音楽活動10周年を迎えるじんが2月16日、1stミニアルバム『アレゴリーズ』をリリース。同作は2021年8月15日に、アルファポリスCM『終わりなく拡がる世界』タイアップとして公開された『後日譚』を含むオリジナル楽曲全6曲とインストゥルメンタル3曲を含む全9曲を収録。初回限定盤Aは、 昨年12月10日に公開された新曲「GURU」他、ボーカロイドソフトなどを利用して再録された「消えろ」「ZIGI」「MERMAID」「FREAKS」を含む全5曲を収録。 初回限定盤Bは、活動10年間に提供した楽曲の中から、「Into the blue’s」「Life is tasty!」「ステラ」「オ ントロジー」「プルメリア」のアコースティック・セルフカバーを収録。 また、アニメイト完全数量生産限定盤は、じんが歌唱する「GURU」を収録した。インタビューでは、音楽活動10周年を迎えるじんに、ここまでの活動の歩みを振り返りながら、自身にとって歌うこと、音楽とはどんな存在なのか、話を聞いた。【取材=村上順一】
ボカロの良いところは“感情がない”
――この10年は長かったですか?
不思議なもので長かったと思う瞬間と、あっという間だった瞬間が混在していましたが、めちゃくちゃ長かったです。すごく密度が濃かった10年だったなと感じています。
――『カゲロウプロジェクト』はターニングポイントですよね?
そうですね。それを作ってから加速度的に“ものを作る”という道に入っていた感覚があります。
――すごくプログレを感じました。
めちゃくちゃプログレ大好きです! ピンク・フロイドとか。あと、ザ・フーのようなモッズバンドも好きで、特にモッズは『カゲロウプロジェクト』でやりたかったことに近かったんです。モッズは音楽の形態というだけではなくて文化も担っていて、モッズコートやバイクなんかもそうですよね。
――そういった昔のアーティストや楽曲はどこから知ったんですか?
父が衛星チャンネルに登録していて、そこでピート・タウンゼントを観て衝撃を受けました。その時にギタリストはデカくなければダメなんだと思ったり(笑)。そこからロックオペラに興味を持ちました。
――同級生とはあまり話が合わなさそうですね。
全然合わなかったですね。邦楽だとTHE BACK HORNがすごく好きなバンドで僕の金字塔です。小説というところで言えば筋肉少女帯の大槻ケンヂさんの歌詞からすごく影響を受けています。大槻ケンヂさんはすごく文学的なんですけど、小説というよりもこれは歌舞伎なんじゃないか、と思ったり。そういったものをベースに僕はボカロというファクターがあるという感じです。
――そのボカロというところで、アプリ自体の進化はどう感じていますか。
ここ最近はすごいですね。可不/KAFUはすごく声のノリも良いですし、表現の幅が広がりました。ボカロでこの言葉は使いにくいというのもあるんですけど、それをなくしてくれたと思っています。それはすごく衝撃的でした。
――ボカロPをやる前はバンドをやっていたんですよね。
もともとロックバンドをやっていて、レディオヘッドやシガー・ロス、そしてビョークに行くような感じのバンドでした。とにかく当時の僕らは人気がなくて、お客さんも2人で1人は母親みたいなライブをやっていました(笑)。
――ライブを観たお母さんからの感想は?
母は僕が何をやっていても何も言わないんですよ。健康で元気にやっていればいいみたいな。結局そのバンドは空中分解してしまったので、就職することにしました。忙しくて音楽もできず、ライブハウスにも通えなくなってしまった時にボカロを知りました。
――知人から勧めてもらったんですよね?
専門学校時代の友人のお兄さんがボカロPをやっていて教えてもらいました。「初音ミクを知っているか?」と聞かれたのですが、僕は知らなかったので「アニメは見ないので…」みたいなことを答えたら「バカやろー」と怒られて(笑)。その後にsasakure.UKさんの「タイガーランペイジ」という曲を聴いて、感動して。
――その中で感じたボカロの魅力とは?
ボーカロイドで最初にいいなと思ったところが“感情がない”というところでした。なんかボコーダー(ロボット・ボイスのようなサウンドを作るエフェクター)みたいなものという感覚でした。なので、感情をあえて乗せない歌、メロディーがある小説みたいなものとかいけるんじゃないかと思って。
例えば大槻ケンヂさんが歌うと個性が強いので文学とはまた違う感じになるんですけど、それをボカロに歌わせることでオペラっぽくなるんじゃないかなと思いました。それでザ・フーみたいなことも出来るし、メンバーもいないから自分の好きなことが出来ると思って。僕の中では歌う小説家みたいな感覚なんです。
――その感情がないところが面白いと思えたのは、すごいです。
全てはsasakure.UKさんのおかげです。歌が上手い、下手という一般的な概念よりもズバ抜けてメロディが良い、オケがカッコいい、歌ものだけどインスト的な感じもあるなと思って。人が歌ってしまうと重ったるくなってしまうものでも、ボカロで表現すると人が歌うよりもどこかスマートになるような感覚はあります。
自分の声じゃないと表現してはいけないことが含まれる作品
――今作ではご自身で歌われていますが、どんなアルバムにしたいと考えて作られたのでしょうか。
提供したり、ボカロで歌うものじゃない作品にしようということ、自分の思ったことや疑問や違和感を歌詞のテーマにして残していこうと思いました。なので、明るくて可愛い作品というよりはすごく明確に疑問や違和感を提示できた作品になったんじゃないかなと思います。あとは、なぜアルバムという形態にしたか、というのを皆さんに感じ取ってもらえたら嬉しいです。
――それは自然とそういったテーマになっていったという感覚も?
アルバムというのは意識していましたけど、確かに作っていくうちにそのテーマに向かっていったというのもあります。だんだん輪郭がはっきりしていくような感覚はありました。
――『アレゴリーズ』というタイトルはどの段階で付けられたのでしょうか。
『アレゴリーズ』には寓話集という意味があるんですけど、楽曲が出揃ってから付いたタイトルです。今回ドラスティックな曲が多かったので、逆にアルバムのタイトルは淡麗なものと言いますか、感情的ではないものにしたかったんです。最後まで聴いてもらえると本を閉じるような感じもあります。
――カタカナ表記というのも意味があるんですか。
収録曲は英語が多くて、漢字もひらがなもあります。そことは独立したものにしたいという想いもあり、アルバムタイトルはカタカナ表記にしました。カタカナで書くとどこか“日本人が作った”というのが強くなる、カタカナ特有のキャッチーさがあると思うんです。例えば洋楽の帯に縦にカタカナでタイトルが書いてあるのがすごくキャッチーだなと思っていて。
――洋楽の帯、めちゃくちゃ日本を感じさせる時ありますよね。さて、制作していく中で特にこだわったところは?
物足りないと思わせない、ちょうど良いと思ってもらえるような作品にしたい、というこだわりがありました。フルアルバムだと超大作みたいな感じになってしまって、ちょっと重い感じに僕の場合なってしまうんですよね。
――超大作も良いですけどね。
記憶に残らない曲とかも出てきてしまう懸念点もあるんです。今回はサビが印象に残る曲、どの曲でもシングルカットできるようなアルバムにしたいなと。あとは、同じ作者が書いたいくつかの短編である、文筆家としての文字への憧れのような感覚は歌詞にも込めましたし、短編集だなと思ってもらえるようにしたい、というこだわりもありました。
――その中で新しい試みは?
自分で歌うということもそうですけど、内面的な部分を今まで以上にぎゅっと凝縮して作品として表現し切りたいというのがあって、それはアーティストとして普通のことだと思うんですけど、その普通のことを10年目にして初めて意識してやったという感覚があります。自分で作ったものの正解ではなくて、この作品から正解と思ってもらえるようなものにしたかったんです。
――歌いたい、という思いはずっとあったのでしょうか。
過去にそういう風に思ったこともありましたけど、そんなに強くはなかったです。むしろけっこう浅い考えだったと思います。自分が歌うというのは発散だったり、実演の一端という感覚でした。それよりも僕は物語をしっかり思ったように描きたいというのが強くて。ただ昨年「後日譚」という曲を発表した時に、いま自分が描きたい世界観には、自分で歌うこと、自分の声じゃないと表現してはいけないことが含まれると思いました。自分の声が好きとかそういうことではないのですが、そう感じてしまったので自分で歌うことにしました。
歌詞やメロディを良いといってもらえると生きた心地がする
――さて、10年という一つの節目になる年月をアーティストとして過ごしてきたわけですが、ここまで頑張ってこれた原動力はなんでしたか。
未だに「もう辞めたい」と思うことも全然あるんです。でも、ここまでやってこれたのは、これしかないからなんです。たぶん他のことで出来ることがあったら音楽はやらないです。こんなにツラいことを自らやらないんじゃないかなって。
――それだけ、何かを削って制作しているということでもありますね。
そうです。常に自分の汚いところや、嘘をついちゃいけない、新しいものを生み出さないといけない、もっと能力を引き上げなければダメとか、そこまでやっても正解、不正解はわからないじゃないですか。
そして、幸か不幸か僕は人間関係を構築していくのが非常に苦手でして。これが人間関係の構築に長けて、身長も高くイケメン、勉強もできて足も速いとかだったら音楽はやっていなかったんじゃないかなと思うんです。
――でも、音楽が皆さんとコミュニケーションをとれるハブになっていて。
そうです。音楽は唯一自分が他者と共感し合えるもので。誰にも共感してもらえなかったら、やっぱり人なので死んでしまうと思う。僕は歌詞やメロディを良いといってもらえると生きた心地がするんです。他には小説を書くというのもあるんですけど、不思議なことに音楽と小説、どちらか一方をやるというのは無理なんですよね。
――もうセットになっているんですね。
はい。もう音楽に対してはすごく真剣にやっているつもりです。今作も作りながら本当に大変だったので「もうアルバムは作らないぞ!」とか思ってしまうんですけど、僕にはこれしかないのでまた作っちゃうんですけど(笑)。でも、『アレゴリーズ』にはそういった想いがしっかり詰まったアルバムになったと思うので、ぜひ皆さん聴いてください!
(おわり)

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