映画『僕の好きな女の子』が14日、東京・新宿シネマカリテ他で公開された。本作は、又吉直樹の同名恋愛エッセイを、劇作家・玉田真也の脚本・監督、渡辺大知主演で映画化。会うと些細なことで笑い合っている加藤と美帆。加藤が書くドラマの脚本も、気づけば美帆のことを書いてしまう。美帆の魅力や2人の煮え切らない関係性も友人たちには理解されない。友だち以上、恋人未満の関係を続ける純粋な男の子目線の恋愛を玉田監督が得意とする小気味よい会話劇として描いていく。主人公・加藤役を演じる渡辺大知、ヒロイン・美帆役の奈緒に、本作について話を聞いた。【取材=平吉賢治】
男女の堂々巡りのような関係性を捉えた描写
――渡辺さんが加藤役を演じるにあたり、特に意識した点は?
渡辺大知 表面には出さないけど、常に好きという気持ちがあふれている感じに見えるといいなと思いました。加藤は凄く素直で純粋で、すぐに顔に出ちゃうようなタイプの男だと思うんですけど、頑張って仮面を付けているような感じになったら切なくなるかなと。自分もそうだし、みんなどこかしら仮面があるんじゃないかと思うんです。それは悪い意味ではなく、何かしら自分の気持ちに蓋をしているというか。その感じをいやらしくなく見せられたらという思いで演じました。
――確かに、「好き」であふれているけど、おさえているという部分は感じました。
渡辺大知 嘘をついていることが凄く正直に見えたらいいなというか。
――奈緒さんが美帆役を演じるにあたり意識した点は?
奈緒 美帆からの主観的な目線というのも考えたんですけど、つかみどころがない女の子なので「絶対的な意思をあまり持ちすぎないようにしよう」と思いながら演じました。美帆は「どっちなんだろう?」というところがけっこうあるんです。映画の中ではそれが加藤さん目線で描かれている部分が大きいと思ったので、役に余白を持たせたいと思いました。
――本作で印象的だったシーンは?
渡辺大知 作品全体として長回しが多いんです。登場人物との会話のシーンをカットを割らずに見せていく部分が印象的な映画になっていると思います。そこにいる人達が本当にその場所で空気を吸って、ちゃんと生きている感じがするというか。登場人物たちが生活している時間や場所がそのまま伝わるようなシーンがたくさんあるのが見どころだと思います。
――それを聞くと、確かに仲間とのシーンは長回しが多かったと気付かされました。
渡辺大知 気づいたら「長回しだったね」と思ってもらえるようだったら嬉しいなと思います。自然と流れる時間に見えたらいいなと。
奈緒 私は居酒屋さんのシーンが凄く印象に残っています。本読みをして、リハーサルを何回も重ねたシーンで。それで実際に現場の居酒屋さんにいた時には大知さんとの関係性もできていた時期だったんです。長いシーンですし、美帆のむちゃくちゃで掴めない部分だけではない、核心を突いたことを言ったりするという、いつもと違う美帆の一面を垣間見ることができるシーンだったので一番不安があるシーンでした。でも現場でやった時、「加藤と美帆になれている」という確信を持っていたシーンだったので、凄くその日のことを覚えています。
――かなり力が入ったシーンだったのですね。
奈緒 ご飯を食べたりしている二人が、喋っていない時にけっこう関係性が出たりすると思うんです。その時、たまたま乾杯してビールがこぼれてしまって、それをすかさず加藤さんが拭いたり。台本にはないちょっとしたハプニングも加藤と美帆としてその場を楽しめて入れたと思うので、そういうところが絵に映っているんじゃないかなと思います。
――アドリブのシーンだった?
奈緒 あの時は大知さんが「今のってわざとやった?」って言ってました(笑)。
渡辺大知 乾杯の時に「強めにいこう」とは言ってたけどね。
奈緒 こぼれるのは現場で起きたことなんです。
渡辺大知 ハプニングだったんです(笑)。
――なるほど。そんなお二人の作品中の関係性ですが、“友だち以上恋人未満”という感じでしょうか。
渡辺大知 “友だち以上恋人未満”だと、「お互いそうならなかったね」くらいになっちゃうんですけど、もう少し、ずっと信頼感があって、仲のよい男友達にも話せないくらいのことも話せる仲で。だから恋愛になる必要がないのかもしれないけど、恋愛でそれは補えないのか…というようなことが堂々巡りしているような感じがします。「これは恋愛を超えた関係なんだ」という気持ちと、「これよりも恋愛が勝るだろう」という気持ち、そして「恋愛になっちゃうと崩れちゃう」と。“友だち以上恋人未満”が並行というよりか、ずっと波打っているような関係でしょうか。
――そこは本作のテーマの大きな要素と感じます。そういった関係についてどう思われますか。
奈緒 きっと、色んなタイミングや逃してしまった部分などがあると思います。“友だち以上恋人未満”というと二人とも同じような気持ちを共有している感じがするんです。でも、それがずれていて、美帆にとっては友達、加藤にとってはやっぱり「僕の好きな女の子」だと思うんです。そのずれがあるからこそ、大知さんが仰っていた堂々巡りのような、ずっと回っているような関係性で、なぜかそれが安定しているという。それは些細なタイミングの違いや気持ちのずれでしか成立しないことだと思うんです。私も凄く羨ましいなと思う関係性でした。
心の距離の詰め方として色んな言葉のキャッチボールを
――原作は又吉直樹さんですが、渡辺さんは又吉さん原作のドラマ『火花』にも出演されていましたね。又吉さんの作品に対しての印象は?
渡辺大知 『火花』での役は原作にはいないオリジナルキャラだったんですけど、一原作ファンとしては、又吉さんは他者への愛、自分のすぐ近くにいるのに想いの伝え方を間違えたり、直したりするのを繰り返すのが凄く人間的だなと思わせてくれる作家の方だと思います。『火花』でも、一番自分が信頼していて一番近くにいるような人が凄く遠くに感じたり。そういう人との繋がり、距離感の書き方が凄く人間くさくて素敵だと思います。
――その点は本作でも深く描写されていると感じます。音楽についてもお聞きしたいのですが、渡辺さんは俳優としての活動が音楽活動に活きると感じる部分はある?
渡辺大知 そこに流れている空気感をキャッチすること、「今の空気、好きだな」というのを人にも届けられることが目標なんです。そういう点でお芝居をやらせてもらうと、常に色んな人と空気をつくっていく作業なので、音楽作りにも反映されていると思います。「気持ちいい間合いを作る」という感覚でしょうか。それは絵でも言葉にもしづらいと思うんですけど、映像や音楽だったらできるなと思っています。「流れている空気が気持ちいいか」というところです。それは映像の仕事だと色んな方とそういう間合いをつくっていけるので凄く勉強になっています。
――奈緒さんは本作で、ある音楽の種類について深く語るシーンもありましたが、普段どのような音楽に親しんでいるのでしょうか。
奈緒 けっこう母の影響を受けています。小さい時に長渕剛さんの歌をよく聞かされていました。ライブに行くのは吉田拓郎さんや中島みゆきさんだったり。
――渡辺さんが最近注目している音楽は?
渡辺大知 勉強で最近の音楽も聴いているんですけど、昔のソウルを聴き直したりしています。あとはアメリカのフォークバンドのWhitney(ホイットニー)とかを聴いています。それを聴いた時に、Grateful Dead(グレイトフル・デッド:米ロックバンド)などのような感じがまた巡ってきたなと感じたりしました。
――今後演じてみたい役柄などはありますか。
奈緒 役柄ではないんですけど、家族ものをこれからたくさんやれたらいいなと思っています。
渡辺大知 自分が持ってないものを持っている役をやってみたいです。出会ったことすらないような人です。
――現在、新型コロナウイルス感染症拡大という特殊な時期ですが、こういう時だからこそ本作を観て感じてほしい部分などはありますか。
渡辺大知 ソーシャルディスタンスで人との距離をとらなければいけないご時世だと思うんですけど、心の距離はもっと詰めるべきというか。実際の体の距離より心の詰め方として色んな言葉のキャッチボールが必要になってくると思うんです。この映画はそういう探り合いというか、より信頼できるために色んな球を投げ合うような映画になっていると思います。近いようで凄く遠く感じたり、遠くにいるようで凄く近く感じたりと、人との心の距離感を意識できるような作品になっていると思うので、自分が信頼したい、信頼してほしいと思えるような人にどんな球を投げるかということを考えるきっかけになる映画になっていると思います。
(おわり)