河口恭吾「心の真ん中を射抜かれた」浜崎貴司が描いた“もがき像”
INTERVIEW

河口恭吾×浜崎貴司

「心の真ん中を射抜かれた」浜崎貴司が描いた“もがき像”


記者:村上順一

撮影:

掲載:20年12月12日

読了時間:約9分

 シンガーソングライターの河口恭吾が、今年デビュー20周年を迎えた。20周年イヤーとして「マイ・アイデンティティー(feat. FLYING KIDS)」をリリース。この楽曲は栃木県の同郷であるFLYING KIDSの浜崎貴司がトータルプロデュースし、演奏をFLYING KIDSが担当。ディスコグルーヴを持つ、これまでの河口にない新たな一面を覗かせる一曲に仕上がった。インタビューでは浜崎と河口にこの2020年を振り返ってもらいつつ、今作の制作背景から、アイデンティティーについてどう考えているのか、2人に話を聞いた。【取材=村上順一】

意識が変わった1年

河口恭吾×浜崎貴司

――20周年おめでとうございます。今どんなお気持ちでしょうか。

河口恭吾 浜崎さんに素晴らしい曲を提供していただいて、良い周年のスタートになったなと思っています。

――浜崎さんも今年はFLYING KIDSでデビューされて30周年でしたが、その辺のお話もお2人でされたんですか。

浜崎貴司 そういう話はしなかったですね。たまたま重なったんですけど、ちょうど僕も周年ということもあり、盛り上げたいという気持ちはあります。

――お二人にとって周年というのはどのように捉えていますか。割とご本人たちは気にされていない方も多かったりして。

浜崎貴司 確かにそこまで自分たちでは気にしていないけど、周りが盛り上がってきて、改めて失いかけた情熱を取り戻すみたいな感覚もあります(笑)。

河口恭吾 周年となると改めて自分の昔の曲を歌ったりする機会が多いので、自分がどういう音楽人生を歩んできて、こうやって楽曲を提供していただく事で周りから自分がどう見えているのか、というのを感じたり出来て、自分を見つめ直せるのが周年なのかなと思っています。

――2020年も終わってしまうのですが、お二人にとってどのような1年でしたか。

河口恭吾 8月に「明日は晴れるだろう」という曲を配信リリースしたんです。僕は浜崎さんと同じ栃木県出身なんですけど、佐野市が昨年台風19号の被害を受けまして、地元の人に元気を出してもらえたらという思いで曲を書き始めました。年明けから作り始めたんですけど、コロナ禍になってしまって曲の方向性が変わり始めて、音楽がこの状況下で何が出来るんだろうと考え始めて。それで出来たのが「明日は晴れるだろう」なんですけど、社会に対しての音楽のあり方を捉えるようになりました。僕は応援ソングというのは苦手だったんですけど、改めて音楽が出来ることというのは応援する事だったりするのかなと。そこはこの1年で変わった事ではあります。聴く人によって音楽とはどういうものなんだろうと。

浜崎貴司 とにかくライブが少ない1年でした。僕はライブメインでここ数年やってきましたから、これまでとは違う過ごし方になってしまったんですけど、なんだかんだでやる事は沢山あって、やる事が沢山あるというのは幸せだなと思いました。曲作りの新しいステップに突入出来る時間をもらえたなと思っていて、良くないことも沢山ありましたけど、自分の創作についてもう一度見つめ直すという内面的にはプラスになった事もあって。自分の完成形に近づく、音楽人生を一歩進めたような感覚を強く持ちました。

――河口さんが今回浜崎さんに楽曲制作をお願いしたのは、どんな経緯があったのでしょうか。

河口恭吾 関係性のある方に楽曲を書いてもらいたいというのがありました。浜崎さんがずっとやり続けているイベント『GACHI』の宇都宮公演に呼んでいただいて、その時にお願いさせていただきました。

浜崎貴司 そのイベントは栃木県出身の人で組んだライブで斉藤和義くんも出演していて。それがすごく楽しくて、より深く河口くんの音楽や人柄に触れることが出来たので、その印象がすごく残っている中でのオファーだったから、すぐ曲が出来る感じもしていて。

――栃木県といえば、魅力度ランキングで最下位になってしまいましたが、お二人はどう受け止めていますか。

浜崎貴司 今までは茨城県が最下位だったじゃないですか。栃木県人は茨城を上から目線で見ていたと思うんです。その中で茨城が最下位から脱出したという情報だけ入ってきて「良かったじゃん茨城、おめでとう!」と思って。でもそのあとに栃木が最下位になったと聞いて驚いて(笑)。

河口恭吾 僕は最下位というのはいつかは回ってくることだと思っていたところもあったんです。だから、県知事が魅力度ランキングを調査している東京の会社にクレームを言いに行ったと聞いた時は驚きました(笑)。僕もリモートで魅力度を回復するための会議に参加させて頂いたんですけど、プロモーションの難しさというのは僕も経験してきているので、良さを届けるというのは大変だなと感じています。まあジタバタしてもしょうがないんじゃないかなと思っていたりもするんですけど。

浜崎貴司 意外と栃木県の人は気にしていないと思うんですよ。それが問題なところもあると思うんですけど(笑)。

河口恭吾 いつも、浜崎さんや(斉藤)和義さんに会うと、その栃木県人として胸を張っていない感じを注入されている感覚があって(笑)。

浜崎貴司 栃木県人としての自信はないかもしれないけど、愛はありますよ(笑)。

本当は曲を書いていないんじゃないか説

――今回、お話ししている中ですぐに曲の方向性は決まったとお聞きしているのですが、どんなお話し合いだったのでしょうか。

河口恭吾 最近思っていることを浜崎さんにお話しさせて頂いて、その中でアイデンティティーという言葉が出てきたのを覚えています。

浜崎貴司 そのキーワードで作り始めて、最初のフレーズが出てきました。頭からサビまでスルスルと出来て。そこまでは結構早かったんですけど、楽曲提供なのか、弾き語りで一緒に共演するのか、その辺りを曖昧な感じで受けてしまっていたので考えていたんですけど、FLYING KIDSと河口くんのコラボがインパクトがあるのかなと思い提案しました。それで「是非」と言ってもらえたのでそこからまた進めていって。

 すぐに曲を送っても良かったんですけど、ちょっとしっくりこないところが一箇所あってなかなか曲を送れなくて。それはコード進行とメロディの流れで悩んでいて、スタジオに入って色々やっていたら出来たんですけど、電話してから1ヶ月くらいは掛かってしまって。

河口恭吾 今だから言えるんですけど、なかなか音源を聴かせてもらえていなかったので、本当はまだ書いていないんじゃないか説が生まれてきて。その説がスタッフとの間でもほぼほぼ濃厚だったんですけど、こんなに良い曲を作ってくれていて。浜崎さんからメロディをレクチャーを受けている時に、そのコード進行で悩んでいたことを聞いて、「本当に書いてたんだ」と思いました(笑)。

浜崎貴司 そうそう。僕が「曲を送るね」と話してからなかなか送らないものだから、河口くんが痺れを切らせて「こんな曲書いてみたんですけど...」と曲を送ってきて(笑)。

河口恭吾 浜崎さんに「早く書いて下さい」なんて言えないじゃないですか。なので「こんなのもありますけど」という感じで曲を送って(笑)。そうしたら「良い曲ですね」と一言だけ返ってきて。

浜崎貴司 本当に良い曲だったんです。

河口恭吾 でも、曲をいただいた時はめちゃくちゃテンション上がりました。弾き語りのデモだったんですけど、心の真ん中を射抜かれるような力強さがあって感動しました。

浜崎貴司 自分でもこれは良いだろうなという自信があったからこそ、納得のいくところまで仕上げてから聴いてもらいたいというのがあって。

――曲調が軽快なものになっているのが、良い意味で歌詞とのギャップがあるなと思いました。

浜崎貴司 河口くんが普段歌っている“もがき像”みたいなものを僕が解釈して作ってみました。河口くんは新鮮な角度と感想を持たれているみたいなんですけど、僕は割と河口くんのど真ん中に行ったつもりで。いつも以上にアッパーなディスコグルーヴと河口恭吾というのが新しいものになるんじゃないかなと思ったのと、こういう曲調も合うんじゃないかという直感もありました。

――歌詞は共作になっていますが、どのように制作されたのでしょうか。

河口恭吾 デモをいただいた時に1番は浜崎さんがすでに作ってくれていて、2番を僕が担当させていただきました。僕の経験の中で同業の方と歌詞をディスカッションするということはなかったので、それもやってみたくて2番を書きたいとお願いした部分もあります。

自分が驚きワクワク出来るようなことを

「マイ・アイデンティティー(feat. FLYING KIDS)」ジャケ写(Illustration by Takashi Hamasaki)

――タイトルの「マイ・アイデンティティー」に落ち着いたのは?

浜崎貴司 普段、一緒に食事をした時とか河口くんがネガティブなことを言い始める時があるんです。僕はそれがすごく面白くて、それが彼のエネルギーになっているんじゃないかなと思って。そうしたら河口くんから、「一体自分とは何なのか、想いが行ったり来たりしている曲はどうですか」と提案されて。それはアイデンティティーの話だなと感じて、ここまでのことが集約されたような気がして。これはみんなも考えていることでもあると思うし、僕自身も自分探しのような歌詞は久しく書いていなかったので、55歳になった僕がそのテーマでどういう風に書くのかも楽しみなところでした。

――歌詞は恋愛をテーマに書かれていますよね?

浜崎貴司 恋愛は自分自身に投げかけられる問いみたいなものがあって、その連続でその問いが自分を作っていくと感じていて。青春という切り口で書いていくんですけど、みんなが抱えている深い悩みに届く、一生抱えていくような普遍的なテーマに繋がるんじゃないかなと思いました。

――ちなみに浜崎さんはいま悩んでいることはありますか。

浜崎貴司 老化ですね。色々忘れてしまったり悩んでいる部分もあるんですけど、意識よりも肉体が先に動いてしまっていて、こういう事をする人間じゃなかったのにって。その変化というものに驚いていますね。

――河口さんはいかがですか?

河口恭吾 悩みとは違うんですけど、僕は46歳なんですけど「もう人生の折り返しは過ぎたんだな」と思ったり、やっぱり肉体の変化も感じています。それによって歌っていくテーマも変わって行くのかなと。10代、20代が扱っているようなキリキリとした恋愛の曲とかは自分には響きにくくなってきていたりして。でも、今作「マイ・アイデンティティー」を頂いて、僕が避けてきたものも極めて良質なものであれば何歳の人が歌っても良いし、逆に届くこともあるのかもしれないと思えるようになりました。

――さて、ジャケ写は浜崎さんが描かれていますが、どのような経緯で?

河口恭吾 浜崎さんがご自身の物販物を自分でデザインしているのは知っていたので、僕らからオファーさせていただきました。

浜崎貴司 今回2日間レコーディングでスタジオに入っていたんですけど、1日目の終わりにマネージャーから、河口くんからジャケ写のオファーが来てると聞いて。その時は「何で俺が書くの?」と話したら、マネージャーが「このシリーズはそういう企画みたいですよ」と言われたので、「そうなんだ」と納得して。それで次の日にスタジオに早入りしてしまったので、イラストを描いて欲しいというのを思い出して、今なら河口くんの顔が描けそうな気がしてきて。まあ、顔を描いて欲しいとは頼まれてないんですけど、似顔絵を描いておけば間違いないかなと思って。

――次回からもそういうシステムなんですか。

河口恭吾 浜崎さん始まりでそういう風になって行くと思います(笑)。色味も絶妙な80’s感もあって、このジャケ写はすごく気に入っています。

――今後が楽しみですね。最後にお2人はどんな姿を音楽ファンの方に見せていきたいですか。

浜崎貴司 ここからもっとやる気を出して行こうと思っています。 この30年間まだ出し切ってないところがあったなと。 まだまだ伸びしろがある、ポテンシャルがあるんだろうなとは感じています。 仕事だから頑張ってやります、というレベルではダメで毎回100%以上でやらないと駄目なんですよ。一応言っておきますけど、今回河口君に書いた曲は生まれ変わった僕から出来た曲なので大丈夫です(笑)。

河口恭吾 ありがとうございます(笑)。今回FLYING KIDSさんとご一緒させていただいたことで、新しい切り口を聴かせることが出来たなと思っています。今回みたいなことがないと新しい面を出して行くのは大変だと思うんですけど、20周年を機に新しい姿を模索して見せていきたいなと思っています。自分が驚きワクワク出来るようなことをやっていきたいです。

(おわり)

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