映像ディレクターの山岸聖太監督が、2月に公開された映画『傷だらけの悪魔』で初の長編映画監督にチャレンジした。この作品は、7月5日にBD&DVD化され、改めてリリースされている。
近年ミュージックビデオの制作者が、映画制作にチャレンジするという例が度々見られる状況にある。山岸監督は様々な映像へのアプローチをおこなう映像ディレクターの肩書を持つ中で、KANA-BOONや星野源のMV、乃木坂46のメンバー個々のPVなどの作品で高い評価を得ている。
『傷だらけの悪魔』は、世界累計2400万ダウンロードを突破したコミック・ノベルサービス『comico』で連載中の、澄川ボルボックス作による原作コミックを実写化した青春ストーリー。とある田舎の高校に転向した主人公が、かつて都会の中学校でいじめていた少女と再会しリベンジを受け、逆の立場に悩みながらも困難に立ち向かっていく姿を描く。
NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』などに出演した女優の足立梨花、モデルの江野沢愛美、元AKB48の一期生で女優の加弥乃らのほかにも、女優・タレントの岡田結実、乃木坂46の伊藤万理華やLa PomPonのYUKINOらが出演している。
インタビュー当日はBD&DVDリリース記念もおこなわれており、初監督作の現場での苦労話や、役者陣の印象などの裏話が語られたが、今回は山岸監督に、映像という観点を軸に、近年音楽メディアとしても重要な表現方法となっているミュージックビデオと、映画の表現に対する違いの意識や、初監督を務めた感想などを語ってもらった。
自分の意識に「MVだから」「映画だから」みたいな違いは存在しない
――もともと映画、MVというそれぞれのメディアに対して、山岸監督が思い描く映像の中に、実はそれほど違ったものはないという感覚はありますか?
ありますね。特にこの映画をやる前とか、やってからも思いましたけど、やる前は特に違いというか「MVだから」「映画だから」みたいな違いは存在しないという感覚でした。
――根本的な話ですが、例えばご自身は普段から映像ディレクターとして「こんな画を作りたい」という具体的なスタイルや目指す方向などはあったのでしょうか? また映像の仕事に携わっている段階で「将来映画を撮りたい」と思うこともあったのでしょうか?
いや、特に目指したというものはないですけど…。映画でもMVでもそうだけど、基本的には面白いもの、見ていて気持ちいいものとか、何かその一つを感じられるもの、自分が見て楽しいと思うものを自分で作りたいと思っていました。いろんなテレビや映画でもそうですけど、それを見て自分が味わった感覚を、自分でも出せないかなと望んでいたところはあります。それと映画を撮りたいという気持ちは、すごくありましたね。
――映画についてはどのような作品を撮りたいと思われていましたか?
僕はもともとコメディが好きなんです。だから「面白い」「楽しい」と感じられて、笑えるという感じのものをやりたいという思いはありました。
――今回の作品は、それとは真逆な方向でもあり、かつ難しいテーマでもあるように感じられましたが、このお話を受けられた際にはこの機会をどう受け止め、撮影に向けてどのように表現しようと考えられたのでしょうか?
そうですね…。僕は基本的にMVなんかでもそうですが、自分の仕事は「自分の世界観を打ち出す」というような職種ではないと思っているんです。ほかのMVもそうですけど、基本的には曲があって、それに対して映像を作るということ。だからこれも原作があってそれに対しての映像を作るという感覚だったので、アプローチの仕方としては普段とは変わらない、もともとそういう気持ちではありました。
――それは「原作に忠実」という考えとは違うものですね。
違いますね、確かに。ビデオもそうですけど、歌詞を忠実に映像化するということは、ほぼないですし、基本的には歌詞を原作として、映像を作るという作業になります。
――ちなみに原作のコミックを読まれた時には、どのような感想を持たれましたか?
この原作を初めて見たのは、この映画を作るという時だったんですが、ストーリーの中で「いじめが楽しい」というキーワードがあって、内容的にはある程度決まっていたというところもあるんですけど、その言葉が印象として残っていたので、「これなら自分でも映画にできるかもな」と考えました。
――ストーリーに共感した部分はありましたか?
いや、共感というかピンと来たのは、実はその言葉だけでしたね、そこが一番。「いじめを楽しんでいる人」を描くという部分。それと、最初から原作を忠実に再現しようとは思わなかったんです。だから本当にそのキーワードだけを大事に作った感じでした。
――原作があるという作品なので、その意味でもあまり大きなふり幅も作れないという感じでもあったかと思いますが?
そうですね。ただ、とにかく「原作に忠実」なだけというものはやりたくないと思いました。
――冒頭に描かれた「いじめを実践している」シーンとか、エンディングの印象的なシーンは、昔からの伝統的な手法で作られた映画ではあまりない、抽象的な表現と感じました。ああいった部分は、映画であることを前提として意識した上で、導入されたのでしょうか? それともやはり“映画だから”という意識はなく導入されたのでしょうか?
後者じゃないかな。素直に“こうしたい”という思いで作ったと思います。映画だからああいったアプローチをしたという感覚はないですね。
――先述のいじめのシーンで、あえて色調を明るい感じにしてみたり、音楽も明るいものを使用されていたのが印象的で、ドギツいシーンをリアルに描くより、かえってグサッと刺さった感じもありました。ラストの抽象的な表現も興味深く印象的だと思います。もともとこのようなアイデアは、引き出しとしてご自身の中にあったのでしょうか?
いや、自分でもよくわからなくて、多分そうだと思うんですが…。今回の場合は、単純に台本があって単純にそれを撮っていくだけで、映像としてのカタルシスみたいなものが生まれるだろうか? みたいなことを考えた結果かなと思います。最後の立ち廻りのところはこの映画の、全体の流れの中で最後にそんなカタルシスのような、見ている人が快感を得られるような瞬間があってほしいと思って。自分の映画でも、他人の映画でもそういうのは好きですし。
この作品は、いじめという重たいものがテーマで「見に行くのもどうしようかな」と思われる方もきっと大勢いると思うけど、そういう方に別の楽しみというか、そんな何かが伝わればいいなと思いました。
――話の持って行き方が面白いと思いました。例えばそのカタルシスというキーワードですが、最後のシーンでのアプローチはかなり抽象的な感じですよね。
そうですね。そもそもいじめの映画だったので、いじめを生々しく描くということも、きっと選択として良いことでもあると思うんです。見ていると痛い、苦しいと見る方が感じるものというか。でも今回はそういうものではないと思ったし、自分でそうしたくないと思いました。お客さんを追い詰めたくない。あくまで映画なので「いじめをなくしましょう」みたいなことを大々的に述べるものでもないので。
――確かにこの映画のエンディングで見られるカタルシス的な表現は、その方向とも違うようなところもユニークではあります。また使われている音楽、例えばいじめのシーンで使われている選曲なども特徴的ですが、MVだと音楽に合わせた映像を作られているという一方で、今回逆に映像に合わせて音楽を選ぶ、または作るというのは、難しくもありましたか?
いや、それは特には。何となくイメージする音楽はありましたし。「このシーンにはこの曲」みたいな。そういうものがあったので、特に難しいというのはなかったですね。特に音楽と映像のマッチングは、気持ちよさを生むということを普段でも感じることは多いので、今回もそれをどうしたら気持ちいいものになるか、というところは何となく自分の中にあるものを出せたのではないかと思います。
「映画の撮り方」に苦しんだ撮影、「映画として正しいか」という課題
――制作時のことをうかがいます。まずキャストですが、メインとしては足立梨花さん、江野沢愛美さん、それと加弥乃さんという3人の女性の方になりますが、役者としてはどのような印象を受けられましたか?
そうですね…。足立さんの印象が一番強いというか、全体の中でも演技面で一番の経験者でもありますし、稽古やリハーサルをやった時でも、実力はかなりずば抜けていました。
――では、リードしていただいたところも?
それもあったと思います。足立さんの芝居を見て、他の方々も、「自分たちもやらなきゃ」みたいな感じになったと思うし。
――一方で印象的だったのは、キーパーソンの一人を演じる江野沢さんが要所のタイミングでニヤッとする表情があって、すごくゾッとして印象に残りましたが、この部分もすごくこだわった部分かと思いました。
そうですね。あれは原作にもあるもので、「ゲス顔をする」っていうシーンなんです。何かをした時にニヤッとする描写で、確かにこだわったとこでもありますね。
――そこは江野沢さん自身がかなり頑張ったところでもありますね。
確かに。本当に江野沢さんは頑張ったと思います。もともとモデルさんですし、昔小さい頃に演技をやったことはあるけど、久しぶりということで演技もそれほどされたことがないということでしたし。
また江野沢さんは劇中ではいじめっ子の位置づけにあるけど、過去のいじめられるシーンがすごく多いし、殴られたり、追い詰められたりと、かなりハードなシーンが多かったんです。でもそんな状況の中ですごく頑張ってもらったと思いました。大変だったけど、現場ではそういう表情を見せずにいてくれて、すごく助かりましたし。
――一方で撮影に関して苦労されたことはありましたか?
それはやっぱりありましたね。まず「映画の撮り方」というものを経験したことがなかったことが。今回は撮影、照明のスタッフが、普段はMVを一緒に撮っているスタッフだったんですけど、その他のグループと撮影を進める上で、やり方の違いみたいなものが、撮影が始まってから分かってきたので、そのズレが大変だったというかゴタゴタしましたね。
――それは初めての映画ということで、ある程度予想もされていた部分であったのではないでしょうか?
そうですね、確かに。ただ未だにその正しいやり方というものは分からない部分もありますが…。
――今回一本映画を作って「これはMVを作る時に応用できそうだ」とか、新たに学んだところはありますか?
それはありますね。以前から別の現場でこういう映画やドラマの方と仕事をする時に、段取りの良さ、効率の良さというか、効率を優先して撮る方向で進めていることを、よく印象的に感じていました。僕らは普段、どちらかというとそういう感じではなくて、関係なく長回しで生アングルを撮るということをやっているので、効率を上げるというところはすごく勉強になりましたけどね。
――映し方という部分ではいかがでしょうか? MVではあまり考えなかったけど、映画だとこういう見せ方がある、みたいなことに気づくこともあったのかと?
いや、撮っていて思ったのは、どちらかというと意外に抽象的なことが多かったです。逆に撮り終わって自分でこの映画を完成させた上で、改めてほかの映画を見ると、映画っぽくない部分とか、もっと落ち着いて撮るべきだったのかもしれないと考えるところなんかは、正直ありました。
――逆にここはアピールできる、というところはありますか? こういうところは面白いと自分でも考えている、というか…。
いびつさですかね(笑)。正直、自分の中ではそこまでちゃんとできているかの判断で、あいまいな部分があるんです。例えば抽象的な表現でいうと、本来はああいったものはないほうがいいかもしれない、ああいったものを入れたことで、もしかしたらちゃんと伝わらない部分があるかもしれないというか、抽象的な部分を入れたのが良かったのかどうかが、まだ分かっていないところではあります。
――それは絶対的な映画作品の評価としては、難しいというところですね。でも一本撮ってみて「次も是非撮りたい!」という気持ちも…。
それはありますね! もちろん。
――では次にはどんなことにチャレンジしてみたいでしょうか? ジャンルもそうなんですけど、映画に限らずどんなことをしたい、というか…、コメディとか。
まあ、映画を撮りたいというのはすごくあるんですけど、今回の反省点は死ぬほどあって(笑)。その反省点を踏まえて。それこそ、抽象的な表現みたいなことは、逃げでもあると思うこともあるし。そういうことにして別にうやむやにしているわけではないけど、そういうことを入れるというのは、何か自分の怖さから逃げている部分というのはあるのとも思っています。だからそうではなくしっかりと感情の流れを描けるようなものがやりたいですね。かつ、楽しいものを(笑)。まあコメディかどうかは別としても、楽しい作品は作りたいですね。
――今、反省という言葉がありましたが、本当に反省しなければいけないかということも、今から見極めなければいけないところですね。
そうですね。ただ、まずは見てくださった方が、どう捉えてくださるかがすべてのような気もします。正直まだ自分では”やったぜ!”みたいな感じではないです。
――次はこの経験を基に、次回はかなりはじけたものを期待、ということで(笑)。
逆に静かな映画になったりして、小津安二郎監督の作品みたいに(笑)。
(取材・撮影=桂 伸也)
作品情報
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