桜の木、原点回帰…

 突然の知らせに多くの人が言葉を失った。3人組音楽ユニット・いきものがかりが“放牧宣言”と称した一旦の活動休止を発表したからだ。昨年デビュー10周年を迎え、ベストアルバムをリリースし、地元での凱旋ライブも敢行。12月31日には「第67回NHK紅白歌合戦」に9年連続出場を果たし、デビュー曲「SAKURA」を披露した。その矢先の報告は衝撃の一語といえる。

 昨年12月28日、NHKホール。31日の本番を控え、紅白歌合戦のリハーサルに臨んだいきものがかり。ロビーで待ち構える報道陣の前に姿を現すと、誠実な対応で言葉を発していく。今にして思えば…そういう解釈に説得力はないかもしれない。ただ、“意味”という観点では、いきものがかりの3人は、活動休止前の大切な舞台を控え、発する言葉一つ一つに大きな“意味”を込めていたはずである。

 紅白本番を控える中、ボーカル吉岡聖恵は話している。「今年はデビュー10周年で、地元でライブをやらせてもらったり、自分たちに励みになる年だった。心をこめて歌いたい」。10周年という一年を振り返り、自らの言葉で紅白への意気込みを伝えた吉岡。そこで使った″励み″という言葉は、″次″という言葉とひとつながりの意味がある。

 紅白のステージで、いきものがかりは桜の木をバックにデビュー歌曲『SAKURA』を歌唱した。花びらが舞い、3人の足元にもライトによって桜が色鮮やかに描き出された。ギターの水野良樹が「こんなに多い数の桜を用意してもらったのは初めてかもしれない」と話せば、それを受けるように吉岡も「足元にも花びらが散ってすごくキレイ。それも楽しみながらやれたら」と本番へ向けての意気込みを語った。

 “初めて”“楽しみ”――。深読み過ぎかもしれないが、そこにメンバーが思いのたけを凝縮させたと感じ取ることは十分できる。ギターの山下穂尊は今回の紅白のステージで、「2台のアコースティックギターで演奏する。路上時代のスタイルに近くて、原点回帰的なものになるかもしれない」と語り、ひたむきに10年という時を駆けて来たいきものがかりの″初心″を披露する舞台であることを語っていた。

 水野は10年という時間の重みをこう解説する。「自分たちには大きな区切りですけど、紅白に来るとそれ以上の方がいっぱいいる。10年って小さいなって思わされる。またこの大きなステージで、『頑張らないとな』って思わせてもらってます」と噛みしめるように言葉をつないだ。

 さらに、水野からはこういう言葉も発せられている。今後へ向けてのコメントを求められると、「10年経ってもやることは変わらない。それぞれ成長して、普通なんですけど、良い曲を作って届けることを続けられたら」。この言葉だけを捉えれば、アーティストとして当然のコメント。だが、″放牧宣言″が出されたいま、″それぞれの成長″に宿された深みを感じざるを得ないのだ。

 “10年ひと区切り”といえばステレオタイプかもしれない。それでも、10年という時間を大切に、誠実に駆けた者だけがその言葉を使うことを許される。「放牧地」は決して安全地帯ではない。個々の力で新たな境地に挑み、準備し、充電し、ミュージシャンとしてのクウォリティーや人間性そのものを育むチャレンジの舞台とも換言できる。紅白リハで発したメンバーの言葉一つ一つには″万感の思い″が凝縮されていた。

 紅白で披露した「SAKURA」の歌詞を引用したい。

 <さくら ひらひら 舞い降りて落ちて 春のその向こうへと歩き出す 君と 春に 誓いし この夢を 強く 胸に抱いて さくら舞い散る♪>

 紅白のステージで、水野と山下によって奏でられた優しいギター演奏と、寂寥と旅立ちを描いだ歌詞に情感をこめた吉岡の歌声は、ファンへの惜別と再会を誓うメッセージに他ならないだろう。

 活動休止に際し、3人は陽気なメッセージを寄せている。「いきものがかりは3人が帰って来る場所です。またみなさん笑顔で、会いましょう! それでは行ってきます。放牧!」。のどかな牧場風景の中で、牛の着ぐるみに身を包んだ水野、吉岡、山下。明るく、元気で、誠実な、いきものがかりを象徴するにふさわしいワンョットは、彼らのストーリーがなお続くことを如実に物語っている。

 「いきものがかりは3人が帰って来る場所です」――。3人と再び逢える日が、いきなり待ち遠しい。(文・小野眞三)

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