シンガーソングライターの柴田淳が9月20日に、11枚目のアルバム『私は幸せ』をリリース。2001年にシングル「ぼくの味方」でメジャーデビューし、女性ならではの恋愛観や人生観をベースにした、心をえぐるようなリアルな歌詞と情感たっぷりの歌声が話題となり、2007年のシングル「HIROMI」はオリコン5位にランクインするなど、数多くの女性リスナーを虜にしてきた。中島美嘉やCHEMISTRYへの楽曲提供でも知られる。2年8カ月ぶりのアルバムとなる今作は、求められる柴田淳と年月と共に変化する自分の内面とのギャップに苛まれながらも、自分の感情のままに経験を吐露するように制作したという。「私の作品の中では、ダントツに感情のままを形にしているアルバムです」と話す。柴田淳は果たして幸せなのか? 今何を歌うのか?
柴田淳って何だっけ? から制作が始まった
――『私は幸せ』というタイトルで、幸せなのかなと思って聴いたらズーンと落ちた気持ちになりました。
正解です。本当にそう。きっとみんな、じゃあ何で『私は幸せ』というタイトルなんだと思うだろうと、それが狙いです。『私は幸せ』とタイトルが閃いた時、理由もなくこれだ! と思って。反対されても断固これで行こうと、閃いた瞬間から決めていました。意味深さでいったら、近年なかった大ヒットです(笑)。
――初回盤のジャケット写真も、何だか喪服の未亡人のような。
普通の黒のワンピースで、レースの裾を持っていろいろ撮った中の1枚なんですけどね。だからタイトルの力ってすごい。喪服のように見えるのも、まんまとかかったなという感じで(笑)。
ジャケット写真はどちらも私の顔のアップですけど、『私は幸せ』というタイトルで笑ってないのも怖いし、逆に満面の笑みでも怖い。何で怖く感じるか。人は幸せな時、自ら宣言しないものだからです。周りから見て幸せそうと言われるとか、何かでお祝いしてもらった時とか、誰に言うでもないつぶやきとして「私って幸せだな〜」と言うことはあっても、脈絡なく「私は幸せです!」と言われた時、人は絶対にギョッとするんです。
だから「え?」と思って聴いてもらいたいし、どんなに幸せなんだろうと思って聴いたら、ドロドロでどこも幸せじゃないかもしれなくて。じゃあ何でこのタイトルにしたのか? と、このジャケット写真とタイトルに戻って、考えてもらえたら良いなと思って。
――アルバムのリリースは2年8カ月ぶりですが、どんな制作でしたか?
前々作『あなたと見た夢 君のいない朝』は、人生最大の失恋中に作ったアルバムでした。電話で別れを告げられ、その10分後には曲にしていました(笑)。自分はやっぱりシンガーソングライターで、普通はうちひしがれるところですが、この稀にしか体験出来ない感情をそのままにしておくのはもったいないと思ったんですね。そうやって、感情が薄れないうちにと作ったのが、『あなたと見た夢 君のいない朝』でした。余談ですが、実は『あな夢』のジャケット写真は、その人生最大の失恋をする丁度2時間前に撮られたもので。この笑顔の2時間後に…と考えると、ますますリアルです(笑)。
その後、その失恋を吹っ切るようにツアーを1年で2回やったりとか仕事に没頭する1年を過ごしたものの、結局それは仕事に現実逃避していただけで。やはり向き合わないと乗り越えられないもので、傷は癒えるどころか熟成されてしまっていたんです。そうしたら今度はメンタルをやられてしまい、その状態で作ったのが前作の『バビルサの牙』です。
それから2年8カ月の間でリフレッシュして心は戻ったけど、『あな夢』の時まで実感としてあった柴田淳とは、今はどこか違うところにいて。今回は、柴田淳って何だっけ? というところから制作が始まりました。
ダントツに感情のままを形にしたアルバム
――苦悩しながらも30〜40曲作り、そこから厳選した10曲を収録しています。歌詞は、すべて曲が出来てから書くのが柴田さん流とのことですが。
そうです。今作の制作は、全体に柴田淳を探す作業になったものの、最後まで『あな夢』までの私には戻れなかったんですね。それで結局、ありのままを書くほかなくて。だから、これを聴いたら私のことをビビるだろうなとか、あの人とは顔を合わせられなくなるだろうなとか、そういうことを気にしていると何も書けなくなってしまうので「えいや!」という感じで、全部書いてしまって。
――これを聴いて、心当たりを感じる人がいると。
全曲いますよ。以前は、希望を残すとかリスナーに考える余地を残すとか、それぞれの解釈で聴くことが出来るようにするとか、感情の遊びを残して書いてましたけど、今回はその遊びがまったくないと言いますか。全曲直接的な対象者がいるので、下手に「サンプルが出来ました。聴いてください」と配れないという(笑)。
たとえば「轍」は、中1の時に急死した担任の先生のことを歌っているし、「両片想い」なんかは今の私のリアルな恋愛だし(笑)。「手のひらサイズ」は、こういう男は嫌いという歌だし。「嫌いな女」も対象者がいて書いたはずなんですけど、でもこれだけは相手が誰だか思い出せないんです。
――自分で書いているのに思い出せないのは怖いですね。
書いている時は、意識が違うところにあるからだと思うんだけど…。歌詞に<ぐるぐる回して>とか<カチカチ消して>とか出てきていて、これは昔のチャンネルを回すタイプのテレビのことだから、もしかしたらテレビドラマか何かに出て来た人のことなのかもしれないですけど。自分で書いておきながら誰だか分からないって、ホラーめいて怖いでしょ?
――柴田さんが怖いですよ(笑)。でも、この曲に限らず、<どうして?>とか<何で?>とか、<分かって!>とか、話し言葉で問いかける言葉が多いですね。
そう。前にやったインタビューで言われるまで気づかなかったけど、そこも含めて私の作品の中では、ダントツに感情のままを形にしているアルバムだなって思います。
『私は幸せだ』と言っているうちは幸せになれない
――ホラーと言えば、1曲目の「理由」という曲は、歌詞に<丸ノコが回り出して、気持ちが赤く飛び散る>と出てきて。スプラッターかと思いました(笑)。
それは、CDショップの試聴機のことで。CDの試聴機って丸いCDが回るのが見えるので、それが丸ノコに似ていると昔から思っていたんです。
この曲は1曲目にしようと思って書いたんですけど、試聴機で柴田淳のアルバムの再生ボタンを押す人は、たいてい私の歌に救いを求める人だと思うから、そういう人がこれを聴いたら、きっと気持ちをズタボロにされるだろうなと思って。
――救いを求める人を救うのではなく、ズタボロにするアルバムなんですね。
<甘えんなよ>と歌っているんですよね。今までの曲調なら私にすがりつくような人たちがたくさんいてもおかしくなくて、その甘ったれには自分自身も含まれているんだけど。昔の柴田淳のノリで救いを求めて、聴いたら<甘えんなよ>と突き放されるし、厳しいことばかり歌ってるし。だから「理由」は、ある種の説教ソングです。
――説教と言うのは、つまりは裏返しのエールですよね。
そうではあるんだけど、こういう説教めいたことを書いてしまった自分自身にちょっとショックも受けていて。つまりは、歳を取ったということなんだなと(笑)。
ダメな自分に理由付けして不幸自慢して、私はかわいそうなの、分かってほしい。分かってあげるけど、それで? 結局かわいそうな人で終わるの? って。どんなにかわいそうであろうと生い立ちがどうであろうと、生まれて来てしまったものはしょうがない。じゃあそこからどう生きて行くかが問題であって。
今までの柴田淳は、まさに「分かって分かって」と言っていました。そこに「私も」と共感してくれる人がたくさんいて。でも今の柴田淳は、「それで?」って。いつまでそこにいても、しょうがないじゃんと思うわけです。早く目覚めて、こっちへおいで!って。
――でもこれを聴いて、「それもそうだな〜」と思う人もいるのでは?
だったらいいですけどね。そこで開き直ってくれたら、そこから始まることがあるんじゃないかと思います。不幸な自分、かわいそうな自分を認めることから始まるんです。受け入れると言うか。そこから幸せになろうとすることが始まる。不幸な自分を否定して『私は幸せだ』と言っているうちは、決して幸せにはなれないんです。
【取材=榑林史章】
作品情報柴田 淳 初回盤(CD+フォトブック)4000円(税抜)VIZL-1208 ▽収録曲 |