ピアニストの中村天平とドラマーの真央樹によるユニットの天平&真央樹が7月19日に、1stアルバム『kaleidoscope』をリリースした。高校を中退し、解体業に従事した後、芸大ピアノ科を首席卒という異色の経歴を持つ天平と、フュージョン界の若手モンスタードラマーと呼ばれる真央樹が2017年に結成。超絶テクニックのインストユニットとして話題。今作はジャンルを凌駕したサウンドで、天平はソロやバンドでは表現できない、2人ならではの魅力について「2人で空間を自由自在に操れている感じ」と話す。2人の出会いやそれぞれのルーツ、楽曲に込めた想いなど話を聞いた。
2人で空間を自由自在に操る
――アルバムはすごくかっこいいですね。クラシックやフュージョンを越えて、ロックを聴いている感じでした。ユニットを結成したきっかけは?
天平 3年前に、バイオリン、チェロ、ピアノ、ドラムの構成で、クラシックを採り入れながらロックっぽいことをやりたいと思い、Neo Resistance Quartettoというバンドを組んだのですが、真央樹くんはその時のメンバーで。そのバンドから派生する形で、レーベルからの提案もあって、デュオという形でやることになりました。
そもそも真央樹くんのことはネットで知ったのですが、ドラムが本当にすごくて。「一緒にやらないか?」と、フェイスブックに直接連絡をしました。
真央樹 最初は、怪しい人からのスパムメールだと思って。それで検索をかけたら、すごい人だと分かって(笑)。
――ピアノ、ドラム、ベースのトリオ編成はよく聞きますが、ピアノとドラムだけの編成は面白いですね。最小限で最大限のものを表現していると言うか。
天平 そもそも僕が並行してやっているソロでは、ピアノ一台でリズムとベースの音も表現しています。だからベースがいないからといって、物足りないわけではなくて。
それに他の誰でも無い、この2人だからこそ出せるものがあると思います。ここに他の人が加わると、2人だからこその空気感が中和されて、薄まってしまうのかもしれないし。だから、2人で空間を自由自在に操れているみたいな感じがありますね。
真央樹 僕もドラムを叩いてはいるけど、メロディを奏でているような気持ちで演奏しています。ピアノの補佐というか。だからドラムのチューニングも、楽曲によって、その楽曲に合わせた音作りをしています。ソロパートがあれば、そこではどれだけ目立つか考えますけど、基本的には楽曲のことを考えています。
――曲作りの時は、デモを作ったりして?
天平 生ピアノで曲を作るのですが、真央樹くんに渡す時は、ドラムの音は入っていません。ただ頭ではドラムが鳴っていて、ここは16ビートでここは変拍子になって…と考えて、ドラムが入ることを想定して作っています。
真央樹 ピアノのデモを聴くと、実際には鳴っていないですが、僕にはドラムも聴こえているので、そこに自分の解釈を交えながら叩いています。
――セッションっぽく現場で作って行くのかと思いました。
天平 ただ真央樹くんは、僕が想定していたドラムを上回るものを返してくれますね。それは彼にしか出来ないことだなと思います。
クラシカルな部分が接点
――そもそもお二人のルーツは?
天平 明確に自分の中で音楽を意識するようになったのは、16歳の頃です。その時は、1人暮らしをしながら肉体労働をして日当をもらう生活をしていて。それがある時、まったく違ったこともしてみたいと思って。ヴァン・ヘイレンやボン・ジョヴィ、TOTO、ドリーム・シアターなどが好きだったので、音楽専門学校で学びながらハードロックやプログレのバンドでキーボードをやりました。でも、深みにはまればはまるほど、「クラシックを勉強したい」と思うようになって。と言うのも、プログレにはクラシックやジャズの要素があるからです。それで鍵盤を極めるために、音大に行ってクラシックを勉強しました。
真央樹 僕はもともとロックが好きで、幼稚園の時にはキングクリムゾンやELPなどのプログレを聴いて、小学2年生の時にジャズやフュージョンに初めて触れました。フュージョンは、少し難解だけどメロディはポップで、裏で鳴っているバッキングにはすごく緊張感があって。そういう音楽が好きになり、ドラムをやろうと思いました。
中高は、吹奏楽部に所属してクラシックや現代音楽にハマって。自分で作曲をするようになったのも中学の時で、東京音大の作曲家の先生のところで個人レッスンをしてもらっていたので、そこで和声や譜面の読み書きも学びました。それで、高校を卒業してマサチューセッツのバークリー音楽大学で、ジャズとフュージョンを学んで帰って来ました。だから僕の基礎は、フュージョンと現代音楽です。
たとえば、アルバムに収録の「kaleidoscope」や「夜行列車」といった曲は、ジャズの展開に始まり急に環境音楽のような展開になるのですが、普通はそこで「ドラムは何をすれば良いんだろう?」と思うような展開です。でも僕が、そういう曲でもパッとアイデアを出してドラムを叩けるのは、クラシックを学んだ経験が大きいです。そういうところでも、天平さんと合ったのではないでしょうか。
天平 クラシカルな部分での接点はあるね。
真央樹 あると思います。天平さんの曲は、フュージョンが叩けるだけでは叩けない曲ばかりなので。
生はこんなもんじゃない!
――アルバム『kaleidoscope』は、どんなテーマで制作を?
天平 ピアノとドラムによる、究極を表現したものにしたいと。だから、激しめの曲は多いけど、多種多様なバリエーションや広がりがあって色彩も豊かです。たとえば変拍子でリズムがコロコロ変わっていくところなどは、万華鏡を覗いて形や色がどんどん変わっていく様子にも似ていると思います。そんなところから、『Kaleidoscope』とタイトルを付けました。
真央樹 ポップ、バラード、ジャズ、クラシック、さらに激しくてロックともプログレとも呼べないこの2人の世界もあって。何か1つのテーマには収まらない、いろんな色があるアルバムです。だからタイトルを聞いた時は、「なるほど!」と思いましたね。
――曲名はどうですか? たとえば「火の鳥」は、どんなイメージで?
天平 これは、もともと数年前にソロ曲として作ったものです。僕はヨーロッパのいろんな国を旅して、いろんな人と出会っていろんな経験をして、すごくエネルギーをもらいました。鳥のように自由に生きたいと思っていた自分が、様々な経験を糧にして自らを燃え上がらせるイメージです。あと作る前には、紀伊半島の火の神を祀った神社にお参りして、インスピレーションをいただきました。
――「星空になった小龍(シャオロン)」のような、ピアノソロ曲もありますね。
天平 シャオロンは、ブルース・リーのことです。この曲は、今年の3月くらいにNYに行った時に、天国のブルース・リーと自分が対話するような気持ちで作りました。
今から約10年前、僕が2006年にNYへ留学した時は、言葉の壁、人種の壁、いろんな不条理もあって、アパートを借りるのも大変で毎日きついな〜と思っていました。でもくじけそうな時は、いつもブルース・リーのことを考えて「こんなことでくじけてはいられない」と、勇気をわかせていました。
ブルース・リーは、東洋人差別がひどかった時代に香港からシアトルに出て来て、本当に大変だったと思います。もちろん、いろんな人のサポートもあったと思うけど、彼個人のエネルギーと生き方によって、自ら扉をどんどんこじ開けていって、誰もが知る存在になっていきました。本当に生命体としてのエネルギーがすごいです。僕はそういうことも含めて、ブルース・リーのことをすごく尊敬しています。
でもブルース・リーは、若くして成功したものの、30代半ばで亡くなって。それに息子のブランドン・リーも20代後半の時に、デビュー映画の事故で亡くなっています。成功はしたけど、こんなに早く親子で亡くなって、果たしてそれで幸せだったのか…「実際のところはどうなんだよ?」と、天国のブルース・リーに問いかけて、対話しながら作りました。成功という様なテーマもありながら、悲しみ、憂いが複雑に絡み合っていくような曲展開は、彼との対話で生まれたからだと思います。
――ライブでこういうところを楽しんで欲しいとかありますか?
天平 音源を聴いて、「これ本当に2人でやってるの?」と思った方も多いと聞いています。でもライブを見れば、本当に2人でやっていることが分かると思います。音源を聴いてかっこいいと思ってくれるのも嬉しいけど、生はこんなもんじゃない! それを生で目撃して欲しいです。
――お二人の演奏をコピーして、ネットに動画を上げる人とか出てきますかね。
真央樹 ぜひ出てきて欲しい。「弾いてみた」とか「叩いてみた」とか、コピーしてアップして欲しいですね。
天平 単にコピーするだけなら、物理的にはぜんぜん出来ると思いますよ。ただ、相方を探すのが大変じゃないかな(笑)。
【取材・撮影=榑林史章】
◆天平&真央樹とは 中村天平のソロでもない、バンドでもない、個と個のぶつかり合う、新規プロジェクト。大阪芸術大学演奏学科ピアノコースを首席で卒業後、2008年にCDデビューしたピアニストの(中村)天平。米・NYのカーネギーホールを始め、世界各国でコンサートをおこない、NYと東京を拠点に活動。ドラマーの(山本)真央樹は、バークリー音楽大学を卒業後、2012年に帰国し様々なセッションに参加。2014年からフュージョンバンドのDEZOLVEでも活動している。
作品情報天平&真央樹 CD 2500円(税抜)VICJ-61760 ▽CD収録内容 公演情報▽Tempei and Maoki Live Tour 2017 |