ウドー音楽事務所・高橋氏が明かすブルースの素顔「本質を感じてほしい」
INTERVIEW

ウドー音楽事務所・高橋氏


記者:鴇田 崇

撮影:

掲載:20年07月14日

読了時間:約7分

 名盤「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」など、米ロック界の象徴的な存在でもあるブルース・スプリングスティーン。1987年のイギリスを舞台に、パキスタン移民の少年が、その“彼”の音楽に影響を受け、成長していく姿を爽やかに描く青春音楽映画『カセットテープ・ダイアリーズ』が好評公開中だ。自身もブルース・スプリングスティーンの大ファンであるジャーナリスト、サルフランズ・マンズールの回顧録を原作にした本作は、カリスマの偉大なる音楽がもたらした役割や魅力を、音楽ファン以外の人々も再認識していくような快作だった。この公開を記念して、かつてブルース来日公演にも尽力した、ウドー音楽事務所の高橋辰雄氏が本作を鑑賞した。この物語は、ブルース・スプリングスティーンの音楽がモチーフだったからこそ成立したと本作を分析する高橋氏に、当時の思い出なども含めて話を聞いた。【取材・撮影=鴇田崇】

ブルースは人格者

――今回の映画の宣伝協力のオファーがあった時、率直にいかがでしたか?

 こういう映画などの宣伝に協力することは、過去にもいくつか案件としてありましたが、ブルース・スプリングスティーンというアーティストでは初めてだったので、とても光栄に思っています。彼は3回しか来日を果たしていなくて、ウドー音楽事務所では2回仕事をしています。だからそういう意味では、それほど深い交流があったわけではないんですよね。

 ほかのアーティストは何回も来日していて何度も会って一緒に仕事もしていますが、ブルースに関しては85年と97年の2回。特に初来日の1985年は、ちょうど「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」がヒットした翌年。特別な想いもあり、今回オファーをいただいて素直にうれしく思いました。

――そのブルース・スプリングスティーンが、移民の若者を鼓舞するという物語が素晴らしいですよね。

 彼はデビュー当時、第二のボブ・ディランみたいな言い方もされましたが、本人としては好ましく思っていなかったようです(笑)。イメージチェンジもしたくて、今担当しているマネージャーにも変わりました。結果、世界中に影響を与えているアーティストですよね。楽曲での影響、パフォーマンスでの影響、それはやっぱりすごい人だなって思いますよね。映画の題材にもなるだろうと思いますよ。

――特に印象に残っている思い出は何でしょうか?

 コンサートは通常1時間~2時間半くらいですが、ブルースの場合は毎回3時間以上かかるって話でした。演奏時間が長くなると会場によっては終演時間が決まっていることや延長による経費の問題が出てくる。それでどうしようかと(笑)。構成も一部・二部、休憩入れるとトータルで3時間はかかるわけで、そういうことも初めての経験でした。食事もホテルにシェフを連れてきてキッチンで食事を摂るとか、ホテルがNGであればキャンピングカー借りる? とか、いろいろとインフラの部分で課題がね(笑)。

――いまでこそよくある話っぽいですが、当時はめずらしかったのですか?

 そうですね。日本で全国の音楽ファンが聴くほどにロックが浸透し始めて10年かちょっとくらいの時期だったので、受け入れた体制も完全には整っていなかったと記憶しています。もちろん大物の来日は70年代もいくつかありましたが、ほかとはまた違ったレベルの大物ですよね。そういう意味でもブルース・スプリングスティーンは、うちの会社の中でも招へいしたアーティストの中では、ベストテンに入る大物でした。来日の回数、コンサートの回数は少ないけれど、うちの会社で彼に携われた、仕事ができたってことが素晴らしい思い出になりました。

――実際、どういう人となりなのでしょうか?

 わかったことは、こういう仕事は8割が事前の準備で、あとの2割は来てからのこと。だから事前の準備さえよければ、トラブルにも対処できます。まあ彼の場合、人柄も良くて、僕がマネージメントした中では一二を争うほどの人格者。非常に大衆的で、みんなわかっていると思うけれど、ファッションにしても言動にしても、アメリカで活動している政治的な発言にしても、反戦の主張、不平等にも言葉を発している。

――まるで楽曲のイメージどおりの人ですね。

 一時期はチケット代が上がったことにも反発していて、すごく大衆的な人で、妙なセレブ感などまったくない。非常に人間的ですよね。だから安心はしていました。仮に人柄がよくてもツアーをやるとなると、トータルでオーガナイズしなくてはいけないこともあるわけで、そういう意味での大変さはいろいろとあったかもしれないけれど、人間的にいい人なので助かるわけです。彼がいい人だから周囲の人間もいい人が集まってくる。

――そういう人が作る音楽だからこそ、映画の主人公のように響く!

 それがイコールでしょうね。音楽はいいけれど実際の人間はほど遠いとなると、それまでその人の音楽を信じていた人も崩れてしまうこともあるでしょう。裏を知ったら冷める……ってことは音楽以外でも、スポーツでもなんでもあることじゃないですか。その意味では、ブルース・スプリングスティーンは人格者で、裏表がない。彼の音楽を聴いて詞を読み、自分を投影して勇気をもらい、背中を押してもらえる。それはすごくピュアに伝わってくる人だし、音楽そのままの人だろうなって。だから映画を観ていて、違和感を覚えることはまったくなかったですよ。

――ブルース・スプリングスティーンというチョイスも絶妙ですよね。

 そうですね。いっぱいいるとは思うんです、ボブ・ディランなどなど。違う人なら違う人生背景で、いっぱいいると思います。でも逆に多すぎて、誰がいいとかよくわからないですよね。ミュージシャンなどは、みんなボブ・ディランの影響を受けているかも知れない。一般に対してよりも、音楽関係の人たちにすごく影響力が強かったと思います彼は。あとは思想的なものもね。でもブルースの場合は、音楽が市井の人々に、どういう影響を与えるかということを反映していると思う。

 僕も実際彼のパフォーマンスを観ていて、もちろん日本でも観ているけれど、ちょうど7~8年前、マイアミで観ました。その時は仕事じゃなくて個人として観た。僕の知り合いと3人で行ったのですが、関係者に連絡したら会場までリムジンで送ってくれて。着いたらすぐにバックステージに案内され、そのままセキュリティーが前から5列目くらいの席を案内してくれた。終わった後に彼の部屋で会いましたが、覚えていてくれましたよ。ウドーで世話なったということで、リスペクトしてくれました。彼はそういう男ですね。

若かりし高橋氏とブルース

うわべだけではない

――そこでおうかがいしますが、今回の映画を観ていかがでしたか?

 普通は、ミュージシャンのサクセスストーリー的な映画が少なくないけれども、影響を受けてこうなったみたいな物語は、あんまりないですよね。アーティストの音楽をかけていく、というね。それが成立することにびっくりですよね。ボブ・ディランはあったかも知れませんが、そういう意味でもすごい人だなって思いますよね。

 そしてブルースの曲、出てきますよね。その場面、場面でスッと流れてきて、詞が出てきますよね。日本語で。あれですごくよくわかる。字幕がなければ雰囲気だけで流れていくけれども、字幕があって、それがすごく合っている。その時の主人公の心情をそのまま投影していて、映画の彼もブルースの音楽やパフォーマンスを通じて元気になるわけですよね。彼の楽曲がひとつのバイブルになって、現状を打破しよう、みたいなね。そうでもなければ、心が折れちゃう。だから彼はラッキーですよね。ブルースという支えがあるわけだから。

――すごく幸運なことだなと思いました。そして当時、似たように救われた若者も本当にいたのではないか、そうも思いました。

 たぶん今の世の中だって、いろいろな支えがあると思います。それが人間なのかアーティストなのかミュージシャンなのか映画俳優なのか、本なのかわからないけれども、いい言葉というものは哲学書にもたくさんあるけれど、ブルースの音楽には言葉が全部つまっていて、パッケージとして存在する。それがたくさんの曲になっているわけで、それを開ける、聴くことが楽しい。それだけ強いメッセージ性もあるのかなと思います。

 だからブルースとは、彼のツアーという仕事をしているという以上に、させてもらっているという感じですね。自分の中では、こういう仕事は金で買えない仕事という感じがしますよね。考えてみればプロモーターなど、お金を出して招へいしているだけだけれども、そういうことに選ばれた会社であり、そこで一緒に仕事をさせてもらえるということ。音楽という文化を運び、そこからひとつのビジネスにもなる。非常に光栄です。

――この映画を通じて、当時のロックを現代の若い音楽ファンに知ってほしいみたいな想いはありますか?

 基本的に人に影響を与えるものに音楽やファッション、映画など、多少はあるとは思います。それは、人それぞれが選べばいいことだし、センスの問題もある。根っから好きなもの、嫌いなものもあると思います。だからいい方向にいけばいいと思う。たとえばパンクロックが若者に影響を与え、ファッションばかりが先行してしまったことがあったけれども、うわべだけではないところを感じ取ってほしいですよね。この人は何を言いたいのかなど、もっとビハインド・ストーリーじゃないけれども、深い意味を帯びているアーティスト、シンガーソングライター、ミュージシャンがいるわけです。今回のブルースがそうですよね。そういう本質的なところを感じてもらえればと思います。

(おわり)

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