INTERVIEW

伊藤俊也監督

欠如しているのは「リアリズム」
新作『日本独立』に込めた思い


記者:木村武雄

写真:木村武雄

掲載:21年01月03日

読了時間:約7分

 伊藤俊也監督と言えば、極東国際軍事裁判で裁かれる東條英機の姿を描いた『プライド・運命の瞬間(とき)』や、未解決の三億円事件をモチーフにした『ロストクライム -閃光-』などの社会派映画を世に送り出し、一石を投じてきた。その名匠が新たに挑んだのが『日本独立』(公開中)。憲法改正を巡りGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)と渡り合った吉田茂と白洲次郎の姿を描く。8歳で終戦を迎えた伊藤監督は御年83歳。どのような思いで制作したのか。

時機の存在

――きょうはいくつかのメディアの取材を受けるそうで、つい先程も1時間超にも及んだそうですが、そのバイタリティはどこからくるのでしょうか。

 若い時にもっと数多く映画を撮っておくべきだったという思いがあります。まあ、そうはさせない状況があって思う様に映画が撮れなかった。そういうのが溜まっているんです。

 だからと言って作れなかったあの時代を取り戻すためにいま、映画制作に力を注いでいるわけではなく、常にいま撮りたいと思ったものを台本にしています。しかし、それが全てかなうわけではなく、時機を得ずにして棚に上がることもあります。そうしたことも含めて、「いま撮りたい」という思いを持ち続けていく感覚です。

 それとは別に、昔に引っ掛かっていたものがモチーフになることもあります。いま生きているなかで、新たな思いも出てくる。そうした自分のなかにある衝動は限りなく続きます。それは死ぬまで続くことなのかもしれないですね。

――持ち続けても時機を得ず、という話がありましたが、今回の映画はこの時代だからこそ描くことができたようにも感じます。

 この映画は、20年前に初稿は書き上げています。当時と今の状況は私の現実認識からすれば、あまり変わっていない。本質的な問題でいえば、戦争放棄をうたった憲法が現実的な事象に対応するために形はどんどん変わっています。例えば、警察予備隊、のちの保安隊から始まった自衛隊のいまに至る経緯とか。戦力は持たないと憲法でいいながらも現実的には最先端の軍備を保有しているのが現実。その構図というのは私が構想した時期からほとんど変わっていないと思います。

 この作品については、実現までに20年かかりましたが、製作者が台本に多大な関心を寄せてくれても、すんなりとはいきませんからね。機運が高まったり退いたり、そういううねりみたいなものの繰り返しでしたね。憲法改正論議がにぎやかになるのが時機であるとしても、それだけで映画が成り立つわけではないので難しい問題です。

アメリカの戦後戦略

(C)2020「日本独立」製作委員会

――作品のなかには、憲法草案に関わったベアテ・シロタも役として登場します。「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」、いわゆる“男女平等”の条項を起草した方として過去に、高く評価するテレビ番組もありました。

 GHQの憲法制定会議のメンバーのなかで、憲法という法律を勉強したことのある人は皆無に近い状態でした。ベアテ・シロタが図書館から本を集めてきて、そのなかで良い条文があって、これがいいと。ベアテが日本語が使えるということが重宝されてメンバーに入ったわけですから、彼女の中に日本女性に対する同情はあったと思いますが、そういう条文が転用されたからといって、付け焼き刃のような部分はありました。

――明治憲法は文章が美しく、明治憲法に限らず、憲法における日本語を欧米人がどこまで解釈できるのか、とても出来ないことではないか、という話を聞いたことがあります。この作品では、戦艦大和に乗船し敗戦後は作家としても活動した吉田満(演・渡辺大)もストーリーの軸になっていますが、吉田が書いた『戦艦大和ノ最期』は文章が美しいと言われており、それに重ねる意図があったのではないかと思うのですが。

 『戦艦大和ノ最期』がGHQによる検閲で掲載禁止になり、当の雑誌の編集長だった文芸評論家・小林秀雄(演・青木崇高)が、戦死者に対するこの素晴らしい鎮魂歌を禁書にするのは、生き残った我々日本人と死なざるを得なかった同胞との絆を断つものだと云いますね。アメリカの戦後戦略の一つは、日本を二度とアメリカに対抗できない国にすることでした。一つは、東京裁判で日本人の戦争犯罪に対する罪深さを徹底的に暴き、大陸や南方で戦死した人達、息子や夫、親族を弔うことに対するくさびというか。非常に大きく尾を引いたと思います。そういうレベルでのアメリカの戦後戦略というのは、マスコミ戦略も含めて徹底しています。目に見えない形で日本人の罪意識みたいなものが敗戦心情と相まって、もう一つの戦後戦略、軍事的に対抗できない国にするための新憲法における戦争放棄、軍隊を持たないとする条項を無条件に歓迎するという事になったんだろうと思います。

 割と日本人には人気が高かったマッカーサーが、後にアメリカに帰って、「日本人は12歳」と言って評判を落としたんですがマッカーサーが診断した日本人の思考レベルは今日に至るもそのレベルからあまり出ていないんじゃないかと思います。

 というのも、戦後75年経っていながら、思考におけるリアリズムというか、そういうのが欠落しているように感じます。同じ敗戦国でも、ドイツは日本以上に、徹底したナチスの罪状というのがあげつらわれてきました。ドイツ人が持っている大人としての現実主義、リアリズムというのは、憲法一つでも何十回と改憲していますからね。映画の中で、吉田に「GHQに退散してもらえば、いつでも(憲法は)変えられる」と言われ、「そうはいきませんよ」と返した白洲。それは結果的に達見であって、日本人は観念的な呪縛というか自ら解き放てない幼さを持っているように思います。

――幼さという点は戦前と戦後でも変わりはないようにも感じます。

 それもあるかもしれないですね。あれほどに戦争に至る時代というのを罪深いものとしてとことんアメリカに裁かれ、しかも、一般国民が免罪された罪状はすべて東條英機ら軍閥に押し付けられて、その軍国主義の一端は自分自身が担っていたんだと、片棒担いでいたんだという意識はほとんど通り抜けていますから。

リアリズムの欠如

――過去を直視し、今に活かさすべきだと思いますが、そのことに対するいまの思考力はどう見ていますか。

 思考力の前に現実を見るという事だと思います。戦力を持たないという事に対して、今の自衛隊がどのくらいの戦力を持っているかとか。それをシビリアンコントロールなんて言葉では言っていますけど、実態を知らないで、コントロールも何もないわけで。実態を知れば戦力なきという言葉とあまりにそぐわないじゃないかと。もう少し気付くべきなんですね。

――リアリズムの欠如が現代にもあるという話もありました。もしかしたら、日露戦争以降、リアリズムが欠落していったのかもしれないですね。

 リアリズムとは縁がない国民性というか。

――劇中にある白洲次郎(演・浅野忠信)と吉田茂(演・小林薫)のやりとりは凄く面白いなと。また意味合いは異なりますが、リアリズムを追求されていますね。変に飾らないと言いますか。

 そうですね。吉田茂も頑固な明治人というか、松本烝治(演・柄本明)とか、美濃部達吉(演・佐野史郎)ですらああいうところにいるわけで。そういう人達に比べると現実主義者、リアリズム派であるはずなんですけど。リアリズムだけで言うと、ご時世に合わせすぎて誤ってしまうことがある。日本人が戦力を持たないならアメリカに戦力を肩代わりしてもらってということでとりあえずして、また、時間が経てばなんとかなると。リアリズムは時にはがんじがらめになるときがある。今回では白洲に「永久平和じゃなく永久従属」と吐き捨てるように云わせています。吉田の罪状は今の観点から見ればいろいろあったと思います。2人が際立って単に明治憲法にしがみ付くのではなく、新しい憲法の形を求めながらもアメリカの力の前では屈伏せざるを終えなかったということですね。

――それと、役作りとしてのメイクが凄いですね。『プライド・運命の瞬間』の東条英機(演・津川雅彦)もそうでしたが、今回の小林さんの吉田茂の外見はそのまま吉田茂だと思いました。監督はそういう細部にもナリアリティを追求されているのですか。

 どちらかというと、役者根性です。外面から入るんじゃないけれど、小林さんも最初に言っていたのは、お客さんがあまり違和感を持ってもらってはいけないと。小林さんに引き受けてもらって話をした時に、私は外見で似せる似せないはあまり考えていなかったんです。彼の方から「骨格も違うしあれだけ知られている人だから違和感があるのもよくない」と言われたので、こちらとしては「待っていました」じゃないですけど「やりましょう」と(笑)しかし見事ですよ。

――外見もそうですが、内面もかなりなりきっていました。さて、次作への構想はすでにありますか。

 いっぱいありますよ。おそらくこれまでとは違うものになると思います。台本も積み重なっていますけど、その中でもこれとこれとこれはやりたいなと思っているものはあります。煩悩はそんなふうに片付くものではなくて、今動いてくるものというのがあります。今また新たに書いてみたいというね。そういうものがあるものですから、いろんな方向にいくかもしれないですが、頭は少し続きそうかなと。この歳になると兆候が出るはずですが、それはまだ大丈夫かなと。あとは健康問題。もうちょっと出来るだろうと思っています。

(おわり)

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木村武雄

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