理解できることの強さを変化として感じている
――それはデビュー当時から変わった事ですね。この44年で歌の表現というのは、ご自身ではどう変化されたと思いますか。
昔は歌詞の意味もよくわからないまま歌っていたんですが、今は色んなことを経験してきたので、歌になっているものは想像出来るようになりました。理解できることの強さを今変化としては感じています。以前、『レ・ミゼラブル』というミュージカルでコゼットの母親のファンティーヌ役をやったんです。それが薄幸な女性の役で、初演の時、私は28歳だったのですが、演出家のジョン・ケアードがファンティーヌは儚い女性ではあるけど、とても強い女性ということもあって「もっと強さを」と言っていたんです。でも、歌の中での強さは出せても、演技は難しくて手探りでやっていました。
――経験していないことは難しいですよね。
そうなんです。そのあとに私も結婚して子どもを2人産んで、もう一度『レ・ミゼラブル』の出演依頼が来たんですよ。でも、その時の私はファンティーヌと同じような境遇で、子どもを自分の側で育てられていなかったので「あんな辛い役はやりたくない」と、当時のマネジャーに話したんです。
――自身とリンクしすぎてしまっていたんですね…。
そうしたら、マネジャーが「じゃあ今後は別れの歌も歌えないし、子どもの歌も歌えないですね」と言ってきて。私もこういう性格だから「じゃあ、やるわよ!」と出演を決めたんですが、みんなの目の前で「夢やぶれて」を歌ったら、驚くくらい昔には感じられなかったフィーリングが自分の中に芽生えていたんです。その時に、経験したことというのは大きいんだなと思いました。
――経験で歌が変わるというのを実感された貴重な体験で。では、今作に収録されたセルフカバー「恋人たち」も、経験によって感覚が変わったところもありましたか。
変わりましたね。当時からこの曲はちょっと大人っぽくて素敵だなと感じていたんですが、何の不安なく真っ直ぐに歌っていました。でも、今は私も大人になったから、また違う歌が歌えるのではないかと思ってチャレンジしました。もちろん、この曲への想いは全く変わっていなくて、今も大好きな曲です。
――当時とはまた違った、今の岩崎さんを堪能出来ますよね。今の岩崎さんというところで、今回収録されてはいませんが「シンデレラ・ハネムーン」は候補には上がらなかったのでしょうか。
この筒美先生のトリビュートを作ることになって、息子が「シンデレラ・ハネムーン」も聴きたかったと言っていたんです。でも、「シンデレラ・ハネムーン」はあの時にしか歌えない歌で、ライブでは親衛隊の皆さんもいるので楽しく歌っていますけれど、もう一度冷静にレコーディングしろと言われたら、こんなに構えてしまう曲もないんですよ。当時の何の怖さもなく歌っていた時の良さがあるんです。その時の私とは競争出来ないなと思い、今回は収録するのをあきらめたんです。
――もし今後セルフカバーされることがあったら、それは岩崎さんの中で何かが切り替わった時になりますね。
そうですね。その時は1オクターブ低い「シンデレラ・ハネムーン」になっているかもしれないですね(笑)。
――簡単には歌い直せない曲というのがあるんですね。
あります。自分がどう捉えられるかなんですけどね。「ロマンス」は44年前と同じキーのまま今もやっているんです。半音下げただけでも「ロマンス」ではなくなっちゃうんです。昔はファルセットができなかったので、全部地声で歌っていたんですけど、今は全部地声で歌うのは難しくて、ファルセットを使いながら必死で歌っているんです。「これでいつまで歌えるのかな」と感じつつも、行けるところまでこのキーで頑張ろうと思っています(笑)。
――さて、ほとんどのことを経験されて来ていると思うのですが、今チャレンジしたいことはありますか。
ナレーションとか声だけの仕事にもチャレンジしてみたいですね。2年前に実写版の『美女と野獣』でポット夫人という役の声優を担当させていただいたんですけれど、ポット夫人の喋っている姿から私の声が聞こえてくるというのが不思議でならなかったのと、私の声ってこんなだったんだと不思議な気持ちになったんです。
――客観的に聞くことが出来たんですね。
テレビで歌っているのを聴いても、自分の表情などが気になって、あまり声や歌に集中出来なくて。声優をやらせて頂いてとても新鮮な経験ができたので、今後は顔の出ない、声のお仕事もやってみたいです(笑)。
――最後にこれからの展望をお聞かせください。
私の活動の中で一番大切にしているのは、レコーディングとコンサートです。皆様の前で元気な姿を見せながら、歌を聴いていただきたいというのが一番です。今でもファンの方は“宏美ちゃん”コールをして下さいますし、私を知らない方も昔の岩崎宏美を感じながら、今の私に耳を傾けて頂きたいので、1人でも多くコンサートに足を運んで頂けたらと思います。あと、CDみたいに形に残るものはこれからも丁寧に作り続けていきたいというこだわりがあります。歌と真摯に向き合ってきた姿勢は崩さないで、45周年を迎えたいと思います。
(おわり)
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