音楽は様々なパートでアンサンブルが構成されている。そんな中で少し聴く角度を変えて、脇役のパートにフォーカスして音楽を聴くのも一興だ。今回はドラムの「ハット」に注目したい。

 ご存知かもしれないが、ハット(ハイハット)は「チッチッチ」「ツー、シャー、カシュッ!」というような音が鳴る、小さなシンバルを2つ重ね合わせた楽器で、ドラムの高音域を担うパートだ。

 ハットは、8ビートの楽曲だと1小節で8回、16ビートの楽曲だと16回鳴らすことが多く、楽曲のスピード感が表れやすいパートだ。しかし、最近ではリズムが不規則に並べられたり、高速で連続して打たれるハットの音もあり面白い。

 ここでは「チキチキチキッ」というような“高速ハット刻み”にフォーカスしたい。これは、ひと昔前はそこまで一般的ではなかったが、耳にする機会がどんどん増えてきたように思える。具体的な例として“ヒゲダン”の楽曲を挙げたい。

ヒゲダンの楽曲を彩る高速ハット刻み

【Official髭男dism - I LOVE...[Official Video]】

 この楽曲の、イントロやサビにあるエレクトロなハット音に注目したい。「チキチキ」と鳴る高速ハット音がヒゲダンのアンサンブルをキラリと光らせているのだ。

 「I LOVE...」はドラムにギター、ベースにピアノ、シンセサイザーなど、カラフルなアンサンブルだが、その中でさりげなく刻まれる高速ハットが絶妙なスパイスとなって楽曲を彩っている。こうした隠し味的な部分からアーティストのこだわりを見出すと、より音楽を深く感じられて楽しい。

“チキチキ”と鳴るハット音の源流は?

 さて、この高速ハット刻みの歴史に目を向けると何ともディープ。現代ではあらゆるジャンルで使用され、特に多いのはHIP HOPやR&B系、エレクトロミュージック全般だろう。そんな高速ハット刻みの源流は、「ジャングル」や「ドラムンベース」などの高速ビートではないかと考えられる。これらは、1990年代の海外のダンスミュージックシーンから普及した。この2つのジャンルを少し掘りしたい。

 まずジャングルは、倍速のテンポで構築された複雑なビートに、重低音のベースが乗るという特徴がある。国内では小室哲哉が1995年、H Jungle with tの楽曲「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」でジャングルを大胆に取り入れ、一般的に広めた。

 そしてドラムンベースは、強烈なキックと分厚いベース上でBPM160〜180程度のテンポで走る高速ビート。メインパートで歌が乗っている場合、ビートが歌のテンポの倍の速さと感じられるのが特徴だ。基本的には、機械的な打ち込みで作られるビートだが、ドラマーが生演奏するという“人力ドラムンベース”と呼ばれるものもある。

 ハットの高速刻みの手法は、これらの高速ビートダンスミュージックが起源ではないかと考えられるが、もっとさかのぼるとファンクやダブなどが元となっているのかもしれない。

広く普及した高速ハット

 如実に「チキチキ」と連続して鳴るハット音は、2000年代初期から「トラップ」などのダンスミュージックシーンで聴くことが多くなった。トラップはHIP HOPやダブステップから派生したビートといわれており、HIP HOPやレゲエなど、ラップが乗る音楽と特に相性が良く、最近の洋楽のHIP HOPヒットチューンなどでそのアプローチをよく耳にする。例としてエミネムの今年の楽曲を聴いてみると、ハットがさりげなくチキチキ鳴っている。

【Eminem - Darkness (Official Video)】

 この楽曲ではハットの音を中央、右、やや左の定位(音が鳴る位置。PANとも呼称)で3種類使いわけているのが興味深い。さらにはビート全体の音を加工して高音域をカットした、ローファイなハットのサウンドも楽しめる。

 高速ハット刻みはHIP HOPのほかでも、J-POP、K-POP、EDMなどにも積極的に使用され、現在ではある種のスタンダード的なアプローチともなっている。例えばCM、YouTubeのBGMなどでも、日常的に耳に入ってくるほどだ。

 ビートの高音域に注目して聴くと、ハットの音ひとつとっても「こんなにやっているんだ」と思うほど、改めてその奥深さ、アプローチの多彩さに触れられる。

 最後に、個人的にチョイスした「ハットの音に注目すると面白い楽曲」をプレイリストで10曲紹介したい。ハットの耳触りのよい音、インパクトのあるアプローチ、アナログレコード的な温かい音、「ここまでやるか」というくらい過激なもの、様々な種類のハット音が聴ける楽曲を並べてみた。

 ちょっと地味な視点かもしれないが、好みのハット音を探るというのも音楽の楽しみ方が広がりつつ新たな発見があって心踊るかもしれない。【平吉賢治】

・「I LOVE...」 Official髭男dism -
・「RUN」 Lucky Kilimanjaro
・「Get Closer」 Ben Westbeech
・「Waste It On Me(feat. BTS)」 スティーヴ・アオキ
・「Available」 Justin Bieber
・「Life Round Here」 James Blake
・「Dust」 The Midnight Eez
・「Organ Donor」 DJ Shadow
・「These Saturdays Beat」 Prefuse 73
・「The Plc」 Autechre

この記事の写真

ありません

記事タグ 


コメントを書く(ユーザー登録不要)