ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

 コンサート、映画、舞台など、あらゆるエンターテインメントをジャンル問わず紹介する番組『japanぐる〜ヴ』(BS朝日、毎週土曜深夜1時〜2時)。8月31日の放送では、映画評論家の添野知生と松崎健夫が、タランティーノ監督の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と新感覚ホラー映画『アス』を紹介した。

ハリウッドの在り方を考え直すきっかけになる

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

 松崎が紹介した映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、『パルプ・フィクション』や『キル・ビル』などで人気のクエンティン・タランティーノ監督の最新作。「映画を10本撮ったら引退」と公言していた同監督の第9回監督作品で、「もしも本作が好評だったら、10作目までやらない」との発言も話題を集めている。1960年代のハリウッドの街並み・音楽・ファッションを細部まで再現し、執筆に5年の歳月を費やしたという作品で、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットという2大スターの共演も大きな話題となっている。

 デカプリオが演じるピークを過ぎたTV俳優のリック・ダルトンと、その親友で付き人兼スタントマンでもあるブラピ演じるクリフ・ブースの友情や1960年代のハリウッドの明暗を描きながら、当時実際に起きた女優シャロン・テートの殺人事件が絡んで行く物語。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

 松崎は同作について、「シャロン・テートの殺人事件という有名な猟奇事件をどう描くかに注目が集まっているけど、1950〜60年代のハリウッドで、どういうことが起こっていたかを描いたことのほうに重きがある気がする」と、現在さまざまな問題を抱えるハリウッドの今にメスを入れる作品と指摘した。

 「テレビの普及によって映画界が衰退していく中で、ディカプリオが演じるリックの歩みは、ハリウッドの歴史そのもの。それによって、ハリウッドの変化みたいなものを描こうとしていると感じた。スティーブ・マックィーンやブルース・リーなど、当時のハリウッドを代表する実在の登場人物が出てくることによって、当時をもう一度考え直すきっかけになる。今のハリウッドのシステムの問題、女性の地位をどう上げていくかも含め、あの頃に止まってしまったままのハリウッドのシステムを変える方法は、こうやって考え直すことにあるんじゃないかとまで考えさせられました」

 タランティーノの最後の作品になるのか、ディカプリオとブラピの共演など話題に事欠かない同作だが、社会的な切り口で観ることで新たな魅力が発見できそうだ。

ジョーダン・ピールは異色作家短篇集的な作風

アス

 添野は、9月6日公開の映画『アス』を紹介。この『アス』は、アカデミー賞でアフリカ系アメリカ人初の脚本賞を受賞した映画『ゲット・アウト』の監督・脚本・製作を手がけた鬼才ジョーダン・ピールが、監督・脚本・製作を手がけた最新作。主演は、アカデミー助演女優賞の受賞経験もある女優ルピタ・ニョンゴ。全米初登場No.1の大ヒットを記録し、映画の歴史を塗り替えた“サプライズ・スリラー”として注目の作品。

 物語は、ルピタが演じるアデレードが、夫、娘、息子という家族4人でバカンスを過ごすため、幼少期に住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズを訪れることから始まる。アデレードは幼少期の経験でその地にトラウマがあったことで不安を感じ、家族の身に恐ろしいことが起きる妄想を強めていた。するとその夜、家の前に自分たち家族とそっくりの4人が現れる。

アス

 添野によるとこの映画は、19世紀に小説で流行った、自分のそっくりの人に出会うと不吉なことが起きるという伝説を題材にした“ドッペルゲンガーもの”の一種とのこと。“ドッペルゲンガーもの”は、エドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」やフョードル・ドフトエスキーの「二重人格」といった小説が有名で、どちらも映画になっているなどサスペンス/ホラーでは定番の題材。しかし『アス』は、ジョーダン・ピールの前作『ゲット・アウト』も含めて、その作風を既存のジャンルに留めることができない魅力があり、ジャンル分けするなら“異色作家短篇集的な作風”と評した。

 「異色作家短篇集というのは、1960年から日本で出版され、15年ほど前にもリバイバルして注目された海外小説シリーズのこと。ミステリーでもホラーでもSFでもないけれど、それらのどれにも当てはまるみたいなお話を集めたシリーズで、書き手は短編小説の名手ばかり。共通した特徴としては、底意地が悪い、読者を翻弄する仕掛けがある、社会批判が入っている、切れ味が鋭い、残酷趣味といったもの。日本でしか通用しない分類だけど、ジョーダン・ピールの作風を説明するには、非常に合っていると思う。今作はずばり、異色作家短篇集にも収められているジャック・フィニィとレイ・ブラッドベリを連想しました」

 SFと怪奇作品の知識が豊富な、添野ならではの説得力のある解説によって、映画『アス』への興味はもちろん、“異色作家短篇集”にも興味がそそられる話になった。【文=榑林史章】

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