<日本の未来は(Wow Wow Wow Wow)、世界がうらやむ(Yeah Yeah Yeah Yeah)>

 モーニング娘。を覚醒させたヒットソング『LOVEマシーン』のサビでも最大に盛り上がる部分の歌詞だ。1999年に発売され2000年代を通じてカラオケボックスで誰もが大騒ぎした記憶を持つ一曲。この『LOVEマシーン』がヒットした時代がどのようなものだったのか? 20世紀J-POP史に詳しい経済評論家の鈴木貴博氏とイントロマエストロとして活躍する音楽評論家の藤田太郎氏にこの時代を語ってもらった。

 経済敗戦の後にやってきた『LOVEマシーン』

 モーニング娘。について語るには『LOVEマシーン』の2年前、1997年の日本がどのような状態だったのか?から語らねばならない。1997年は日本経済にとってまさに敗戦の年だった。

 60年代の高度成長、70年代オイルショックでの構造転換、80年代輸出大国としての発展を経て、90年代はバブル崩壊後の不良債権処理をめぐって瀕死の日本経済をどう延命させていくかが政治課題となる失われた十年だった。

 1997年11月はそのクライマックスで、それまで大蔵省が絶対に潰さないと公言してきた都市銀行と大手証券が相次いで経営破たんに追い込まれた。その前後にも安定の象徴だった地方銀行や準大手証券が倒産し、経済全体をどんよりとした黒い雲が覆っていた。

 同じ1997年に敗戦を迎えたのがモーニング娘。の初期メンバー5人である。当時、大人気だったテレビ東京系列のバラエティ番組『ASAYAN』で4月に始まった「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」。応募総数9900人の候補の中から最終決戦に残った彼女たちは、8月の最終審査で不合格を告げられる。

 そのときにリアルタイムで観た番組を思い出しながら記憶で書けば、その後、落選した5人に番組から電話がかかる。5人でユニットを結成して5日で5万枚のCDを手売りで完売させたらメジャーデビューさせるというのだ。

 チャレンジするか? と訊かれ「やります」と言った彼女たちの目に涙が光っていたか、決意のまなざしだったのかはもう記憶が薄れて定かではない。CDの手売りが始まった11月3日は三洋証券が破たんしたその日。そして北海道拓殖銀行と山一証券が破たんするまでのわずかな期間に、5人は過酷な条件を乗り越えてデビューのチャンスをものにする。

 翌年、メジャーデビュー。シングル3曲目の『抱いてHOLD ON ME!』がオリコン1位を獲得し、紅白にも初出場とモーニング娘。は順調に見えたが、実はその翌年、早くも人気は失速する。

 歌唱力のあった福田明日香の脱退後、起死回生をかけて安倍なつみを単独ボーカルにたてた『ふるさと』が振るわず、これでもうモーニング娘。もオワコンかと周囲も感じ始めた8月に3期メンバーとして後藤真希が加入し、9月に発売されたのが『LOVEマシーン』だった。

 ビットバレーの熱狂に世界がうらやむ

 そのような経緯があったからだろう。『LOVEマシーン』は制作サイドとしては「もうなんでもやってやれ」という空気で、これまでのモーニング娘。のブランドイメージをまったく無視した楽曲制作となった。

 プロデュース・作詞作曲つんく♂の楽曲でありながら、『LOVEマシーン』の楽曲としての存在感を創造したのは編曲として参加したダンス☆マンであることは間違いない。

 まるで『ソウルとんねるず』を彷彿させるような80年代ディスコシーンの世界観をモーニング娘。で再現させたこの曲は、グループ初のミリオンセラーとなり、当時のカラオケチャートでは日本新記録となる17週連続第一位を記録した。

 時代の空気という意味ではここで奇妙なシンクロが起きている。1998年のモーニング娘。の、メジャーデビュー以降、日本経済はさらに深刻な苦境を迎える。そして彼女たちの人気が下がり『ふるさと』がだめだった当時が日本経済としては最凋落・最底辺の時代だった。

 そこに1999年の夏、突然、若者たちが奇妙な産業革命を引き起こす。ビットバレーの出現である。とにかくその当時は当事者からみてもビットバレーのIT革命はわけがわからなかった。

 藤田晋のサイバーエージェント、堀江貴文のオンザエッヂ、南場智子のビッダーズなど新興のIT企業がみんな渋谷にあったのでシリコンバレーになぞらえてビターバレー(渋い谷)と名付けたのが始まりで、語呂の良さからすぐにビットバレーに呼び名が変わった。

 インターネットもケータイもみんなまだ使い始めて2~3年という時代で、これから何か凄いことが起きそうだという感覚がある一方で、それが何だかわからない。ビットバレーといえば企業集団というよりも、そういった若手起業家が集まる週末の大パーティーの呼び名でもあった。

 日本経済全体がリストラに苦しむ中で、渋谷だけはなぜかカオスでありそこに希望があった。インターネットビジネスの将来には希望があることから、出資をしたいおじさんや大企業がそこら中にいた。実際、気の利いたビジネスプランを書く能力があればこの時代、1~2億円の出資はすぐに得られたのだ。

 自分が勤務する伝統的大企業の未来を悲観する若手のビジネスパーソンはこぞってIT企業に転職相談をした。有望なITベンチャーに面接にいくと「うちの受付社員はストックオプションで2億円持ってますよ」と自慢された時代だ。

 いったいぜんたいこの絶望と希望が混在する日本経済は何なのだ? と時代が混乱する中で、モーニング娘。が歌い始めたのだ。<日本の未来は世界がうらやむ>のだと。

 この歌詞を聴いた瞬間、「ああ、そういうことなのか」と妙な納得感を感じたことを覚えている。「やまない雨はないとかじゃもうないんだ。これからの未来は明るいんだ」と浮かれた気持ちになってもいいのだと再認識したのがその瞬間だった。

 実際は「LOVEマシーン」からのち、またすぐにネットバブルは崩壊し、別の未来がやってくるのだけれども、それにしても1999年から2000年にかけて『LOVEマシーン』とモーニング娘。には「あの時代のよい夢を見せてもらった」と今更ながら思うのだ。【藤田太郎/鈴木貴博】

▽藤田太郎プロフィール

イントロマエストロ。約3万曲のイントロを最短0.1秒聴いて曲名を正解する能力が話題になり、『マツコの知らない世界』『ヒルナンデス!』等多数のメディアに出演。クイズ大会などプロデュースも多数。ラジオBayFM『9の音粋』水曜日の担当DJと出演中。

▽鈴木貴博(すずきたかひろ)プロフィール

経済評論家。主要オンライン経済メディアに連載を持ち経済の仕組みや問題をわかりやすく解説する論客。
本業とは別にアングラ、サブカル方面にも詳しく、芸能や漫画などに知識も深い。

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