森山直太朗「この曲はここに辿り着いたんだ」新曲「茜」に込めた想いとは
INTERVIEW

森山直太朗

「この曲はここに辿り着いたんだ」新曲「茜」に込めた想いとは


記者:村上順一

撮影:村上順一

掲載:22年09月21日

読了時間:約8分

 今年10月にメジャーデビュー20周年を迎える森山直太朗が、シングル「茜」を配信リリースした。同曲は、7月から放送されているドラマ『家庭教師のトラコ』(日本テレビ)の主題歌。同ドラマは『家政婦のミタ』『過保護のカホコ』を生んだ、脚本・遊川和彦氏×プロデューサー・大平太氏が手掛ける「合格率100%を誇る謎多き家庭教師」の主人公トラコ(橋本愛)が、受験勉強よりも難問だらけの3家族を救う個別指導式ヒューマンドラマ。森山が遊川和彦×大平太両氏の作品に主題歌を提供するのは、ドラマ『同期のサクラ』(日本テレビ)以来約3年ぶりとなる。

 その「茜」は、2017年に森山自身が行った舞台公演の時に書いた楽曲。今回、新たに歌詞を書き直し、瀬川英史のアレンジによる壮大なストリングスサウンドが、楽曲のスケール感に見事にマッチした、ロストバラードに仕上がった。インタビューでは、ドラマ『家庭教師のトラコ』を観て感じたこと、楽曲タイトルの「茜」という言葉に込めた想いについてなど、話を聞いた。

相応のきっかけが必要だと思っていた

村上順一

森山直太朗

――8月10日に配信リリースされた「茜」は5年前に行われた劇場公演「あの城」で披露された曲なんですよね。

 そうです。でも、曲としては7年ぐらい前に作っていたものでした。「あの城」はシアトリカルなミュージックライブだったので、その景色に「茜」が合うなと思い披露しました。いつもそうなんですけど、自分が見てきた景色などが根っこの部分にあって、そこに物語が肉付けされていきます。当時、物語がないまま作っていた「茜」の内容と、ドラマ『家庭教師のトラコ』を経て、今の自分のフィルターを通った「茜」は全く違うものになっています。長い旅をしてきたけれど、この曲はここに辿り着いたんだ、というような感覚。ずっと寄り添っていけるテーマになったと思います。

――歌詞も変わって。

 当時から<何より大切なもの><茜色に染まるあの空>という歌詞はありましたが、他は変わりました。

――ずっとリリースせずにいたのは理由があったのでしょうか。

 僕も早くリリースしたいと望んでいましたが、リリースする時には自分の中で、それ相応のきっかけが必要だと思っていました。そんなことを考えているうちに、どんどん自分の引き出しの奥にしまわれて行ってしまって。

――そのきっかけとなったのが『家庭教師のトラコ』だったんですね。

 『家庭教師のトラコ』の主題歌のお話をいただいて、それについてスタッフと話している時に、「このドラマに『茜』が合いそうだよね」という話題になったんです。自分もこのドラマに合うのは「茜」しかないんじゃないかと思ったので、主題歌として今回提案しました。そういった経緯もあり、この曲をリリースする良いきっかけを、ドラマとスタッフからもらったみたいな感覚なんです。

――『家庭教師のトラコ』は直太朗さんにはどのように映っていますか。

 僕がこの作品に最初に触れたのは脚本でした。遊川(和彦)さんの作品はこれまでも見てきましたし、一筋縄ではいかない独特な光と影を持っている世界観なので、すごく興味がありました。主人公のトラコもミステリアスで、すごく執着しているものがあると思うのですが、それが結末まで見ないとわからない。トラコの衝動がわからないんですよね。

 もちろんトラコが家庭教師ということでお受験、成績向上というのは入口としてあるんだけど、子どもが育っている環境は学校の前に家庭、両親にある。今はトラコのように家庭環境に土足で入っていくようなお節介な人はいないし、そういう時代ではなくなってきていますよね? 子どもにただ勉強を教えるのではなく、その土壌から掘り返す。ちょっと『笑ゥせぇるすまん』のような面白さがあるなと思いました。

――トラコ役の橋本愛さんが、ドラマが進むにつれて、「茜」がトラコ自身とこの曲が一体化する、とコメントされていたのですが、私もそう感じてならないです。

 そうあって欲しいですよね。<何より大切なもの 雲の随に 君は僕に教えてくれた>という歌詞が、トラコが家族や子どもたちを成長させるためだけの関係ではなく、トラコ自身が君にとっての誰なのか、全然違う物語みたいなものが、曲との親和性に繋がっていったらとても嬉しいです。

――アレンジはどのように作られていったのでしょうか。

 「茜」は、僕の中でこういうアレンジにしたいと決まっていて、この曲のアレンジをお願いできる人は限られてくるなと思いました。ドラマの景色に感化されて出来上がった曲だから、劇伴作家の方が良いなと思い、瀬川(英史)さんしかいないと思いました。僕はNHK連続テレビ小説『エール』に役者として出演させていただいたのですが、その時の音楽を担当なさっていたのが瀬川さんでした。その流れで『エール』に出演していた、窪田正孝くんや中村蒼くん、山崎育三郎くん、堀内敬子さんと僕が『紅白歌合戦』に出演した時の、瀬川さんの楽曲アレンジが本当に素晴らしくて。まずドラマという景色があって、そこにどう寄り添うのか、その道筋や方程式がある人というところで考えると、もう瀬川さんしかいないと思ったんです。

 瀬川さんとは時間が許される中で、根気強くキャッチボールをしました。瀬川さんはすごく作家性が強いし、アーティスティックなんだけど、建築で例えると施工主の期待に応えながらどう個性を出していくのか、というプロフェッショナルイズムにすごく感動しました。僕と瀬川さんの電話でのやりとりをみんなに聞いてもらいたいくらい(笑)。それは、僕と瀬川さんと2人で3年くらいの時をかけて構想を練っていたような、実際にそれはこの曲ができてからのこれまでの7年間を埋めるような作業でした。

「茜」という言葉に込められた想いとは

――ミュージック・ビデオの撮影はいかがでした?

 監督の太田良くんによる、すごく写実的な世界観のある作品になりました。映像は映像で独立した物語があった方が、きっとこの曲がよりよくなるだろうなと思いました。トラコに導かれるようにこの曲が引っ張り上げられて、瀬川さんのような物語に寄り添う方にアレンジしていただいて、最終的にこの映像によって「茜」がよりよくなった感覚があります。

――中村蒼さんが登場しているのも熱いですね。

 僕は蒼くんのことが大好きなんです。今回、『家庭教師のトラコ』で蒼くんが福田福多役で登場するということを聞いて、MVをストーリー性があるものとして作れるのだったら、太田良脚本・監督、中村蒼主演でやってみたいと思いました。僕は歌唱パートで出演していますが、もうこのMVは中村蒼くんと太田良くん2人の作品なんじゃないかと思っています。

 このMVはデジタルではなくフィルムで撮りました。テープの長さが決まっているので撮影も緊張感があったんですけど、その中で雨を降らせたり、夕日の時間帯に撮影するという制約もあったりしましたが、面白い撮影でした。とにかくこの景色の中に、蒼くんがいてくれたことが本当に嬉しかったです。

――「茜」というタイトルは、さまざまな意味を内包しているんじゃないかと思ったのですが、直太朗さんはどのような思いを込めてこのタイトルにされたのでしょうか。

 歌詞に<茜色に染まるあの空>というフレーズがあるんですけど、それぞれが見ている茜空の景色があると思いました。理由は2つあって、<何より大切なもの>というのは、君が僕に生きることで教えてくれたものなんです。もう一つの<愛より確かなこと>というのは、いま僕らが生きているこの時間の何億年も前から昇っては沈んでいく太陽のことなんです。これってすごいことだと思っていて、僕たちが生まれる前から、陽が昇っては落ちるということをずっと地球上で繰り返していて、そういう営みがあって、我々のすったもんだが存在しているわけです。

――確かにそう考えるとすごいです。

 この主観と客観を僕はこの曲の中で描きたくて、それを象徴するのが「茜」というなんとも捉え所のない色でした。調べてみると、茜というのは朱色のことで、自分たちが生まれた場所のアイデンティティに繋がっている。見上げた空の色彩の奥にそのことを感じられると思いました。今はよくも悪くもボーダレスな社会になっていますし、僕らにしかない感性、表現できないものの一つの象徴として、この「茜」が言葉を超えて、いろんな人に伝わったらいいなという思いがあります。

 僕ら日本人は極東にある小さな島国で育って、いろんな歴史と文化から自分たちなりに折り合いをつけたり、またそれを破壊したりして、社会の中で這いつくばって生きています。7年前に作った時よりも、解釈がより普遍的で壮大になったというのは、7年という時間をかけて良かったなと思います。

新しくて懐かしいステージになる

村上順一

森山直太朗

――20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』も前篇が終了しましたが、やってみていかがでした?(取材時)

 初めて弾き語りのワンマン、これまでのコンサートではまだ行ったことがない地域もたくさん行くことができました。その一つひとつが忘れえぬ、かけがえのない経験になっていて、本当にやって良かったなと思っています。

――“全国一〇〇本ツアー”は以前からやりたかったことだったみたいですね。

 はい。ただ、それとは裏腹に最初は<前篇>の弾き語りスタイルではやりたくなかったというところもあったんです。今までもイベントとかで30分くらいのステージを弾き語りでやったことはありましたが、ワンマンで2時間も自分のギターだけだと、少し照れくさいところがあったのは正直なところです。でも、歌唱、曲、ギターの奏法などは、そうでもしないとなかなか向き合わないので、今回自分の鍛錬の場としても、突き詰めた先にある自分にしかできない表現と対峙できたので、少なからず希望と気づきがありました。

――まだ先は長いですが、どのような気持ちでツアーを駆け抜けたいと思っていますか。

 “全国一〇〇本ツアー”と銘打っているのですが、<前篇>弾き語り・<中篇>ブルーグラスバンド・<後篇>フルバンドという3種類のツアーが連なって、結果述べ一〇〇本になったというイメージなんです。僕のモチベーションは一本一本のライブ、目の前の1曲なんだけど、大きくはこの3つの世界観を自分なりにどう表現するのか、達成するかというところなので、今からすごく楽しみです。ここから先は、新しくて懐かしいステージになるのではないかなと思っています。バンド編成でやった時に美術や照明によって、同じ曲でも違う世界観、時間や景色を感じてもらえると思うので、曲の持っている普遍的なチカラを信じて、自分の誠意に従って表現できたらと思っています。

(おわり)

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村上順一
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