INTERVIEW

犬童一心監督×長澤樹

「台本読んでるんじゃないの?」2人が語る俳優犬ベックの凄み:映画『ハウ』


記者:村上順一

写真:村上順一

掲載:22年08月22日

読了時間:約8分

 田中圭が主人公を演じる映画『ハウ』が、大ヒット上映中だ。1匹の心優しい犬ハウと、心に傷を負った1人の青年の絆を描いた感動作。脚本と原作は『黄泉がえり』、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞し、『キセキーあの日のソビトー』も手がけた斉藤ひろし氏。監督は『眉山-びざん-』、『ゼロの焦点』、『のぼうの城』などで日本アカデミー賞を受賞した名匠・犬童一心監督が務めた。インタビューでは、犬童一心監督と、本作で朝倉麻衣を演じた女優の長澤樹に同作の撮影エピソードから、「台本読んでるんじゃないの?」と言わしめたハウ役を務めたベックの凄みなど、多岐に亘り話を聞いた。【取材・撮影=村上順一】

いま上映してみんなが観ることにちゃんと意味のある映画に

――完成した作品を観られてどのような想いがありますか。

犬童一心 誠実に映画を作ろうと思っていたから、出来上がった時にちゃんとそういう映画になったなと思い嬉しかったです。

村上順一

犬童一心監督

――誠実と言いますと?

犬童一心 動物が出てきて人間と交流する映画となると、情緒的な面で観る人に訴えれば、それで役割を果たすみたいなところがあるんですけど、それだけだと今わざわざこういう映画を作る意味がないなと思ったんです。今みんなが観ることにちゃんと意味のある映画にしよう、それが誠実に映画を作るということだと思いました。その時にしか作れない映画というか。

――長澤さんは完成されたものを見て、どのような感想を持ちましたか。

長澤樹 撮影のことを思い出したり、自分が台本でしか見ていなかったシーンがすごくいい映像になっているのを観て、感動して泣いたりしました。こんなに泣いたのはすごく久しぶりでしたね。色々思うことはいっぱいあるんですけど、それどころじゃなくなってしまった感じです。

――他の出演者のシーンも気になっていて。

長澤樹 私のパートだと共演しない方もたくさんいらっしゃったので、自分が台本で読んでこんな感じかな? とイメージしていたものといい意味で違いました。セリフの奥にその人の人生が見えたり、この一言がこういう意味だったんだという発見もありました。

――犬童監督は『ハウ』という作品のどんなところに一番共感されたのでしょうか。

犬童一心 まずキャラクターの設定です。主人公となる犬が、ある負の過去を持っていて、その理由から、“ハウ”としか鳴けない、その設定が映画として新鮮だなと思いました。普通動物もので犬の映画となると、犬そのものに強い過去を背負わせたキャラクター設定というものがあまりないんですよ。見た目が違うといことぐらいの変化しかない。

――確かに強い過去を持つ設定というのは珍しいです。

犬童一心 斎藤さんと、ハウを「聖犬」にできないかと話していたんですけど、過去に人から辛い経験をさせられた犬が人を信じ続けていて、常に弱っている人の側にいてあげようとする。そして、復讐を選ばない。というストーリーの流れ、は、人間にはなかなかできないことを犬にさせているのかなと思いました。犬にははそんなに自覚はないと思うんですけどね。素直に行動しているだけで。人間は必死に考えたりとか、モラルやルールからそうしていることを、動物は何も考えずにできてしまうことがすごいと思います。映画の中でもハウはそうするのが当然なこととして行動していきます。

複雑な感情があった被災地での撮影

――ハウを演じたベックとの共演はいかがでした?

長澤樹 絵面だけ見ると「人と犬」という構図なんですけど、ちゃんとベックがハウを演じていたので、対等に演技をしているという感覚がすごく強かったです。「ハウがベックで良かった」というのは撮影が終わって、完成した作品を観てより強く感じました。ベックは本当に神様みたいなワンちゃんなので、麻衣としても自分としてもそこに救われた部分がすごくたくさんありました。

村上順一

長澤樹

――ベックは自分のやるべきことは分かっているのでしょうか。

犬童一心 もちろんわかってると思いますよ。ちゃんとそのシーンに合った表情になっているのはそういうことなんだと思います。人間の方がちゃんとやればやるほどベックの方も「そうなんだよ」といった表情になってくる。これは長澤さんのシーンだけじゃなく、みんなそうなんです。リアクションをしているのです。ベックは感受性の強い犬で、それが名演につながっています。

――犬童監督は長澤さんにどんなものを求めていたんですか。

犬童一心 わかりやすい情緒みたいなところにあまりはめていこうとしないでほしい、ということは考えていて。簡単に言葉にできるようなものではない演技がよかったのですが、「こうなんだ」というはっきりしたリクエストは僕自身も言えないので、撮影を進めながら考えていった感じでした。

長澤樹 自分が実際演じて疑問に思ったことを監督に話しました。アドバイスとか一方的な感じではなくて、対話の中でちょっとずつ朝倉麻衣という人物が作られていったと思っているので、自然な感じで演じられたと思います。

――ご自身の中では、この役を演じるにあたって準備はどのようなことを?

長澤樹 麻衣は東日本大震災の被災者で転校してきた役なんですけど、実際の自分は被災者ではないので、被災された方のドキュメンタリーを何度も何度も観て、そのたびに気付いたことを書き出していました。回想シーンの撮影で初めて、被災地である福島県に足を踏み入れたんですけど、本当に苦しくて呼吸ができないと言いますか。泣きたいけど泣けないような複雑な感情がありました。それをそのまま投影した演技になったと思います。

――あのシーンは実際に被災地で撮影されているんですね。

犬童一心 そうです。以前僕は田中泯さん主演の『名付けようのない踊り』という映画でこの場所で撮影したことがあって、帰還困難区域にロケに行きました。場所によりますけど除染していれば今は普通に入れます。ガイガーカウンター(放射線測定器)でちゃんと調べて大丈夫なところを選んで撮影しました。撮影場所に関しては防護服を着なくても大丈夫な場所を選んではいるんですけど、シーンとしては除染する前の設定になっています。

――改めて被災地に行かれて新しい気づきなどはありましたか。

犬童一心 浪江町や双葉町に関して言うと、2年の間にものすごく変わりました。除染したってこともあるし、いろんなものを排除してきれいになっています。本当に風景は1年ごとにものすごいスピードで変わっているんだという発見がありました。

台本読んでるんじゃないの?

――犬童監督の想像を超えたシーンというのはありましたか。

犬童一心 先程もちょっと話に出ましたが、ベックの表情が本当にそのシーンにマッチしたものになるところです。僕は過去に『いぬのえいが』という作品も撮っているんですけど、その時は編集によって犬が物語にマッチして見えるという気持ちが強かったんです。もちろん今回もそのつもりもあったんですけど、ベックは相手や場所、ライティングなど、それらをちゃんと感じて演じているんだなと撮影していてすごく思いました。まるで「台本読んでるんじゃないの?」みたいな表情をするんです。曖昧で複雑なんだけど、ものすごく適切な表情になっています。

――すごいですね。長澤さんが撮影されたシーンで、印象に残っているものは?

長澤樹 ドーナツをハウにあげるシーンです。自分が食べているところをベックがじっと見て、普通だったら絶対あげないけど、「ちょっとだけね」とあげたくなっちゃう感じで。ベックに見つめられると、普段だったらしないことをしたり、良い意味で自分が自分じゃなくなってしまう感覚がありました。逆にそれが本来の自分なのかもしれないですけど、全部見透かされてる感じがして、ベックに吸い込まれました。見透かされてると言うと、ちょっとドキッとしちゃうけど、意思疎通ができている、言葉は通じないけど、同じ事を思っているんだと感じるところがいくつもありました。

――犬童監督は長澤さんにどのような役者になってほしいですか。

犬童一心 彼女はちゃんと考えてその役を演じます。でも、いざとなったらそれを捨てられるような俳優になってほしいと思っています。考えていたものをいざとなったら忘れる。難しいんですけど、すごくいい表情が撮れるのは、その両方があるからだと僕は思っています。

――長澤さんはいろいろな経験を経て、どのような女優さんになろうと思っていますか。

長澤樹 芝居を始めたきっかけでもあるオードリー・ヘプバーンさんみたいな女優になりたいです。でも「ここがゴールです」という明確なものはなくて、オードリーみたいにキラキラしていて、世界中の人に愛される女優になりたい、そういう人になりたいというのが目標です。

犬童一心 彼女は志がちゃんとあるわけです。僕なんて流れるように生きてきたのでこの歳まで志がないんですよ。もともと映画の仕事はやるつもりはなくて1回辞めたんです。でも、人によって引き戻されてまた映画を撮ることになって。それでもここまで生きてこれました(笑)。

――人生って何が起きるかわからないですよね。最後この映画を観ていただく方へメッセージをお願いします。

犬童一心 動物ものの映画を観ていつも思うのは、なぜ自分は動物のようにできないのかということなんです。なので観ていただいた皆さんにも、ハウがとったような行動を、ハウのような気持ちで素直に行動にできないのかということを、ちょっと考えてほしいなと思います。

長澤樹 絶対に心が豊かになる作品だと思います。皆さんがちょっとでも「いま幸せだな」と思ってもらえたら嬉しいです。

(おわり)

作品情報

作品タイトル:ハウ
公開表記:大ヒット上映中
原作:『ハウ』斉藤ひろし(朝日文庫)
出演:田中圭 池田エライザ 野間口徹、渡辺真起子、モトーラ世理奈、深川麻衣、長澤樹、田中要次、利重剛、伊勢志摩、市川実和子、田畑智子、石田ゆり子(ナレーション)、石橋蓮司、宮本信子
監督:犬童一心
脚本:斉藤ひろし 犬童一心
音楽:上野耕路
主題歌:GReeeeN「味方」(ユニバーサル ミュージック)
企画・プロデュース:小池賢太郎
プロデューサー:丸山文成 柳迫成彦
企画・製作プロダクション:ジョーカーフィルムズ
製作幹事:ハピネットファントム・スタジオ 東映
配給:東映
公式HP:haw-movie.com
公式Twitter&公式Instagram&公式TikTok:@haw_movie2022
(C)2022「ハウ」製作委員会

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