◆『ブラック・ウィドウ』
ブラック・ウィドウの日本語版声優を担当するのは7度目だ。その歴史は2012年公開の『アベンジャーズ』に始まる。この年は米倉涼子にとって重要な一年だった。7月にブロードウェイミュージカル『CHICAGO』で主演を飾り、その後6期続いた代表作『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』もこの年に始まった。
「この3作品は私にとって宝物です」
あるテレビ番組が、『CHICAGO』の様子を追っていた。舞台に立つ米倉は威風堂々たるものがあった。しかし公演を終えた楽屋に親しい人が訪れた瞬間、緊張が一気解けてはしゃぎ、涙した。ロキシー・ハートという役、そしてブロードウェイの重圧を脱いだ彼女は少女のように目を輝かせていた。
大抵見えるのはその人の一部でしかない。ましてやステージや映像に立つ俳優はその役柄を生きる。『ドクターX』大門未知子の名セリフ「私、失敗しないので」にも象徴されるように、強い女性を多く演じてきた彼女にはそれがついて回る。
過去に米倉はこう語っていたことがあった。「役として求められるのは、強い、負けない、怖いみたいなキャラクターです」。しかし、近しい知人には「もっと自信を持て」と言われる。「だからこそ大門未知子のように、自分では言えないようなことが言えるので楽しい」と。
昨年放送の第6期。その制作会見で米倉は自身が「低髄液圧症候群」を患っていたことを告白。その経験が役柄に影響を与えると明かした。「よく大門未知子は『オペをしないと死ぬよ』と言いますが、それも愛情を込めてのことだというのは分かっていましたが、また違う捉え方になったと思います」
原石は磨かれ輝き放つダイヤモンドになる。それを研磨するのは経験や努力などだ。強い言葉、強い表情、強い気持ちに隠れた本心。そこに本来のその人が持つ魅力がある。
行動には結果が伴うが、その過程の行動は表には表れない。米倉は不安を打ち消すために「練習と振り返ることが大事です」と言い、努力には「終わりはないと思っています」と語る。「ぎりぎりまで努力するという事が自信につながるかどうかは分からないけど、後悔はしないです」
『CHICAGO』の舞台裏で流した涙は、そうした見えない努力の結晶とも言える。
明かされるブラック・ウィドウの過去
表には見えないもの――。ブラック・ウィドウにも重なるところがある。
これまでアベンジャーズの一員として何度も地球や仲間を救ってきた。孤独な暗殺者だった彼女はなぜアベンジャーズというヒーローになったのか? そしてなぜ、衝撃の決断にいたったのか。『ブラック・ウィドウ』ではその背景につながる過去が描かれる。
「彼女にはどこかミステリアスさがあって、そばにそっといるような人物。その彼女がなぜそういう人になったのか。そして、彼女のアベンジャーズへの想いがこの映画を見て頂くことで分かってくると思います。ブラック・ウィドウは強くなっています」
本作のブラック・ウィドウはこれまでと異なる点がある。クールさを求められたため、声の抑揚を抑えて演じてきた。しかし今回は「家族との団らんみたいなところも出てきますので、今までのブラック・ウィドウでは抑えてきた感情も出しています。半年以上かけてボイストレーニングもかなりやれましたので音域の勉強もできたと思います。ブラック・ウィドウを謳歌できました」
新会社設立、挑戦は終わらない
米倉は昨年、芸能生活20周年を迎えた。そして今年新会社を設立した。会社名はスペイン語で「私は挑戦する」を意味する「Desafío(デサフィオ)」
「今は課題ばっかりですね。会社を作ったのは今年4月。その時点で新型コロナウイルスの影響があって家具を入れるのも2、3カ月かかりました。少しずつですが、挑戦しているという感じがします」
しかし、それを「壁」とは思わない。
「壁にぶち当たっているとはあまり感じていないです。それもこれも経験なので。やらなくてはいけない事が本当にあって。細かいことも今までは任せっきりだったけど、全部把握してやるということも自分で決めた。忙しいというか、心がずっとワサワサしている感じです」
そんな米倉の原動力とは。
「基本的になんとなくあまり安定を求めていないところが私の人間としての色だと思います。その時のトレンドを見るというよりかは、自分に対して課題を与えていくことの方が好きなタイプだと思います」
美しき最強のスパイとも言われるブラック・ウィドウ。立ちはだかる敵を前に屈せず、戦い続けてきた。その彼女のように米倉涼子の挑戦、そして努力に終わりはない。
『ブラック・ウィドウ』は2021年4月29日(木・祝)公開。【取材=木村武雄】