韓国出身シンガーソングライターのイ・ジョクが6月2日、東京・恵比寿LIQUIDROOMでワンマンライブ『2018 LEE JUCK JAPAN BEST LIVE 〜よかった〜』をおこなった。日本での活動のスタートとなる日本限定ベストアルバム『イ・ジョク BEST SELECTION 〜よかった〜』を4月に発売、自身2度目となる今回の単独ライブは、この東京公演と、そして4日におこわれた大阪公演の2公演おこなうというもの。日本語も堪能なイ・ジョクが「自分的には日本ツアー、そして今日がその初日」と語り、会場を沸かせた東京公演の模様を、今回はレポートする。

 1994年に音楽ユニットPANICでデビュー、その後兵役を経て2003年にソロデビューを果たしたイ・ジョクは、本国・韓国ではアリーナ規模の大型会場でのライブを開催するほか、ライブハウスツアーにおいては1年間で12都市、全66公演をソールドアウトさせ、約3万人を動員するほどの人気を誇る。一方で5枚のオリジナルアルバムをリリースする傍らで韓国ドラマ『雲が描いた月明り』や『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』などのサウンドトラックを手がけるなど、幅広い活動を展開し大きな支持を受けている。

寄り添い、そして光へ導く声

 スタートの時間になると会場は静かになり、照明も徐々に暗くなる。やがて薄暗いステージには、サポートメンバーの姿が。そしてイ・ジョクがステージに登場すると、会場にはワーッという歓声が響き始めた。観客に向かって礼をし、ステージに設置されたキーボードの後ろの椅子に座る。そして響き始めたピアノの音。その音に合わせ、ささやくように歌い始めるイ・ジョク。彼のプレーに合わせて、サポートのプレーヤーたちが、徐々に自身の音をからませ始める。オープニングナンバーは「歌」。「まさしく“歌”のことを歌った」と彼が語るその曲は、ゆったりとしたリズムの中にも明るく、しかしフラットした7thの音が何か力強さを感じさせた。

 そう、それはまるでゴスペルの響きのようだった。そっと寄り添うようなAメロから、高らかに響かせるサビでは、まるで聴くものを光へと導くかのよう。続く「一緒に歩こうか」では、少し切なさを感じさせる要素もありながら、温かく、そして引っ張っていくような力強さを感じさせ、会場からの惜しみない拍手と歓声を引き起こした。

 「あ〜やっぱり緊張しちゃいますね。日本語のMCは大変、頭の中はもう真っ白で…いつもはプレーの間に、休むところがMCなのに、まるでMCの間にプレーをしているような感じ」などと冗談っぽい語り口で観衆を楽しませ、親しみのあるるところも見せるイ・ジョク。現在ニューヨークで活躍しているというジャズ&ブルースのキーボードプレーヤーをはじめ、都会的なセンスと抜群のテクニックを備えたサポートのプレーヤーに恵まれていることもあってか、そのプレーには非の打ち所もないほどだが、そんな一面とのギャップが、彼の魅力の一つでもあるのだろう。

ロックな曲ではパワー全開!飛び出したRADWIMPSの名曲

イ・ジョク

 もつれた糸を引っ張ると、固い結び目が出来る。それを失恋の後の悲しい痕跡に見立てて描いたという「結び目」、自宅の前のコンビでカップラーメンなどを度々買っていたときに、一人の女性店員から「大丈夫ですか?」と声を掛けられたのを、恋の始まりと錯覚して出来たという「僕が言ったことないですか」などと、日常の他愛もないことから楽曲が出来上がったというエピソードを語り観衆を沸かせるイ・ジョク。しかしその歌には、何か共通したものが感じられる。それはポジティブであること、前向きになれること。寄り添いながら、導いていく。その歌は聴いていると、何か立ち上がりたくなる、じっとしていられなくなるような、人を動かす力がある。日常の他愛もないことが、何かポジティブな気持ちへ。イ・ジョクの歌には、そんな魅力に溢れている。

 中盤には「アップテンポなロックナンバー」と紹介した「君と」を披露。ピアノ椅子から立ち上がり、ステージをせわしなく歩き回りながら、アクティブな曲をさらにアクティブに歌い上げる。フロアでは椅子に座っていた観衆も、思わず立ち上がり、そのウキウキしてくるようなビートに身をゆだねる。続けてPANIC時代の曲「UFO」へ。アバンギャルドな音色が飛び交う中で、ポップでキャッチーなメロディーが、観衆の気持ちをさらに高揚させる。

 その曲に続いたのは「Rain」。この曲はイ・ジョクのソロデビュー曲でもある。もともとこの楽曲にイメージしていたのは「梅雨」だったが、それではいつでも聴ける楽曲にはならないと、このタイトルを考えたという。ちょうど本国の韓国で発表した頃は、3ヶ月にも渡り見舞われた大雨の時期で、なかなか支持されなかったと苦い思い出を振り返り笑いを誘う。さらにツアータイトルにもなった曲であり、イントロ部分で監修からも大きな歓声を浴びた「よかった」から、この日サプライズタイムと称して披露されたのは、日本のロックバンドであるRADWIMPSの曲「前前前世」のカバー。せっかくの日本公演だから、日本の曲をカバーで披露したいという思いで選んだこの楽曲。自身としては「ギャップがある曲を選びたい」という思いで選んだというものだが、「発表作を全部見た」というアニメ作家・新海誠の大ファンでであるということからも、この曲を選んだという。「本当に難しい曲。だから、失敗しても…」と少し弱気なところを見せながらも、彼の個性と、楽曲の持つポテンシャルが巧く溶け合い、観衆も大喜びで猛烈なほどの熱気をかもし出していた。

お互いの思いを感じ、爽快な空気が漂うステージ

 ステージは早くも後半へ。ステージの区切りを迎えたこのときに披露した曲「孤独の意味」は、2013年にリリースしたアルバムのタイトル曲で、イ・ジョクが40歳になった頃「人間って、終わりがある存在だということを、つくづく感じた」という経緯とともに作ったという。美しさをたたえたギターと、ピアノだけというシンプルなサウンド構成で、自身の胸のうちにあるシリアスな“孤独の意味”を、切々と歌い上げる。続く「あの頃はまだ分からなかった」も、ある意味自身の内面を問うたような楽曲。自身に正直に向き合った末に綴られた詞と感じられるものであり、それだけに“イ・ジョク”らしい歌い方がピッタリとマッチし、何倍もの大きな説得力で思いを観衆に伝えていく。そしていよいよ終盤、イ・ジョクはギターを持ち、ドラマ『恋のスケッチ〜応答せよ1988〜』に提供した曲「心配しないで、君よ」を披露。ドラマを楽しんでいたファンも感激の声を上げた。

 「イ・ジョクの“歴史的”なツアー。一緒に歌ってくださり、笑ってくださり、泣いてくださり…あくびですか?」ラストのセクションを前にジョークを交え、微笑ましい笑いを誘いながら、この日を迎えた感謝の気持ちを語るイ・ジョク。最後にプレーしたのは、かつて韓国の凄腕ミュージシャンが集い結成されたスペシャルプロジェクト“GIGS”で披露していたという「片思い」、それに続いて、「自分自身としても、もっとも好きなナンバーの一つ」として挙げる「空を駆ける」。

 再び椅子から立ち上がり、このロックなナンバーをアクティブに舞いながら歌うイ・ジョク。その姿に再び総立ちになり、大きな拍手と歓声で応える観衆。お互いの思いを感じ爽快な空気が漂う中、いよいよステージは終わりのときを迎えた。だが彼がステージを去ってすぐ観衆は「イ・ジョク!」「イ・ジョク!」とアンコールをせがむ声を上げる。その声に応じ再びステージに登場した彼は、歌をプレーする前に「コンサートを作ってくれたスタッフに、感謝の拍手を!」と一言。ラストはPANIC時代の曲「左利き」でこの日一番の盛り上がりを見せる。「次はまた、違う感じのライブをやりたいと思います。ありがとうございました!東京コンサート、一生忘れられなそうです!」何度も感謝の言葉を継げ、彼はステージを降りた。

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