斎藤守也・斎藤圭土による兄弟ピアノデュオのレ・フレールが、結成20周年記念となるアルバム『Timeless』をリリースした。2022年9月に結成20周年を迎えたレ・フレール。20年という時の中で1台のピアノと向き合い、「キャトルマンスタイル(フランス語で4本の手を意味する)」を追求し続けてきた。6枚目となるオリジナルアルバム『Timeless』は、書き下ろしの新作計13曲を収録。この20年の集大成に相応しい挑戦と完成度が融合した作品に仕上がった。インタビューでは、この20年間を振り返りながら、今の2人の音楽に向き合う姿勢について話を聞いた。【取材=村上順一】
連弾のイメージを払拭したい
――結成20年おめでとうございます。
守也 ありがとうございます。20年前に地元横須賀で、“1台4手”にこだわってライブ活動から始めました。最初の頃はまさかの連続という感じでした。メジャーデビューして、レコーディングしたりライブ活動をやっていけるとは夢にも思っていなかったんです。20年間続けてこれたというのは、応援してくれる皆様、そして支えてくれるスタッフがいたからだと、つくづく思います。
――結成の経緯は守也さんの飼っていた犬が、交通事故に遭ってしまったのがきっかけだとお聞きしています。
守也 そうなんです。兄弟だから結成するというのもなくて。あえて連弾で活動しようというのもなかったんです。僕が飼っていた犬が大きな事故に遭ってしまいました。骨盤を複雑骨折してしまったので、けっこうな手術費が掛かることになってしまったんです。それですごく落ち込んでしまって。その時はアルバイト生活でしたし、どうやって手術費を捻出しようか悩んでいたんです。その時にコンサートをやって手術費を稼ごうよと言ってくれたのが圭土でした。
圭土 初めてコンサートをしたのが9月3日で、その日を結成日にしました。
――相当、ショックだったと思います。
圭土 ちょっとややこしいんですけど、兄が飼っていた犬のお兄さん犬を僕が飼っていました。その妹犬を兄が飼っていたんですよ。当時は一緒に住んでいたので、僕が自分の犬を散歩に先に連れていったんですけど、後から散歩に出た守也は妹犬を公園でリードを外していたんですね。その放された妹犬は僕らを追いかけて来て道路に飛び出して事故に遭ってしまって...。何とかしなければという想いでした。
守也 死んでいてもおかしくないくらいの事故だったのですが、すごい生命力で生きることが出来たんです。手術費も何年も掛けて稼いで、寿命を全うすることが出来ました。
――すごいですよね。手術費のお話はお客さんにはされていないんですよね?
圭土 していないですね。当時はチャージ500円くらいでライブをやっていました。
――安すぎません?
守也 無名のアーティストはそのくらいの金額からなんです。最初は無料というのもありましたから。でも、流石に安すぎると皆さんから言っていただけて、500円以上の価値が僕らにあると思った方は、募金して下さいみたいなことはしていました。
圭土 最初の頃は僕らもライブの価格設定がよくわかってなかったんですよ(笑)。
――さて、キャトルマンスタイルは、お2人の代名詞ともいえるスタイルですが、出来たきっかけは?
圭土 急にこのスタイルが出来たわけではなかったんです。結成日からデビューするまでの4年の間に作りあげたものです。一般的な連弾というと先生と生徒が一緒に弾くイメージがあると思います。その連弾のイメージを払拭したいというのがありました。それで名前もキャトルマンスタイルと名づけて、いろんな奏法を生み出していきました。
守也 試行錯誤はしましたね。曲を作りながら編曲にすごく時間を掛けます。昔は連弾の響きというのもまだそんなに掴めていなかったので、色々試していました。
――音源を聴いていると、ライブでどう弾いているのか、すごく気になります。
守也 ファンの皆さんも音だけを聴いただけではイメージはしにくいのですが、ライブで観た時に、答え合わせをするような聴き方、見かたをされる方もいます。どっちがこのフレーズは弾いているのだろうとか、ライブで想像していたのと合ってた、違ったとか楽しんでもらっています。
圭土 今ではショーとして手をクロスさせたりしている部分もあるんですけど、昔は音の追求の一環として手をクロスさせていたんです。両腕で中音域を弾くとこんな音が出るとか、メロディを跨いで弾いてみたらいいんじゃないかとか、そういうところで作っていきました。
守也 ちょっとしたオーケストレーションじゃないですけど、このフレーズはこの音域で弾きたいというのがあるんです。そうやって優先順位をつけていって、この時は僕の右手が空いているから、僕が弾こうとかなっていきます。
――実験から生まれた奏法だったんですね。本作でもミュートを駆使した演奏やピアノの椅子をパーカッションにしたものなどありますが、この着想はどこから?
守也 今までにやったことがないことをやりたいなと思いました。これまでもどこかをミュートして演奏することはあったのですが、全部ミュートでやりたいというのがあったので、「NBAYEH」という曲で実践してみました。さらにもっと新しいことに挑戦したいと思い、椅子を叩いたんですけど、ここに至るまでに紆余曲折ありまして...。
――どんなことが?
守也 最初はチェーンをピアノの弦の上に置いて演奏しようと思っていました。そうするとチェーンが震えてシタールのような音になるんです。ディストーションがかかったような格好いい音だったんですけど、スタジオ的にNGになってしまって。そして、次の候補にあったピアノを叩くというのも、当たり前なんですけど「ダメです」と言われて。
圭土 そりゃそうですよね(笑)。わかっていて質問してるからすごいです。
守也 ペダルを踏むと天然のリバーブがかかるんですけど、それを利用してピアノを叩いたらパーンと響くのを表現したかったんですけど、それが出来なかったので、椅子になったという経緯があります。
20年の集大成、技術が詰まったアルバム『Timeless』
――今回、どんなアルバムにしたいと思っていたのでしょうか。
圭土 最初は「緩くいきたいよね」という話はしていました。肩の力を抜いたという意味で言っていたと思うんですけど、僕らも年齢を重ねてきましたし、そういうのもいいなと思っていたんです。お互いに曲を出し合って、1曲目の「Timeless~時~」が出来て、アルバムのタイトルもこれがいいんじゃないかと、一番最後にタイトルが決まりました。
――「Timeless~時~」は秒針の音から始まりますね。これも何かを叩いているんですか?
圭土 メトロノームような秒針の音はミュート奏法です。これは高音部の弦をミュートして表現しています。
――この秒針の音、微妙にグルーヴしているのは手弾きだからなんですね!
圭土 レコーディングはクリックを聞いて演奏しても良かったんですけど、僕はあまりかっちりしているのは好きじゃないので、あえて揺らしています。
――レコーディングは作業はいかがでした?。
圭土 最初は緩く行こうと言っていたんですけど、ハードな曲が結果的に多く揃いました。なので、体力的にあまり回数を弾くことが出来ないんですよね。なので、いかに短時間で集中して録りたいというのはありました。
守也 これは僕らの課題でもあるんですけど、お互いの集中力が同時に高まる時がピークなので、どちらかが疲れてしまってはダメなんです。
圭土 連弾はバラバラにレコーディングしても、レ・フレールっぽいサウンドにはならない。一緒に録らないとダメなんです。なので、2人が集中できる時間に録りきるしかなくて。
守也 お互いのコンディションを見ながらのレコーディングなんです。もう6枚目のアルバムなので、昔と比べると容量もわかってきました。昔はスタジオを1週間おさえてもらって、ヘトヘトになるまでテイク数を重ねていた時もありましたが、あれは無駄だったと気づいて(笑)。
圭土 今回は3日間くらいで全て録り終えているので、昔ほど大変ではなかったです。曲作りもやり方がわかってきたので、割とスムーズでしたね。
守也 連弾の響きが身体に染み付いてきたので、イメージしやすくなったんです。ここは弾けば大丈夫とか頭の中で出来る様になってきましたね。圭土がどう弾くのかもわかっているので。
圭土 なので、20年の集大成、技術がこのアルバムには詰まっていて、新しいことにも挑戦した作品になりました。
ピアノを弾けば自然とテンションが上がる
――それぞれがテンションを高めるためにやっていることはありますか?
守也 僕は特にないですね。というのもピアノを弾けば自然とテンションが上がるんですよ。ただ、自分では気づいていなくても、後から聴くと音が疲れているなとか、わかることもあるんです。午前中に録った音は朝の音だなみたいな(笑)。
圭土 レコーディングだと良い演奏、良い音で録れるとすごくテンションが高くなって、疲れていても一気に吹っ飛びます。
――ライブの場合はいかがですか。
守也 ライブの方がそういうルーティンはあるかもしれない。やっぱり一発勝負というところで、緊張感の持っていき方とかあります。あと、ライブでは告知とか他に考えなければいけないので、そこもレコーディングとは違うところですね。
圭土 トークのプレッシャーはありますね(笑)。言い忘れたことはないかなとか。
――それは確かに違う意味でのプレッシャーがありますね。さて、今作が完成して新たな発見はありましたか。
守也 発見とは違うかもしれないのですが、次こそは緩くやりたいということですね。本作が完成して、もう少し静かな曲があっても良かったのかなと思いました。コンセプトを静かな曲にしてやってみたいなと。
圭土 でも、連弾で静かな曲というのは、けっこう難しくて自然と音数が増えてきちゃうんです。でも、連弾なのにバラードが多いアルバムというのは、挑戦したいです。
守也 今作もそういうアルバムにしたかったんですけど、結局音数が増えましたね。20年も経ったので出来ると思ったんですけどね(笑)。
圭土 僕の発見としては、まだまだ色んなことができるんじゃないかなと思いました。作曲者として、改めて連弾は奥が深いなと思いましたから。
守也 まだ、表現しきれていない気がして、だからまた次の作品を作りたくなるんです。
――そんなお2人がいま追求されていることは?
圭土 力をどれだけ抜いて演奏できるか、ということです。それはいつもテーマとしてあります。力の抜けた良い演奏をしたいなと思っています。
守也 ピアノ1本で、アルバムだったら10数曲、ライブだったら2時間をピアノの音だけでどれだけお客さんの心に抑揚をつけることができるか、ということです。それはタッチや響きでコントロールしていくしかないので、そこを僕は追求しています。ピアノの鍵盤の深さは1センチしかないんですけど、その中でどれだけコントロールするかというのはすごく繊細な感覚ですけど、そこは常に意識しています。
――そういったところでお2人が素晴らしいと感じるピアニストの方はいますか。
守也 皆さん素晴らしいです。プロの方は皆さんピアノコントロールはすごいです。僕は逆にブレブレなんですよ。他のピアニストの方は安定している方が多いので、そこは自分のカラーだと思って、敢えてやっている部分でもあります。同じ音を出そうというよりは、違う音を出したいと思っています。
圭土 僕は師匠です。ドイツのピアニストなんですけど、彼の音自体が全然他とは違うなと感じました。不思議なことにどんなピアノを弾いても彼の音になるんですよ。指もめちゃくちゃ太いんですけど、軽やかに演奏しているのもすごいなと。いまだに僕が目標とするピアニストです。
――最後に10月7日、22日に開催されるコンサート『レ・フレール結成20周年記念ピアノコンサート Timeless』では、どんな姿を見せたいですか。
守也 ニューアルバムの発売記念ライブになるので、全曲やろうと思っています。そして、これまでに発表した曲たちも演奏します。なるべくアルバムを再現するような、生で体感できるライブにしたいと思っています。ミュート奏法などどうやって弾いているのか、答え合わせに来てもらえたら嬉しいです。
圭土 22日のオーチャードホールはすごくお世話になっている会場で、定期的にやらせていただいています。そのオーチャードホールで20周年をお祝いするコンサートができるので、僕らも気持ちが高まる中でこの日を迎えると思いますので、ぜひ観に来て下さい。
(おわり)
作品情報
「Timeless 」
発売日:2022年8月24日
メーカー:ユニバーサル ミュージック 品番:UCCY-1116 定価3300円(税込)
☆収録楽曲
Timeless~時~ / Timeless~きせき~ / Stella / Dance in the Forest / Family / Eagle II / NBAYEH / Cobrette / COBRA / HAC / MAMMAWEH-A! / Twenty Fingers Boogie / Victory
ライブ情報
〇レ・フレール結成20周年記念ピアノコンサート Timeless
2022.10.07 高崎芸術劇場 音楽ホール(第33回高崎音楽祭)
2022.10.22 Bunkamura オーチャードホール
レ・フレール公式サイト:https://lesfreres.jp/
〇小さき花の音楽会「斎藤守也バリアフリー・ピアノコンサート with タニケン」
2022.10.10 神奈川・横浜 あーすぷらざ プラザホール
2022.10.15 岐阜・不二羽島文化センター みのぎくホール
2022.10.16 三重・津市久居アルスプラザ ときの風ホール
斎藤守也 公式サイト:https://moriya-saito.com/
〇斎藤圭土 ピアノコンサート2022
2022.11.04 東京・渋谷 Hakuju Hall
斎藤圭土 公式サイト:https://boogie-woogie.jp/