長澤知之「一貫性がないのが人生」8年ぶりフルアルバムで伝える人生賛美
INTERVIEW

長澤知之

「一貫性がないのが人生」8年ぶりフルアルバムで伝える人生賛美


記者:村上順一

撮影:

掲載:21年08月18日

読了時間:約11分

 デビュー15周年を迎えたシンガーソングライターの長澤知之が8月4日、8年ぶりとなる3rdフルアルバム『LIVING PRAISE』をリリースした。アルバムは昨年から配信リリースを続けてきた楽曲「青いギター」「クライマックス」「広い海の真ん中で」「三月の風」に、今年5月より3カ月連続配信の「羊雲」「宙ぶらの歌」「朱夏色」など、それぞれの人生を肯定するメッセージが詰まった全12曲収録。インタビューでは「人生賛美、人生賛歌」という意味を持つ『LIVING PRAISE』の制作背景について聞きながら、長澤知之のいまの考え方に迫った。【取材=村上順一】

次の曲が前の曲を否定していく

――15周年を迎えるにあたっての心境は?

 率直に15年やれたということの喜びがあります。10年、20年だったら節目っぽくはありますが、15という数字はどうなんだろうというのもありますけど、15年やれたのは周りのスタッフやリスナーのおかげなので素直に感謝の気持ちが強いです。

――10周年から15年までの5年間、ご自身にとっての変化は?

 あまり変わっていないのかもしれません。たとえば、自分がまだ知らない音楽をその5年の間に色々聴いたりして知らない間に知識がついていることはあるのかもしれないです。5年の間で流れている音楽もだいぶ変わりましたし、影響を受けるのも知らず知らずのうちにあるのかもしれません。

――聴く音楽の幅が広がって。

 広がっています。これまでトーキング・ヘッズやローリング・ストーンズはあまり聴いていなかったのですが、好きになって。ローリング・ストーンズの『アフターマス』が好きでよく聴いています。あと、R&Bやブルースも僕は疎かったのですが、ブルースも聴き始めたりといった変化はあります。

――この15年でファンの方の変化を感じることもありますか。

 たとえば、孫や子供ができたことや結婚の報告を手紙で頂いたり、人生の変化や、そういうのは聞きます。デビュー当時から頂いた手紙を読むのが好きで、それで読んでいて習慣になっているというか。近況報告みたいなのを読んでいるだけなんですけど(笑)。

――そういったところから楽曲の構想に繋がることもある?

 あります。事務所に行った時にたまたま待ち時間があったので、ファンの方が住んでいる地域の観光名所にくじらがいるというのを聞いて、その手紙から色々想像してくじらの曲を書いたことがありました。

――創作活動のヒントにもなったりしていい相乗効果があるのですね。さて、本作『LIVING PRAISE』は8年ぶりのフルアルバムですね。ミニアルバムや配信などリリースはありましたけど、こんなに時間が空いたのは何か考えがあったのでしょうか。

 若い頃フルアルバムは3枚作ったらもういいんじゃないかなと思っていたこともあって。その時の人生観ではそうとしか思えなかったんですけど、ただ僕自身が元気だし、まだやりたいことも尽きなかったので、フルアルバムに比べたら短期間で作ることができるミニアルバムが好きでした。そのタイム感が自分には合っていたんですけど、今回フルアルバムを作ろうという話をもらって、「フルアルバム作ってもいいな」という感覚になって。

――タイミングが合ったんですね。アルバムのコンセプトは?

 最初にやってみたいテーマはいくつかあったけど、まず配信曲として曲を出していって落とし込もうとしていたところに、結果ひとつの方向に落とし込めたという感じです。

――アルバム収録曲として意識して最初に制作されたのはどの曲でしょうか。

 アルバムを収録しようと思って書いた曲の一番最初は「青いギター」です。「三月の風」はもっと昔からあった曲で、昔の曲を引っ張り出して推敲して作った曲で。

――「青いギター」の“青”とは?

 たとえば怒りとか、僕は自分の感情を利用して音楽を作ることが多いのですが、一番熱い炎が青い炎と言われていることや、僕自身がずっと使っているギターが青いギターだったり、そこから来ていて。自分のなかに宿っている怒りというある種の若々しいパワーを青にたとえました。あと、「青いギター」の前に「朱夏色」という曲があるんですけど、赤色をイメージしています。赤と青で自分のシャレの部分でもあって(笑)。「朱夏色」を否定するかのように「青いギター」をここに置くということが面白くて曲順としてこの並びにしたんです。

――流れといえば「ポンスケ」で、<ラブソング歌う>という歌詞があって、その後に「ラブソング2」に続きますが、この流れも?

 コンセプトで頭のなかにあったひとつは、流れる曲を次の曲が否定して、その次の曲がその次の曲を否定してというものを作りたいと思っていました。1日1日で自分のテンションって変わるじゃないですか? たとえば「ビートルズのどのアルバムが一番好き?」という愚問があるように、それって本当に好きだったら1日ごと、1カ月ごとに変わるみたいな感じで。『アビイ・ロード』や『ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム)』がめちゃくちゃ好きな時もあるし。自分の感情も同じように、凄くBadな日、Goodな日、何もない凪の日、シケの日もあると思うんです。そうなると一貫性というのは全くないんです。それが人生だなと思いますし。だからつじつまが合わないと思われているけど、つじつまが合っていると言いたいために否定して否定して、だけど1曲目と最後の12曲目はしっかり自分の希望を歌いたかったんです。

――変化が絶対ありますから。制作するなかで挑戦はありましたか。

 ずっと同じというものに僕はあまり美学を感じていなくて。それはそれできっとタフで格好いいと思うんですけど僕は人間的だとは思えなくて。それに憧れはあるんですけどね。でも、行ったり来たり右往左往しているほうが僕のなかでは人間的で。素敵なラブソングを書いたあとに「みんないなくなればいいのに」みたいな曲を書くことも今までありましたし、そういうのも含めて肯定したいものを表すためには、この曲に対して次の曲が「いや、全然違う」、その前が「それは違う」ときているというのが挑戦だったかもしれないです。

――もしかして12曲というのは1年の12カ月というのを表していたり?

 それは意識してなかったです。ただ、フルアルバムというもので、1stアルバム『JUNKLIFE』が15曲と詰め込みすぎちゃって、聴く人の徒労感を全く考えてなかったなと。自分がアルバムを聴くならこれくらいのサイズ感がちょうどいいかなと12曲にしました。

青春という言葉があまり好きではない

――ところで「ラブソング2」は2009年にリリースした「ラヴソング」の続編ですか。

 これが続編ではないんですよ。曲の内容が僕のなかでラブソングだったので、そのままラブソングにしたかったんですけど「そういえば2009年に『ラヴソング』という曲あったな」と思い出して(笑)。「ラブソング」は仮タイトルだったんですけど、曲が完成したあとに「この曲のタイトルどうしよう?」とディレクターに相談したら「『ラブソング2』でいいんじゃない?」と言われて(笑)。

――そうだったんですね。「ポンスケ」という曲のポンスケとは何を表しているのでしょうか。

 言葉としては昔のお爺世代が“愚か者”という意味で使っていた言葉なんです。「このポンスケが!」という風に、使っていて、それが面白いなと思って。表現していることが3つくらいあって、それをまとめた総称を僕は“ポンスケ”という意味でタイトルをつけました。それは政治的なことであったり、ミュージシャンであったり、トレンドだったり。凝り固まった考えや思想、そういうもののなかで自分が思い描いた嫌なものの集合体、そのなかの交わるところをポンスケと呼んでいるイメージです。

――本作のリード曲「朱夏色」ですが、どういった情景を思い浮かべながら書かれたのでしょうか。

 自分の生きている時代、同世代のことを考えながら書いていた曲です。青春という言葉があるように朱夏という言葉があって、その世代ごとにキラキラ輝く意味があります。たとえば人生の変化の素敵な部分で言ったら家庭ができたり、10代の頃にきらめくような恋をしていたとしたならば、30代になってそれが愛情に変わったり、子供が生まれたり、人生の変化の素敵な部分を思い浮かべました。

――古代中国における陰陽五行説で“人生真っ盛りの燃え盛る熱い時代”という意味を持つ朱夏という言葉を知ったきっかけは? 

 青春という言葉があまり好きではなくて。青春という言葉は若者限定の言葉のイメージがあるじゃないですか? なので、まるで若さのある時代のみが人生のなかで特筆してよい時代のようになるのがあまり好きではなくて。僕自身10代の頃からそう思っていました。青春ではなくてそれぞれの世代を肯定できるような言葉はないかと数年前に調べたら朱夏という言葉があることを知りメモしておいたんです。ただタイミング的にその時ではなくて、そういうことを言いたい気持ちが芽生えた時に、曲にしたいと思っていました。でも、朱夏という言葉のままタイトルにしたら何の工夫もないなと思って、夕焼けの風景を思い描いてそれを「朱夏色」と名付けました。僕は造語がけっこう好きなんです。

――長澤さんの書く歌詞には「空」や「雲」がよく登場するイメージがあるのですが、これはご自身の中にどんな印象があるのでしょうか。

 僕は空を見上げることが凄く多いです。よく小さい頃に考えごとや悩みごとがある時に月を見て。月を見た時にあんなに大きいものが空に浮かんでいるという状況がすごく面白くて。世の中には不思議だと思うことがいっぱいあるけど、その不思議だと思うものは全て可能性があって、世の中にありえないことなんてひょっとしたらないのかなと思わされるんです。だから空を見るというのは色々とヒントをもらえる、また同時に、空や海や風はみんなが知っている言葉で、みんなが頭のなかでパッと風景を想像できるので共通認識としても優れていて。僕の言いたいことをより伝えやすくなるというのはあります。

――確かにイメージしやすいです。雲といえば「羊雲」はこの15年間のことを振り返っている部分もあるのでしょうか。

 15年のことを意識したつもりはなくて。過去のことをふと思い出して、それと地続きに繋がっている今をみた時にセンチメンタルな気持ちでもなんでもないんですけど、それを俯瞰して書いた感じです。

――そのなかでホーンが入っているのが印象的です。アレンジはどのように考えていたのでしょうか。

 この曲はギターを弾きながら作っていたと思うんですけど、それでリズムトラックを作って、軽くベースを乗せたのですが、そこに風景を足したいと思い、ホーンを打ち込みで入れました。そこにちょっと風っぽくしたいなと思ってダブルギターにしたり。

――この曲にはゲストミュージシャンはベースで佐藤洋介さんが参加されていますね。

 ベースラインは重たい音がほしかったので、自分が作ったものだとちょっと細かったんです。それで「洋さん、ちょっとベース弾いて?」とお願いして弾いてもらいました。

――「とあるパーティーの終わり」のアコースティックギターのサウンドが凄くいいですね。歌詞は『ドラゴンクエスト』を彷彿とさせますね。

 ありがとうございます。僕がギターは弾きましたけど、洋さんが録ってくださったので、洋さんの力も大きいです。歌詞はへこんでいる、虚しい状況で、そんな気持ちの時に曲を書き始めました。その感覚で思い出したのが、RPGゲームで、無駄にレベル上げしている時の「何やってるんだろう」と思う瞬間と似ていて(笑)。それをクスッと笑えるものにしたくて、その虚無感を俯瞰したものにしました。

シンプルイズベストは僕にとっては極論

『LIVING PRAISE』ジャケ写

――「My Living Praise」というアルバムを象徴する曲があります。

 これは許しを求めている自分の気持ちでもあるんですけど、もう少しシンプルに考えていいじゃないかと。今までの自己葛藤をまとめあげようとした気持ちに近い曲です。なので曲順としてここが適切だろうと思いました。

――歌詞の<あなたが聞く気になるような 真っ直ぐ届きそうなやつを このフィルターを通すたび思う なんて嘘っぽいんだろう>という部分は曲を作る時の制作スタイルにも置き換えられるという感覚があったのですが、そういったものも反映されている?

 全くその通りで、突然浮かんだ、凄く素敵なもの-発想、感情、ハートで感じたもの- が、37年間生きてきて余計な知識、色んな考えかたがついた頭の中を巡り、声に出すというフィルターを通すと、なんでこんなに汚れてしまうんだろうというのがよくありました。そういった葛藤のなかにいるんだけど、結局のところそんなに難しく考える必要もないのかなという曲です。

――シンプルというのも裏テーマとしてあるのでしょうか。

 これは凄く最近よく考えることなのですが、シンプルイズベストは僕にとっては極論なんです。そうとも限らないものがあるので僕はバランスだと思っていて。でも、バランスイズベストと言うつもりもなくて、バランスというただ一言でよくて。ただ、このなかではシンプルに考えたほうがいいという曲ではあるんですけれども。ただ、そのなかで自問自答、自己葛藤も必要だし、シンプルイズベストという言葉はあまり好きじゃないけど、この曲のなかではシンプルでありたいという、自己矛盾でもあるけれども自己矛盾じゃない部分もあって、ちゃんと落としどころが「この場合は違う」と、自分のなかでは区別をつけていると言いますか。そういう感じです。

――あと、今回「祭囃子」という未発表曲がアルバム購入者全員にプレゼントされるとのことですが、これはどんな曲になっていますか。

 これはアルバムの特典として別途ダウンロードして聴けるものなんですけど、「祭囃子」は風景先行で書いた曲です。どちらかと言うと絵を描くつもりで書いた感じと言いますか、自分のなかにある綺麗と思う風景がいくつかあって、想像上で、存在しない風景なんですけど、それは神社の赤提灯がある道で、それを音像化したかったんです。

――今回はアルバムのなかに組み込むのではなく、ボーナス的な感じの位置付けに?

 結果的にそぐわなかったというわけではないんですけど、流れのなかで言ったらこの曲はアルバムじゃなくてもいいかなと。大好きな曲なんですけどね。

――ジャケット写真のメリーゴーラウンドも綺麗ですね。どんな意味合いがあるのでしょうか。

 これはスタッフが清里にあるメリーゴーラウンドを見つけて、それをなにか使えないか、という話から始まりました。アルバムの1曲目が「羊雲」で<明日は雨かもしれない だけどいいのさ>と歌うけど、自己葛藤しながら12曲目の「三月の風」では<曇り空よ 曇り空よ いつまで涙をこらえているんだ>と、また雲を見て雨が降るのを知っている状況に戻るというものですけど、メリーゴーラウンドもそこに乗ったらキラキラした美しい風景のなかだけど、永遠に到着点はみえなくてぐるぐる回り続ける、それが今作とメリーゴーラウンドが自分のなかでバチっとリンクしました。

――アルバムのテーマ、コンセプトに合致したんですね。

 結果論ですけどね。だって最初清里に行こうと思ったのも「のんびりしに行こう」というのが80%くらいでしたから(笑)。

(おわり)

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