INTERVIEW

酒井美紀

舞台「ハリポタ」ハーマイオニー役への挑戦「初めて」づくしの舞台裏


記者:村上順一

写真:村上順一

掲載:25年06月21日

読了時間:約11分

 俳優の酒井美紀が、東京・TBS赤坂ACTシアターで開催中の舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』(以下、『呪いの子』)で、ハーマイオニー・グレンジャーという大役に挑んでいる。本作は、小説『ハリー・ポッター』シリーズの作者であるJ.K.ローリング氏が、ジョン・ティファニー氏、ジャック・ソーン氏と共に舞台のために書き下ろした『ハリー・ポッター』シリーズ8作目の物語だ。「家族、愛、喪失をテーマに、ハリー・ポッターの19年後の新たなストーリーを舞台化する」というプロデューサーの提案に初めて共感し、プロジェクトがスタートした。

 ハリー・ポッターへの深い愛情から始まった今回の挑戦は、酒井にとって「初めて」づくしの経験だという。舞台裏での徹底した体調管理への工夫、まるで「テトリス」のような舞台袖での動き、そしてハーマイオニーというキャラクターが持つ「多様性」への強い思い入れが明かされた。さらに、酒井の人生観に大きな影響を与えたニューヨークでの経験や大学院での学び、そしてインタビューの最後には、永遠の憧れである中山美穂さんへの思いも聞いた。(取材・撮影=村上順一)

自分がハーマイオニーを演じられる喜びはひとしお

酒井美紀

──今回ハーマイオニー役ということでしたが、このお話が来た時はどのような心境でしたか?

 ハリー・ポッターが大好きなので、今回のお話をいただいた時は本当に嬉しかったです。オーディションのお話から始まったのですが、正直最初は「私の年齢でいいのかな?」と思いました。当時は舞台版を観たことはありませんでしたし、映画もリアルタイムで見ていたというよりは、数年前に子供と一緒に観ていた作品だったので、若いハーマイオニーのイメージしかなくて。だからこそ自分がハーマイオニーを演じられる喜びはひとしおでした。

──ハリー・ポッターの映画シリーズで一番好きなナンバリングは?

 難しい質問ですね(笑)。どれも素晴らしいのですが、シリーズ第7巻の『ハリー・ポッターと死の秘宝』が特に好きです。主要なキャラクターが亡くなってしまうので、切なくてグッとくるものがあり、強く印象に残っています。

──さて、2月から酒井さんは舞台に立たれていますが、いまどんな思いですか?(※取材日は4月)

 この2ヶ月で、だいぶお芝居は良い感じになってきたかなと思っています。ただ、トリプルキャストとロングラン公演は初めての経験なんです。これまでは、一つのキャラクターを一人で演じ、稽古期間も1ヶ月程度でした。今回はトリプルキャストなので、一度出演すると長い時は6日ほど間が空くこともあります。これまでのペースとは違うので、体調管理も含めて、毎日新鮮な気持ちで演じています。

――今回の舞台経験は、酒井さんにとって多くの「初めて」があったんですね。酒井さんは、健康に関して非常に重視されている印象があります。

 かなり意識して取り組んでいます。今回、自分のお弁当を作るようになりました。簡単なものですが、これまでにはなかった習慣です。また、食事の摂り方も工夫しています。朝食を家で軽く済ませ、劇場でまた少し食べる、という形です。本番前にも毎日稽古があるのですが、その後に身支度をしながら食事を摂ります。

――食事で特に気をつけていることはありますか。

 満腹になりすぎないことです。お腹がいっぱいだと声が出にくくなることがあるので、休憩中に食事を摂る際も量を調整しています。もちろん栄養もしっかり摂る必要があるので、これまでの食生活とは少し変えています。

──『呪いの子』では衣装の着替えもご自身でされるそうですね。

 自分で着替えるパートもあります。舞台裏は、まるでテトリスのようなんです。本番中は他のキャストさんやスタッフさんとぶつからないように、常に細心の注意を払っています。ステージ上もかなり暗いですが、舞台袖はさらに暗いんです。しかもスタッフさんは黒い衣装を身につけていますし、私たち役者の衣装も黒っぽいものが多いので、人とぶつかる可能性もあります。それが怪我につながることもあるので、特に気を配っています。

 それもあって歴代のハーマイオニーを演じた方々が、舞台裏での動き方をノートに細かく残してくださっていて、「この時はこのセットがあるからここまでここにいて、それが移動したらこちらの袖にスタンバイする」といったことまで、きちんと書いてくださっているんです。ロングラン公演ならではで、それが本当に助けになっています。

強さだけではない可愛らしい一面も表現したい

酒井美紀

――今回演じられるハーマイオニーは、ロンと結婚し、家庭を持ちながらもキャリアを追求する女性です。この役どころをどのように捉えていますか?

 映画のラストでロンと結婚し、二人の子供もいます。ジニーが比較的家庭を大切にするタイプなのに対し、ハーマイオニーは子育てもしながらバリバリ仕事をする。現代にも多い、まさに今の時代を象徴するような女性だと感じています。

――魔法大臣にまで上り詰めるわけですが、マグル(人間)出身の彼女にとって、それはどのような意味を持つのでしょうか?

 彼女はやりたいことを着実に叶えてきた人です。「魔法省」の大臣になるというのは、マグルである彼女にとって、魔法界では非常に困難なことだったと思います。歴代の魔法大臣を見ても、マグル出身者はハーマイオニーの他に一人しかいないと聞きました。純粋なマグル出身者が大臣になるのは二人目だそうで、それだけ彼女が努力家だということです。今回の舞台で描かれる出来事についても、人一倍、いえ二倍も三倍も勉強し、努力を重ねたのだと思います。

――彼女の行動の根底には、どのような思いがあると感じますか?

 彼女は、人間界と魔法界、それぞれの多様性を尊重し、共存できる社会を目指しているのだと思います。そういった多様な存在がスムーズに共存できるようにすること、それが魔法大臣としての彼女の大きな役割であり、平和を強く求めている人物なのではないかと思いました。原作でも、常に多様性という視点を持っていました。

――マグルであるが故の経験も、彼女の人物像に影響を与えているのでしょうか。

 マグルであることで虐げられてきたという感覚は、魔法界でずっと感じてきたことだと思います。ドラコ・マルフォイは直接的な言葉にはしませんが、ハーマイオニーに対して非常に冷たく当たるキャラクターとして描かれています。それも彼女がマグルだからという理由での差別的な視線が含まれていると思います。

――映画版から時を経て、舞台版でハーマイオニーを演じるにあたり、彼女の成長をどのように表現したいですか?

 今回、改めて映画版を見直しました。以前は視聴者として観ていましたが、演じることを意識して見返すと、やはり彼女の人生が繋がっていると感じます。若い頃は正義感の強さからドラコを許せず、思わず手が出てしまうシーンもありましたが、19年の時を経て彼女も成長し、もう手は出しません。虐げられてきた経験があるからこそ、人に優しくできる部分や、許容範囲が広がっている部分があると思います。元々、他のキャラクターよりも精神的に大人な面がありましたが、そういった面をより深く見せていきたいです。たとえドラコに対して冷たい態度を取ることがあっても、同じ土俵には立たない。大臣としての威厳と共に、精神的な成長を表現したいと考えています。

――強さや賢さだけでなく、ハーマイオニーの魅力は他にもあると感じますか?

 はい、彼女のチャーミングさも映画版から感じていました。ロンと上手くダンスができずに泣いてしまうような、恋する乙女心や、好きな人への純粋な思い。そういった女の子らしい部分も、彼女の大きな魅力だと捉えています。今回の舞台でも、強くてしっかりした女性というだけでなく、彼女の可愛らしい一面も表現したいです。

──様々な面が見られそうですね!

 そのためにロンドン版の脚本も読み込んでいて、稽古の際もその台本を使用していました。日本の公演では、カットされている部分が少しあるんです。稽古中に腑に落ちないことがあった時、もしかしたらカットされた部分にヒントがあるかもしれないとロンドン版の脚本を確認します。それでも見つからなければ、自分なりに解釈を深めていきます。

──本作の舞台を初めて観られる方は、どんなところに注目してほしいですか?

 今回の作品の大きなテーマの一つは「愛」です。様々な形で物語の中に散りばめられています。親子、家族、そして友情にも愛はきっとあって、多様な人間関係の中で、それぞれの「愛」が描かれています。私が『ハリー・ポッター』の魅力だと感じるのは、愛というものが決して綺麗事だけではないという点です。自分が思っているように相手に受け取ってもらえなかったり、うまくいかない側面もたくさんあります。現実の愛は、常に輝かしい部分だけではありません。最後は感動的な展開になりますが、「人生ってそういうものだよね」と深く感じさせられます。人間臭さや泥臭さといった部分も描かれているので、ぜひそこに注目して観てほしいです。

マインドセットの変化とターニングポイント

酒井美紀

──今回、タイムターナー(※魔法使いが一時的に過去に戻ることができる、砂時計のようなペンダント)が登場し、過去に戻るシーンもありますが、酒井さんがもし過去に戻れるとしたら、戻ってみたい時代はありますか?

 もし過去に戻れるなら、ニューヨークに留学した25歳の頃に戻ってみたいです。演劇のワークショップに参加していたのですが、もっと積極的に取り組んでみたかった。当時は、言葉の壁にぶつかったり、引っ込み思案な性格もあって、自分の演技に自信が持てませんでした。「何か言われるんじゃないか」という不安や怖さがとても強かった時期です。でも、人間って成長するもので、年齢を重ねるごとに、そういった気持ちにも変化がありました。だからこそ、今のこの状態で、もう一度ニューヨークでの経験をやり直してみたいんです。今の私なら、もっと積極的に様々なことに挑戦できるんじゃないかなと。きっと、あの頃とは違う、新たな「収穫」があるんじゃないかと想像しています。

――酒井さんの現在のマインドに至ったきっかけは何だったのでしょうか? 人生経験の中で、特に大きな影響を与えた出来事があれば教えてください。

 人生経験を積む中で少しずつ変化していったものです。あえて挙げるなら、いまお話ししたニューヨークでの経験は大きかったと思います。ニューヨークで出会った人々はどんなことでもまずは「イエス」と受け入れてくれるんです。そのオープンな姿勢に触れて、臆病な気持ちが薄れていきました。おかげで、「ちょっとやってみようかな」と何にでも挑戦できるようになったんです。以前の自分と比べると、確実に成長できたと感じています。

 結婚と出産も、私の人生に大きな影響を与えました。一度この世界から離れることで、改めてお芝居が好きだということを再確認できました。それまでは自分のことを中心に生きていたのですが、子どもが生まれると、当然ながら子育て中心の生活になります。その中で様々なことを経験しながら、人は磨かれていくのだと思います。そこでまた一つ、人間として成長させてもらいました。そして、もう一つ非常に大きかったのが、大学院での学びです。

――41歳で大学院に入られたんですよね。

 はい、実はその2年前に科目等履修生として学んでいて、41歳から4年間、大学院の本生として研究をしていました。自分の研究テーマを深掘りし、論文を書くことで専門分野の知識が深まったのはもちろんですが、それ以上に大きかったのは、物事を理論的、客観的に見る視点を養えたことです。人間は常に主観的に物事を見てしまいがちですが、論文においては主観は許されません。そのため、6年間ひたすら客観的に情報を読み解く訓練をしました。

 この学びによって、台本の読み方、ひいては世界の見え方がまるで変わりました。今回の舞台『呪いの子』や、その他のドラマの台本でもそうですが、以前よりも見えるものが格段に広がったと実感しています。これはまさに、客観的な視点で台本を読めるようになったからだと思います。脚本を読んだ時の見え方の変化は、本当に大きく、情報の受け取り方や、様々なものが大きく変わった気がしています。それが自分の研究以上に大きな収穫でした。

永遠の憧れ、中山美穂さんへ捧ぐ

酒井美紀

──ところで、酒井さんは映画『Love Letter』で、昨年亡くなられた中山美穂さんと共演されています。自身にとって大きな存在だとお聞きしました。酒井さんにとってどのような存在でしたか?

 美穂さんがいなかったら、私は女優になっていなかったと思います。アイドルとして歌い、ドラマや映画にも出演され、常に第一線で活躍されている姿は、私にとって憧れの存在でした。特に若い頃の作品では、あれほどお綺麗で美人なのに、コミカルな演技をされるのがとても魅力的で「私も美穂さんのように」と、いつも目標にしていました。

 『Love Letter』でご一緒させていただいた際、少しお話しする機会はありましたが、それ以来お会いできていませんでした。だからこそ、いつかまた憧れの美穂さんにお会いしたいという思いが募っていました。訃報に接した時は、悲しみで胸がいっぱいになりました。今でも、美穂さんが亡くなったことが信じられません。

──もし、中山美穂さんに一言伝えられるとしたら?

 永遠の憧れです。まだまだですが、美穂さんを目指して頑張ります!

(おわり)

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村上順一

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