熊木杏里「シンプルなカタチで作れたら」コロナ禍で明確になってきた意識
INTERVIEW

熊木杏里

「シンプルなカタチで作れたら」コロナ禍で明確になってきた意識


記者:村上順一

撮影:村上順一

掲載:20年11月12日

読了時間:約9分

 シンガーソングライターの熊木杏里が11日、12枚目のオリジナルアルバム『なにが心にあればいい?』をリリース。前作『人と時』から約1年ぶりとなる本作は、このコロナ禍の中で感じたことを落とし込んだ全11曲を収録。(初回限定盤には「時の列車」などSTUDIO LIVE Ver.3曲をボーナストラックとして追加収録)インタビューでは、このコロナ禍で熊木が考えていたことから、自身が思うシンガーソングライターとしての在り方、「いま私は空気になっている」と話す久しぶりに行った有観客でのライブで感じたことなど、今の熊木杏里に迫った。【取材・撮影=村上順一】

生で出来た時のエネルギーに掛けてみたかった

『なにが心にあればいい?』通常盤ジャケ写

――今作はコロナ禍で考えていたことが具現化された作品になりました。

 家に籠る=曲を作ろうと考えていました。それが自分の役割だと感じていたんです。この現状をあまり悲観することもなく、静かに受け止めようと。感染しないように気をつけながら、子供の面倒もみながら曲を作っていました。

――防音室で曲を作ってるんですよね。

 そうです。その防音室も今回新しくしました。これまではダークな感じの部屋だったんですけど、ステイホームで家にいる時間も長くなるし、気持ちも明るくしたいと思って、これまでのを剥がして明るい白に変えました。

――それもあってか、今作はどの曲からも優しい感じがしました。ちなみにどの曲が最初に出来たんですか。

「幸せの塗り方」だったと思います。とにかく暗い感じにはしたくなくて、灯っていたいと思いました。私はどちらかというとネガティブな方向に行くんですけど、ポジティブな言葉で作っていこうと考えてました。

――塗り方という表現がすごく面白いなと思いました。どのようなきっかけでこの言葉の組み合わせになったんですか。

 なんでだろう? 自分でもあまりわかっていないんですけど、もしかしたら昔、画家を目指していた事が影響しているかも知れないです。

――潜在意識として自然と出てきたんですね。今作は希望や生命力がテーマとなっています。

 無理がない、背伸びをしない程度で自分の中にある希望感を出していきたいと思いました。みなさんは配信とか外に向かって発信されているなか、それを横目に私は黙々とやるタイプだと思っていたし、それを心掛けていました。

――熊木さんくらいのキャリアになってくると、アルバムはもう少し先になるんじゃないかなと勝手に思っていたのですが。

 コロナ禍じゃなくても、曲を作るということはかけがえのないことで、いつも名作を生み出したいと思ってますし、みんなに忘れられないようにというのもあったので、今年もアルバムを出したいとは勝手にですけど思ってました(笑)。

――そうだったんですね。ちなみにこのアルバムで核を担っている曲は?

 「ことあるごとに」です。特にファンの方に向けてというのがあったんですけど、散り散りになってしまった心を繋いでいきたいという想いがありました。この「ことあるごとに」という言葉は困難なことがある中で出てくるので、ネガティブなワードだと思うんです。でもそれを乗り越えて行くという、マイナスからプラスに作用する言葉だと感じています。

――生きていくということは困難の連続だったりしますよね。その中で「想い」というものがすごく強く反映された曲が、アルバムの最後を飾る「秤」です。

 心の持ち方、在り方みたいなものはこういう風にあるべきだなと思って書いた曲です。優しくない言葉もあっただろうし...。でも言葉よりも想いの方が大事と言いますか、想いというものの方が大きい気がして。だから心を大事にしなければいけないんだろうなと思うんです。

――心を強く持って生きていくと。

村上順一

熊木杏里

 でも、弱いのがダメとかいうわけでもなくて、それは自分にも言えて、相手が自分に対して言ってくれることは素敵なことなんだよなと、ネガティブに捉えずにそれを喜ばしいことだと自分も思うことが良いのかなと思うんです。その時に想いが重なっていって生まれるパワーで支え合うということが起きるので、それをちょっとでも受け入れられる自分でいたいと思います。歌詞にある<「ひとり」を崩して「ふたり」を作り 人は人になることにしたのだろう>というのが全てで、悩んだり、腹が立ったりすることも一人では生まれるものではないなと。

――ライブというのも多くの人の想いが重なって、新たな意義みたいなものが生まれる場所だと思うんですけど、熊木さんはコロナ禍でライブが出来なかった現状をどう考えていたんですか。

 いま私が出来ることを、ということで今回は楽曲制作に振り切ったんですけど、またライブが出来る様になった時には、きっと自分が思う事があるだろうから、それを大事にしたいなと思っていました。なので、この前イベントで白馬でライブをやらせていただいたんですけど、その時の高鳴りはすごかったです。トランス状態といいますか、最後は「いま私は空気になっている」みたいな。風のような感覚もあって、歌やピアノを間違えるという不安もないし、お客さんが聴いてくれているということもあって、“喜びのゾーン”みたいなものに入っていたんだと思います。これはライブをグッと我慢してきた事で得られた感覚だなと思ったので良かったです。

――熊木さんとお客さん、双方のエネルギーはすごかったんじゃないかと思います。

 私もそう思います。私自身が忘れられてしまっていたらしょうがないんですけど、人前に出たいという気持ちがある限り、それは叶えていける事だと思います。この期間も配信ライブをやって欲しい、というリクエストはたくさん頂いていたんですけど、私はやらない方が良いなと思って。みんなを信頼して、生で出来た時のエネルギーに掛けてみたかったんですよね。

――そういえば熊木さんはTwitterとかもやってないですよね? 何かあるんですか。

 スタッフさんのTwitterでたまに呟いたりはしますけど、気軽にSNSは出来ないタイプなんです。すごく怖いと言いますか、これを発信することでどうなるのか、というのを考えてしまうんです。SNSはすぐ消化されていく感じがあって、それがあまり好きではないんです。過去に山下達郎さんが、シンガーソングライターは孤独、自分と向き合って言葉を出さないといけないから、気軽に色々なところで喋るものじゃないんだ、と仰っていて、それが自分はすごく納得してしまって。私も歌詞以外で自分を出すことは歌をやる事に対してあまり良くない、歌が軽くなってしまうんじゃないかと思えて。

誰が歌っても語り継いでいってくれるような曲

『なにが心にあればいい?』初回盤ジャケ写

――さて、アルバムの1曲目は「life」なのですが、曲順はどのように考えて組まれたのでしょうか。

 アルバム全体的にライブをイメージしていたんですけど、最初に言葉を発するとしたらこの「life」かなと思ったので1曲目にしました。自分だけの人生だと思っているけど、「繋がっているんだ」ということをこの曲を通して、一番はファンの方、曲を聴いてくれる方達に言いたかったんです。

――皆さん、アルバムはほとんどの方が一曲目から聴きますから、まずはこのメッセージを受け取ってから最後まで聴いて欲しいですね。繋がっているといえば、「青葉吹く」は懐古している歌詞で、すごくキレイな曲だなと思いました。資料を読ませていただいたら、昔の友人たちとZoom(ミーティングアプリ)で喋っていて、20分で退席されてしまったとあったのですが、ちょっと早くないですか(笑)。

 飽きてしまうんですよね(笑)。でも、開始20分でこの曲にある気持ちを得ることが出来たんです。それで、すぐに曲にしたいなと思って。

――退出するタイミング、難しくないですか。

 全然そんなことないですよ。「じゃあ」って、さっと退出して(笑)。

――(笑)。歌詞に<青葉だった頃の夢を 追いかけているけれど>とあるのですが、どんな夢だったんですか。

 それは今も変わっていなくて、自分が一番納得できる曲を作ること、そして歌い続けていくこと、それは作りたいものがある限りイコールで、今もその真っ只中にいる感じなんです。でも、少しだけ大人になってしまったというのもあるし、あの頃の自分とは少し違うなと感じていて。歌詞の書き方や気持ちの趣も違う、良いことかもしれないんですけど、あの時の感覚は今はないなあと思って。諦めもあるかも知れないんですけど、良い意味でその時に悩んでいた、若かったからこそ苦しんでいた声も今は聞こえなくて。

――その当時に作った曲が歌いづらいとか感じる時はありますか。

 自分を奮い立たせる曲が多いので、そういうのはないですね。ただ、ラブソングとかは当時の心境と重ねることは出来ないけど、思い出すことは出来るので。人生について歌った曲は逆に勇気をもらったりするんです。当時の気持ち、勇ましさみたいなものを思い出させてもらったり。

――感情の日記みたいでいいですね。曲を歌えばその時の記憶に触れて、思い出せるみたいな。そういうのがあるのは羨ましいです。

村上順一

熊木杏里

 確かにそういう感覚はあります。だから私はどんどん忘れていってしまうのかもしれない(笑)。歌があるからか、普通の思い出として誰かに語る事が出来なくて。ただ歌を歌えばその時の制作していた時の気持ちとか背景が蘇ってくる感じはあるんです。

――あと興味深いのが「雪~二人の道~」なのですが、前作『雪』からの続編となっています。1番と2番で男女の考え方の違いが描かれていて。

 続編を作ったのは初めてなんです。<僕らに積もった 雪は心の中 消えることはないだろう>と最後に締めくくるんですけど、色々考えているけど答えが出ているのが女性、私かなと思っていて。私の感覚なんですけど、男性と女性とでは大事にしているものが違うなと思っていて、女性はなんだかんだ言いながらも恋愛を大事に生きていると思うんです。だからこそ、それが叶えられなかった時に「さようなら」となってしまう。でも、男性は仕事や生きがい、それを頑張っていくとなった時に、恋愛というものが緩くなっていくんじゃないかなと感じていて。

――相反する感覚はありますよね。でも、だから惹かれ合うみたいな感覚もあって。あと、Aメロのピアノ雰囲気が雪が降っている景色をイメージさせてくれますが、そういったリクエストをされたんですか。

 私からは特にリクエストしてなくて、アレンジをして下さった森田晃平さんが、音で景色を表現するのが得意なんです。

――そうだったんですね。雪といえば熊木さんは長野県の出身ということもあり、身近な存在ですよね。「ノスタルジア」という曲では、長野に住まれているお母さんとのやりとりが盛り込まれていたり。

 今作は長野というのもテーマの一つにあるんです。ずっと帰りたいなあと思っていて。父と母も東京に2年前までいたんですけど、実家のある長野に帰ってしまって。それで、歌詞にも書いたんですけど、母からサマーソングという種類の薔薇の写真が送られてきたり。両親が住んでいた東京の家は仮暮らしっぽい感じもあって、長野に帰って実家という感覚、故郷という感じがしています。また一つ大切な曲が出来たなと感じています。

――今作はすごく時代や現状に寄り添ったアルバムになったと思いますが、熊木さんはここからどんな歌を歌って行こうと考えていますか。

 私じゃなくて誰が歌っても、語り継いでいってくれるような、シンプルに想いが乗っていく、学校とかで子どもたちが歌ってくれそうな曲を書きたいなと思っています。それは、自分の声の特徴をもう少し活かせる何かがある気がしているんです。

――それは以前から考えていたこと?

 意識はしていなかったんですけど、頭の片隅にはあったと思うんです。でも、このコロナ禍で色々考えていて明確になってきたのかなと思います。余計なものを削ぎ落として、シンプルなカタチで作れたらいいなと思っていて、ここからまた、いま浮かんでいるものをカタチにしていきたいです。

(おわり)

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