シンガーソングライターの川村結花が8日に、2年振りとなるアルバム『ハレルヤ』をリリース。川村はSMAPの「夜空ノムコウ」やFUNKY MONKEY BABYSの「あとひとつ」などの楽曲提供をした作曲家でもある。今作は日本のトッププレイヤー&プロデューサーである、キーボーディスト“Dr.kyOn”とギタリスト“佐橋佳幸”からなるインストユニット=Darjeeling(ダージリン)による、大人の音楽ファンに向けた“新しい音楽”を発信するレーべル「GEAEG RECORDS」からの作品。Darjeelingプロデュースによるアーティスト第1弾作品は、川村の魅力をさらにブラッシュアップさせ、楽曲から暮らしを感じさせるアルバムに仕上がった。制作背景や作曲家としての側面など話を聞いた。【取材・撮影=村上順一】
詞先から生まれるリアリティ
――『ハレルヤ』は2年振りとなるアルバムです。9月にはDr.kyOnさんと佐橋佳幸さんが立ち上げた新レーベル“GEAEG RECORDS”のお披露目ライブがあって、川村さんは「カワムラ鉄工所」と「乾杯のうた」を披露されました。その時の模様は「乾杯のうた」のMVにも使われていますね。お2人と一緒に演奏されるのは久しぶりだったのでしょうか?
Darjeelingの2人と一緒にライブをするのは初めてでした。あのライブでは「乾杯のうた」の音源ではピアノは弾いていないのですが、ライブでは私も弾いて、また違った「乾杯のうた」になりました。よく考えてみたら、レコーディングでピアノを弾かなかったのは初めてかも。
――川村さんの長いキャリアの中でも初なんですね。
確かに。もう22年になります。ゾロ目やん!
――縁起をかつぐという意味でゾロ目は良いですね(笑)。さて、2年振りのアルバム『ハレルヤ』ですが、収録曲の「夜の調べ」で<夜は越えてくものとか 朝は勝ち取るものとか いいかげんそうゆうの、もういいんじゃない>という言葉が、新たなステップに入った心境ではと思ったのですが。
単純に、歳をとって体力が落ちてきたということもありますし、若い頃は自分を追い込むじゃないですか? 努力すれば叶う、次のステップのためにこれを頑張る、みたいな。それはそれで良いし、そうやって一生頑張っていける人もいるのでしょうけど、だんだん身近な人が亡くなっていくような経験をすると、努力ではどうにもならないということを知ると言いますか…。
――運命と言いますか。
そうですね。人の命が途絶えるということや、それに対しての悲しみというのは、どんなに努力をしても超えられるものではなかったり。超える必要もなかったり。40歳くらいになったときに、自分は何でもできるというような、傲慢だったかなというタイミングがありました。そこから50歳にかけて、だんだん角がとれてくるというのでしょうか、白は白、黒は黒でOKみたいな考え方になってくるんです。
――それは、変わろうと思ってではなく、自然と変わっていった感じですね。もちろん作詞や作曲にも影響ありますよね?
きっとそうでしょうね。芯にある琴線や美意識は変わらないんでしょうけど、出方として昔は「10の思いがあったら10言っちゃってた」というのが「7でいいや」とか。行間というのが、もっとあってもいいと思うようになりました。何でも詰め込むことが濃いことであり、それは良いことであると昔は思っていたのかもしれないんですけど。
――私もその方が出し切った感があって良いとは思いますが、最近はそうではないと。
出し惜しみするということではなくて、出し方としても全部がお醤油味だったらしんどいじゃないですか? なので、今作は自分でも何回も聴けるようなものにしたかったんです。今までは“心地良さ”よりも“人の心への刺さり具合”みたいなことを重要視していたのですが、今回はとにかく、聴くのに体力が要るものは聴きたくないと思って、心地良いものが良いと思いました。
――川村さんの過去の曲でも“心地良い”と感じるものが多々ありますが、今作ではさらにブラッシュアップした感じですよね。
やはりDarjeelingのお2人にプロデュースしてもらったということが大きいです。委ねるということの気持ち良さと言いますか。アレンジにしても、サウンドを作るということでも。3人でプリプロをして楽器の前に座って、「せーの」でやるという作り方をしたので、迷いなどもなかったんです。
お2人から出てくるものは全部良くて。それを自分の中で検証することもなく全部「いいですね!」という感じで、全てが良かったんです。お2人の掌の上でやらせて頂こうという感じで、そういう意味では、今までとは違いました。ピアノにしても私ではなくてDr.kyOnさんが弾いていたり、「私が、私が!」ということがなくなりましたね。
――柔軟な考え方にシフトしてきたということですね。
それでも、8割は私が弾き語りをしているんですけど、ライブでやっている形のままプリプロに入った感じなので、あまり差がないんです。クリックも使わなかったですし。一発録りのライブのように基本的に歌も同時に録っています。
――Darjeelingのお2人とはどんなお話をされるのでしょうか?
世間話でも他愛もない話でも、全部音楽に繋がっている感じです。全然堅苦しくなく笑いの絶えない現場です。話をしながら、そこからスタジオライブという感じです。
――それが音にも表れていますよね。『ハレルヤ』の収録曲は今回のために書き下ろしたという訳ではなく、今まで演奏されてきた曲を選ばれたんですよね。
はい。半分は去年弾き語りのマンスリーライブをやっていたので、そのときに「月イチで新曲をやります」と言ってしまったので、その中で出来た曲が4曲です。あとは柴草玲ちゃんと2人でやっている「こいくち」というユニットがあって、そこで出来た曲が「カワムラ鉄工所」で、あとは他の機会に出来た新曲などです。「その先は?」という曲だけちょっと前に作った曲なんですけど、それ以外の曲はここ2年以内くらいの曲です。あっ「猫の耳たぶ」はNOKKOさんに提供した曲のセルフカバーなので、もう20年ぐらい前ですね。
――「『猫の耳たぶ』は5本の指に入るほど好きな旋律」とお聞きしたのですが、相当お気に入りなのですね。
ちょっと言ってみただけなんですけどね(笑)。これは、こういう旋律を書きたくて書きました。その時にイメージ通りに書けて「やった!」とずっと思っていたので、思い入れがあります。個人的にメロディラインが好きな曲です。
――川村さんは歌詞から曲を作っていくそうですが、詞先は意外と珍しいですよね?
私は詞先ですね。私の周りでは割と多いというイメージでした。
――例えば、「夜空ノムコウ」は作詞がスガシカオさんで、歌詞がない状態で作曲されたと思います。川村さんは歌詞を先に書いて作曲するスタイルですが、こういった曲の場合は例外も?
いや、あれも詞は仮詞を作ってから、歌詞を抜いてメロディだけで提供しました。作曲活動の場合、そういうことは結構あります。メロディやコードからだけで書く方が早いのですが、枠からはみ出さないと言いますか、纏まったものになりがちで。歌詞があることによって、どうしてもこの言葉が言いたいがために、メロディを変えていきます。それがなかったら、私の場合は綺麗に落ち着くような予定調和になって、自分が面白くないというのもありまして。
――なるほど。自分も楽しみながら、予定調和に落ち着いてしまわないようにと。言葉に引っ張られて生まれるメロディがあるのですね。
そうですね。私も驚きたいんです。
断捨離で自分と向き合う
――曲と詞が同時にできるという方はよく聞くのですが、こういうインタビューで聞いてみると詞先の方は意外と少ないです。川村さんは詞先ということもあってか、言葉がすごく入ってきます。個人的には「カワムラ鉄工所」の最後の輪唱は特に印象的でした。住所を言っているだけなのですが。
それは凄く嬉しいです。輪唱パートも玲ちゃんが作りました。あそこのインパクトはありますよね(笑)。歌詞に関しては「鉄工所のことを書いてやろう」とは全然思わなくて自然にです。なんか書きたかったんですよね…。
――なかなか鉄工所をテーマに書く人は少ないですよね。あと、「かたづけようちゃんとしよう」も共感しました。
これは何故か男性に評判が良いです。最近離婚したという男性から「涙しました」とか感想をもらって「何でやねん」って(笑)。泣くような曲じゃないだろうと。
――確かに涙腺を刺激するタイプの曲ではない気がしますが、その方には心の奥底に響いたのでしょうね。ちなみに川村さんのお掃除ライフは?
去年に断捨離をしてみようかなと思ったんです。断捨離をするということは自分と向き合うということで「こういうことなのか!」と思いました。それで断捨離の曲を書こうと思って、ライブの2日前くらいに出来た曲なんです。
――この曲を聴いて私も断捨離に挑戦しようかなと思いました。そして、「ロウソクの灯が消えるまで」はサックスの田中邦和さんとのデュエットですが、どういった経緯での参加だったのでしょうか。
田中君は多岐に渡って活動している方で、私と同じ歳で大学の時からずっと友達なんです。年2、3回なんですけど2人でジャズ寄りの曲をライブをしていて。田中君はサックスに歌心があるし、普段の鼻歌も凄くいいから「絶対歌えるって!」と提案したら、案外ノリノリで本人やってくれました。それで今回“吹き語り”で入ってくれたんです。レコーディングでもサックスと歌用のそれぞれ2本マイクを立てて、吹きながら歌ってくれるんです。これこそ一回のテイクで録りました。
――川村さんは周囲の方の鼻歌もチェックしているんですね。普段カラオケには行きますか?
たまにです。演歌などを歌うと気持ち良いので。行ったら歌うのは「北の螢」「帰ってこいよ」「おんな港町」とかです。過去にはライブでもボサノバで「舟唄」や、「函館の女」をサンバでやったりしました。
――「その先は?」について、「この闇を越えれば光が、みたいな曲を書き尽くした」とコメントされていましたが、どのような心境で書かれたのでしょうか。
「これさえ叶えば幸せなのか」とか「これさえクリアすればいいのか」という、欠乏感からくる前への進み方、正に歌詞にもある<ニンジンぶらさげて走ってくタイプ>というのは終わりがないじゃないですか? それって本当にいいの? みたいな気持ちになったことがありまして。
ひとつのアンチテーゼ的なことでもあり、それより「今を満たすことが大事なんじゃない」ということを、自分に言っていることに気づき始める頃の話なんです。テーマ的に決して明るいものではないし、どちらかというと暗い、重たいことなので、4ビートのブルースにしました。あとは単純にブルースをやりたかったというのもあります。ブルースって歌詞の内容は暗いじゃないですか? 「Summertime」とか。
(※編注:「Summertime」=ジョージ・ガーシュウィンが1935年のオペラ『ポーギーとベス』のために作曲したアリア(叙情的、旋律的な特徴の強い独唱曲)でジャズのスタンダードナンバーやポップス、ブルース調など幅広くカバーされている。1920年代のアメリカの黒人たちの過酷な生活が反映されている)
――ブルースは暗い内容が多いですから。
今の暮らしの不満であったり、悲しみを歌うという…。だからこれはいわゆるブルースですよね。ソロ回しもありますし。
――ブルースはよく聴かれるのでしょうか?
そうでもないんですけど、曲の中でブルースっぽくなることはあっても、ブルース進行になるというのは、そんなになかったんです。これは前半だけですけどね。ちょっとブルースもやりたいなと。
作曲モードの儀式
――これまで何百曲と書いてきて、これからも曲を書いていくというバイタリティの源流は何でしょう? 途中でやめたくなってしまうことはありますか?
ありますよ。でも、書きたくないというのはないかな…。今表現したいことはない、ということはあります。
――今までの曲を聴くと、感じてきたことをダイレクトに表現する、という意味で日記っぽく感じることもあります。
ここ数年、去年くらいからか、私はやっぱり暮らしの歌を歌いたいと思っているんです。それに人が想いを重ねてくれたら嬉しいなと思います。大声で叫ばなくてもいいんですけど、この想いはどうしても表現しておきたいとか、そういう叫びが心の中にポッと生まれたら、それは凄く書きたいときでもあるし、逆に「叫びはないんだけど何か書きたい」と思ったら、それが自然と掘り起こされたりするんです。だから、書きたくないということはたぶん一生ないと思います。ただ、今は休みたいから、というときはあります。「今はしんどいから叫ばんでええから」と。
――そういうときに仕事で提供曲のオーダーが来たときはどうしますか?
そういうときはもう切り替えて、という感じです。「いつまでに作る」というのがあると、その時点から変わるので、これは性なんでしょうね。まず部屋の掃除をしてアロマを焚いて、塩で顔を洗ってとか、そういう儀式的なことをやっている内にそういうモードになります。
――モードを切り替える儀式があるのですね。
それで一日目に全部吐き出して、二日目くらいからそれが芽を出してくるとか、そのときによって違うんですけど、「ここまでに」という旗を立てられたら、その時点で意識が変わるんです。人の脳って不思議だなと思います。
――塩で顔を洗うとおっしゃいましたが、気持ちが引き締まる感じでしょうか?
たまたま、この間、実演販売の人にゴリ推しされて、塩を買ったということがありまして(笑)。もともと私は塩が好きなんですよ。部屋に巨大なピンクの岩塩を置いています。使ってないのに段々しぼんでくるんです。やっぱり毒素か何か吸っているんでしょうかね?
――自身の中に叫びたい想いがある時とない時、それぞれの場合に作った作品の違いは何でしょうか?
実はあまり叫ぶことがないというとき用のファイルがあるんです。家が火事になったらそれを持って逃げるというくらいの。そこに今まで15、16年分くらいのものがあるんです。それは、そのときに書いて形にしているんだけど、特に曲にはしなかったものであったり、提供曲を書いたときに予備としてもう1曲書いておいたものなど、そういったものが詰まったファイルなんです。
――ストックのような感じでしょうか?
形にはなっていないんですけどね。それが何冊かあるんです。それをペラペラと見ていると、その時の感情にトリップするんです。そのときに凄くフィットするものというのは必ずどこかにあるので、そこに行ったらその時に飛んで行って、叫びたいことが出てくるので大丈夫なんです。
――その時々の衝動が詰まっているファイルがあれば大丈夫なんですね。最後に来年にはツアーも始まります。最終日は田中邦和さんも柴草玲さんもゲストで出演されますね。
独奏シリーズというのをずっとやっているんですけど、久々の独奏なので『ハレルヤ』をピアノ1本でじっくり聴いて頂けたらと思います。今まで以上になごやかな感じで、温かくなってもらえるような時間にできたらいいなと思います。
■「カワムラ鉄工所」MV(絵と文字:川村結花)
■「乾杯のうた」LIVE ver. MV
ツアー情報川村結花 ツアー2018「独奏」 -ハレルヤ- チケットは、本日よりHP 2次先行受付スタート。公演の詳細はHPにて。 川村結花 HP2次先行受付 イベント情報GEAEG RECORDS設立記念 Darjeeling&川村結花 スペシャル・トーク&ミニライブ |