形に残る何かをやりたい
――音大に通って色んな事を学んで、教員免許も取得されて。ミュージカルの道に進まれた理由は?
学んできた事が活かせる場が欲しかったと言いますか、大学を出て普通に就職をしようかと思っていた時もあったんです。声楽科で勉強していたんですけど、歌の勉強をしていたら歌が面白くなってきて。教員免許を持っていたら「まあ、別にいつでも先生はできるか」みたいな(笑)。ちゃんと勉強をしないといつでもは出来ないですけど、免許を持ち試験に受かったらいつでもなれるじゃないかと。そう思いながら、歌う場というのを求めた時にミュージカルは音大で身に付けた基礎的ことが活かせるかな、と思ってミュージカルをやらせて頂きました。
――これまでにも色んな舞台に出られておりましたが、ミュージカルでの経験というのはどの様な形で活かされましたか?
大きい舞台に出させて頂いたんですよ。帝国劇場とか、日生劇場とかそういう大きな所だったので、舞台の上に立って何かをやるという“見せ方”と言いますか、そういうのはやはり何も分からずにその世界に入ったので、「こうやれば大きく見えるんだ」とか、舞台での立ち振る舞いといった“見せ方”は勉強になったと思います。
――舞台と歌手とでは歌い方、発声法が異なりますね。
そうですね。舞台ではクリアにはっきり聴こえないといけないという。それは普通の歌でもそうだと思いますが、やっぱりより大きな空間で声を届けないといけないので、「はっきり、大きな声で」というのが舞台ではありました。感情や表現ももちろん大事なことだと思いますが、「大きい声を出す」という点がやはり一番の違いだと思います。
――ミュージカルを経験されて、演歌歌手として昨年でデビューされました。改めて伺いますが、なぜ演歌歌手を選択されたのでしょうか?
「人前に出てやる」事は、ミュージカルで舞台に立つ事も、歌手として歌う事も同じだと思うんです。でも、舞台って残らないんですよ。映像になって残すようなものは別として、自分が出ていたのはブロードウェイとかロンドンとか、海外のものを日本でやるという作品が多かったので、映像にも残らないし、CDにも残らないですね。少なくとも自分が出ていた時は。だから、こういう仕事をやってはきているけれども、名前としてはそこに出たという事はプロフィールには残るけど、形として残らないというのが何か…。せっかくこういう仕事をしているのに、という思いが舞台を始めた時も大学を出る時もありまして。「形に残る何かをやりたい」と思っていて、それが巡り巡って演歌だったというだけです。
――大学の時から「形に残る何かをやりたい」と思っていて、まずミュージカルを選択したのは、ひとまず一歩を踏み出してみない事には…という思いがあったから?
そうですね。一歩を踏み出して、自分がやってきた事を活かせて、それが仕事になったらいいなという。
――その経験を通じて「自分はこうだ」という自覚や自身への確信が芽生えたのがミュージカルをやっていた頃の後半だったと?
このまま続けてオーディションに受かればまた、このままずっと出続ける事は出来るかもしれないけど「形には残らないな」という…。
――他にもいろいろ選択肢はあったと思いますが、その中で「演歌歌手」を選んだ理由は?
自分の中の根本にあったのかと思います。演歌歌手だけど「他の歌も別に歌えばいいじゃん」と思いましたし。出すものが“演歌”というだけで、演歌歌手だけどオペラを歌ってもいいと思うし、民謡もポップスも歌ってもいいと思うんですよ。ただ、核となるのが“演歌”だったという事ですかね。
ミュージカルの道に進んだ本当の理由
――松阪さんは教員免許も取得されていますし、勉強熱心だと思うのですが、演歌歌手を選択した時に、演歌の歴史や歩みというのは調べたりされるものなのでしょうか?
どうなんですかね…色んな名曲を聴いてきたりとか、「こういう人達がいて、こういう歌を歌って、こういう曲がヒットしてきた」というのは勉強しましたけど、「演歌がどう生まれて」とか「どのような歴史があって」というのはあまり見てないかもしれないですね…。
――今の演歌はいろんな音楽とクロスオーバーして新しい曲調も生まれていると思いますが、正にオペラのミックスは松阪さんの特長でもあるかと思います。インタビューの冒頭で、たまたま学んでいて、それが染み付いていたからオペラが滲み出たという話がありましたが、「オペラの良さを伝えていきたい」という思いも?
自分で出来るところは本当に伝えられればいいなと思いますけど、本筋は演歌歌手なので。ただ「オペラも歌いますよ、こういう良い作品があって、こういう時代があって、オペラはこういう名作がいっぱいあって…」という事を発信する事は出来るかなと思います。とは言っても、自分がオペラ歌手としてステージに立つというのはちょっと違うと思うんですよ(笑)
ミュージカルをやろうと思った一つのきっかけは、「オペラをやるには身体が小さい」と言われたからでもあるんです。オペラは身体がガチッとして大きな人が多いし、イタリアで生まれた音楽なものですから、もうみんな体格がいいんです。だから身体が小さいとそれだけで負けちゃう訳ですよ。オペラって基本的にマイクを使わずに大劇場に声を響かせなければいけないので、身体があるのとないのでは全然声の出方が違うんですよね。大学の時に凄く食べたりとかしたんですけど、太らなかったんですよ。だからやっぱり「君は身体が足りない」と言われてしまって。
――女性からすれば羨ましいですけどね。食べても太らないは(笑)
あはは。「オペラをやるならもっと太れ」とか言われてましたけどね。でも「別に太ってまでオペラ歌手になりたくないしな」とか思って(笑)。だったらマイクを使ってミュージカルでいいじゃんと思ったんです。
――ファンからしたらイケメンが保たれて良かったな、という。
いやいや(笑)
「南部恋うた」の誕生秘話
――今回の新曲ですが、どのような思いで歌われましたか? また、どのような情景を思い浮かべて歌われましたか?
多分、自分より一昔前のイメージ。「昭和」です。自分の歳でも昔を振り返る事ってあると思うんです。歌の1番も、昔を思い出して「たった一言好きだって言ってれば良かったのかもしれないな」みたいな歌詞が出てきたりとか、それをお酒を飲みながら思い出しているような感覚で。やっぱりお酒を飲める年代でないとわからないよな、とか。
自分が歌ったのを聴いたりしていて思ったのは、50~60代くらいのもうちょっと上の世代の人が、お酒飲みながら昔を思い出してとかかなとか思ったんですけど、まあ別にお酒飲める歳の人だったらいいんじゃない? と思いながら。それは聴く人それぞれに解釈してもらえばいいと思うし、歌う人それぞれが歩んできた人生があると思うので、そういうのを思いながら、歌詞の通りでなくとも「自分も昔こういう事あったよな」という事をふと思いながら聴いたり歌ったりしてもらえればいいかなと思いました。
――考える余白を設けてるような感じですかね。
そうですかね。歌詞をもらって「こういう歌詞だから、こういう風に歌って」という事もあまり言われなかったんですよ。
――前作の歌詞も藤原良先生が?
そうですね。藤原良先生に書いて頂きました。「ここはこういう感じで、こんな感じじゃなきゃダメだ」みたいな細かい指定は無かったので、自分の中でのイメージを膨らませて「こういう感じなのかな」という点と、後は音とメロディとのバランスを考えて「ここはこういう気持ちで歌えばいいのかな」といった感じでした。
――美しい声ですよね。
ありがとうございます。
――私はこれまで演歌の歌詞をじっくり読んだ事がなくて。曲は聴くんですけど、歌詞だけを読むことはあまりなく。そうして読んでみるととても面白いですよね。季語や言葉の端々に「男性は何歳で、この時期の南部で」というのが伝わってきて。
そうですね。このあいだ言われたんですけど「演歌にしては文字が多い」って。ある所で「(歌詞は)もっと簡単だ」って言われました。だからこれは逆にすごく情景が浮かびやすくなっているというか。曲を作って頂いた大谷明裕先生はもともとフォーク調の曲を作られるのが得意らしいんです。フォークだと割といろいろ説明が多かったりするというところがあると思うんです。
――歌謡曲から民謡ベースの演歌が生まれ、その後にフォークが派生して、そのフォークとここで重なっているというのも面白いですよね。
歌詞の「文字数が多い」というのがフォークに通ずるところもあるかなとも思うし、アレンジで演歌っぽくなっていますけど、最初はギターで弾いて頂いて、歌った時は本当にフォークみたいな感じだったんですよね。
――最初の歌合わせはまずギターで?
作曲してもらった時は、まず歌詞が先にあってそこに曲をつけて頂いたんですよ。それで、今回は曲をつけて頂いている時に自分もその場に居りまして。「はい、じゃあちょっと歌ってみて」みたいな。先生が歌って下さっているのを聴いて、ちょっと間違えたりしながら歌っていって、という流れでしたね。
――すんなり入っていけるものなのでしょうか?
「こっちの方がいいか?」「じゃあここのメロディはこっちかな」みたいな感じで作って頂きましたね。
――前作をいろんな所で歌ってこられた事で、変わった点はありますか?
前作の時は、右も左も分からない中でレコーディングが終わってCDが出来たという感じだったんですよ。自分は、他の人のライブに行ったりして「うわ!CDのまんまだ!」って思って聴いたりするんです。だから逆に、音源通りのCDっぽい方がいいのかなと思っていたんですけど、やっぱりその中でライブがCDの感じだと物足りなくなっちゃうんですよね。もっと抑揚をつけたり、もっと感情が入ったりとかをライブではやった方がいいんだなと思うようになりました。











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