INTERVIEW

中野裕太

すごくパーソナルな世界観を捧げたい。
常田大希とのPhilip制作


記者:木村武雄

撮影:Takako Kanai

掲載:20年11月20日

読了時間:約10分

 俳優の中野裕太が、King Gnuの常田大希が主宰する音楽家集団「millennium parade(ミレニアムパレード)」の楽曲「Philip」にゲスト参加した。中野には、弟で音楽家の中野公揮と、常田大希とでバンド「Gas Law」を組み、音楽活動を精力的に行っていた時期があった。中野にとってはターニングポイントとなった時期に自身を支えた活動だ。今回は、常田から依頼があったもの。旧交を温めるように作られた楽曲はどのようなものなのか。【取材=木村武雄】

Gas Lawのはじまり

中野裕太

 中野は芸能活動10周年を迎えた昨年、今の心境を「潜っていた深海から浮上したような感じ」と語り、その中で迎えたテレビ東京系ドラマ『警視庁ゼロ係〜生活安全課なんでも相談室〜SEASON4』のレギュラー出演、そして“吸血鬼”という異名を持つサイコパスの神沼洋という役に臨む際の心境を、「ヨーロッパの森の静かなところで湖を見ている感覚」と説明した。彼が行っているGas Lawの楽曲はクラシックとエレクトロをクロスオーバーした楽曲が多く「静けさの中で俯瞰している姿」が結びつく。

――音楽はその人の本質が見えてくるという話もあります。Gas Lawの楽曲からは、中野さんは静けさの中で生きているという解釈を得たのですが…。

 Gas Lawに取り組んでいた時期は2012年ぐらいから数年間なので、去年お話しした景色とは異なりますが、根本的には似ているのかもしれないですね。ただ当時の状況を鑑みても、質は似て非なるものかな。

 20代前半の頃、僕は右も左も分からない状態で芸能事務所に入って、それからの5年ほどはコントロールが効かない流れの中、テレビ、ラジオ、雑誌、俳優など芸能の仕事を幅広くやらせて頂きました。一つ一つの仕事に自分なりに、誠実に対応しながら。それでも当時は、時間的にも経済的にも色々な意味でノイズが多かったというか、精神的にもものすごく葛藤しながらやっていて。2014年に思い切ってシフトチェンジしますが、その2年ぐらい前からしっかりと自分の道を選択するための準備を始めて、ほぼそのタイミングでGas Lawは始まっています。

 当時、すべてがあまりにもパブリックなものになっていて、僕は、そんなに器用じゃない。

 そんな時、弟と本格的に音楽をやっていこうと。その以前から、弟とは音楽を少しやっていたんですが、大希も参加して、Gas Lawという名前もつけて、より本格的になっていった。みんなで丁寧にクリエーションして。僕は、詩を書いて、歌って。ものすごくパーソナルなものだったんですよね。それまでの活動の反動的なものもあったかもしれない。芸能をやっていく中で抱え込んでいたストレスをある意味、吐き出していた部分もある。人生ごと、ぐっとパーソナルなベクトルに舵を切ったタイミングでのプロジェクトでもあったので。なにより、すごく純粋なものでした。僕の中で、Gas Lawはものすごく大きい。

 当時は公揮(弟)と(常田)大希、そして僕がコアメンバー。もう一人、最初はチェロの固定メンバーもいたんですが、途中からチェロパートだけは不定になりました。僕だけ音楽畑で育ってはいない中で、音楽お化けみたいな人達に囲まれて、ものすごく高いレベルで弟と大希なんかはあーでもないこうでもないとやりあっていて(笑)。そんな中で、なかばスパルタな教育を受けながら、必死に食らいついて(笑)。

 2、3年はGas Lawに心底注力していました。もちろんその中で、俳優業も進めて、そうした色々な変遷を経て去年、神沼という役が決まった時に、その時にお話しした景色がやっと見えてきて。肩の力がストンと抜けた感じでしたね。

――Gas Lawはご自身にとってかなり重要な活動だったんですね。サウンド自体はクラシカルさとエレクトロがミクスチャーされていますが、常田さんがアレンジされている?

 Gas Lawに関してはアレンジも含めて完全に弟、公揮です。大希は奏者でした。ただ、あの音の感覚自体は、エレクトロ的な音を得意としていた大希が公揮とセッションしているなかで自然発生的に生まれて。当時2人はレディオヘッドをリスペクトしていて、大希はサンプラーやエレドラ(電子ドラム)を含めてエレクトリックなものをたくさん試していた。(ジョニー・)グリーンウッド的な音の使い方。それを見て、そういった音を取り入れた曲は公揮も書きたいと。公揮もそっちを志向していたので。公揮は、すべての音の譜面を書くんですよ。ドラムやギターも一音一音徹底的に譜面(笑)。自由に見えても、徹底的に構成されていた。

――その譜面に歌詞を付けていく感じですか。

 そうです。毎月ライブをしていた時期があったんですけど、毎月新曲を書いてくるので、ライブの1週間前か最悪3日前に譜面が上がってきて。当時の公揮は、イスラエルジャズとかの影響も濃かったのでほとんど変拍子で(笑)。例えば「Gas」という曲は6/8拍子で、さらに頭をあえて取りにくくするような、ベースのリズムトラックを敷いていて。まだそれは優しい方で、小節ごとに11/8、12、13と変わっていくような譜面をぱっと渡されて、急いで譜読みして、3日間ほとんど寝ずに英語の詩を書いて、歌の練習をするみたいなことを毎月やっていました。

――売れるのを度外視して自分の好きなものを書いている感覚なんでしょうね。

 当時、みんなが自分のクリエーションの土台作りみたいなものを色々試していた時期でしたので、売るというよりもまずは自分たちが出来る事ややりたいことは何だろうという事を深堀していくようなプロジェクトだったかもしれない。

――その時の発想は大事で、知識とか色々なものを詰め込んでいくと、最初の感覚や発想はなくなってくる。ですので、その体験は中野さんにとっても大事だったのではないかと。作詩にしても自分の中のパーソナルを落とし込むという話でしたが…。

 詩に関して言うと、幼稚園の頃から俳句を書いたり、そういうことはずっと好きだったので、かなり自然でしたけどね。ただ空気感、大希が毎日家にいてセッションをしていて、家族的な雰囲気の中でパーソナルなものを作っていくというのは、それまでの芸能の仕事とは180度かけ離れたような世界で。その空気感は、今振り返ってみても、自分にとっては大切な肥しになっています。

millennium parade参加の経緯

――それで今回、millennium paradeの新曲「Philip」に作詞・ラップで参加しましたが、その経緯は?

 大希とは、Gas Lawの外でも、当時から色々なクリエーションをやっていたんですよ。King Gnuになる前のSrv.VinciやMrs.Vinciの時に作っていたアルバムや、世に出ているものも出ていないものも含めて、歌やラップで参加した者もあれば、詞だけ提供しているものもあって。逆に僕が出ている映画やドラマの音楽を作ることを一緒にやったり、結構密にクリエーションしていました。

 でもこの2年くらいはそれぞれのことをやっていて頻繁に連絡は取っていなかったけど、お互いのタイミングがあったんでしょうね。大希も自分の音楽が良い意味でパブリックなものになって、一旦原点回帰したいみたいなタイミングだったのかもしれないし。僕自身も去年お話したような景色を見ている中で、音楽はどこか自分の中で隅にまだ置いていたし。やるかやらないかかなり悩みましたが。

 そんなに簡単には出来ないぞという思いがあって。やるからにはクオリティの高いものを提供したいと思いましたし。それで家に来てもらって大希の思いを聞いて。熱い思いが分かったのでやってみようと。

――常田さんの思いというのはどんな思いでしたか。

 あの頃を共有しているという意味で、お互いがお互いの中の深いレイヤーに存在していると思うし、改めて、ちゃんともう一回やる準備が整ったと。彼がmillennium paradeを形として構成したという事も含めて。「裕太くんとしっかりクリエーションできる状況が整ったし、やらないか」と。公揮もそうだけど、大希は僕が出す雰囲気を面白がってくれるんでしょうね。それを感じた。

 僕は、できる範囲で音楽のことは勉強して研究はしているけど、完全な音楽家ではないから。ラップにしても、例えばケンドリック・ラマーがやるビートの絡み方とか、リリックの韻の踏み方とかには無論敵うわけがない。それを理解した上で、自分の個性を抽出するために、意図的に韻の踏み方をずらしたり、散文的なアプローチをしたり、自分に寄せるように書いたりするんですけど、そういう僕なりの表現から出る雰囲気を当時から面白がってくれる2人だったので。それを今も大希が面白がってくれて、誘ってくれているのが分かったので、ありがたいことだなと。

高度な要求

中野裕太

――以前、詩から物語が生まれることもある、と話していたので、表現や考え方も含めて文章の人なんだろうなとは思います。

 まず今回の詩に関して言うと、ナラティブなものをすごく書きたいと思っていて。その中に、例えば去年ここでお話しさせていただいたような、今の自分に見えている景色とかを純度が高い状態で反映した、すごくパーソナルな世界観を、せっかく誘ってくれた大希に提供したかった。捧げてみたかった。

――曲が終わった後に映画が始まるような感覚でした。

 そう言っていただけて嬉しいですね。すごく大変でしたけど(笑)。人間が持っている感情のパルスと4/4などの音楽の拍子は必ずしも一致しないんですけど、大希は純粋に音楽的な要求が高いのでそこにちゃんとそこにも絡みながら、いい具合にずらしていく。言葉が暴走して、音楽がBGMになってしまわない、そんなギリギリの線を探るというか。時間も1カ月半しかなかったので、大希からもたくさんアドバイスをもらって仕上げました。

――音源が届いてから歌詞をのせたのですか。それとも一緒に?

 ベースとなるラフなトラックは大希がもともと作っていて。というのも今回は、昔に大希と作った「Stem」という曲のリメイクなので、それにあたって、すでに大希には、BPM(テンポ)を変えてこんな雰囲気でというビジョンがあった。そのベースのトラックを参考にしながら、詞をのせていった感じです。

――BPMはどれぐらい変わったんですか。

 少し速くなりました。もともと80だったのが90になって。それに僕が詞を書いて、大希とセッションしながら「ああでもない、こうでもない」と言いながら全体像を見つけていって、僕の声がのって、ほぼ並行して、millennium paradeのコアメンバーが色々な音をのっけていくんですけど、最終の仕上がりは最初のラフトラックとはかなり違ったものになりました。

――常田さんの当時と今の考えの違いはありますか。

 あまり違いはないですね。というか、根本の人柄が変わっていないという感じですね。ただ今回感じたのは、King Gnuで2年くらい音楽をやってきているのもあって、メジャー性という意味で若干、大希の見えている景色も変わったと感じました。根本的には変わっていないけど、音楽的要求はよりシビアになっていると感じまたし。

――更に細かいところが気にされるようになったとか?

 もともと細かいし、それこそGas Lawの時から公揮も大希も、音楽おばけみたいなやつだったので(笑)。今回だったらラップなのでリズムに関しては、大希からすごく注文を受けました。髪の毛3本分遅らせて、後ろでかんでくれみたいな。自分の中では意図があって書いた節回しと、大希の好みとの相違もあったり。お互いの折り合う場所を探すのは大変な作業でした。それでも、僕が音楽をやるなら、そうやって燻り出されるケミストリーを大事にしないと、おそらく何者にもならない。時間ない中でしたが、お互いに真剣にやりました。まぁ、Gas Lawの時から食らいつきながらやっていたので、そういう大変さにはある意味、慣れていますけど。

歌詞に見える知性

中野裕太

――歌詞には知性を感じました。パーソナルな部分を出しながらも世界情勢を重ねている印象があって。

 まず、かなり自由に書いたんですけど、大希もこういう詞がくるとは想像していなかったと思う。元々「Stem」を書いた時って、当時に思っていた事を、それこそ思春期の膿みたいなものを、ばっと吐き出すような書き方をしていた。「Stem」を作った時期は、Gas Lawの時期とも近いんですけど、そこから、去年お話させて頂いたような心境に辿り着いて、当時から比べると、かなり僕自身の精神的な重心が移動しているんです。その移動中の経験、さらには色んな芸術や哲学を勉強してきたおかげで見えるようになったものがたくさんある。そういった景色というのを今、素直にオーセンティックに反映するように書きました。自分が今持つ哲学を、詩の形式で結晶化するように。そういう意味では、直接的に世界情勢を風刺するような意図はそこにはないんですけど、時代のエッセンスは詰まっているのかもしれません。

――もしかしたら常田さんはそれを望んでいるのか。歌詞に落とし込んだ中野さんの知性を求めているのかと。

 どうなんですかね。当初から変わった詞を書くなって面白がっていたのかも。今まで大希に提供してきた詞は、そのすべてが必ずしもインテレクチュアルなものばかりだけじゃないんですけど。でも大希もそういうのが好きなんでしょうね。彼は彼で、インテレクチュアルに音楽を理解している部分もある。互いに共感する部分はあるのかもしれないです。

――サウンドも歌詞も今の時代に合っていると思います。

 そのように解釈してくれるとありがたいです。

(おわり)

中野裕太
1985年生まれ、福岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、2011年に「日輪の遺産」で映画デビュー。近年は、アジア、ヨーロッパなどの海外でも映画出演。また、さまざまなアート制作を手がける。「C0Y1N」旗揚げ予定。

Photography by Takako Kanai
Styling by Masaki Usami
Hair&Makeup by Toru Sakanishi

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Takako Kanai

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