ミレニアル世代の指揮者兼クラシカルDJの水野蒼生が3月31日に、歌曲を現代的アップデートしたアルバム『VOICE - An Awakening At The Opera -』をリリース。ザルツブルク・モーツァルテウム大学 オーケストラ指揮及び合唱指揮の両専攻の第一ディプロム(学部相当)を首席で卒業した。2018年にクラシカルDJとして名門レーベル、ドイツ・グラモフォンからクラシック音楽界史上初のクラシック・ミックスアルバム「MILLENNIALS-We Will Classic You-」でCDデビュー。3作目となる今作では「人のリアルな歌声はこの世で最も優れた楽器である」というコンセプトを基に、「オペラ、歌曲の現代的アップデート」を試みた。MusicVoiceではアンケートを実施。今作『VOICE - An Awakening At The Opera -』でのこだわったところや、歌ものとインスト作品での意識の違い、クラシック音楽の可能性など聞いた。【取材=村上順一】

真の意味でのポスト・クラシカルになった

『VOICE - An Awakening At The Opera -』ジャケ写

――3枚目となる作品ですが、今回の構想、「オペラ、歌曲の現代的アップデート」というコンセプトはいつ頃から考えていたものでしょうか。そして、今アルバムが完成してみてご自身の中でどんな1枚になったと思いますか。

 前作の『BEETHOVEN』をリリースしたのがちょうど一年前、その後すぐに社会はコロナウイルスの大流行となり緊急事態宣言が発令され、自宅で空白の2ヶ月間を過ごしました。その最中に自然と歌が出来上がり、それがこのアルバムの最後に収録されている「VOICE Op.1」となりました。この一曲がきっかけとなって「歌もの」の作品に挑戦しようという思いが生まれ、こうしてアルバムという形に仕上がりました。

 今作は真の意味でのポスト・クラシカルになったと思います。いわゆるジャンルとして定義されている「ポストクラシカル」ではなく、まさにクラシック音楽のポストプロダクションとしての1枚。また、様々なジャンルのボーカリストたちに参加してもらえたことによってジャンルの壁を壊す作品にもなったかと。

 21世紀に入ってからメジャーシーンの音楽は常に様々なジャンルとのクロスオーバーによって発展を続けています。しかしやはりクラシック音楽というのはその交わり続け進化していく音楽とは少し違う位置にいると考えていまして、クラシック音楽としての文脈をリスペクトし踏襲しながら他文化のリズムやサウンドを用いてより現代にフィットさせ拡張していく事は難しい反面とても楽しい作業でした。

――今作はインストではなく多彩なボーカリストを招いた歌もの作品となりました。今回参加されたボーカリストを選ばれた経緯を教えて下さい。

 自分がリスペクトする大好きな音楽家の方々にお声がけしました。選曲の段階でも楽曲とボーカリストの相性を考えて選曲も進めていきました。

 小田朋美さんが参加しているバンドCRCK/LCKSがずっと大好きでして、その澄んだ歌声とコンテンポラリーとポップがとてもハイレベルで共存している音楽性に惹かれ続けていました。楽曲との相性も抜群で、小田さんらしいコーラスがとても映えるものになったと感じています。

 Louis Perierrさんは僕の知人がやっているオルタナティブロックバンドCHAILDのボーカリストで、声の表現ボキャブラリーが豊富な上、日仏のハーフという事でフランス語ネイティブ。これ以上のHabaneraの適役はいませんでした。繊細なウィスパーからスタジアムでも通用するような太いハイトーンまで、彼の魅力がふんだんにこの1曲には詰めることができたと思っています。

 ROTH BART BARONの三船雅也さんとは数年前から交流があり、アルバム「けもののなまえ」の東京公演ではオープニングアクトでクラシカルDJをさせてもらったこともあります。「俺たちの共通点の一つは壮大さだよね」ということをレコーディングの時に三船さんと話していて、まさにその共通点を最大限に活かせた一曲になったと感じています。

 君島大空さんは日頃からヘビロテしていた大好きな音楽家だったので歌っていただけた事はとても嬉しかったです。この「献呈」の作曲家シューマンと君島さんの音楽性は似ていると以前から感じていました。具体的にあげると、ロマンティックで叙情的な側面とダイレクトな力強い音楽表現が両立している点、ですかね。また君島さんのボーカルは日本語の持つ抑揚に面白さを感じていたのでこれはオリジナルの詩を超訳したものを彼に渡しまして、それをとても気に入ってくださったこともとても嬉しかったです。

 chamiさんは彼女もこの春にAPOLLO SOUNDSからEPをリリースするアーティストですが、その制作に少し携わらせていただいておりまして、その彼女の作品の中で賛美歌的なものを共に作った時の感触が素晴らしく、「アヴェマリアを声だけでどこまで拡張できるか」という挑戦にぴったりのシンガーだなと感じオファーさせてもらいました。彼女の持つボーイソプラノのようなピュアな歌声が多重に重なることで大聖堂で聴く少年合唱のような響きが生まれ、それをとても気に入っています。

 角野隼斗さんはプライベートでも仲良くさせてもらってるピアニストです。彼には僕が作った楽曲にピアノを入れてもらいましたが、ピアノの譜面は自分は50%しか作らずに、彼のフィーリング、エッセンスがふんだんに入ったプレイングをレコーディングの時にはしてもらいました。クラシカルな楽曲なのにフリーセッションのようなグルーヴが出たことにより僕の作った楽曲にガソリンを注入してもらったような感覚です。ピアノが入ってようやく作品として動き出しました。

――水野さんが歌い手に求めるものとは?

 いい意味で楽曲の慣習を壊してくれる強いアイデンティティですかね。「他ジャンルのミュージシャンがクラシックに挑戦する」というケースではクラシック音楽の中にある「楽譜通り、作曲家の意思は絶対」といったアカデミックな側面からのプレッシャーでそのミュージシャン本来のパフォーマンスが萎縮してしまうことが多々あります。今回参加してくれたボーカリストのみんなは萎縮するどころか、いつもと違うフィールドをどこまで自分色に染め上げることができるか、みたいな意欲に溢れていて原曲のいいところは残しながらもしっかり「自分の歌」として歌ってくれました。

ルーツにクラシックを持たない人間の客観的な耳が欲しかった

――選曲段階で「地域、文化の多様性」を意識されたとのことですが、今回さまざまな地域の楽曲を一つのアルバムに落とし込んだことによって、どのような気付きがありましたか。

 最初は意識していたわけではなかったのですが、数曲決まった段階ですでに綺麗に国や地域が分かれていたのでこれは面白いな、と思ってその後は違う文化の作曲家、作品を選んで行きました。当時の欧州は国境のラインというものこそ曖昧でしょっちゅう書き換えられる時代でしたが、国境が変わろうとその土地の文化や言語はそう簡単には変わりません。「クラシック音楽」と一括りにされてしまうことの多いジャンルだからこそ、クラシックの中でもこれだけ違うんだ、ということに気づいてもらえたらと思います。

――アルバムとしての曲の流れも美しいのですが、曲順はどのように考えていましたか。

 個人的に、コンセプチュアルなコンテンツが大好きなんです。今の音楽シーンはアルバム単位よりも圧倒的に曲単位で作品が聴かれていますが、自分のアルバムはいつも「ただの曲集」にはしたくないという思いが強いです。特に今回は曲ごとに歌い手もバラバラなので、統一感を持たせるためにまるでDJ MIXを聴いているような感覚になるように曲間のタイム間の調節にはかなり拘りました。

――インストと歌もの、どのような意識の違いをもって作品制作に臨まれていますか。

 歌には他の楽器には表現不可能である「言葉」の表現があります。また人間にとって最も感情移入がしやすく、聴いていて心地良い響きを持つ最強の楽器であると考えています。また歌い手のモチベーションやフィーリングによってパフォーマンスが大きく変化します。レコーディングのディレクションではそういった面で自分の予想通りとは違った結果になることも多く「委ねる楽しさ」が特に多くあったかなと今考えるとあります。

――今作で新しい試みは沢山あると思うのですが、ご自身の中で最もチャレンジだったところや、こだわったところを教えて下さい。

 サウンドプロデューサーとしてもう一人プロデューサーを立てた事です。やはり自分はあくまでも「クラシックの人間」なので、ルーツにクラシックを持たない人間の客観的な耳が欲しかったんです。自分一人で作っていると出来上がるそれは結局クラシカル色が強く出過ぎてしまうので。サウンドプロデュースのSoushi Mizunoはマスタリング・エンジニアでもあるので音色、音質に対するこだわりがとても強く、彼から学ぶ事はとても大きかったです。

「クラシック音楽」という固定観念に疑問を持ってもらえたら

――アルバムの最後を締め括る「VOICE Op.1」は、心地良い音の空間に感動しました。この心地良さに繋がる秘密、楽曲に込めた想いなどありましたら教えて下さい。

 「VOICE Op.1」を自らで歌った事は大きな挑戦でした。元々自分は自分の声にすごくコンプレックスがありまして。この「VOICE Op.1」で歌っている歌詞の内容も「もしあなたの声に慣れたなら、一体どんな心地だろう?」という僕個人の思いが反映されている内容になっています。だからこそこの楽曲は自分で歌う必要があった、というより自分で歌わないといけないな、という思いが強くありましたね。そして上述したようにこの作品が生まれていなかったらこのアルバムの構想もなかったわけなので、特に思い入れがあったのだと思います。

 この楽曲だけは本当にクラシカルな編成でレコーディングしまして、この曲こそ一番クラシカルに聴こえると思います。そして、歴代の作曲家たちが100年前以上に生み出したオペラや歌曲の方がきっと新しく聴こえるでしょう。このエフェクトから「クラシック音楽」という固定観念に疑問を持ってもらえたらと思っています。

――水野さんの中でいま、クラシック音楽はどのような魅力に溢れていると感じていますか。私の中でクラシックは完成された音楽というイメージもありますが、どんな可能性を感じているかなどお聞きできたら嬉しいです。

 「クラシック音楽」という大きな括りを一言で語る事はとても難しいのですが、「数百年間チャートに君臨し続ける最強のモンスターミュージック」という事は言えるかと思います。クラシック音楽を演奏することを「再現芸術」というのですが、これから先の時代では「再現」だけで終わらずにテクノロジーを用いた「昇華」の方向性もより増えていったら予備知識等がなくてもフラットに楽しめる文化になっていく気がしています。

――本作の話からは少し脱線してしまうのですが、普段どのような環境で音楽を聴いていますか。

 大半はサブスクリプションで音楽を聴いています。家では制作にも使用しているモニタースピーカー、外ではノイズキャンセリングワイヤレスイヤホン。本当に好きな盤はLPで買ってそれでも聴きます。アナログの方がより集中して音楽に没頭できる感覚があるので。

――今作『VOICE - An Awakening At The Opera -』はリスナーにどんな風に楽しんでもらえたら嬉しいですか。

 欲を言えばアルバム単位で一つの群像劇を聴覚で楽しむように聴いていただきたいですが、どんな聴き方もできる作品になったと思います。ポップソングと同じプレイリストに入っていても聴き耐え得る内容だと思いますし、本当に自由に楽しんでもらえたらそれだけでとても嬉しいです。

――常に刺激的な作品を創りつづけていますが、ここからどんな展望、構想がありますか。

 映画音楽等劇伴の制作にとても興味があります。作曲もこれからさらに勉強していきたいです。自分で曲を書く事でより、いわゆるクラシックの作曲家たちが作品に込めた思いが見えてくる感覚もあるので。あとは引き続き様々なジャンルのアーティストの方々とクロスオーバーし続けていきたいです。

――最後にファンの方にメッセージをお願いします。

 いつも見守って応援してくださる方々のおかげで、早くも3枚目のアルバムをリリースすることができました。本当に感謝! 今までのクラシックカルチャーには為し得なかった超大規模の熱狂の景色を皆さんと一緒に作り上げることができるようにこれからも新しい可能性を先陣きって進んで行きたいので、ついて来てもらえたら本望です。よろしくお願いします。

(おわり)

作品情報

『VOICE - An Awakening At The Opera -』
2021年3月31日発売
CD:UCCG-1882/定価2,750円(税込)
試聴・購入はこちら https://umj.lnk.to/AoiM_voicesSO

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