山中千尋、ウェイン・ショーターと坂本龍一の音楽が自身に与えたものとは
INTERVIEW

山中千尋

ウェイン・ショーターと坂本龍一の音楽が自身に与えたものとは


記者:村上順一

撮影:

掲載:23年09月14日

読了時間:約10分

 ジャズ・ピアニストの山中千尋が、8月23日にニューアルバム『Dolce Vita』(アナログ盤は10月25日に発売)をリリース。前作『Today Is Another Day』からわずか8カ月で届けられた新作。ヨシ・ワキ(b)、ジョン・デイヴィス(ds)とのトリオで全編ニューヨークでの新録音となっている。アルバムコンセプトは、3 月に逝去したジャズ・サックスの偉人ウェイン・ショーターへ捧げられたトリビュート・アルバム。今作のために山中が書き下ろした新曲「Dolce Vita」と「To S.」で幕を開けた後は、「Yes or No」や「Beauty and the Beast」、「Footprints」などショーターのキャリアを網羅した楽曲を収録。そしてアルバムには、今年3月に逝去した坂本龍一へ捧げた「Kimi Ni Mune Kyun」と「Andata」2曲も収録している。 インタビューでは、自身がジャズをはじめるきっかけになったウェイン・ショーターの音楽性や、ショーター本人に会った時のエピソード、坂本龍一の音楽に対する印象について語ってもらった。【取材=村上順一】

ウェイン・ショーターさんは私の人生

『Dolce Vita』通常盤ジャケ写

――山中さんにとってウェイン・ショーターとはどのような存在ですか。

 私が最も尊敬するミュージシャンの1人で、ジャズをやるきっかけになった方です。デビューの時からカバーしているので、ショーターさんは私の人生といっても過言ではないです。最初に聴いた作品がアート・ブレイキーのジャズメッセンジャーズで、ショーターさんが作曲した「One By One」でした。曲を聴いて「なんてかっこいいんだ」と感銘を受けました。スタイリッシュでスタンダードのような曲なのですが、ソロになるとハード・バップからかけ離れた自由さ、こんなジャズの演奏もあるんだと衝撃を受けました。ジャンル分けもできない変幻自在なソロにインスピレーションを受けました。

――どういう思考であのようなフレーズが紡がれているのか不思議ですよね。

 ショーターさんの演奏は好き嫌いが非常に分かれると思います。ショーターさんのソロは分析してもわからないんですよ。フレーズを真似することはできますが、それを説明するのは難しい。ジャズをすごく好きになっていくとだんだん理論オタクみたいになってくるので、わからないことに対して受け入れられないという人、逆にそれがすごいと言える人とわかれるところがあります。

――ちょっと難解すぎて敬遠されてしまう。

 ジャズミュージシャンでもショーターを敬遠する人がいるくらい。ショーターさんは自由で唯一無二の存在なんです。とても奥行きがあることをソロでやっていて、そして作曲面でも型にはまらない。ジャズやフュージョンだったり、最後はオペラまで書かれていますから。すごくスポンティニアスな彼にしかできない世界観です。これだけ質が高い素晴らしい作品を多く残したというのはすごいことです。

――アルバムのタイトルにもなっている『Dolce Vita』には、どのような想いが込められているのでしょうか。

 『Dolce Vita』は日本語では甘い生活と解釈されがちなのですが、美しい甘美な生活、神の人生という風に、英語で訳すと「ビューティフルライフ 」など様々な訳し方があります。本作では坂本龍一さんの曲もトリビュートしましたが、お2人の音楽が私も含めて多くの人の人生を甘くて美しいものにしてくださいました。みんなの生活が美しくなった素晴らしい音楽へのリスペクトとして、『Dolce Vita』と名づけました。

――『Dolce Vita』はイタリア語ですが、これにはどのような意図が?

 なぜイタリア語にしたのかというと、私がショーターさんと初めてお会いして、お話しした場所がイタリアでした。ショーターさん、マーカス・ミラーさん、ハービー・ハンコックさんの3人でマイルス・デイヴィスの曲を演奏していました。その時にショーターさんとお話をできる機会があって、私は「すごく尊敬しています。この素晴らしい音楽はどこから生まれるのでしょうか」という大きな質問してしまって。

――興味深い質問です。

 たとえば、ネイチャーや宇宙から来てると答えて下さるのかなと思ったら「グッドクエスチョンだ。考えておくね」で終わっちゃったんです。グッドクエスチョンと言われただけで私は舞い上がるほど嬉しくて(笑)。「それはマイルスなんだよ」とか簡単に答えられたのかもしれませんが、私の質問を真摯に受け止めて下さって、小さい質問にも適当に答えないという姿勢がショーターさんなんだなと思いました。

 また、その時リハーサルも見ることができました。すごく暑い日だったのですが綿密にリハーサルをされていたのが印象的でした。立ち位置とかいろいろお話ししていたみたいなんですけど、本番が始まったらリハーサルとは違うことをやられていて。

――綿密なリハーサルだったのに(笑)。

 すごいなと思ったのは、ショーターさんのバンドでテリ・リン・キャリントンさんがドラムを叩いていているのですが、私はそのテリ・リンのバンドで演奏することがありました。せっかくだからショーターさんの曲もやろうとなり、その時に渡されたのがショーターさんの実譜のコピーでした。

――すごいですね!

 自由で軽やかで、先が予測不能な音楽なので、私は一体どんな譜面なんだろう? と想像していたらたくさん音符が書いてあって。それはもうオーケストラのスコアみたいな感じでリズムの指定までしてあり驚きました。

――通常ジャズの譜面はコードネームくらいしか表記されていないですよね?

 そうですね。おそらくレコーディングで使っていた楽譜だったんじゃないかなと思います。ピアノのコードボイシングやベースラインの指定までありましたから。細かいところまで世界観を大切に構築された譜面でした。ショーターさんは絵も描かれていて、それも素晴らしいのですが、楽譜もちょっと絵画的と言いますか、絵としてみても美しい譜面でした。

――楽譜も芸術なんですね。とはいえ、お話しを聞いた感じだと自由度が低そうな...。

 ソロのところは自由でプレーヤーに委ねられています。自由は与えられているけど、こういう構成で、と指定されているところもあるといった感じです。楽譜には小節を区切る線もなかったと思います。その譜面で最後再びテーマに戻って来れるのか不思議でしたが、テリ・リンのドラムが指揮者となってうまくいくんですよね。決してでたらめをやっているわけではなくて、自分の世界に対してビジョンがはっきりしていて、マイルスさんがそうしていたように、ショーターさんもその影響を受けていたのではないかと思います。

一つひとつの音が語りかけてくる坂本龍一の音楽

『Dolce Vita』限定盤ジャケ写

――坂本龍一さんの楽曲も 2 曲収録されています。音楽家、ピアニストと側面がいろいろあると思いますが、山中さんは坂本さんをどのようなアーティストとして見られていたのでしょうか。

 作曲家としてショーターと同じく素晴らしい曲をたくさん書かれています。非常に引き出しが多い方で、一貫していたのは1 回聴いたら忘れられないメロディーと輪郭があって、オーディエンスが聴いたら「あ、坂本龍一だ」とわかる強い個性、その強い個性が皆さんに愛されていた方だと思います。世界中の人が聴いて気持ちを寄せ合うことができる音楽を書かれた方で、本当に素晴らしいアーティストです。でも、その中で非常に攻めたといいますか、面白いことをやられていますよね。

――フィールドレコーディングを取り入れたりされてましたよね。ところで、山中さんが坂本さんの音楽を出会ったきっかけは?

 YMOは小学生のときに知ったのですが、何がいいのかよくわからなくて。当時の私はビートのある音楽自体の魅力に疎くて、運動会で踊るときの音楽みたいな認識だったんです。

――あはは。どのタイミングで魅力に気づかれたのでしょうか。

 高校に入ってから、坂本龍一さんと高橋悠治さんの『長電話』という本を読みました。その本を読んで坂本さんってすごく面白い人だなと思い、音楽の世界観を知って大好きになりました。ちょうどショーターさんを聴き始めた時期と同じくらいのときで、自分が何をやりたいのか模索していた時期でした。

――ピアニストとしての坂本さんの印象は?

 ピアニストとしては、音をたくさん弾くような方ではないので、コンポーザーピアニストといったイメージがあります。音数は少ないけれど、一つひとつの音の密度が濃くて、聴く人の心に残る、焼き付いていくような音楽をされています。昔、坂本さんのピアノコンサートに行ったことがあります。坂本さんがピアノに触るだけで、どんな音を弾くんだろうと期待してしまう自分がいました。一つひとつの音が語りかけてくる、体の中に満たされていくような感覚があります。音数は少ないけど、すごくポジティブなエネルギーに満ちたピアノを弾ける方というのはすごく稀で、伝えるべきものは音楽で、その音楽がピアノとかそういったものを超越しているイメージがあります。

――今回、「Kimi Ni Mune Kyun」と「Andata」をアルバム収録曲に選んだ経緯は?

 「Kimi Ni Mune Kyun」は、レコーディングの時「バタフライ」と呼んでいました。なぜ「バタフライ」かというと、この言葉には胸がドキドキワクワクする、ときめくという意味があります。常に坂本さんの音楽からそういったものがあるなと思い、「バタフライ」と呼んでいました。

――アレンジ、とてもおしゃれで感動しました。

 原曲は8ビートですが、浮遊感と言いますかメロディーを際立たせるために16ビートにしました。加えて、高橋幸宏さんの8ビートは外国の方は難しいみたいで、早く叩いてもらえばそれに近くなるかなと思って。そして、ソロを弾いた後に、ローズ・ピアノでアルペジオを弾きました。ドラムと一緒に演奏したのでカチカチした感じではなく揺れがあった方がいいのかなと思い手弾きしています。

――「Andata」は割と最近 2017年にリリースされたアルバム『async』に収録されていた曲です。おそらく坂本さんが自分の最後を予期して作られたんじゃないかという考察記事をみたことがあったのですが、山中さんはどのような想いでこの曲を選ばれたのでしょうか。

 私は『Dolce Vita』のエンドロールのようなイメージで選びました。坂本さんはバッハもすごくお好きで、4声帯のコラールという合唱曲、ミサ曲のような荘厳な感じがこの曲から感じました。坂本さん、ショーターさんお2人に対して鎮魂歌、レクイエムとはあまり言いたくはないのですが、死というものは誰しもに訪れるることです。毎日人間は生まれてくるものだと私は思っていて、次の日また新しく生まれ変わった、そんな気持ちで過ごしたいと思っています。この曲は静謐、荘厳でその先にすごく明るいものが重さの中にあると思いました。弾き終わった音から明るいもの、希望が立ち上ってくる。おそらく坂本さんは世界が続いていくことに対してポジティブな気持ちがあって書かれたのではないかなと思いました。

――この曲はオルガンですが、サウンド的にはどのようなイメージを反映しましたか。

 坂本さんはこの曲でピアノ以外にも他の楽器を使ったりされていますが、ミサ曲はパイプオルガンで弾くことが多いので、私は教会で光を感じられるようなイメージにしたいと思い、オルガンで弾かせていただきました。

――坂本さんは「Andata」をアルバムの1曲目にされていて、山中さんは最後の曲として収録されていて、それも面白いなと思いました。

 入口があって出口がある。その逆もあって、それが重なっていく。そこで終わってしまうのではなくて、次に繋がっていく気持ちで演奏しました。世界情勢とかいろいろなことがありますが、それも受け入れながら、自分たちのよりいい人生、美しい人生になるために自分のできることをする。私たちはそういうことを続けて行かなければいけないし、それは自分にとっても最高のことだと思います。人間は幸せになるために、自分の人生がより良くなるために生まれてきたので、そんな想いを込めて『Dolce Vita』というタイトルにしました。

 そして、坂本さんの曲は皆さんご存知だと思うのですが、ショーターさんを詳しくは知らないという方がいましたら、これを機にぜひ聴いていただけたら嬉しいです。今回取り上げた曲はショーターさんのファンの中で最初に上がってくるような曲ばかりで、私が聴いて胸がときめいた曲を収録したので楽しんでいただけると思います。2人の偉大なミュージシャンのおかげで私の人生は本当に美しいものになったと思います。そして、お2人への尊敬の念を込めて、このアルバムを届けたいです。

――「Andata」はイタリア語で、アルバムタイトルの『Dolce Vita』もイタリア語。繋がってますね。意図的ですか?

 ああ、確かにそうですね。全然気づかなかった(笑)。

(おわり)

【作品情報】

▼山中千尋/Dolce Vita

https://Chihiro-Yamanaka.lnk.to/DolceVita

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