歌手の坂本冬美が、桑田佳祐より提供された楽曲「ブッダのように私は死んだ」。2020年の11月11日にリリースされたシングルで、『第71回NHK紅白歌合戦』でも歌唱され大きなインパクトを残した。坂本冬美のこれからの歌手人生のなかでもターニングポイントになるであろう同曲の魅力に迫りたい。

夢が叶った「ブッダのように私は死んだ」

 1987年「あばれ太鼓」でデビューし、1994年にリリースされた「夜桜お七」など代表曲を持つ彼女は、昨年の『第71回NHK紅白歌合戦』で32回目の出場を成し遂げた。今回歌唱した楽曲はサザンオールスターズの桑田が23年ぶりに楽曲提供し話題となった「ブッダのように私は死んだ」。2020年11月にリリースされ、現在ミュージックビデオも148万回再生を超えている。(1月10日時点)

 2020年はコロナ禍によりアーティストやミュージシャンも活動がままならない年だった。坂本もコンサートが中止、延期になったりと歯痒い1年だった。そのなかでオフィシャルYouTubeチャンネルで「坂本がテレワーク?自宅で自主練習の動画を公開」といった歌唱練習をしている姿を届けたり、9月にはガイドラインに沿った上で有観客でのステージを行なうなど、できることから活動の幅を広げていった。その中でも、『週刊文春』の巻頭グラビア「原色美女図鑑」に初登場したのは大きな話題となった。

 「さらに殻を破りたい」

 小媒体のインタビューの時に坂本が語った言葉で、今年デビュー35周年イヤーに突入する未来への気概を感じさせる。これまでもシリーズ化されカバーアルバム『Love Songs』などポップスの楽曲を歌い、坂本の振り幅、殻を破ってきた。中でもビリー・バンバンのカバー「また君に恋してる」はヒットし、もしかしたら坂本のイメージをその曲に持っている人も多いのではないだろうか。

 「歌手人生はこの歌にたどり着くためにやってきたものだった」と、この「ブッダのように私は死んだ」をリリースした当時の坂本の言葉からもわかるように、この曲への思い入れの強さがうかがえる。

 新曲での紅白という晴れ舞台、インタビューでも「この曲をヒットさせることが、今の私の使命」と語っていた事が一つ形となって表れた。そして、紅白での囲み取材で「魂を込めて、その後倒れてもいいぐらいの気持ちで、歌わせていただきたいと思います」と、意気込みを話していた通り、その気概を感じさせてくれる力の入った歌唱だった。

 「ブッダのように私は死んだ」は、演歌、歌謡、ポップスというジャンルの中で2020年現代の音楽業界に一石を投じる作品になったのではないだろうか。まず、桑田が他の歌手に楽曲を提供したということだけでも大きなトピックだ。23年ぶりという数字を聞いただけでも特別な楽曲になっていることが伝わってくる。

 この楽曲提供の経緯には学生時代からサザンオールスターズのファンである坂本が、2018年の紅白での初共演をきっかけに、桑田の楽曲を歌ってみたいという長年胸に秘めていた思いが再燃。桑田へ楽曲制作をお願いする“ラブレター”を綴り、運と縁、そしてタイミングが重なり2019年秋にレコーディングが行われ楽曲が完成。歌手になった当時から抱いていた夢が実現。さらに先日の『第71回NHK紅白歌合戦』では桑田が、“桑畑佳祐”という坂本の初恋の人という架空のキャラクターに扮してVTR出演。歌唱前の坂本へエールを送り、「ブッダのように私は死んだ」の口上を務めるという共演も実現した。

究極の愛を表現

 楽曲提供の可否の返事を貰うときには既に曲が完成しており、桑田の歌唱する同曲のデモを聴いて坂本は感動し、涙したという。その歌詞のインパクトも絶大だった。<目を覚ませばそこは土の中>と始まる歌い出しは、すでに主人公は亡くなっているだろうというもの。その大胆な切り口は太宰治の小説「人間失格」や「晩年」のような趣を感じさせてくれる。坂本本人もこの歌詞を初めて見たときには「あれ、この楽曲の中では、私は生きていない存在なのだろうか?」と思ったという。

 この楽曲は“歌謡サスペンス劇場”として描かれており、音楽を通じてドラマ、ストーリーが強烈にある事を感じさせてくれた。男性である桑田が女性の気持ちを書いたことで、主人公の男性に対する怨念や情念といったものは、この楽曲の不思議な魅力となっている。最後に<やっぱり私は男を抱くわ>と悟りを開いたかのような結びも秀逸だった。

 一聴すると死というワードを想起させるが、愛や母性を感じさせる歌詞世界だと感じた。愛していたが故に、命を殺められたとしても赦してしまう懐の深さ、ここまで人を愛する事が出来たらどんなに幸せだろう、と究極の愛を表現、描いたのではないかと思った。

 さらに好きになってしまった言い訳として<私女だもん>と、ここまでの流れとはまた違った可愛らしい表現も、ギャップとして一際印象に残っている。そして<ただ箸の使い方だけは無理でした>、<みたらし団子が食べたい>と、随所に主人公の本音ともいえる言葉が描かれているのも面白い。坂本もインタビューで「桑田さんだからこそ刺激的な言葉もポップなリズムで聴かせることが出来る、全てが計算され尽くしている歌だと思いました」とインタビューで語っていたが、まさにそれを感じさせてくれた一節だった。

 この楽曲の主人公を演じる坂本の歌唱にも注目したい。紅白でも演歌を歌唱する時とはまた違った、迫真の表現力を見せてくれた。この楽曲にはロック、ムード歌謡、ドゥーワップの要素も入っていることから、そのスタイルに対する坂本のスキルを存分に堪能出来る。全体的にコブシとはまた違った節回しを使用しているのも、演歌・歌謡とはまた違った坂本の魅力を打ち出していた。この楽曲の持つドラマを、抑揚をつけた歌声で静かに、かつ鮮烈に表現している。

 坂本と桑田佳祐のマリアージュは、歌謡ポップスというジャンルに新たな息吹を与えてくれた。聴けば聴くほど深みが増していく楽曲だ。作品のストーリーは自由で、聴いた人それぞれの解釈も生まれるだろうし、想像力を掻き立ててくれる。リスナーの楽しみ方も十人十色、様々な捉え方をしてみるのもいいのではないだろうか。【村上順一】

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