シンガーソングライターのさかいゆうが11月16日に、通算7枚目となるシングル「再燃SHOW」をリリースした。友人の死をきっかけに音楽に目覚め、22歳の時には単身渡米。現地で、独学でピアノを学ぶとともに様々な音楽を吸収。帰国後の2009年10月にはメジャーデビューを果たした。バックグランドに持つブラックミュージックをポップスに昇華させ、ソウルフル且つグルーヴィーに歌い上げる。「再燃SHOW」は、俳優で歌手の陣内孝則が監督を務めた映画『幸福のアリバイ~Picture~』の主題歌として書き下ろした。今回のインタビューでは、同作に込めた想いや背景、楽曲を作る上での考え方などについて話を聞いた。
日本を外側から見られたという事とアメリカを内側で感じられたこと
――デビューから7年が経ちます。音楽に目覚めたのは18歳の時にご友人が亡くなられたことがきっかけと聞いていますが。
そうです。ミュージシャンを目指していた大親友がいたんですけど、彼は交通事故で亡くなったんです。それまで自分は楽器にも触った事がなかったんですけど、彼が好きだったCDを聴いてみたんです。その中にエリック・クラプトンの『アンプラグド』がありまして、それはが本当に心の底から楽しそうな演奏だったんです。「好きな事をやるっていいな」という気持ちが漠然とあったんです。それで「楽しそうだからやろう」と思ってやってみたらハマったんです。
――そこから一気にのめり込んだ?
別に生計を立てられていないのにハマっちゃって。僕は30歳デビューですからね。10年は食えていないという事なんです。ピアノを始めたのも22歳の時ですし…。出来ると思っていなかったからデビューをしたいとも思っていなかったんですよ。音楽が好きで好きでずっとやっていて、そうするとたまたまそれが好きな人が拾ってくれるという現象が20代後半にあったんです。ライムスターさんとかKREVAさんなどに出会いまして。けっこうHIP HOP系の人が多かったですね。
――そこは少し意外ですね。
僕はHIP HOPド真ん中ではなかったのですけど、そういう音楽やブラックミュージックも好きだったんです。それでそういうミュージシャンとも仲良くなりまして。最近はピアノソロなども弾くんですけど、いろいろなジャンルのピアノが好きになったのはデビューしてからですね。
――ちなみに音楽を始める前に好きだった事は?
プロレスです。相撲、柔道も。
――格闘技がお好き?
そうですね。ラグビーもやっていたんですけど、向いてなかったです。チームワークがけっこう面倒くさくて。人の言う事を聞くのが苦手なタイプなので(笑)。
――そうするとバンドというスタイルもあまり馴染まない?
バンドは2回くらいポシャりました。音楽的にも、人間関係も含めてですが。バンドですから…。
――同じベクトルでいけるかと言ったらけっこう難しかったりしますよね?
自分はどちらかというと完璧主義者だと思うんです。自分に出来るその時の100点を目指したいと思うのと、バンドは「最高な部分があれば駄目な部分があってもお互いに補おう」という発想の人じゃないと長く続かないと思うので。だから自分にはソロが向いているのかなと。バンドに憧れはありますけどね。
――さかいさんは個々で高めていくような個人競技のアスリート系スタイルが向いているのでしょうか。
どちらかというと一人作業の方が好きです。
――22歳の時には渡米されましたが、アメリカに行っていた1年間はどのような活動をされていましたか?
ずっと音楽漬けですね。途中でピアノを買って始めて、毎日音楽を聴きに行っていました。お金もなかったし、パーティにも行けなかったし、BARに行く習慣もなかったので1ガロンのロゼワインを買って家でチビチビ飲みながら練習をしていました。
――アメリカで得たもので大きかったものは?
日本を外側から見られたという事と、アメリカを内側で感じられたという事です。抽象的ですけど、それはすごく大事だと思うんです。旅行に行くのと住むのとでは全く違うんです。住むとある種の差別も受けるし、それを感じられたのが良かったですね。向こうは実力主義なので、実力さえあったら認めてくれるんですよ。
――「再燃SHOW」には、アメリカに行って感じた思いも含まれているのでしょうか?
少しは影響を受けていますよ。僕の中で人生最大の1年間でしたからね。何もかもが変わった1年間でした。ピアノが弾けない人間が弾けるようになって帰ってきましたし、日本の事が好きになって帰ってきましたね。恋しくなって。やっぱり日本は良い国だなって思っちゃいます。
――その1年間で帰りたいと思った事は?
それはなかったです。在住期限を決めずに行っていたら途中で帰りたいと思っていただろうけど、1年で帰るつもりでいましたし。アメリカは日本ほど永住権を取るのが難しい国ではないので、例えばスティーヴィー・ワンダーのバンドに入れたら一発ですよ。スティーヴィーが「こいつには永住権をあげた方がいい」と言ったらもうすぐに(笑)。
――わかりやすいですね。
やっぱりアメリカは「実力主義」ですから。スティーヴィー・ワンダーとまではいかなくとも、アメリカでちゃんと成功している人達と一緒に仕事をしている証明があればもらえます。日本でそういう事はないですけど。
一番強い人は「失敗を楽しんじゃう人」
――では今作「再燃SHOW」はどういった中で書かれた作品なのでしょか?
これは映画『幸福のアリバイ~Picture~』から主題歌の依頼を頂いた、完全な書き下ろしですね。この映画は、人の失敗とか弱い所、恥ずかしい所、駄目な所を描いているんです。でも一人ひとりが活き活きしていて失敗さえも楽しんでいるというか、弱い駄目な自分を楽しんでいるという感じがあるんです。そういった力強さを感じました。僕らみたいなミュージシャンは1回燃える事は簡単かもしれないけど、何回も燃える、立ち上がる仕事だと思います。自分も失敗は色々するんですけど、一番弱い人は、「失敗して落ち込んで、そのまま立ち直れない人」。その次は「失敗を乗り越えようとする人」。一番強い人は「失敗を楽しんじゃう人」。「昨日の自分を超えるゲームだ」みたいな。そうありたいなと思って、「再燃SHOW」を書きました。
――これまでに失敗は結構ありましたか?
失敗の方が多いですよ! 朝起きてから、7割方は失敗していると思いますけどね(笑)。傘を持って行かなかったとか、自分のところだけプリンが来なかったりとか…。そういう時は「何で俺の所だけプリンが来ないんだよ!」と怒るよりかは「これはネタとしてオイシイな!」と思うようにしています(笑)。
――基本的に失敗はしたくないものですから、そのように思えるまでには時間がかかると思いますが…。
その時はたまったものじゃないですけどね。ケンカしちゃ駄目な人とケンカをしてみたり。でもそれは後になってみれば意外と楽しいと言うか…。その時をどう一生懸命に楽しく生きるかという事の方が重要だと思うんです。
おいしい“マヨネーズ”を作りたい
――今回の楽曲制作は順調でしたか? それとも難産?
そうですね…。難産だとは思っていないけど、じっくり丁寧にはやらせてもらったんです。人が落ち込んだ時にこそ、「しゃがむんだったら思いっきりしゃがめよ」と思っちゃいます。
――その辺は振り切った方が良いと。
振り切った方が良いですよ! そっちの方が絶対に新しい自分が見えてくると思うし。
――今作は映画のタイアップありきでしたが、普段はどのようなシチュエーションで制作を?
全ての曲は書き下ろしですから、その時の感情を書き下ろしている感じなんです。
――きっかけがあるか無いか、みたいな?
そうです。フィクションとノンフィクション、どっちが文学的に上かという事を言っているレベルの話で、自分の中に無いものを書いてもいいと思うし。絶対にリンクしてくるところはあるから、そこを書く楽しみというのはありますね。
――アレンジ面ではダンサブルな4つ打ちと、さかいさんの作品では珍しいですね。
4つ打ちは、聴くのは好きなんですけど自分でやるのは止めていた方なんです。4つ打ちって凄く乗りやすいから、風味を消すというか、マヨネーズと一緒ですから。なので、やるんだったらおいしいマヨネーズを作りたいなと思いまして。“4つ打ちのマジック”っていうのがあるんですよ。
――確かに4つ打ちは頭拍でガンガンくるのでビートを感じやすいですよね。
ちょっと乱暴な言い方かもしれないけど、基本的にどんな曲でもテイストは出るじゃないですか? マヨネーズみたいな。絶対おいしいという。だからそのマヨネーズを使わないでどう旨味を出すか、変わったマヨネーズを作るか。それを自分には課しているんです。
――今作では“変わったマヨネーズを作る”という方を。
そうです。美味しいマヨネーズです。自分にしか出来ない4つ打ちを。心臓の鼓動の2倍くらいの「ドン…ドン…ドン…ドン…」と、それくらいのテンポが聴こえてきたんですよ。それってギリギリ踊れないくらいの感じ。
――テンポ120くらいの?
ギリギリジャンプ出来ないくらいのテンポで。それをちょっとやりたくて。どうせ4つ打ちやるんだったら「もっと速くしてアップテンポの曲にしろよ」という感じもあるんですけど、それをグッと我慢して。
規則性がある中での逸脱というところにエクスタシーを感じる
――ちなみに4つ打ちはジャストのタイミングで刻んだ方が良いのでしょうか?
僕ならちょっと前のめりにするかもしれませんね。
――現在、MusicVoiceではグルーヴを追求しておりまして。
ずいぶん大きなテーマですね(笑)。
――最近取材された方の声では「気持ちよければ良いんじゃない?」という意見も。
グルーヴをあえて言うと、「点」だと思うかもしれないけれど、皆感じているのは「波」であったりしますから、この波の色んな感じ方があると思うんです。円運動だから、そこが音楽をやっていて一番楽しいところなんです! だから飽きないしやめられないというのもあります。
――常に変化するものだと思います。
年齢によっても好みによっても、時代や人によっても変わりますし…。何を食べたかでも変わりますしね。それが面白いんです。
――ライブごとにグルーヴは変化しますか?
毎回変わりますよ! 変わらないようにしているのに変わるところに意味があるんですよね。僕のけっこう苦手なジャンルにフリージャズというのがあって、何にも決めていなくて、画用紙だけがあって「何でも描いていいよ」と言われているのと同じで、あれってもう“やり逃げ”なんですよ。そりゃあ好きな人はやればいいけど、僕はやっぱり規則性がある中での逸脱というところにエクスタシーを感じますね。スケールがちゃんとあるからスケールアウトが興奮するんですよ。
――正しい基準があるからこそ?
だから“正解”はあった方がいいんです。社会もあった方がいいし、世の中にはコメンテーターも批評家もいた方がいいんです。反対勢力があるからこそ良いと思うんですよね。それってスケールアウトと一緒で、「ここEメジャーセブンスなのにAメジャーセブンスで弾くの? すげえ…」と、共感する人と「何か調子が外れて聴こえるな」という人と両方いていいんですよね。全部がOKだったらEメジャーセブンスの時にもう訳分からない音を出して「これ芸術でしょ。だって音楽って自由じゃん?」というのは僕は好きじゃないんですよ。それはもちろん自由ではあるんですけど。
――ちなみにお好きなコード(和音)はありますか?
あります。好きなキーもありますし。
――では好きなキーは?
Bフラットマイナーが好きですね。フラットキーはほとんど好きですね。コードだとEフラットマイナー・9th,11thは好きです。
――今作「再燃SHOW」のキーは何でしょう?
これはAですね。AかEかDにしようと思ったんです。ギターが冴えるキーでないと駄目だなと思いまして。最初にギターが聴こえてきたんです。それでギターにとって良いキーって何だろうなと。それでAにしました。ちなみに、「But It’s OK !」のキーはDです。
――7月の昭和女子大学人見記念講堂でおこなわれた『TOUR2016 “4YU”』で観た時の印象はロックっぽい感じがしたんです。
生で弾いたからかもしれませんね。
――音源だとまた違ったイメージもあるのですが、それは意図的に変えている訳ではない?
やっぱりライブとなると変わっちゃいますね。本当は音源の方が原型ですね。
グルーヴを感じ取って欲しい
――2曲目の「Drowning」はどういう意味合いでつけられたのでしょうか?
女に溺れる、酒に溺れる、仕事に溺れる、音楽に溺れる…。色んな意味があります。ちょっとエロい曲という括りで、珍しくコンセプトを決めて作りました。
――今まではコンセプトを決めて作ることはあまりなかったのでしょうか?
あまりないですね。
――「Drowning」は全て英詞ですが、留学されていたこともあって英語は得意?
日常会話は話せます。別に日本語訛りでも伝わればいいんです。伝わる英語で歌おうと思いました。
――3曲目の「But It’s OK !」はどういった経緯で生まれましたか?
これはNHKプレミアムドラマ『受験のシンデレラ』の書き下ろしですね。「再燃SHOW」と同じパターンです。
――こういった作品ありきの楽曲は歌詞から制作されるんですか?
曲から書きました。「再燃SHOW」もそうですね。僕は曲を聴いていて音像が一番大事なところだから、「この曲、歌詞はどういう意味なんだ?」と最初に考えないんです。「何かいい曲」という“何か”を大事にしているんです。当然、一番大事なものは最初にやるという感じです。
――そこから歌詞を書くんですね。歌詞は時間をかけますか?
曲は時間かけないけど、歌詞は時間をかけます。歌詞は曲の10倍くらい時間かけますね。
――特に苦労した箇所はありましたか?
高音の部分はちゃんと歌詞が聴こえるように歌いたいので、そこは神経使いました。あとグルーヴですね。グルーヴを感じ取って欲しいですね。
――言葉の響きの方が重要な比率は高い?
そうですね。意味をないがしろにしているという事ではなくて、自分の好きな音の中で自分が思っている、その曲に適した言葉を当てはめているという感じですね。思いを綴っているというよりかは。思いを綴っている作業をした曲は珍しいかもしれないですね。「君と僕の挽歌」くらいかもしれないですね。あれでさえ曲が先ですからね。
――逆に歌詞が先の曲はあるのでしょうか?
キャリアの中でも何曲かしかないですね。散文から始まって、同時という感じです。でも同時に全部出来る訳でもなくて部分部分という感じです。
――では最後に開催中の全国ツアー『“POP TO THE WORLD”』のライブや新作についてリスナーの方へメッセージをお願いします。
さかいゆうの真骨頂はライブにあると思うので、自分にしか出来ないドキドキワクワクを体感しに来て欲しいです。普通、ソロとかはだいたい決めてライブに臨む人が多いけど、さかいゆうのライブは決まっていない事の方が多い。なので、けっこうハプニングもあったりして(笑)。本当に、音楽を浴びに来て欲しいですね。僕が癒されるものは誰かが癒されると思うので、僕の好きな音楽を僕がやっているので、寒い冬ですけれど灼熱のグルーヴを是非浴びに来て下さい。
――今回もライブでカバーはありますか?個人的にも楽しみにしている部分なので。
カバーあります! 12月の大阪、東京でおこなう『“POP TO THE WORLD” SPECIAL』ではクリスマスの曲もやります。バッチリとクリスマス仕様になっているので期待していてください。
(取材・村上順一)
- さかいゆう「再燃SHOW」
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作品情報
さかいゆう「再燃SHOW」 11月16日リリース 初回生産限定盤(CD+CD):1852円+税 / AUCL 214~5 ▽DISC 1 (初回生産限定盤・通常盤 共通) ▽DISC 2 (初回生産限定盤のみ) |