ジョン・バティステ「音楽にジャンルは存在しない」その思考に迫る
INTERVIEW

ジョン・バティステ

「音楽にジャンルは存在しない」その思考に迫る


記者:編集部

撮影:

掲載:21年03月20日

読了時間:約7分

 昨年末に全世界で公開されたアニメーション映画『ソウルフル・ワールド』の音楽を手掛けたことで、アメリカでリスペクトされているジョン・バティステの存在が広く世界でクローズアップされることになった。そんな注目の彼が満を持して新作『ウィー・アー』をリリース。昨年のインタビューでも語ってくれた“ソーシャル・ミュージック”という社会を意識した音楽を実現させていて、ジャズをベースにR&Bやゴスペル、ヒップホップ、ソウル、マーチングバンドなどが融合されたサウンドのアルバムとなっている。新作発表に合わせて、再びオンラインで彼にインタビューした。

文化が音楽を作ってきた

『ウィー・アー』ジャケ写

――新作『ウィー・アー』についてうかがう前に、ニュースでも報じられているニューヨークのポップ・アート・フェスティバルのお話を聞かせてください。初日にパフォーマンスしたのはあなたですよね。

 ニューヨーク州のクオモ知事が提案したニューヨーク復興イベントのひとつで、2月20日から100日間、ライヴを各所で行うことで、ニューヨークのアート復活を一歩ずつでもいいから促進させていこうというイベントなんだ。この街を拠点に活動するアーティストと州知事、彼のスタッフが集結し、ブレストを重ねながら、今まさにその企画を練っているところ。

 そのなかで、僕がトップバッターとして2月20日にジャヴィッツ・コンベンション・センターでパフォーマンスをしたというわけなんだ。僕にとっても約1年ぶりのステージでのパフォーマンスだった。ここは、パンデミックの初期には臨時の診療所となり、現在は、ワクチンの集団接種の拠点となっていて、あの日は、ここで働く医療従事者のために演奏をした。この困難な局面に立ち向かっている多くの人に力を与え、感動を届けることが出来たと思っている。これこそが僕の考えるソーシャル・ミュージックの果たすべき役割だと思っているので、僕自身とても光栄だった。

――さて、ここからは新作についてうかがいます。まずは、制作の出発点において、どんなヴィジョンがあったのでしょうか。前作『ハリウッド・アフリカンズ』とのサウンドの違いも大いに感じられますが…。

 一番のテーマは、自分自身の全てをしっかり捉えて反映させた作品を作ること。僕の根っ子にある考え方は、音楽にジャンルは存在しないというもの。人、アーティスト、コミュニティー、そして文化が音楽を作ってきたんだ。それが僕の言うところのソーシャル・ミュージックの原型なんだけれど、いつの間にか音楽を売りやすくするために“カテゴリー”という箱が作られて、あまりに長い時間その箱が当然の存在としてあり続けてきたので、アーティストは、その箱に入りやすい、カテゴリーに沿った音楽を作るのが習慣となってきた。でも、僕は、その流れに逆行したいんだ。

 そのなかで考えたのが45分間目を閉じて、心の目で観る映画作品のようなアルバムを作りたいということ。早送りせず、ひとつのシーンも飛ばさず、最初から最後までじっくり聴いて感じてもらう。そこには僕のこれまでの経験とか、それらを通して受けてきた影響など全てのことが詰まっている。そんな作品を作りたいと思った。

――ジャズをベースにR&Bやヒップホップ、ゴスペル、ソウルなどさまざまな要素が融合されているアルバムですが、ジャンルを超えた音楽を作る難しさはないのでしょうか。

 僕にとってあらゆる要素を融合させる方が自然で、ジャズ・ピアニストの肩書で語られることが多いけれど、ひとつのジャンルに押し込められる方が不自然。だって、音楽を創作するひとりの人間として生きていくうえで、自分の好きなものがあって、そこからいろいろ吸収し、たくさんの出会いもあり、そういったものが自分の中で消化されて、融合し、そこから音楽が生まれることは僕にとってとても自然。考えてもみて、ピカソだって自分のやりたいこと、好きなことを作品で表現した結果、あの独特のキュビズムが生まれたんじゃないかな。だから、ジャズ、R&B、フォーク、マーチングバンドといった好きなもの全てが自然に混ざり合い、生まれてきたのが僕の音楽のスタイルだと思っているので、難しいことなんてひとつもない(笑)。

――オータム・ロウ、キッゾという新しい人と多くの曲を共作していますが、彼らとはどういう経緯で組むことになったのでしょうか。

 リーキー・リードが<シング>という曲をプロデュースしてくれたんだけれど、この曲のデモ音源を聴かせてもらった時にとても歌詞とメロディーが素敵だと思い、彼と一緒に完成させたいと熱望した。僕がデモの段階で、いいなと思ったパートを書いていたのがオータム・ロウだった。この先アルバム制作を進めるなかで、ぜひ一緒に曲を書いてみたいと思っていたところに、彼女からメッセージが送られてきて、<シング>を聴いたけれど、すごくいい感じに仕上げてくれてありがとう。あなたがやっていること、私は大好きよ、って。それがきっかけとなり、彼女と会い、そして、彼女を介して、よく仕事をしているというプロデューサーのキッゾにも出会った。彼らとは自然なケミストリーとして意気投合することが出来たと思っている。

強く共感したクインシー・ジョーンズからの言葉とは

――収録曲についてうかがいます。<ウィー・アー>の中盤で、古いアナログ音源のスピーチが挟み込まれますよね。ここからマーチングバンドが新たに加わるなど曲調が変わっていきますが、このスピーチは、あなたのおじいさんですよね。参加している聖歌隊が所属する教会の長老でもあるとうかがっていますが、、、

 そう、僕の祖父だよ。祖父は、家族の中でとても大きな存在であると同時に、コミュニティーのなかでも非常に積極的かつ素晴らしい行動をしてきた人なんだ。公民権運動の時代、名前の知られた活動家以外に、数えきれないほど多くの人達が活動に参加し、貢献していた。新作のなかで、そういった無名のヒーロー達を称賛したくて、彼らを代表する存在が祖父だと思っているので、彼のスピーチの古い録音を使わせてもらうことにした。僕は、世界中の文化、代々継承されてきた黒人音楽という大きな意味でのマクロと、家族や友人といった身近に存在する人々というミクロ、その両方の影響を合体させたような作品を作りたいという思いも持っていた。僕にとって祖父というのは、マクロとミクロの両方を象徴している存在なんだ。

――そのおじいさんは、母方の血筋。父方は、バティステ・ブラザーズ・バンドで活動しているお父さんや叔父さん達に代表されるようにニューオリンズの有名な音楽一家ですよね。それに対して、“愛の暴動”と名付けたデモ行進などで見られるあなたのリーダーシップは、母方から引き継いでいるように思うのですが、いかがでしょうか。

 確かに父方は、音楽的な家系ではあるけれど、いま僕が音楽をやっている理由は、母にあると思っている。子供の頃にあらゆることからインスピレーションを得る喜びを母が教えてくれた。何か少しでも興味を持つものがあったら、それに取り組むように励ましてくれるような人だった。そのおかげで、僕はさまざまなスポーツに取り組み、本を読み、絵を描いたり、チェスなどの知的ゲームを覚えることも出来た。コンピューターのプログラミングも結構早い段階で始めたんだよね。そういう全てのことは、母がやるようにと背中を押してくれたんだ。

――11歳で始めたピアノもお母さんの勧めでしたよね。当時はどうでしたか。11歳という年齢は決して早くありませんが、すぐにピアノを好きになりましたか。

 全然(笑)。だって、11歳なんてめちゃくちゃ遅いし、周りの生徒は3歳とか、4歳とかで始めているから、ひとりだけデカい僕が子ども達に混ざってピアノを習うのってなんだかなぁって感じで。明らかにひとりだけ浮いていたし、楽しめてはいなかったけれど、それが14歳になると、突然これだ!! みたいにピンと来る時があって、それからは一生懸命にピアノに取り組むようになったよ。

――収録曲の中で気になっている曲があります。6曲目の<ボーイ・フッド>から始まり、<ムーヴメント11>、<アダルトフッド>という3曲の流れです。<ボーイ・フッド>で遊びなどニューオリンズのキッズ・カルチャーに触れられた後、<ムーヴメント11>では“僕はいつだってその他だった”と歌い、<アダルトフッド>では大人になることの葛藤を描いているように思いますが…。

 その通りで、子供時代からの成長をテーマにした曲だよ。<ボーイ・フッド>から大人になっていくなかで、得られた自由とか、解放とか、性に対する目覚めとか、そういうことを書いているけれど、この3曲に限らず、アルバム後半の収録曲は、大人になってからの僕自身のことを歌っているんだ。性的指向とか、人間関係、自分のパートナーとの関係性、自分自身に対する発見とか、そういったものについて書いた曲。それに対して前半は、<ウィー・アー>をはじめ、社会に根差した曲になっている。

――ライナーノーツにクインシー・ジョーンズの素敵な寄稿文が掲載されていますが、これはどのような経緯で実現したものですか。

 彼は、僕にとって多くのことを教えてくれるメンターであり、友人でもある。初めて会ったのは2011年のモントルー・ジャズ・フェスティバル。クインシーが<レット・ザ・グッド・タイムス・ロール>という名曲をアレンジし、指揮するなか、僕はレイ・チャールズ役としてピアノを演奏させてもらった。彼は、僕にずっと“音楽をカテゴリーから解放させるべきなんだ”ということを言っていて。この言葉のオリジナルは、あのデューク・エリントンなんだけれど、彼から聞いた名言を僕に教えてくれて、そこに僕自身強く共感した。新作はジャンルレスなアルバムにしたいと思っていたので、それを補足する存在として、クインシーに寄稿をお願いした。彼の文章は、アルバムのフレームのような存在になっていると思う。

――最後に現在インタビューを数多く受けていると思いますが、それらを通して確かな手応えを感じられているのではないかと思いますが…。

 とてもいい反応を得ているよ。その嬉しい気持ちを持って、日本に少しでも早く行き、多くの人達とリモートではなく、直接会ってハグしたいと今はすごく思っている。

(おわり)

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