INTERVIEW

白波多カミン「売れたかったんだって初めて気づいた」自身に重ねた映画


白波多カミン

記者:鴇田 崇

掲載:20年09月14日

読了時間:約7分

 『四月の永い夢』『わたしは光をにぎっている』『静かな雨』など、映画ファンに良作を提供し続けているWIT STUDIO×Tokyo New Cinemaによる最新作で、青春音楽映画『東京バタフライ』が公開中だ。SCOREという人気学生バンドがメジャーデビューを目指した長い青春、その終わりを描く本作は、過去の後悔や挫折と向き合い、必死にもがきながらも前に進んでいく同世代の共感を集めそうな作品となっている。主人公・安曇を、シンガーソングライターとして活動する白波多カミンが演じた。映画初主演の白波多は本作の主題歌「バタフライ」も担当しており、瑞々しくも力強い歌声で本作の世界観を彩っている。

 白波多は安曇とは違うものの、メジャーデビューの経験もあり、運命的な本作への出演に自分自身を重ね合わせたという。「メジャーデビューしてもわたしは自分のままだったんですよね。そこで落ち込んで、曲も作れなくなり、そのまま契約が終わってしまった。その時、泣いたりしました。もっと売れたかったって」と当時の想いを明かす。その一方で完成した作品を冷静に受け止めたとも言う白波多。本人に話を聞いた。【取材・撮影=鴇田崇】

音楽とは違う感覚

――音楽がモチーフの映画ですが、完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

 自分の姿が映っているということに最初の5分間くらいは慣れなかったのですが、その後は最後まできちんと観られました。わたしが書いた「バタフライ」という曲が軸になっている物語なのですが、エンドロールでその曲が流れた時、いつもと違う感覚になったんですよね。普段自分が作った曲が盤になると自分の手から自然と離れていくのですが、今回はより一層再解釈されて、『東京バタフライ』という映画の一部になって完全に巣立っていった。そんな気がしました。それはすごく感動しましたし、誇らしく思いました。キラキラ飛び立っていったところが見られて、わたしはすごく恵まれたなと思って感謝しています。

――自分だけのものが、みんなのものになっていく、ということでしょうか?

 普通はシンガーソングライターとして歌を作って歌って盤にして、ライブで育てていって、だんだんお客さんが知っていって自分の手元を離れていくものなんですね。自分の気持ちだけの曲だったものが、みんなのものに生まれ変わっていくという経験はしていましたけど、それとは違う。映画の中にわたしじゃない人がいて違う解釈で曲が流れて、わたしじゃない人が考えた物語の中にわたしが書いた曲があるわけですが、それにもかかわらず巣立って行ったということで、すごく特別ですごく貴重な経験になりました。

――同じ音楽業界にいる身として、物語に共感した部分はありましたか?

 自分の引き出しの中にある経験から引っ張り出してきて演じていた場面もあったので、そういう部分では感情が揺り動かされていたところもあったかもしれないです。ただ、映画を観ている時はどういうわけかひとつの作品として、自分が出ているかどうか関係なく、普通に映画を観ているという気持ちで冷静に鑑賞していました。演じている時は、それこそどっちが自分かわからなくなる瞬間もありましたが、自分が安曇であると信じ込んで演じるくらいしか自分にはできることがないかなとも思っていて、セリフを覚えて話すこと自体もすごく難しいスタートだったので、その時は感情が高ぶっていたと思います。

――安曇は、どういう人間性だと受け止めて演じましたか?

 彼女はおとなしい人なので、内面でグツグツ情熱が煮えたぎっているような人だと理解しました。なので、わたしの感情も揺れ動いたかなと思います。

すごくエキサイティング

白波多カミン

――今回、出演が決まった時は、いかがだったのでしょうか?

 単純にすごくうれしかったです。こんなこと、生きていてあるんだと思いました(笑)。

 わたしは歌を歌っているだけの人間でしたが、大好きな映画のスクリーンに自分が映るっていうこともあるんだと思って、芝居をすることで知らない自分に会えるのではないかと思ってすごくワクワクしました。違う扉が開いちゃうんじゃないかって。常に新しいことを知っていたい、予定調和が嫌いなので、すごくエキサイティングな気持ちでした。

――実際に扉は?

 もうパカパカに開きました(笑)。毎日毎分毎秒、びっくりすることしかなくて、すべてが初めてでしたし、撮影ってこういう風にしているのだとか、セリフって覚えるだけで言えるわけじゃないんだ、気持ちを込めて自分の言葉として出てくるというプロセスに到達するまで かなり考えがいるということまでを知り、予想以上にクリエイティブな経験でした。もともとクリエイティブだということは分かっていましたが、みんながそれぞれの現場のプロであり、いろいろな人たちの支えがあって出来上がっていくので、わたしはみなさんに作ってもらったようなところもあるなと思いました。

――その今回の主演作のメッセージですが、どう受け止めました?

 この映画の面白いなと思ったところは、基本的にはバンドものなのですが、夢が叶うぞとかみんなに夢を与えるというものではないところが、わたしはすごく好きだなと思いました。ポスターにもちゃんと終わらせると書いてありますけど、わたしの考えでは夢は破れるなどと言いますが実際には破れないものだと思っていて、上手くいかなくてもまた夢を持てばいいわけですよね。破れても失敗だということはない。仮に失敗したとしても、世界が終わるわけではない。そこで自分がしたいと思っていた方向に行けなくても現実ときちんと向き合って、時間が流れていくことに対し切実であろうということが、今回の作品では人間ドラマとして丁寧に描かれていると思いました。バンドものではあるけれどもヒューマンドラマであるというところで、すごく丁寧で切実な作品。今まで観たことがないような青春音楽映画になったと思いました。

――たしかに、夢がかなう、もしくはダメでした、のパターンで終わるだけのものが多かったような印象もありますよね。

 わたしが知らないだけかも知れませんが、音楽をしていると余計にもやもやすることもあったりして、だから青春音楽ものは観ないようにしていたりもしましたが、今まで感じてきたいわゆるバンドもののイメージではない作品になっていると思いました。これはバンドをやっている方に限らず、夢というものを追っている、追っていたすべての人に観てほしいです。やりたかったことが叶わず、それが違う形になったとしても夢はまた見られるし、わたしはほっとする映画になったと思う。ほっとするはちょっと語弊があるとは思うのですが、どことなくエモーショナルで、生きていてほっとするような映画になったと思います。

価値観にとらわれないでほしい

白波多カミン

――ご自身でも、こういう映画を待っていましたか?

今日は聞かれているので頑張って大それたことを言っちゃっていますけど(笑)、わたし自身もメジャーデビューまでして上手くいかなかったタイプでした。挫折が多く、プロになるならないは20代前半から話としてはあって、でも「万人受けしないね」で保留、保留できたんです。インディーズでは本当に好きな音楽をやってファンもいて、手ごたえもありましたけど、めちゃくちゃにスターになるわけではなかった。それで食べていたわけでもないので、それが本当にしたいことなのか自分でもわからなかったんです。ずっともやもやしたまま、でも歌が好きなので、バイトしながら歌、バイトしながら歌、の生活をしていました。だから、すごくこの作品は自分に近いんです。もやもやしたまま毎日を生きて、でも歌には生きがいはあったけれど、でもその生きがいが真に自分のものであってほしかった。

――そのあとメジャーに行かれますよね。

 ある時メジャーのお話がきて、キャリアを認めてくださった日本コロムビアさんでデビューしました。でもバカ売れするわけでもなく、失敗に終わりました。メジャーデビューしたら、跳び箱をポンと飛べると思っていたんですよ。あんまり頭がよくなくて(笑)。当たり前なのですがが、メジャーデビューしてもわたしは自分のままだったんですよね。そこで落ち込んで、曲も作れなくなり、そのまま契約が終わってしまった。その時、泣いたりしました。もっと売れたかったって。それが5年前ですね。

 でもびっくりしたのが、わたし売れたかったんだって。声に出た自分の声を聴いて、わたし売れたかったんだって初めて気づいたんです。音で聴こえてきて知ったんですよね。

――それは、どういうことなんでしょう?

 きっと自分では、売れたいと思いたくないと思っていたんです。わたしは自分のしたいことをすればいい、それでいいじゃないって。でも1回ダンッ!と終わった時、映画では修くんが泣いていたシーンがあったと思いますけど、わたしも気づいたわけです。ショービジネスの価値観で作られた売り方はいろいろあるので、そこと自分の音楽、自分のなりたい姿をくっつけすぎて、壊れちゃったんですね。環境が変わっても自分の音楽ができる人は素晴らしいですが、わたしは背負いすぎてわけがわからなくなった。徐々にいろいろと学び、今後はどうなるかわからないですけど、かなり運命的な作品だとは思いました。

――それは音楽に限らず、すべての夢を追っている人、追っていた人に共通する出来事かも知れないですね。

 メジャーで暮らしたかった、音楽で暮らしたかったという、いわゆるよくある価値観の中に入ってはいけなかった方には観てほしい作品ですね。それが叶わなかったから自分は社会的にはあんまりいいところにはいないんだみたいに思っている人などは、本当はそうじゃないんだと気づいてほしい。そういう方にほっとしてもらえたらすごくうれしいです。その人にしかないものが、その人だけの生き方がありますので、それぞれに時間が進んでいくはずなので、もともとある価値観にとらわれないでほしいです。ほっとして生きていけたらいいなって思う人に観てほしいです。

(おわり)

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