今年デビュー50周年を迎える歌手の由紀さおりが1月6日から20日まで、東京・明治座で『由紀さおり 50周年記念公演』をおこなった。2017年におこなった初の座長公演『由紀さおり特別公演』以来となった2度目の座長公演は第一幕に堤泰之が作・演出した新作オリジナル喜劇『下町のヘップバーン』で女店主・川端ますみを演じ、第二幕はゲストを招いての歌のステージを届けた。ゲストに“泣き歌の貴公子”の異名持つ林部智史を招いた1月8日の模様を以下にお届けする。【取材=村上順一】

コメディエンヌ・由紀さおりのドタバタ人情劇

『下町のヘップバーン』で川端ますみを演じる由紀さおり(撮影=江川誠司)

 第一幕は、堤泰之が作・演出した昭和38年の下町が舞台となる新作オリジナル喜劇『下町のヘップバーン』で幕開け。由紀が演じるのはこの界隈で“下町のヘップバーン”と呼ばれた川端ますみ。東京オリンピックを来年に控えた、現在とリンクする時代背景で、お節介でおっちょこちょいで人情に厚い女店主が営む食堂で繰り広げられるドタバタ人情劇で、様々な人間模様が描かれていくなか、新しい年が始まったばかりの我々の背中を押してくれるような物語。周りのキャストも娘役に元モーニング娘。の久住小春や、出ていってしまった再婚者役に渡辺正行と個性ある配役で楽しさが増していた。 

 食堂の壁には映画『ローマの休日』や『風と共に去りぬ』など懐かしいポスターが貼られており、当時の映画の話しも随所に盛り込まれた映画ファンにはたまらない。メニューもコーヒー1杯30円、カツ丼が100円など昭和中期の価格が書かれており、あれから約55年で物価は10倍にもなったんだなと感慨深いものがあった。それは由紀がデビューした時期に近いこともあり、きっと川端ますみと由紀の気持ちもリンクしていたのではないだろうか。

 その由紀が演じる川端ますみは、ユーモア溢れる人柄で自然体とも言える演技を見せてくれた。随所に笑いを取り入れながらも、1961年公開の映画『ティファニーで朝食を』で、主演女優のオードリー・ヘップバーンが劇中で歌った曲「ムーン・リバー」を、男性5人組ボーカルグループのベイビー・ブーのコーラスをバックに、伸びやかな歌声を響かせたシーンはこの舞台のハイライトのひとつだった。

『下町のヘップバーン』(撮影=江川誠司)

 佳境を迎えたシーンでの目を潤ませながらの演技に心打たれた。一つの時代が終わり、次に繋がっていく。夢を見ることは覚悟をすることだというメッセージは多くの人の心に響いたのではないだろうか。現代、薄れてきてしまったことのひとつかもしれない夢を見るということ。しかし、決して重い雰囲気ではなくファニーな空間とのメリハリで楽しませてくれた。

新しい幕が上がるとき

由紀さおり(撮影=江川誠司)

 第二幕は「歌謡曲を歌いつなぐ」をテーマとした歌のステージ。幕が上がるとピンク色のドレスに身を包んだ由紀さおりの姿。「TIME TO SAY GOODBYE〜新しい幕が上がるとき〜」で幕を開けた。どこまでも深く、なめらかな歌声が明治座に響き渡った。抱擁力を感じさせる歌声は癒しという言葉がぴったり。「SMILE」では由紀も満面の笑みを見せながらの歌唱。会場は多幸感に満たされていた。

 『下町のヘップバーン』にコーラスグループ・ホルモンズ役として出演していた、ベイビー・ブーを呼び込み美しいハーモニーを披露。由紀もこのハーモニーに溶け込みたいと話し、「夢で逢えたら」などカバー曲を披露。名曲がまた美しいハーモニーで、装いも新たに紡がれていく。そして、由紀とベイビー・ブーが会場で歌声喫茶を再現し観客と一体になり「青春時代」を合唱した。その後、由紀は、一旦ステージを後にし、ベイビー・ブーがオリジナル曲「花が咲く日は」を届けた。ベイビー・ブーが訪れる新宿のうたごえ喫茶でリクエストランキング1位になったという「花が咲く日は」は、シンプルながらもスッと心に響くナンバーで楽しませた。

 再び、白いドレスに衣装チェンジした由紀がステージに登場。歌いたい曲があると話し、ジブリアニメ『おもひでぽろぽろ』の主題歌でベット・ミドラーの「The Rose」を高畑勲監督が訳詞し、都はるみが歌唱した「愛は花、君はその種子」をカバー。由紀は都はるみにこの歌を歌わせて欲しいと直接お願いをしに行ったという。それほどこの曲への想いは強く、それが歌声にも表れていた。儚さと強さが入り混じった歌を響かせ2部を終了した。

皆にも覚えてもらって一緒に歌いたい

由紀さおりとベイビー・ブー(撮影=江川誠司)

 休憩を挟んで、この日の日替わりゲスト泣き歌の貴公子の異名を持つ林部智史が登場。透明感溢れる歌声でデビュー曲「あいたい」を歌唱。感情を揺さぶり掛ける歌声に観客もうっとり。そして、現在は叙情歌にも力を入れているという林部。<かあさんが夜なべをして 手袋あんでくれた♪>と誰しもが知っているであろう童謡「かあさんのうた」を披露。情景を映し出すような歌声で魅了。続いて、叙情歌のように残る曲を歌っていきたいと、「ハナミズキ」の作曲者であるマシコタツロウ作曲で自身が作詞した「あの頃のままに」を丁寧に歌いあげた。

 ステージ袖から由紀が登場し、林部を絶賛。今度は2人で「世界は二人のために」を歌唱。シルキーなハーモニーはいつまでも聴いていたいと思わせた。このあともデュエットで坂本九の「見上げてごらん夜の星を」など懐かしいナンバーで観客を扇情した。

 続いて、由紀のデビュー曲であり代表曲「夜明けのスキャット」を披露。バックの演奏と歌声が一体となった至高の空間。みずみずしいその歌声に、静かに耳を傾ける観客の姿。そして、由紀は2年前におこなった明治座での公演で、もう一度このステージに立つ機会があったら美空ひばりの曲を歌いたいと当時話していたという。その自分の中での約束を果たすと美空の楽曲から「車屋さん」と「リンゴ追分」をカバー。「夜明けのスキャット」で聞かせた歌声とはまた違う、リズミカルで力強い歌声を明治座に響かせた。体を揺らしながら楽しそうに歌う由紀の姿が印象的だった。

 公演も佳境へ。スタンダードナンバーというのは色んな人が色んな味付けをしても「さあ、おいで」というように受け入れてくれる、成長していく曲がスタンダードナンバーとなっていくのではないかと話し、現在も多くのアーティストが歌い紡いでいる、中島みゆきの「糸」を届けた。曲の持つ情景を鮮明に映し出すかのように、ダイナミクス豊かに情感を込め歌い上げた。

 最後はアンジェラ・アキが作詞・作曲のオリジナル曲「あなたにとって」を披露。この曲の制作背景には「若い人たちが私の事をどのように認知してくれているのか、今後も歌い続けていくこともあり興味があった」と話し、様々な若いアーティストに楽曲をお願いし出来上がった1曲だという。アンジェラは「由紀さんのラストソングになればという想いで書きました。それは私の永遠のテーマです」とメッセージを添えてくれていたという。そのメッセージがすごく嬉しく「この曲を皆にも覚えてもらって一緒に歌いたい、そういう風に育てたいと強く思いました」と最後は出演者も呼び込んで盛大なシンガロングで大団円を迎えた。

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