2017年の音楽シーンを暗示している?宇多田ヒカルの6thオリジナルアルバム『Fantome』

 宇多田ヒカルが昨年9月28日に発売した6枚目のオリジナルアルバム『Fantome』は、再始動後初のアルバムとして注目を集め、その売上枚数は累計40万枚を超えた。そうしたなか今年1月11日にはデジタルシングル「光 -Ray Of Hope MIX-」がリリースされる。再始動で注目を集めているが、実はこの2作品にはヒップホップシーンから2氏が参加している。そのヒップホップは現在、盛況を迎え、音楽シーンにおいて重要な位置に立っているが、この宇多田作品、そしてラッパー2氏の参加は、2017年における音楽シーン全体、そして、ヒップホップの“モード”が暗示されている。

雪解け

 2016年、日本の音楽シーンには色々な動きがあった。なかでも最大の衝撃を与えた一つに、テレビ番組『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)による「日本語フリースタイルバトルの大衆化」が挙げられる。これによって、あちらこちらでフリースタイルを試みる人が増えた。そして「韻を踏む」という事が「親父ギャグ」的な意味合いから「格好良い」へと印象変化した事も挙げられる。

 2016年は日本語ラップにとって、90年代以降の「YO!チェケラッチョ」という文句に代表される偏ったイメージを払拭し、復権した幸福な年だったと言えよう。「フリースタイルダンジョン」でも名審査員となっている、Lily女史も自身のツイッターアカウントで「そうだよ、長い長い冬だったhiphop. やっとやっと来た、春」とツイートしているほどだ。

 この番組の“首謀者”はラッパーのZeebra。彼が中心となって、昨年9月30日にスタートしたこの『フリースタイルダンジョン』はあっという間にお茶の間へ浸透し、アンダーグラウンドで沸騰していたMCバトルをメジャーに押し上げる事に成功した。ちなみに彼は今年6月23日に施行された「改正風営法」の成立に尽力した活動家でもある。

スキル向上が必ずしも音楽的発展にはならない

 この「日本語ラップの雪解け」に対して、もう一方の別の想いを持つラッパーもいる。例えば、宇多田ヒカルとのコラボレーション(新譜「光」など)が記憶に新しいPUNPEEだ。彼がMPC(サンプラー)奏者・STUTSの楽曲に客演した「夜を使いはたして feat. PUNPEE」を取り上げたい。

 この曲のライブ映像でラップをしているPUNPEEは<長い夜の曲と見せかけてヒップホップの不遇な時代の夜明け、そんな曲。シーンがでかくなりそうだけど、今少し行けそうだけど、このままでいいのかって、少し寂しいよってそんな曲>という趣のMCをしている。



 彼はこの「雪解け」に寂しさを覚えているという。つまり、復権に違和感を覚えるラッパーも少なからず存在しているということと言えそうだ。おそらくこれはヒップホップのひとつの要素に過ぎない「フリースタイル」にばかり注目が集まり、本質が形骸化してしまうという事への危惧ではないだろうかと考える。「韻を踏むのが巧み」だという事が、果たして真に「音楽文化としてのヒップホップの更新」へと繋がるのだろうか。絵画でもデッサンが上手いからと言って作品が必ずしも良い、とはならなかったりする。

楽曲単位での創作へシフトか

 90年代から「ジャズとヒップホップはリズムが似ている」などとの関連性や親和性が語られてきた。そのジャズ史はどうであろうか。個人主義の徹底により、即興演奏(フリースタイル)の可能性を推し進めたジャズは60年代、ビートルズをはじめとするロック等の流れにポップミュージックとしての座を完全に奪われている。

 今でこそ現代ジャズが「ニューチャプター」と日本で名付けられ、また活気を取り戻している感はある。しかし、それも様々な音楽を吸収したジャズメンが、その巧みなスキルで自由に新しい音楽を演奏しているという話だ。技術史上主義という意味ではない。

 これを踏まえ、記者は「これからの日本語ラップは、個人主義的な即興スキルの重視よりも、それを活かした楽曲単位での創作にシフトしていくのではないか」と予想する。

宇多田ヒカル作品から見る17年のモード

都内でおこなわれた宇多田ヒカルのイベントのもよう。それぞれ通信端末をもちいて宇多田ヒカルの歌唱パフォーマンスを視聴

 その点で宇多田ヒカルの新譜『Fantome』と「光 –Ray Of Hope MIX–」は、それに伴う動きは非常に示唆的だと言える。このアルバムの収録曲「忘却」では、客演としてラッパーのKOHHが参加している。そして、今年1月11日にデジタル配信リリースされる「光 –Ray Of Hope MIX–」(ゲームソフト『キングダム ハーツ HD2.8 ファイナル チャプター プロローグ』テーマソング)ではPUNPEEがリミックスを担当した。

 この2人に共通するのは「『フリースタイルダンジョン』に登場していない」という事だ。

 MCバトルで連勝して名を挙げるのでは無く、淡々と精力的な作品を作り続けているラッパーを客演として迎えた宇多田。しかも一般リスナーからすれば、名が通ったとは言いづらい2氏を宇多田が抜擢した。この様な客演の形が2017年の音楽シーンのモードになるのかもしれない。

 しかし、これはあくまで予測である。未来がどうなるかは誰にもわからない。しかし、2016年の「ヒップホップの雪解け」によって日本の音楽シーンが色々と変わっていく事は間違いない。たったの1年で誰がラップをしても、何もおかしくない時代に変わったのである。

 そしてアメリカでは、アレッシア・カーラという20歳の可愛らしいシンガーソングライターが、ヒップホップの名門レーベルであるデフジャムからデビューする時代だ。2017年はどうなるだろう。日本でも多方面で音楽的に目が離せない年になりそうだ。(文・小池直也)

※「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付きが正式表記。

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