今、ジャズが盛り上がっている。近年飲食店のBGMとしては洒落たレストランからラーメン屋まで幅広く流されながらも、やや敷居が高いと思われがちのジャズミュージック。だが現在、このジャズから生まれた新しい流れに注目が集まっている。

 それはヒップホップやR&B、テクノなどのビートの影響を受けた「21世紀型の新しいジャズ」である。この音楽は国内において「ニューチャプター」と呼ばれている。

 一般的にニューチャプターとして分類されるのは近年のビートメイカーが作る様な、リズムがズレたり、つんのめる様な(これを現場では訛りと呼ぶ)リズムによって作られている音楽であると言われている。この様なリズムを保有する音楽を、ヒップホップ以降の感覚を持ったミュージシャン、特にドラマーが中心となって再現するのが現代ジャズのトレンドになっている。そしてそれに呼応するようにPCでビートを組む側もその音楽に触れて、混ざりあうことで打ち込み音楽も変容するといった様な現象も起きている。

 このムーブメントは既にニューヨークやヨーロッパ、オーストラリアなど世界に波及している。勿論、日本もこの例に漏れることはない。しかし我が国で特筆すべきなのは、この種の音楽が「批評家によって先導されている」点である。

 日本では近年、音楽批評家から発せられたものが新しいモードに変容したり影響を与えることが、昔と比べると少なくなった感がある。批評家と音楽家の論戦なども、あまりにない土壌だった。音楽批評と演奏家やリスナーの現場感覚が剥離してしまったというのも原因の一つかもしれない。しかし、日本において「ニューチャプター」は批評家が立ち上がって能動的に定義付けした音楽でもある。

 それは2014年に、日本で出版されたジャズ解説本「Jazz The New chapter」が発刊されたのがきっかけである。この本は21世期以降のジャズをまとめて紹介した世界初の入門書だ。この本の出版以後、「ニューチャプター」という言葉が国内で頻繁に使われる様になった。

 歴史の順を追って紹介したり、私小説的な解説を展開するものが多くなりがちなジャズディスクガイドへのカウンターとして、豊富なミュージシャンのインタビューだとか、「誰と誰が高校の友達」だとか、そういう当事者の証言や横のつながりなどの切り口でも音楽を紹介している。これによって音楽やミュージシャンの相互関係やバックグラウンドが見えるようになっている。とてもユニークで面白いつくりだ。知識偏重で教養主義だったジャズという音楽を、新しく親しみやすく、且つお洒落な視点から捉えなおす新しい試みだったと思う。実際、これをきっかけにフュージョンが登場した80年代の様な「これはジャズかジャズでないのか論争」など、批評や議論が盛り上がっている。コミュニケーションとしての音楽の機能がジャズの中で再起動した感がある。

 既にこの「ニューチャプター」はジャズ以外にもその影響を国内で及ぼし始めている。富田ラボがプロデュースしたBirdのニューアルバムも話題になり、その流れに影響を受けたバンドが日本でも既に現れ始めているのだ。

 やはりここでも注目すべきはリズムであり、ドラマーである。新しい音楽というのはテクノロジーと人間の切磋琢磨によって生まれることがある。そして今回は「ヒップホップなどのビートを取り込む」という新たなフロンティアが設定されたことにより、人力演奏技術の大幅な進歩が促されたという構図なのだ。

 日本における初音ミクの登場を思い出してほしい。当初人間の声をシミュレートする新しい楽器として開発されたソフトは段々と一人歩きし始めた。その流れの中のひとつとして動画サイトなどにおける「歌ってみた」の様に、初音ミクの機械的な声を模倣する勢力が現れたのだった。しかしながら、人間が完全な機械になれるはずも無い。その機械に体を合わせる中で表現するその人らしさ=バグが新しさを生んでいくのである。

 ドラマーを中心とした人間のリズム感覚に、それが現れたのが今回の「ニューチャプター」だとも言える。とは言え、これは海外から生まれたムーブメントであり、日本独自のものではない。しかし、新しい演奏技術やアイディアが浸透すれば、それをきっかけに日本から別の新しい音楽が生まれる可能性もある。この流れが2020年の東京五輪での「クールなトーキョー」に繋がったら面白いなと思っている。  【文・小池直也】

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