石原裕次郎さんによって1963年1月16日に設立された石原プロモーションが、2021年1月16日に解散の日を迎えた。その解散について『昭和40年男』編集長・北村明広氏がその想いを綴った。

石原プロ解散に我想う。

 「ランドセルをしまってから見なさい」と鬼婆、もとい、お母様の声が四畳半の居間に響く。放課後をギリギリまで仲間と過ごし、ダッシュで帰ってきて夕方4時ジャストにブラウン管にかじりつくのは、屈強な男たちの活躍に期待してのことだ。

 “俺たち”の世代を考えるうえで、テレビの再放送は大きい要素だ。ウルトラマンやセブン、タイガーマスクなどなど、ヒーローの多くを再放送で知り夢中になった。そんな小学生も高学年になるとアニメや特撮モノがガキ臭く感じるようになり、取って代わったヒーローこそが『太陽にほえろ!』で大活躍する刑事の面々だった。彼らに関しても同様に、リアルタイムより再放送で深くハマった。松田優作さんが演じるGパンが殉職した翌日は、休み時間になるとどこからともなく「なんじゃこりゃー」との叫びが聞こえたものだ。幼少時には多くのアニメ・特撮ヒーローから諦めない心を教えてもらい、やがて石原プロによって男の生き様のなんたるかを教えてもらった。

 去年の夏のことだ。僕が編集長を務める雑誌『昭和40年男』で、“刑事とクルマ”というタイトルで特集を組み始めていた。石原プロの全面協力なくして成立しない企画で、それを取り付けた矢先のこと、石原プロが令和3年に解散すると発表した。そしてさらに、1ヶ月も経たないうちに渡哲也さんの悲しい知らせが届いた。2つの試練が編集部を襲ったことになったが、それでも石原プロの惜しみない協力は得られ、訃報から約1ヶ月後の9月11日に、渡哲也さんが表紙を飾った“刑事とクルマ”号を発売できた。はからずもまるで追悼本のように書店棚に並び、多くの方々に支持されたのは、昭和40年生まれ周辺世代と石原プロ作品の親和性の高さだ。

「昭和40年男」表紙

 石原プロは今日解散の日を迎えた。様々な要因が重なり合うのだろうが、僕に言わせてもらえば仕方なしだ。現代社会において、男の生き様なんて言葉がまるで死語に成り下がってしまっている。クソッタレな時代の流れに押し流されてしまったのである。もはや時代遅れな彼らのスピリットなのだから解散でいい。俺たち昭和人の中にだけ生き続けてくれればいいのだ。

「ありがとう!石原軍団」

 石原軍団。愛を込めてこう呼ぶ彼らのスピリットは、俺たちの心の根っこにある。『太陽にほえろ!』『大都会』『西部警察』と、現在話題となっているアルバム「ありがとう!石原軍団」に収録されているテーマ曲を聴けば今も心が熱くときめく。このときめきこそ、俺たちが石原軍団から授かった生きるエネルギーだ。命ある限り胸に置き、男を生き抜こうじゃないか。今日の解散は、“俺たちにそのスピリットを受け継げ”とのメッセージだと受け取るべきだ。裕次郎と渡が雲の上で微笑みながら、きっと深くうなづいてくれている。【『昭和40年男』編集長 北村明広】

この記事の写真

記事タグ

コメントを書く(ユーザー登録不要)