INTERVIEW

伊礼彼方

「ポジティブ思考」の秘訣は自己暗示!? 困難を乗り越える心の術(すべ):モーリー・イェストン生誕80周年記念コンサート


記者:村上順一

写真:村上順一

掲載:25年06月04日

読了時間:約12分

 俳優・伊礼彼方が、モーリー・イェストン生誕80周年記念コンサート『Life’s A Joy! Life Goes On!!』~with 20 years of Gratitude from Umeda Arts Theater~に出演する。公演は、東京国際フォーラム ホールA(7月19日〜20日)、大阪・梅田芸術劇場メインホール(7月26日〜27日)で開催される。

 このコンサートは、作曲家・作詞家・作家としてのみならず、映画、学術、コンサート音楽制作、音楽学者としての教職など、ジャンルの垣根を超えて活躍してきたモーリー・イェストンの生誕80周年、そして彼の作品と共に歩んできた梅田芸術劇場の創立20周年を記念して企画されたもの。『グランドホテル』『ファントム』『タイタニック』『ナイン』『DEATH TAKES A HOLIDAY』など、モーリー作品の歴代出演者が一堂に会する豪華なステージとなる。

 伊礼は2016年に上演された『グランドホテル』で、フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵役を好演。約9年の時を経て、再び同作の楽曲を歌い上げる。インタビューでは、コンサートの見どころや意気込みに加え、どこまでも前向きな伊礼彼方のマインドに迫った。(取材・撮影=村上順一)

 【動画】<15秒PV映像>モーリー・イェストン生誕80周年記念コンサート『Life's A Joy! Life Goes On!!』

コンサートは『グランドホテル』を再演するような気持ち

伊礼彼方

――モーリー・イェストンさんの曲にどのような印象がありますか。

 楽曲はシングルカットのような1曲単位というより、どこかクラシカルな印象があります。自分も歌っていて、1曲としてより芝居の中で歌う方がしっくりきます。たとえば『タイタニック』『グランドホテル』『DEATH TAKES A HOLIDAY』の3作は群像劇で、オーバーチュアに大勢が登場し、そこから各シーンへと展開していく構成です。まるで交響曲のように、最初から最後まで通して聴いてひとつの作品になる。演じる側としても、音楽というより芝居をしている感覚の方が強く、音程が難しい曲でも、芝居があることで自然とその世界観に入っていける。『グランドホテル』で特にそれを実感しましたし、他の作品にも同じ空気を感じます。

――今回コンサートなので役とはちょっと切り離した状態で歌うことになると思うのですが、そこはどのように考えていますか。

 『グランドホテル』に関しては、 実際にやっていたのでスイッチはわかります。ただ、他の作品の曲も歌わせていただく予定で、それがどうアレンジされるかによって、僕も自分の出方を考えようと思っています。セリフを盛り込んだ方がいいのか、ない方がいいのか、そういった話を現在進行形でしているところなんです。

――梅田芸術劇場が20周年、伊礼さんもミュージカルの世界に入って、来年20周年を迎えます。劇場に関する思い出はありますか。

 シアター・ドラマシティには何度も出演していて、行くとホームのような安心感があります。帝国劇場と梅田芸術劇場での出演が多く、観劇にもよく足を運びました。梅芸は音の響きが良く、帝劇が「芝居小屋」なら、梅芸は「音楽の小屋」といった印象です。楽屋口を入ってすぐにある小林一三翁の神棚に手を合わせて1日を始めるのも、特別な儀式のようで身が引き締まります。

――さて、コンサートで楽しみにされている曲は?

 僕は『グランドホテル』の再演をずっと願っていて、まだ実現していないのですが、今回歌わせていただくことが、僕にとって再演をするような気分なんです。セリフはないにしろ、思い出深い作品で、自分が演じたフェリックス・フォン・ガイゲルン男爵として舞台に立てる。当時観てくださったお客様やファンの方たちと分かち合えればいいなと思っています。

――その中でも、「Love Can't Happen」という曲は、伊礼さんのミュージカル・カバー・アルバム『Elegante』(2019)にも収録されていたので、お気に入りの楽曲だと思うのですが、この曲への思い出はありますか。

 「Love Can't Happen」は、タバコを吸いながら歌う演出があったのですが、煙を吐きながら歌うというのは、ちょっと苦労した部分がありました。けっこう喉が焼けるんですよ(笑)。また、セリフのように自然に歌えるか工夫しました。最初、苦労したのですが、だんだん喉が慣れてきて、歌いやすくなったという思い出があります。

――コンサート全体で楽しみにされていることはありますか。

 僕が出演したことがない作品の楽曲も歌う予定なのですが、ソロもあれば、デュエットもあるので、初めての方と一緒に声を合わせる楽しみがあります。今回出演される方々はほぼ知っている方たちばかりですが、共演したことがない方と歌う予定なので、観に来られるみなさんも楽しみにしていてほしいです。

――ステージに臨む姿勢として、お客さんにどのような姿を見せたいと思っていますか。

 当時の男爵の色気みたいなものを皆さんにお届けできたらと思っています。曲もそうですけど、例えば僕がタキシードを着ている姿を見ると、「あの時の伊礼彼方の男爵はあんな感じだったよね」とか、さすがにタバコを吸いながらは歌わないと思いますが、もしかしたら、ウイスキーを転がしながら歌う、という演出もあるかもしれない。記憶の片隅にあるものを、呼び起こして、共有し合えたらいいなと思っています。

――伊礼さんが出演された『グランドホテル』の上演から約9年が経っていますが、曲の解釈も変わってくるところもありそうですか。

 これに関しては変わらないと思っています。当時、演出家のトム・サザーランドさんとかなり話し合いましたし、翻訳も変えていきました。REDチームとGREENチームがあって、僕はREDチームだったのですが、言葉にこだわりのあるメンバーが集まったというのもあって、翻訳家、演出家とディスカッションして、もともとあった中身をかなり変えて、自分たちが納得した状態で舞台に上がれました。

――自分の中で、これ以上ないところまで突き詰めた舞台だったんですね。

 はい。もし変わっているところがあるとしたら、自分が年齢を重ねたことによる落ち着きみたいなものは増しているかもしれません。ただ、それが正解かどうかは分からないのですが、男爵は若々しく散っていく役なので、その頃の気持ちを思い出してやれると思います。

過去に感じていた社会や大人への不満

伊礼彼方

――常に役が背景にあっての楽曲という思いが、とても強いんですね。

 少なくとも自分はそうです。基本的に僕は役者として存在しているので、いまは役がなければ歌う必要性を感じません。

――伊礼さんはそもそもストリートミュージシャンとして活動していて、音楽が中心だったと思うのですが、ミュージカルを始めてからは、芝居があっての音楽に変わられた?

 そうです。ストリートでは自分が想像していた方向性と、自分がやりたいことが、うまくマッチしなかったんです。ずっとくすぶっていた時期があったのですが、芝居と出会い、役というフィルターを通して人前に出ることによって、初めて自分がやりたいことと、周りから求められていることが合致し、物事がうまく進んでいきました。それもあって、いまは個人として歌うことは考えられないです。

――当時はどんな音楽やっていたのでしょうか。

 ポップス、パンクロック的な曲も歌っていました。メッセージ性のある楽曲、尾崎豊さんやブルーハーツといったアーティストに影響を受けていたので、若者が大人に反発する気持ちを歌っていました。

――社会に対する不満があった?

 社会や大人に対しては、不満ばかりでした。特に、建前でしか話せない大人に強い嫌悪感があって、ずっと「本音で話せよ」と思っていたし、教師にも同じ気持ちを抱いていました。社会のことを本当に教えてくれたのは、卒業後に出会ったアルバイト先の社長や店長たち。彼らの言葉は率直でわかりやすく、今でも心に残っています。もしかすると建前もあったのかもしれませんが、基本はイエスかノーで生きている人たちで、自分もそっち側の人間だなと感じました。だから、音楽をやりながら、いつか飲食店をやるだろうなとも思っていました。

――伊礼さんのスタンスとして、なるべく建前は抜きにして、ストレートに伝えたいと思っているんですね。

 はい。ただ、言うことは言うけど、昔とは言い方は変わりました。相手が気持ちよく受け入れられるよう、嫌な気持ちにさせない言葉遣いや伝え方を考えるようになりました。根っこは変わりませんが、アプローチは変わってきています。

――成長しているんですね。

 その成長も演劇にさせてもらいました。役を通じた疑似体験が、自分にとってメンターのような存在になっていると感じます。

――演劇の仕事をしていて良かったと感じる瞬間が、たくさんあるのではないでしょうか。

 本当にたくさんあって、日常生活では経験しないような人の痛みを理解できるようになります。例えば不倫、自殺、戦争に対して個人的には批判的な意見を述べていました。僕が若い時は自殺なんてありえないと思っていましたが、実際そういう役を演じてみると、彼らには彼らの目的とか意味があったり、それが生きる術だったりするわけです。そうなると一概に否定もできなくなります。根本的に意見は変わりませんが理解しようとする気持ちが芽生えます。

――私もエンタメから得られるものはとても大きくて、それは演じられている側も、もっと感じているんだろうなと思ってはいましたが、自分の考え方などを改めさせてくれるというのは、すごいことです。

 本当に演劇は素晴らしいです。

ポジティブの秘訣は自己暗示!?

伊礼彼方

――凹むことも多い世の中ですが、エンタメがあるから頑張れている人も多いと思います。エンタメなので観ている人がネガティブな方向にだけは、行かせたくないですよね。

 そうですね。ただ、時には凹むことも大事だと思っています。思い出したのですが、昔路上で歌っている時に、「あなたの曲を聴いて、自殺を辞めました」という手紙をくれた人がいました。

――すごい! 

 僕は大丈夫、強く抱きしめてほしいという言葉を歌詞に込めた曲を、一生懸命ギターをかき鳴らして訴えていただけなのですが、僕と同じようなエネルギーの子が共感してくれて嬉しかったです。歌に限らず、エンタメにはそういう力はあります。ですから、今回のコンサートでも、観に来てくださった方が『明日も頑張ろう』と思ってくださるなら、それで十分だと思っています。

――生きていく上での原動力になってくれたら嬉しいですよね。ちなみに夢や目標を叶える秘訣はありますか。

 僕は自分が願ったことは、大抵叶っているのですが、それは自分の力ではなくて、周りが動いてくれたからだと思います。ただ、一番最初は自分で種を撒かなければいけません。そのとき叶わなかったとしても、数年後には必ず形になると思っています。ネガティブな言葉を並べていくと、どんどん消極的になっていくと思っているので、常にポジティブで積極的な言葉を発するようにしています。

――いまお話を伺っていて、とても前向きなエネルギーを感じました。エンタメの力を改めて実感しますし、実際に演じる伊礼さんのような方が真摯に届けていると思うと感動します。

 ありがとうございます。役作りには大変なことも多いですが、そう受け取ってもらえるのは本当に役者冥利に尽きます。僕たちは、非現実的なことを作品として表現していく存在です。日常の出来事だけではドラマになりにくいので、多くの作品には“消極的なテーマ”が潜んでいます。それをどう前向きに乗り越えるかという“普遍的なテーマ”が、物語の核になるんです。そうした物語は、観る人に疑似体験を通して気づきを与えてくれるし、僕ら役者にとっても同じです。お互いに学びを得られるのがエンタメの魅力だと思います。

――悶々とよからぬことを考えてしまうときもありますが、そういう時こそコメディですね。

 コメディ作品で思い切り笑って、「悩みなんてどうでもいいか」と思えるのも、エンタメの力の一つだと感じています。ただ、寝る前に悩みなど考えてしまう人も多いと思うのですが、寝る前は一番考えてはいけないと思います。

――おっしゃるとおり、寝る前はいろいろ考える時間になってしまっています。

 僕が10代の頃は、気持ちを落ち着かせるため、寝る前にピアニストのリチャード・クレイダーマンの曲をイヤホンでよく聴いていました。また、自己暗示も効果があると思っていて、たくさん練習をした自分、鏡に向かって「大丈夫だ、お前ならできるぞ」と話しかけ本番に臨みます。特に寝る前は「大丈夫かな?」「できない」「自信がない」とか、無意識にネガティブな気持ちがどんどん膨らんでいくので、逆のことを意識的にやるといいと思っています。

伊礼彼方

(おわり)

ヘアメイク:Eita(Iris)
スタイリスト:吉田幸弘
 
ジャケット66,000円、パンツ31,900円/ともにディスティンクション メンズビギ
Tシャツ9,900円/メンズビギ
(ともにメンズビギ tel.03-5428-0370)

【伊礼彼方プロフィール】

1982年2月3日

神奈川県出身(アルゼンチン生まれ)


 神奈川県出身。沖縄出身の父とチリ出身の母との間に生まれ、幼少期をアルゼンチンで過ごす。中学生の頃より音楽活動を始め、2006年舞台デビュー。08年に『エリザベート』のルドルフ役に抜てきされて以降、歌唱力と表現力を武器に多数のミュージカル、ストレートプレイ、コンサートなど役柄やジャンルを問わず幅広く活躍中。

 近年の主な出演作品に【舞台】『ブラッド・ブラザーズ』、『ミス・サイゴン』、『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』、『キングアーサー』、『NOISES OFF』、『テラヤマキャバレー』、『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』、『レ・ミゼラブル』【ドラマ】『らんまん』(NHK)【TV】『オールスター合唱バトル』(CX)などがある。

【公演情報】

モーリー・イェストン生誕80周年記念コンサート『Life’s A Joy! Life Goes On!!』~with 20 years of Gratitude from Umeda Arts Theater~

■出演:
彩吹真央 安寿ミラ 伊礼彼方 上口耕平 海乃美月 岡田浩暉 加藤和樹 昆夏美 佐藤隆紀(LE VELVETS)城田優 涼風真世 成河 珠城りょう 月影瞳 中川晃教 東啓介 真彩希帆 皆本麻帆 屋比久知奈 山下リオ和央ようか(五十音順)※公演回によって出演者が異なります。

伊藤稚菜 篠崎未伶雅 鈴木満梨奈 中嶋尚哉 西尾郁海 畑中竜也

■構成・演出:生田大和(宝塚歌劇団)
■東京公演:2025年7月19日(土)~20日(日)東京国際フォーラム ホールA
■大阪公演:2025年7月26日(土)~27日(日)梅田芸術劇場メインホール
■座席料金:
【東京】[S+席]21,000円[S席]15,000円 [A席]10,000円[B席]6,000円(全席指定・税込)
【大阪】[S席] 16,000円 [A席]10,000円 [B席]6,000円 (全席指定・税込)

■一般発売:2025年6月7日(土)AM10:00~
■公式HP:https://www.umegei.com/maury80-umegei20-anniv
■お問合せ:梅田芸術劇場(10:00~18:00)【東京】0570-077-039 【大阪】06-6377-3800
■協力:宝塚歌劇団
■企画・制作・主催:梅田芸術劇場

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村上順一

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