。でも勇気なのか、癒しなのか、希望なのか、色んな感情を与えられる。アイドルの一番のウリは素のキャラクターと仕事への姿勢」

 今流行りのAI(人工知能)ならともかく、この世界は不思議なもので、歌が上手い人が必ずしも売れるとは限らない。人々が惹きこまれる要因は様々だ。前記の言葉の通り、アイドルの生き方に惚れ込む人もいるだろう。

 もう一つ、こういう言葉もある。「人は物語やドラマに興奮する」。結果までの物語に人々は魅了され、そして興奮するという。

 例えば、今回、女王の座を手にした松井珠理奈が敬愛するプロレスに例えると、90年代、新日本プロレスには第三期黄金時代を作った武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也がいた。当時、新人だった彼らは将来の活躍を期待されて闘魂三銃士と呼ばれた。

 そのなかの蝶野は当時、負ける事も多く、両者と比べて期待値は低かった。真夏の祭典という最大級の大会『G1 CLIMAX』での下馬評でも優勝予想者に蝶野の名前はなかった。そんな彼がどんどんと勝ち上がり、準決勝では橋本、そして決勝では武藤を破り、優勝。まさかの展開に両国国技館は熱狂し、座布団が舞った。

松井珠理奈と宮脇咲良の関係

 さて、AKB48グループが出演した、女子プロレスラーを描いたドラマ『豆腐プロレス』。ドラマでは松井珠理奈と宮脇咲良が好敵手を演じた。そのドラマがリアルイベントとして昨年と今年、開催された。女子プロレスさながらの戦いに観客だけでなく報道陣も驚いた。昨年、開催に先駆けて松井と宮脇が会見に臨んだ。

 その時、松井は宮脇の存在を称賛しながら「ライバルが欲しいと思っていました。ライバルがいたからこそ今の自分があると感じているので、もっともっとそういうメンバーが増えたら48グループももっともっと楽しくなると思います」と語った。

 そして、松井はプロレスを観戦した当時の心境をこう明かした。

 「単に力が強いだけではなくて、精神的にも強くないと勝てないということを感じました。その時に自分のアイドル人生と重ね合わせて見て凄く感情移入して。これは自分がアイドル人生を生きるために必要なものなんだなと思いました」

 選抜総選挙ではこれまでも様々なドラマが生まれた。今年は、本人はブスキャラと言っているが、神対応で知られる須田亜香里が努力を重ねた結果、2位にランクインした。

 そして、宮脇咲良。HKT48勢ではこれまで指原莉乃が連覇を果たしていた。今年、選挙を辞退した指原に代わって期待されていたのが宮脇だった。宮脇にとっては重圧のなかで戦った総選挙だった。松井とは目的では一緒でも背景は異なっていた。覚悟をもって挑んだ戦いに敗れた。「さっしー、ごめんなさい」という選挙スピーチが切なく響く。

 宮脇はここでこうも語った。「さっしーの1位の背中を見て『ああなりたい』と思って。さっしーが出ない総選挙で、私が、ずっとさっしーが守ってきた1位を守りたいと思っていたんですけど……、ごめんなさい」。

 SKE48の第一期生として2008年に加入した松井珠理奈とは年齢1つ下の20歳。加入年は2011年と3つ違う。アグレシッブな松井に対して、控えめながらも闘志を燃やす宮脇。「ライバル」と例えられるが背景は違う。しかし、グループ戦となれば、互いにそれぞれのグループの一期生ともあって背負うものは同じだ。そんな2人が2ランク付けて勝敗を分けたことは大きい。

 これこそドラマではないか。スピーチで宮脇は総選挙から引退すると言っていたが、彼女の復帰を望んでいるのはほかならぬ、彼女を「ライバル」と称えた松井だろう。

 そして、松井珠理奈。堂々たる戦いぶりがクローズアップされるが、彼女の心を強くしているのは不安ではないか。2009年から連続10回出場している彼女。須田が言う「世間の皆さんは、私達が思っている以上に、48グループに興味が無い」という事に対して危機感を感じているのではないか。

 AKB48が産声を上げてから3年後の2008年にSKE48が誕生した。2010年にNMB48が誕生するまでの第1回、第2回の総選挙はAKB48とSKE48のメンバーでおこなわれていた。前田敦子や大島優子など歴代女王を遠くでありながら近く見てきた松井はその“風”を、身をもって感じているだろう。ちなみに松井の順位は、第1回は19位、第2回は10位と当時から上位に入っていた。

 松井が先の会見で語った「ライバルがいたからこそ今の自分がある」。それはSKE48を共に支えてきた松井玲奈を指していたのかもしれない。松井玲奈が卒業して以降、それを須田亜香里やグループ全体では宮脇咲良に当てていたのだろう。そして、女王の座を手にした今、“絶対王者”として更に高みを目指していくと思われる。

 それはプロレスなど勝負の世界にもいえ、“絶対王者”という存在が大きくなればなるほど、それを乗り越えるまでのドラマが面白くなってくる。その松井は世界にも目を向けた。

オールスター

 この総選挙前のコンサートではWRD48もお披露目されている。ここでは、タイで社会現象を巻き起こしているという「恋するフォーチュンクッキー」を選抜16人で歌った。野球のWBG、サッカーのW杯のように世界規模になれば面白みも変わってくる。

 そして、松井にはもう一つドラマがある。年齢は一回り違うが強く慕っている篠田麻里子の最高位3位を越えての1位、師匠越えを果たしたことだ。遡ること約10年前。2008年10月リリースのシングル「大声ダイヤモンド」で松井珠理奈がセンターに選ばれた。右も左も分からない、しかも当時11歳でSKE48からの大抜擢。孤立させてはならないと篠田が声をかけた。それ以来の“子弟”関係だ。

 その篠田麻里子はかつての総選挙スピーチで「悔しい力をどんどん先輩、私たちにぶつけてきてください! 潰すつもりで来てください! 私はいつでも待っています」と語った。篠田の背中を見てきた松井は今、その「壁」になろうとしているように見える。それは選挙スピーチにも表れている。

 何も上位組だけにドラマがあるわけではない。念願のランクインを果たした大家志津香などを代表されるように見どころは満載だった。

 また、総選挙の面白みは選挙前におこなわれるコンサートにもあった。地上波テレビで生中継されているのは総選挙発表イベントの終盤だが。この日のイベントは朝からおこなわれている。オープニングアクトを終えて本編が始まったのはこの日の朝10時半ごろ。今回は海外姉妹グループのBNK48、TPE48も初参戦しており、グループ総出演でのライブパフォーマンス。まさにオールスターだ。これだけのメンバーが集まるのだから、パフォーマンスには迫力がある。そして、この日のオープニングアクトでは松井珠理奈がステージで倒れるアクシデントもあった。

 さて、話を総選挙に戻す。松井と宮脇それぞれが見てきた背中は違うが、影響を受けた点では同じだ。その2人は今後、後輩たちにどのような姿を見せていくのか。

 今回新たな生まれたドラマ。松井の覚悟、宮脇の今後、第三勢力の台頭と新勢力の登場、世界展開、そして、個々のグループとそれぞれのメンバーの展望。次回の総選挙開催はまだ発表されていないが既に彼女戦いは始まっている。エンターテインメントとして分かりやすく、プロレスなどスポーツにも似た展開。面白みがあると感じているのは何も投票したファンだけではないはずだ。【木村陽仁】

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