eill 「プラスティック・ラブ」のカバーセンスに見る未知数の魅力

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eillが9月8日にリリースした4thデジタルシングル「プラスティック・ラブ」が好評だ。主要な各音楽ストリーミングサービスでリスニングが可能なこの曲は、竹内まりやが1984年に発表(アルバム『VARIETY』収録)した曲のカバーだ。アレンジには、現在の東京の音楽シーンを牽引する代表格の一人と言えるプロデューサー、Yaffleが参加している。 オリジナルよりもややスローなテンポ。過不足のないアレンジの匙加減。キャッチーなデジタルの使い方。ボーカルのエフェクト。そして何より一度聴いたら耳に残るeillの声と繊細な歌唱のニュアンスが印象的な一曲である。
初出の84年から今もなお瑞々しいオリジナルのリリックとメロディ、山下達郎が手掛けたアレンジの素晴らしさは言うまでもないが、それと同時にeillの「プラスティック・ラブ」は2021年のポップスとして極めて優れたバランスをも備えていると感じられる。
そもそもeillと「プラスティック・ラブ」は非常に興味深い組み合わせだ。すでに様々なメディアが報じている通り、近年、日本の“シティ・ポップ”が世界の多くの国でブームを巻き起こしている。竹内の「プラスティック・ラブ」はその火付け役となった一曲だ。
ここで“シティ・ポップ”について少しおさらいを。そもそも“シティ・ポップ”という言葉に明確な定義はない。幾つかの要素を挙げれば……
・1970年代後半から80年代にかけてリリースされた日本の音楽で……
・なかでも特にソウル、ディスコ、ブラック・コンテンポラリー・ミュージックやファンク、クロスオーバーといった当時の海外の音楽の要素を取り入れた高度な演奏力と緻密なグルーヴを持ち……
・さらに日本人特有の歌謡的センスのメロディと高度経済成長を経た東京を背景とする孤独や哀愁の情景を描いたリリックが歌われていて……
・その全てが都会的な洗練を感じさせるメロウなサウンドで鳴らされたポップス。
……ということになるだろうか。
日本語版ウィキペディアでも指摘されている通り、ジャンルを指すように用いられる場合もあればムードを指して用いられる言葉でもある。“シティ・ポップ”の代表格としては、はっぴいえんど、大瀧詠一、シュガー・ベイブ、山下達郎、竹内まりや(※山下と竹内は82年に入籍)、吉田美奈子、荒井由実(現・松任谷由実)、大貫妙子らが挙げられる。いずれも当時としては極めてヒップな感覚の持ち主だったと言えるアーティストたちだ。
2000年代に入ると彼らの音楽がインターネットを超えて徐々に海外の音楽リスナーに知られていく。なかでも大きかったのは2010年頃にネット上で起こった“Vaporwave(ヴェイパーウェイヴ)”だろう。それは昔の音楽やゲーム、コマーシャルといったローファイなコンテンツのリアレンジというムーブメントだった。
こうした流れを背景に、DJ、クリエイターら多彩な顔振れによる様々な“シティ・ポップ”のリコメンドを経て、2017年頃から一気に再注目を浴び始めた一曲が竹内の「プラスティック・ラブ」だった。2017年7月、YouTubeでアップされた同曲の非公式動画は再生回数2400万回以上を記録し、そのコメント欄に英語をはじめとする多言語のコメントが投稿される。この動きを受けて、追って竹内の所属レーベルがアップした(今日視聴可能な)公式動画のコメント欄にも、やはり多言語のコメントが投稿されたのだ。
そしてeillについても少々おさらいを。現在23歳の彼女は今年4月に「ここで息をして」でメジャーデビューを果たしたばかり。「ここで息をして」は、TVアニメ「東京リベンジャーズ」のエンディング主題歌に起用され、AppleMusic J-Popランキングにおいて世界50カ国でトップ10入りを記録している。人気アニメのタイアップとの相乗効果も手伝って、ストリーミング総再生回数は現在3000万回を超え、そのうち4割は海外のリスナーだという。
自らソングライティングも手掛けるeillだが、その大きな魅力のひとつとして彼女の「声」への評価は多い。山下達郎のレギュラーラジオ「山下達郎の楽天カード サンデー・ソングブック」の8月22日放送回では、恒例企画「納涼夫婦放談」が放送され、番組中でeillの「プラスティック・ラブ」がかけられた。山下、ゲストの竹内はそれぞれeillについて「いい歌声」(竹内)、「新世代。(自分たちからすれば)孫ですかね」(山下)とコメントを寄せていた。eillは山下と竹内が所属するマネジメントオフィスの後輩に当たるアーティストだが、そうした繋がりで第三者への評価を語るほどこの二人のレジェンドは音楽について甘くはない。
さらに9月27日の日本テレビの情報番組「スッキリ」で組まれた彼女の特集コーナーでは、eill自身のインタビュー映像と併せて、これまでにコラボレーションやプロデュースでeillと音楽を制作したSKY-HI、Kan Sanoらが彼女の声、そして歌唱スタイルの特性について語るコメント映像も放送された。Yaffle然り、eillのボーカルが第一線のクリエイター/アーティストに注目されている様子が明快に伝わってきた。
K-POPをはじめとする様々な音楽をルーツに持つeillの音楽性はジャンルレスだ。同時にファッションアイコンとしての支持も上昇中の彼女の姿は、ひとつの流行にとらわれないZ世代の象徴のようにも映る。
誤解が生じないように敢えて書くが、別にeillの存在はいわゆる“ネオ・シティ・ポップ”のアーティストというわけではない。しかし、前述の通り、今日“シティ・ポップ”という言葉で括られるアーティストたちは、いずれも今よりも協調性が求められていた70年から80年代の日本において、自分らしさを貫き、ヒップな感覚を開花させた、言わば「イケてる」者たちだった。そして彼らは互いに交流を図っていた。
前述の山下のラジオで、山下竹内夫妻はeillについての話題をこう閉めていた。
「何しろ「プラスティック・ラブ」、山のようにカバーがあるので」(山下)
「ありがたいですよね。こんなことになるなんて。37年前ですかね。よかったね、頑張って作っておいて」(竹内)
いま「イケてる」eillが周囲の「イケてる」才能を引き寄せ、かつて極めて「イケてる」存在だった先達の鳴らした“シティ・ポップ”をカバーする。ある意味、隔世遺伝のような興味深い流れではなかろうか。
eillの公式You Tubeにて公開中の「プラスティック・ラブ」のミュージックビデオは、現在再生回数82万回(10月16日現在)をマークしている。コメント欄にはやはり英語や韓国語など日本語以外の言語によるコメントが多々書き込まれている。
昨年末には松原みきの「真夜中のドア~stay with me」が、突如、世界各国のApple Music J-PopランキングやSpotify グローバルバイラルチャートにランクインするというニュースも飛び込むなど、まだまだ海外のリスナーの“シティ・ポップ”のディグは止みそうにない気配だ。そうしたリスナーからの注目、もしくは声の引力、世代への共鳴など幾つもの入り口を持つeillの「プラスティック・ラブ」は、これからもっと多くの新たな世界中のリスナーとの出会いに恵まれる可能性と伸び代を備えているはずだ。eill自身の成長と共に今後の推移が楽しみな一曲である。【内田正樹】
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