佐藤千亜妃「今しかできないものが作れた」ソロで感じた“共鳴”とは
INTERVIEW

佐藤千亜妃

「今しかできないものが作れた」ソロで感じた“共鳴”とは


記者:村上順一

撮影:

掲載:21年09月14日

読了時間:約10分

 シンガーソングライターの佐藤千亜妃が15日、約2年振りとなる2nd Full Album『KOE』をリリース。本作にはフジテレビ4月期木曜劇場『レンアイ漫画家』主題歌「カタワレ」や先行配信された「声」、「Who Am I 」を含む全12曲が収録されている。佐藤千亜妃は4人組バンド「きのこ帝国」のVo/Gt/作詞作曲を担当し、(バンドは2019年5月27日に活動休止を発表)現在はソロで活動。約2年ぶりのフルアルバムは自身の内面を深く掘り下げたようなコアな1枚になったという。インタビューではこの2年間で考えていたことや、以前から“声”をテーマにした作品を作ってみたかったという、その真意に迫った。【取材=村上順一】

今しかできないものが作れた

『KOE』通常盤ジャケ写

――以前から声をテーマにアルバムを作りたかったとお聞きしています。

 はい。ソロでやるならば自分の声にフォーカスした作品を作りたい、という思いがありました。実は前作『PLANET』の時に今回収録されている曲の半分くらいは完成していたんですけど、そのとき既に完成していた「声」という曲がアルバムに入らないことになったので、そのテーマでアルバムを作るのはいったん諦めたんです。結果、『PLANET』はとてもバラエティに富んだアルバムになったのですが、2枚目のアルバムを作るとなった時に改めて“声”をテーマに作ろうと思いました。前作はパブリックなアルバムになったと感じていて、今回はもっと内面的、パーソナルな部分が掘り下げられるようなコアな作品にしたいと思って。

――半分ほど楽曲ができていたとのことですが、残りの曲はどんなことを考えて作られましたか。

 コロナ禍で家の中に1人でいるといろんなことを考えてしまうんですよね。例えば自分にとって音楽とはなんだろう、歌うことってなんだろう、そもそも自分とはなぜこの世に生きているんだろうとか。声にならない声、悲しい思いなど人には言えないことをみんな抱いて生きているのでは? と思いました。そんな時に寄り添えるのが音楽なんだと思えて。それによって作品のテーマがより深くなっていった感覚もあり、声だけではなく人生というものも考えて取り組めた作品になりました。それはコロナ禍の経験を経て今しかできないものが作れたと思います。

――佐藤さん自身も音楽に助けられたことも?

 去年はショッキングな事件が多かったと思います。私の周りでも音楽仲間が亡くなってしまったり…。それもあってミュージシャンの間ではそのことにすごく敏感になっていました。普段なら照れ臭くて言えないようなことも言ってましたから。コロナ禍で外では人と会えない状況下だったのでLINEなどで声を掛け合っていて。外に出られない中でも音楽家というのは音楽を作らずにはいられないんですよね。家では映画を見たりゲームをしたりすることもできるんですけど、どうしても音楽を作ることに向かってしまうというか。なので、私は音楽聴くよりも作ることで救われる感覚はありました。クリエイティブに自分は生かされているんだ、と実感した時間でした。

――音楽を作ることが止まる日はないのでしょうか。

 私は詞先で曲を作るので、普段から言葉を書き溜めているので基本、止まっているという感覚はないんです。でも、元気な時ほど音楽から離れているような感覚があって、ちょっとモヤモヤしている時に、何か発見があったり感動したり、そういう時に表現したいものが生まれてくる感じがしています。でも、そういう日ばかりだと体力的にしんどくなってしまうので、あえて「今日は何もしない」という日を作ったりしていて。私は自然に切り替えができないタイプで、一度集中してしまうとご飯食べること、水を飲むことすらも忘れてしまうくらい(笑)。曲を作り終わるまで寝たくなくて。寝てしまうと自分の中にあったストーリーが終わってしまう感覚があります。

――音楽以外でもその集中力でできるのでしょうか。

 できると思います。例えば海外ドラマとかも一気見してしまうタイプなんです。自分の中で区切りがつかないと終われないという(笑)。

アルバムの裏テーマは生音

――1曲目に収録されている「Who Am I 」は先ほどお話していた仲間が亡くなってしまったことも関係している?

 それよりもちょっと前に、とある番組に出演していた女性が亡くなってしまったことがあって、その時に感じたことを歌詞にしました。私はその番組をいつも楽しみに見ていたので、そこに出演していた方が亡くなったと聞いてすごくショックを受けました。その頃からSNSでの言葉の投げ方がより激しくなっているような気がしていて...。それはみんなも外出できないなど抑圧されて出てきてしまっている部分もあったと思うんです。結果、私たちはSNSでの言葉が人を殺めてしまうという流れをリアルタイムで俯瞰して見ていた状態で、今思えばその時が一番、音楽が手につかなかった時かもしれないです。その番組を面白がって見ていた自分も加害者側に加担していなかったのか、と問われたら否定できない自分もいて。

――相当ショックだったんですね…。

 何もできない時間が1週間ぐらい続いていたと思うんですけど、アルバムの制作も始まっていたので、作りかけの曲を作り始めました。その時にこんな時こそ音楽で何かを表現したい、しっかりと作品として残しておかないと音楽家としての意味がないのではと思いました。綺麗な部分だけ描くのではなく影の部分や汚い部分とも向き合っていかなければと思ったので、しっかりと向き合って作った曲が「Who Am I 」でした。作っている時は辛い気持ちでしたが、出来た時に少しだけ落とし所が見つかったような感覚がありました。自分がこの先、どうやって生きていけばいいのか省みる機会にもなりましたし、想いがすごく強い曲です。

――SNSでの誹謗中傷が目立つ現代で、解決策を見つけるのも大変ですよね。

 「Who Am I 」の歌詞に<立ち上がる勇者を 影で嘲笑う方が楽だけど>とあるんですけど、嘲笑っている側は何かに傷ついていて、同じように誰かを傷つけないと立っていられないんじゃないかと思っていて。<かさぶただらけのその指で>という歌詞にも繋がるのですが、誹謗中傷をしている人の過去に何があったのか、なぜそうなってしまったのか、というのを考えるとすごく難しい問題で、自分もそっち側になってしまうこともあるんだな思いました。

――アルバムの1曲目にしたのも、並々ならぬ想いから?

 裸の声、アカペラから始まるというのも大きいです。自分の根底にあるテーマみたいなものを一番最初に皆さんに聴いてもらいたいなという気持ちがあったんだと思います。自分が何者かというのは皆さんも考えることがあると思うんですけど、その答えが最終的に出るかわからないけど、頑張って生きていきたいと思っていて。

――色んなミュージシャンが参加されていますが、どのように選ばれたのでしょうか。

 頭の中で鳴っているイメージの音があって、そのイメージに合う方に声を掛けさせていただきました。共同プロデューサーの方に相談したり、ミュージシャンを紹介していただきました。

――ドラムは石若駿さんが多くの楽曲に参加されていますが、初めてですか。

 初めてでした。良い意味でドラマーっぽくないなと思いました。これまでもライブで色んなドラマーの方とご一緒させていただきましたが、石若さんはこれまでの方々とはまた違うと言いますか、「生き物が好きにドラムを叩いている」といった感覚で、それがグルーヴと呼ばれるものに繋がって行くんだろうなと。バスドラムの重心だったり、一つひとつの音が彼の色になっているという印象を受けました。それがすごく光る瞬間があって、それがバンド的になるなと思って今作ではたくさん叩いて頂きました。今回、生音にこだわった作品にしたいというのも裏テーマとしてありました。バンド感というのは上手いだけでは出てこなくて、音に個性、音の記名性みたいなものがバンドサウンドの要になってくると思っていて。

――アルバムタイトルは「KOE」とローマ字で表記されていますが、どんな意味が込められているんですか。

 3月に「声」という楽曲を先行でリリースしていたので、それとの差別化というのと、声というのは形がないものなので、色んな声として捉えて欲しいなと思って。アルファベットにすると異国のような感じもするし、意味が曖昧になるところが良いなと思いました。

――今作の核になっている「声」はどんな気持ちで書かれた曲なのでしょうか。

 2年前に良いメロディのバラードを作りたいと思って、何曲もバラードを書いていた中の1曲でした。歌詞を推敲していく中でアルバム全体のことを考えた時があって、声にならない声を大事にしたいなと思いました。それは自分の中で音楽とニアリーイコールで、声にならない、言葉にならないところをサウンドが補って、音楽として成立すると私は思っていて。間奏やアウトロの掻きむしる感じは言葉にすると捉えづらいところだけど、音になると一緒に共鳴するようなところが音楽は沢山あって、余白をそれぞれの形で埋めてくれるものかなと。その中で「声」はあまり音を足しすぎないようにしていました。

 曲は雪景色をイメージしていて、特にギターは雪が思い浮かぶ音じゃないとダメだと話していて、私の中ではそれを表現できるのは名越(由貴夫)さんしかいないなと思いました。景色の中で見える音というのが重要で、この人に頼めばこうなるだろうと逆算してミュージシャンの方をお呼びしていたので、特にこう弾いて欲しいとかリクエストはしていなくて。弾いていただいたもの全てがオッケーテイクという感じでした。

――共鳴という言葉はSNSでも仰っていましたね。

 曲が進むべき道標みたいなものがあって、言葉で言わなくても自然と通じ合っていることが多いと感じています。音を鳴らす高揚感の中に同じような共鳴が混じっていて、それがライブで爆発してすごくスペシャルなものになる。それこそ形のないものだなって。

――『KOE』というタイトルにも重なるところがありますね。

 プレイヤー同士のストーリーとして共鳴というのはすごく大事なプロセスだなと思いました。長くやっているバンドで感じられるような感覚、今回ソロのプロジェクトで偶発的にそれが起こったことがすごく嬉しかったです。

「棺」はハイパーラブソング!?

『KOE』初回限定盤ジャケ写

――「棺」という曲は今作の中でもすごく異質な1曲だと感じました。この曲ができた背景をぜひ知りたいです。

 実はこの楽曲が今作の中で特に気に入っている曲なんです。こういう曲を作ろうと思ってできた曲ではなく、自分の中からふっと出てきたメロディや言葉でした。一番フラットにできた曲だと感じています。でもすごく実験的ではあって、Aメロではフォーキーな歌メロなのにリズムはバックビート感が強いヒップホップ感が出ていて、サビでは壮大で不思議なオーケストレーションとともに歌がグイグイと伸びていくような。現場でも作っている時に「これなんてジャンルなんだろうね」と話していて。ジャンルレスな1曲が出来たなと思っています。

――歌詞の背景は?

 私は東北出身で雪国なんですけど、幼少期からひたひたとした孤独な感覚、世界で一人で生きているような感覚を突きつけられることがあって。でも、そうではないと思える人に出会った場合、自分を傷つけられるのはその人だけだし、逆に生きたいと思わせてくれる人もその人だけだったりするなと思ったところからできた歌詞でした。「棺」は切実な愛の歌、ハイパーラブソングだと思っています。「Who Am I 」や「カタワレ」から入っていただいて、こういう曲もあるんだと最後にたどり着く曲になっていたらいいなと。

――タイトルからすごく惹きつけられますし、ラブソングだと思われにくいですよね。

 すごくドープな作品だと思われますよね(笑)。最初は「棺」ではなくて「Calling You」というタイトルでした。すごく綺麗なタイトルではあるけれど、自分の中でどこかしっくりこなくて。歌詞を改めて読み込んで思い切って「棺」にしました。

――究極の愛を感じます。

 曲調的に変な雰囲気になるかもしれないですけど、ウェディングソングとしても捉えられるかなと。リード曲にしたいくらい気に入っていますが、たとえば今この曲を皆さんが好きになってもらえなかったとしても、10年後、20年後に刺さる曲になってくれたらいいなと思っていて、タイムカプセルを埋めているような感覚にも近いんです。

――これが結婚式で流れたら、相手への真の愛を感じますよ。最後に佐藤さんはこの先どんなことを追求していきたいですか。

 1stアルバムが完成した時に、次は自分の名刺がわりになるような、私にしか作れない作品にしようと思っていたので、今作は今まで以上にジャッジを厳しく作りました。たとえば、自分が表現するのであればここは綺麗な歌声よりも少し濁った言葉の方がいいんじゃないか…など、本当に細部にまでこだわったんです。今作はコアでハードな作品ができたと認識しているので、次作は踊れる作品を作りたいなと思っています。躍動的だけど心も動くような音楽を作りたいなといろんな音楽を聴いて探っていて。その作品を出せる頃には世界がコロナ禍から解放されていると信じて、「動き出すよ」といった躍動感のある作品を作れたらいいなと思っています。

(おわり)

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