浜田麻里「エポックメイキングな夜にします」時代の足跡残したツアー最終
浜田麻里(撮影=堀田芳香)
浜田麻里が4月19日、東京・日本武道館で35周年記念ツアー『Mari Hamada The 35th Anniversary Tour “Gracia”』のツアーファイナルが開催された。浜田麻里の存在は、それ自体が伝説でありドラマである。35年のキャリアの中では、この日の約3時間、20数曲は、ほんの一瞬のことだったろう。しかし、その1曲1曲からはさまざまな物語を感じ、浜田の思いが溢れた時間だった。【取材=榑林史章】
必ずやエポックメイキングな夜にします
会場が暗転しオープニングムービーに合わせて、自然に沸き起こった手拍子。<WOW WOW〜>と、拳を上げて歌う観客。一体感が最高潮に高まった時、霧のように立ち込めるスモークの中から、ブルーのドレスをまとった浜田麻里が現れた。ミステリアスに響くギターに続き、どこか90年代のようなキャッチーさを感じさせるメロディーが広がる。ライブは、最新アルバム『Gracia』に収録の「Right On」で幕を開けた。続けて同作から、変則的なリズムとシンセ、コーラスが三位一体となった「Disruptor」を披露した。人間技とは思えない怒濤の演奏が、ドラム、ベース、ギターと、次々と繰り出されていく。浜田はバンドのほうを向きタイミングを合わせ、迫力あるハイトーンボーカルを響かせた。
客席のあちこちから「麻里ちゃーん」と、熱狂的なファンからの声がかかる。嬉しそうな表情で、「浜田麻里です」と挨拶した。
「ツアーファナル、ついにこの日がやって来ました。35周年イヤーの大詰めに、この会場(武道館)が借りられて、本当に良かったです。35年前から私を支えてきてくださったみなさん、新世代のみなさん、今日は必ずやエポックメイキングな夜にします。はからずとも平成最後のライブ。時の移り変わりを感じながら、しっかりと足跡を残していきましょう」
ここからは、懐かしい楽曲と近年の新しい楽曲をメドレー式に交互に繰り出しながら、キャリアを一気に振り返った。1985年のデビューシングル「Blue Revolution」から、2016年アルバム『Mission』に収録の「Carpe Diem」まで飛んだと思えば、今度は1989年の「Return to Myself」へと再び一気に遡るといった具合だ。どの曲もハードなサウンドに融合した歌謡曲的なメロディが共通していて、まったく違和感がない。その違和感のなさこそが、浜田麻里が35年ブレずに活動してきたことの証と言えるだろう。「Return to Myself」のキャッチーさを否定するファンもいるそうだが、インタビューで「私に黒歴史はない」ときっぱり断言していた浜田の凛とした表情を思い出す。まるで「あなたが「Return to Myself」を否定することは、あなたが好きな他の曲をも否定することになるのよ」と、説き伏せているようだ。
「長い月日は、まるで精進の日々のようでした。精進とは、がむしゃらにやるものではなく、目標を持って静かにしなやかに生きることだと思っています。移り変わる現代の価値観は、早く成功を得ることに価値を言い出す傾向にあるけど、寄り道をしないと見えない景色もある」
そう語ってしっとりと聴かせた、中盤のバラードコーナーは、とても聴き応えがあった。生きることが人として生まれたことの約束だと歌った「Promise in the History」では、聴く者を温かく包み込む、女神のような歌声を聴かせる。雲間に一筋の光が差し込むような「Canary」は、救いの手を差し伸べるようにやさしさが溢れた。そして、自分の信じたように進めばいいと、道を指し示すような「Mangata」。その力強さは、音楽シーンという厳しく過酷な大地に一人で立ち、揺るがず力強く歩みを進めてきた浜田の姿と重なった。
浜田麻里の35年を労った惜しみない拍手
後半戦は、会場が一体となれる楽曲のオンパレードになった。ポップな曲調の「In Your Hands」では、軽快なリズムに合わせてキュートに腰を揺らした。「Dark Triad」は、圧倒的な迫力の演奏と共に、ソリッドなボーカルを聴かせ、ステージに炎が噴き上がる演出でも魅せる。またハイスピードの「Jumping High」では、観客が一斉にタオルを振り回して盛り上がった。
「魂を絞り出すための手段としての歌がある。私の歌は、楽しいばかりではありません」と話して歌ったのは「Historia」だ。ツインギターによるイントロから、ダークで激しい歌とサウンドが放たれる。教会のような映像をバックに歌う浜田の姿は、まるでジャンヌダルクだ。祈るばかりではなく、自ら剣を持って戦う雄々しさ。それを讃えるように、拳を突き上げながら、声をあげる観客。渾身のフェイクやロングトーンに、会場が大歓声で沸いた。
本編のラストには、最新作『Gracia』に収録の「Zero」が披露された。イントロが始まると、ステージには生のオーケストラが登場した。より壮大さとドラマチックさを増したサウンド、どこか昭和の哀愁を讃えたメロディ、雄大なビブラートを効かせる浜田のボーカル。まるでメタル演歌といった雰囲気。そうして歌われた<盛者のその夢の衰枯を見守るしかない>など、日本語の美しさが耳を引く歌詞。<廃墟となった夢の後先は、埃の舞うゼロの地点にただ置いてゆけ>というフレーズもあり、令和という新時代を迎えるにあたって、すべての者に覚悟を問いただしている。音楽シーンの最前線で歴史を紡いできた浜田だからこそ、突きつけることのできる命題なのかもしれない。渾身のパワーを込めた高音の超ロングトーンに、惜しみない拍手と歓声が贈られた。
ライブのラストを飾ったのは、1991年のアルバム『TOMORROW』に収録の表題曲「Tomorrow」。温かく幸せな未来を想像させる、ゆったりとしたミディアムバラード。やさしく温かい歌声で、客席に手を振り、35年の歳月を振り返るように歌った浜田。客席から惜しみなく贈られた大きくて温かい拍手が、彼女の35年の道のりを労ってくれているようだった。
ちなみにアンコールでは、歌っている途中でブーツの片足が脱げて、裸足のままで歌うというハプニングがあった。ステージをはける時の、片足でピョンピョンと跳ねていく姿は、ヘヴィメタル・クイーンの名を欲しいままにした彼女が、ほんの一瞬垣間見せた、実に女の子らしい可愛い姿だったことも付け加えておく。