さかいゆう「ポップでキャッチーな大衆音楽でいたい」世界を旅して得たもの
INTERVIEW

さかいゆう

「ポップでキャッチーな大衆音楽でいたい」世界を旅して得たもの


記者:小池直也

撮影:

掲載:20年03月10日

読了時間:約15分

 シンガーソングライターのさかいゆうが3月4日、6thアルバム『Touch The World』をリリース。昨年に発表した『Yu Are Something』は日米を股にかけて作られたユニークな作品だったが、デビュー10周年を経た彼は更に広い世界へ旅立った。LA、ニューヨーク、ロンドン、サンパウロを巡り、各地のミュージシャンと作り上げたドキュメンタリーとも言えるのが今作。制作を終え、リリースライブも控えるさかいは「大衆音楽でいたい」と話す。世界を股にかけて感じた日本のポップス、未来へのビジョンとは。Jポップの枠におさまらない大作『Touch The World』について、さかいゆうに話を聞いた。【取材=小池直也/撮影=村上順一】

【動画】作品情報とミュージックビデオ

思った通りにいかないことも楽しめた制作

さかいゆう

――前作『Yu Are Something』は日米で制作されましたが、今作はロンドンとサンパウロにも足を運ばれています。「世界を旅する」という構想はどのように生まれたんですか?

 「世界を旅しながら音楽を作っていく」というドキュメンタリーなアルバムになりそうですよね、とはスタッフと話していました。でも結果的にそうなった感じです。旅しながら共演するミュージシャンが決まっていきましたし、できあがるまで分からない部分もありましたから。でも、その時のベストを尽くそうと思って取り組みました。日本の常識とは違いますから、思った通りにいかないことも楽しめた制作でした。

――思った通りにいかなかったこととは?

 当初にお願いしていたものと楽器が違ったり、スタジオを1日しか押さえてなくて完成できなくて「いつやるよ?」って感じになったり。単純にミュージシャンのプレイがイメージと違うこともありました。そんななかでも限られた時間のなかで作り上げることができたと思ってます。

――これだけの作品を作るには制作費など、ゴーがなかなか出づらいような気もします。

 本当ですよね。それは僕にもわからないです(笑)。スタッフさんが頑張ってくれたとしか言いようがない。

――日本ではできなかったなと感じることはありますか。

 単純にスタジオによって音が違うんです。国ごとに電圧も違うし、どれも日本にはない環境なので、その響きをゲットできたことは良かったです。日本でやるとフィーリングやタイミングをコントロールはできるんです。でも正解を弾いてくれる人が多いのでハプニングが起こりづらい。サンパウロやロンドン、LAに行くと、好き勝手やってくれるというか、僕のディレクションからはみ出た予想外のものになるんです。もう1曲目からイメージよりも素晴らしいものになりましたから。

――なるほど。

 日本にいると「自分が思っているものを実現する」という感じになるから、「良いものができたな」と思って安心する感じはあります。今までやったことない人と一緒になるのは面白いです。彼らのなかには日本人と制作するのが初めての人もいるだろうし、セッションの緊張感が素晴らしかったです。お互いが、その瞬間を音楽に捧げるために集中力を出し合っている様でした。

 英語は喋れるんですけど、流暢に話せないことが功を奏しましたね。日本からわざわざ来てて、このレコーディングに賭けてるという気配をみんなが察知してくれたんです。上手く英語が話せていたらネイティブじゃないアメリカ人だ、と思われた可能性があります。本当に今、自分にしかできないことができてラッキーでした。

――各地のミュージシャンと楽曲のコンセプトについて細かく打ち合わせたりしました?

 それはします。プロデュースは各地の方の名前をクレジットしてますけど、自分が総合プロデューサーですから。演奏する前の会話でどういうことを喋るかとか、既にそこからがスタート。もっと言うと、デモテープから始まっています。それを渡して「これはこういうスケッチなんだけど…」と。

 例えば「想い出オブリガード」はサンパウロで「これはサンバにするにはテンポが速すぎる。もう少し落とした方が盛り上がるから」とアドバイスをもらいました。「もっと遅くすると、女の子が踊るよ」と話してくれて。最初は理解できなかったんですけど、実際落としたら良くなりました。速いとグルーヴがなくなるんです。サンパウロではライブもして、それも良かったです。

――すごい盛り上がったそうですね。日本の楽曲として「ふるさと」を歌われたとか。

 歌詞の意味がわからないはずのに、泣いているおじさんもいました。やっぱり大事なことを歌っているように聴こえるんじゃないですか。あと海外にはJポップの感じとかを面白がる人がいるんです。「僕らはこういうメロディに行かないけど、日本人は結構行くよね」とか。でもそれって海外のメロディを取り入れた日本人の味だからと思いました。

――それはインコグニートのブルーイ(Bluey)氏の発言ですよね。それを聞いて、どう思われましたか。

 ふーんって(笑)。「She's Gettin' Married」は「サビがめっちゃJポップだな」って言われたんですけど、僕は分からなくて。他の部分について質問すると「ここのメロディは僕らでも書いたりする」「ここはどちらかと言うとカーペンターズっぽい」と教えてくれました。僕は別にJポップを意識して書いているわけではないですけど。もっと話すタイミングがあれば色々な人に聞いてみたかったです。

 大概Jポップを聴かせると「Yeah, this is good」みたいな感じで言います。(山下)達郎さんとかを聴かせると洋楽っぽいし「Funky!」と言われるに決まってるから、もっと分かりやすいJポップを聴かせるんですけど。海外でも特にジャズミュージシャンは聴いたことがないと思います。

芸術性と大衆性をよこせ

さかいゆう

――ロンドンでレコーディングした「Hey Gaia」はフルートのGareth Lockraneさんが圧巻でした。さかいさん自身もフルートについて「最もFunkyでEmotionalな楽器のひとつ」とコメントされています。

 彼は僕が適当に打ち込んだデモのフレーズを完コピしてくれました。「真面目か!」って(笑)。こちらはピアノで打ち込んでるのに。最終的に「フルートでも、できるんだな」となりました。ブルーイも「モンスターだ」と言ってました。僕はフルートが大好きで入れることが多いです。

――初めてコライト(作家やプロデューサーが複数人あつまって共同作業によって楽曲制作をする事)を用いて制作したという「Getting To Love You」についても教えてください。

 コライトという概念を知らなかったんですけど「海外の人たちはほとんどコライトで作ってるよ」と聞いて、確かに海外の曲は作詞とか作曲に5人くらいクレジットされているから不思議に思ってたんです(笑)。別にトレンドだからということじゃなくて、ダメだったらボツにしようと思ってたんですけど、いきなり良い曲ができて。今回は収録しなかったんですけど、もう1曲良い曲ができました。

――どなたと一緒にやられたのか気になります。

 プロデューサーのRyosuke "Dr.R" Sakaiさん、たまたま来日していたAvena Savageさんと一緒に日本でやりました。2人とも僕がなじみのないジャンルをやられている方々です。コライトの良いところって、火花みたいに出る瞬間的なアイデアを「良い」と言ってもらえるところ。「テンションが盛り上がって良いって言ってるだけじゃないよね、良いよね?」、「違う可能性もあるけど、とりあえずそれでトラックを作ってみよう」となるんです。

 歌詞は英語で書き始めたんですけど、僕が出す感覚的な音に見合った英詞をAvenaがすごいスピードで書いてくれて、曲自体は3時間くらいでできました。コライトはやりようだと思うので機会があればまたやりたいです。

――「孤独の天才(So What) feat. Terrace Martin」についても教えて下さい。元ネタになっているのはマイルス・デイヴィス(Miles Davis)の楽曲です。彼の自叙伝をボロボロになるまで読んでいるというのは本当ですか。

 バイブル的な感じで読んでいます。その中でも「歯の治療をする」と話したジョン・コルトレーンに対してマイルスが「良い音が出なくなる」と必死に止めるシーンは好きです。治療から戻ってきた彼を見てマイルスは落胆するんですが、結局いつもと変わらずコルトレーンは演奏して「横にはマヌケな俺が立っていただけさ」みたいに書いてあって(笑)。

――面白いですね。現地ミュージシャンとはどのようなやりとりを?

 「孤独の天才」は淡々と良い演奏をしたかったんです。彼らもマイルスをリスペクトしているに決まっているので、わざわざ曲について説明はしませんでした。基本的に説明を多くしちゃうと面倒くさいし、自由度が少なくなってしまうから。ベースのJames Genusに「So What」のメロディを用いた最後のキメだけ合わせて、と伝えただけ。

 あとはコード譜を渡して、サウンドのなかでグルーヴとインタープレイを楽しんでたという感じ。ブラジルでもRenato Netoには「自分がこう向いている」という話だけはしましたけど、他のミュージシャンには何も言わなかったですね。

――ヒップホップのプロデューサーとしても活躍する、サックス奏者のテラス・マーティン(Terrace Martin)氏が「編集だけは絶対にしないでくれ」と言ったそうですね。

 ソロでやっているジャズミュージシャンは結構そういう人が多いと思います。録ったソロを配置する場所は動かしてもいいけど、ソロ内の展開(ストーリー)を編集してほしくないということです。ちなみに彼の音楽はアルバムを全部持っているくらい好きです。

――サンパウロ行きを決めるきっかけになったという、音楽プロデューサーのレナート・イワイ氏についても教えていただけますか。

 急に現れたんです。売り込んできたというか。彼もトラックを作ったりするらしくて、次回一緒に作れたら面白いかなとは思っています。一緒にやりたいと思ったのは「ポップも好きだしヒットもしたいと思っているけど、ミュージックファースト。それでいてヒットを諦めた世捨て人ではない。それをさかいさんの音楽からは感じる」と話してくれたから。

――なるほど。

 フランク・ザッパ(Frank Zappa)みたいにポップスが嫌いならいいけど、僕は大衆音楽で育ちました。演歌や歌謡曲、槇原敬之さん、スピッツ、山下達郎さん、みんなポップスじゃないですか。だからヒットは宿命みたいなものです。ただ音楽をやりたいだけだったら、トイレで鼻歌を歌ってればいい。人目に触れることを想定して作るから逃げられない。

 「音楽ファースト」というスタンスがありながら、大ヒットするわけでもないのに10年も続けられたという点もレナートに響いたんじゃないかなと思います。会社を立ち上げたりすると「自分が引っ張らなきゃ会社がつぶれる」というのが続ける理由になるじゃないですか。でも僕はオーガスタという会社に所属させてもらいながらも、続けている理由は「好きだから」。それにポップスもヒットも諦めてない。

 ずっとポップでキャッチーな大衆の音楽でありたいんです。それでいて自分の救いになってくれて、魂まで喜ぶような音楽を作りたい。そうするとカラオケで歌いづらい曲になっちゃうんです。人より動いて、高い音が出る喉で良いメロディを書こうとすると「自分に合った曲」になってしまう。芸術性と大衆性をよこせ、って言ってるんだから欲張りなんですよね。そのスタンスは変わってないのかな。

酒を飲んでない状態の自分と比較しろ

さかいゆう

――それを聞くと、さかいさんがマイルスと共鳴する理由もわかります。

 マイルスもポップスが好きだけど、嫌っている面もあるじゃないですか。でも彼なりの染まってもいい場所も常にあるんです。エレクトリック音楽になった時にはワウを踏みながらトランペットを吹いて「マイルスはメロディを失った」と言われていたわけだから。そのときもメディアと戦いながら、全部は捨てずに迎合することなく活動していた。プリンスもそうです。たくさん摩擦もあっただろうし、時代的にドラッグも日常にある。色々な戦いがあったと思います。マイルスは65歳で亡くなりましたけど、活動内容的に95歳ぐらいに感じています。

――サックス奏者のチャーリー・パーカー(Charlie Parker)も34歳で亡くなられていますけど、それに見合わない老体に見えたと聞きます。速いスピードで生きた人はそうなのかもしれません。

 そういう伝説がジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)に間違って伝わって「チャーリー・パーカーみたいに35歳で天才は死ぬものだ」と言ってたらしいです。それでジャコも本当に亡くなってますから。口に出してしまったから、それが実現してしまったのかもしれません。

 あと、ジョン・スコフィールド(John Scofield)に会った時、お酒を辞めた理由を聞いたんです。そうしたら「ギターが弾きたいからだよ。酒飲みながらギターを弾ける人なんていないよ」って。それから「弾けてるって言う人は他の人間と比べてるんだよ。自分がアルコール飲んでない状態と比較してみな」と言うんです。僕も酔ってる時の演奏で良かったことがないですから(笑)。その時は盛り上がりますけどね、やっぱりアルコール飲んでできる音楽って限られると思います。

――今は飲まれないんですか。

 世の中で一番好きなのはアルコールなんですけど(笑)、酒は辞めようかなと思ってます。ピアノ弾いていたいですから。ヨガをやっているのもそういうことかもしれません。80歳、90歳で演奏できていれば、多少杖をついたりしていても今と変わらない気持ちでいられるじゃないですか。その時に後悔したくないので。

――5月に開催される『さかいゆう “Touch The World” Release Party』の意気込みを聞かせてください。

 リハーサルがたくさん必要なライブになりそうです。ライブでの再現性を考えないでいつもアルバムを作るので、ツアーはいつも大変なんです。メンバーもレコーディングとは違いますし。でもドラム・FUYU、ベース・日野JINO賢二、ギター・田中義人、キーボード・Pochiは日本のなかでも超一流のミュージシャンですから、その人たちでしかできないことをやりたいです。

――日比谷野外大音楽堂のステージには昨年も「さかいゆう10th Anniversary Special Live “SAKAIのJYU”」で立たれています。

 聖地ですからね。場所の名前に「音楽」って入ってるし。グッドライブじゃなくて、グレイトライブにならないと音楽の神様が許してくれなさそうだから、気合入れて今から練習していきます。それくらい今回は難しいですから。普段はまったくピアノ触らないんですけどね。触るのは曲作る時とか、アイデアが浮かんだ時、「この響きをゲットしたい」と思ったときくらい。だから今回はちょっとピアノが上手くなるかもしれません(笑)。

(おわり)

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