INTERVIEW

蓮沼執太「渋谷の環境音から社会を考える」リモート時代に考える合奏とは


蓮沼執太

記者:小池直也

掲載:20年08月27日

読了時間:約13分

 蓮沼執太が率いる蓮沼執太フルフィルが8月26日にデジタル、10月28日にCD、LP『フルフォニー』をリリースする。蓮沼執太フルフィルは、蓮沼執太フィルとして活動していたメンバーに加え、公募オーディションにより選ばれた10名が加わった総勢26名による現代版ポップオーケストラ。収録曲全10曲中5曲が新録で、5曲がそのリミックスとなっている。「合奏」という意味が込められたアルバムタイトルはコロナ禍のなかで深い意味を感じさせるものだが、この新作はどの様に制作されたのだろうか。彼が自粛期間に着想した新プロジェクト『都市と合奏』についても含めて話を聞いた。【取材=小池直也】

状況が変わる時は、新しいものが生まれるチャンス

蓮沼執太フルフィル

――コロナ禍の影響で音楽家は制限付きの活動が続いておりますが、蓮沼さんは現在どの様にされていますか。

 ニューヨークでのソロ公演を終えた去年11月から日本に戻ってからはコロナの影響でずっと東京にいます。僕は普段から自宅スタジオにこもって作品を作って生きているようなタイプの作家なので、幸いなことに家で仕事ができています。予定されていたライブやフェス、主催公演、展覧会もすべてキャンセルや延期となりました。コロナだけじゃなく、いま世の中で様々な起こっており、その喧騒の中で粛々と作業をしています。

――発つ前のアメリカの様子はいかがでしたか?

 その時はニューヨークの報道だったり、友人もコロナの話は無かった気がします。情勢が半年もかからずにがらりと変わってしまいましたよね。「ブラック・ライブス・マター」のデモも想像を超える運動になり、先日は大型ハリケーンも来たみたいです。住んでいた家の近所にあるプロムナードの木が倒されている写真が友達から送られてきたりしました…。色々な観点からも安心出来ない日々が続いていますね。

――近年、蓮沼さんは音楽的な「接触」について積極的に発言されてきました。そのなかで現在のソーシャルディスタンスに基づいたリモート演奏などについてはどう思われますか?

「接触」は、この2、3年コンセプトとして考えていたことのひとつです。音を原理的に考えると、風自体には音がなく、風が何かに当たることで音になりますよね。森の中では、葉と葉が擦れて、鳥の羽が身体に触れることで、それらが全体として音として現前しますよね。これらは直接的な接触ですが、それと同じく「映画を見て感動する」ということも何かしら自分に映像情報が視聴覚的に接触することで何かが生まれることもありますよね。5月に神奈川県立近代美術館 葉山で行う予定だった僕がキュレーションを行なったグループ展のタイトルも『フェイシズ|FACES』というものでした。まだまだ考えていくテーマです。

 リモート演奏や配信ライブに関しては、今ある技術を使って、様々な分野から知恵を出し合って、映像とインターネットいう空間のなかで、音を合奏する試みはのは面白いですよね。一般的なライブという制度とは仕組みや経済的にも全然違うものだとは思いますし、大変だと思いますが僕たちは機会があれば、どんどんチャレンジしていきたいです。その試みは、状況が変わった時に新しいものが何か生まれるチャンスがあると良いですよね。コロナ禍でのSTAY HOME期にフィルのメンバーで直接会わずにレコーディングした「Imr」という曲があります。フィルのレコーディングの方法は、全員が集まって「せーの」で行う一発録音なんですけど、これは会わずに合奏しようということをコンセプトに作りました。メンバーにスコアとデモを送って、バラバラに録音して、それぞれの素材をまとめる試みでした。

――では新作『フルフォニー』について教えてください。制作はいつ頃からされていましたか?

 作曲していたのは2018年の春夏くらい。2017年の末にフルフィルのメンバーを公募しまして、たくさんのYouTube動画の応募からメンバー10人を選びました。草月ホールで行なった蓮沼執太フィル公演「東京ジャクスタ」で、フィルメンバーと初めての顔合わせでした。もともと理想的なミュージシャンや楽器が欲しいという理由での募集ではなく、年齢性別国籍などで区別をせずにどんな楽器でも参加したいと思ってくれた方がいいなと思っていました。

 実際に宮坂遼太郎くんというパーカッションは、南米の留学先の部屋から「良い音のするクッションを見つけたので叩きます」という映像を送ってきてくれて(笑)。そういうアイデアやアプローチが面白いと思いましたし、常にオープンにして色々な人に参加してほしかったんです。音に対してどのように対峙しているか?それが一番大切な決め手でした。

 ただ実際に集まってみると「大変だなあ、このメンバーの為の曲が作れるかな」となりました(笑)。大人数の一人ひとりと向き合って信頼感を作ることも難しいですし、簡単には築き上げれません。最終的には結局は公開リハーサルで音を出したりして、何とか初演のライブに向けて形になってきたという感じです。

ハーモニーや調和があることが良いとは限らない

――今作の作曲についてはどの様に?

 資生堂ギャラリーでの『 ~ ing展』展覧会の制作も重なっていて作曲出来る期間が2週間しかなかったんです。なのでブルックリンの家で歌詞も含めて毎日打ち込んでいました。最初にできたのは「windandwindows」。この曲は僕のソロ作に入っていたりする個人的に大切な名前を持つ曲です。それを26人用の編曲して、歌詞をつけるのは大変でした。

 その後に「FULLPHONY」の組曲を順番通りに作りました。1楽章の「Difference」は全員がそれぞれの心音をテンポにして演奏しています。つまりバラバラのフレーズをバラバラのリズムで弾いている曲で、ライブでは心拍数を計るところから始まります。合ってないところからスタートして、徐々に調和していくプレリュードなんです。

――3楽章は6/8拍子、4楽章は5/4拍子のリズムになっていますが、これらについては何か意図が?

 一聴するとさらっと聴けるように感じますが、よく聴くと複雑なテクスチャーになっています。世界的にみても5拍子のラップ曲は少ないと思いますよね。拍子のリズムだけでなく、難しいアプローチが多いのですが、メンバーそれぞれが真剣に取り組んでくれたので完成しました。

 レコーディングに関しては、蓮沼フィルの16人全員が入るレコーディング・スタジオが東京ではほとんどないのですが、今回のフルフィルでの26人ではとても難しかったので、2日間に分けてレコーディングしています。まず初日はフィルのメンバーで基礎的な部分を録って、その後にフルとして加入してくれた10人を録音しました。

――全体的なコンセプトなどは?

 蓮沼フィルは結成して10年が経って、いろいろな経験を通して「蓮沼フィル」の音が出来上がったと思っています。ただ、それが完成されたからと言って、ずっと同じ事を繰り返すことは僕には出来ません。作曲の手法から新しくしたかったし、常々既存の型に従わない方法を考えながら制作してきました。同じメンバーで音楽を作ることは楽器の制約や演奏のフォームが固定されてしまいますが、だからこそ新しい音楽の関係性を探っていくことを可能にしていると思っています。

 「フルフォニー」という造語自体に「合奏」という意味を込めています。「バラバラだったものが重なったり、離れたりする」ということは歌詞にもあります。ただ、ハーモニーや調和する状態がすべて良いとは限らない。現代社会をみていると調和という意味自体を疑わざる終えません。僕はフルフィルでは、とにかく「大人数での大きいハーモニー」という単純化されたものにはしたくありませんでした。それでも音楽として、ひとつになる時間がある。そんな26人全員が独立して成り立っていくというものを目指しました。それは蓮沼フィルでの延長的コンセプトでもあるし、より多くの人と協働をしていくゆえのコンセプトでもあります。

――そういうコンセプトの作品が今発表されることも、因縁を感じます。

 本当は去年2019年5月に録っていたので、1年以上前の音楽なんです。もっと前にリリース出来たかもしれない音楽を、こういうタイミングでリリースするのはこちらが意図せずとしていろいろな意味を持ってしまうと思います。予期せぬ新しい発見があるかもしれませんし、聴こえ方も変わると思います。前半のフルフィルとの合奏は26人との合奏だったわけですが、後半に収録されているリミックスはコロナ禍のSTAY HOME期に作りました。以前は当たり前に「合奏」が出来たわけですが、人と人が自由に会えなくなってしまった時、そもそも「合奏」とはなんだったのか? それをアクチュアルな形で音楽として落とし込むためにリミックスをしていきました。

――リミックスの「FULLPHONY」は各楽章の曲名が変わっていたのが気になりました。アナログシンセの音色も印象的でしたが、音色の感覚やこだわりについても教えてください。

 正直に言うと、サブスクリプションでシャッフル的に音楽が聴こえてきたり、楽曲クレジットなども何も知らない方がこのリミックスを聴いたら、真新しい楽曲として聴いて欲しいと思っています。いわゆる「リミックス」という考え方は、90年代にレコードの12インチ盤があって、そのB面に入っているアレンジを変えた楽曲からスタートしています。現在は多くの音楽制作する人々が、プロトゥールスなどのDAWを使っている中で「リミックス」と言うのも実際には異なるので、曲として根本から新しい視点を与えるという感じでタイトルを変えています。

 このリミックスで僕が足した音色はある数の中から選んでいるというよりも、新しく音色を作っています。アナログシンセでひとつひとつ手作業(と耳で確認する耳作業)を経て、作られています。フルフィルでの録音素材の周波数を比べながら、例えば、この音は「高音域で使おう」という発想もあるのですが、基本的には楽曲制作プロセスはあまりロジカルに考えずに直感的に音を入れていきました。自分で作った音なので「これが自分の音だな」という感じもありますし、フルフィルの生演奏の音が混ざり合っているのも、個人的には興味深いです。でも音色だけではなくて、いまの音楽におけるアイデンティティーはメロディーや質感なども含まれます。自分のアウラが録音物に出てしまうこともあると思ってます。レイ・ハラカミさんの音を聴くと、それはハラカミさんの音楽だと認識するような存在感は本当に素晴らしいと思っています。

――4楽章目の「Pass」はオリジナルのビートの回転数を落としたものですか? 元は5拍子ですが、よくわからない周期のビートになっていました。

 あれは全然違うビートを付けています。拍子という概念もありません。サンプル素材をチョップしたり、回転数を遅くしてトラックメイキングをしています。さらには、ボーカルとラップだけに合わせたビートという考えもないんですよね。なので、いわゆるヒップホップのトラックでは無いですね。ポエトリー・リーディングの様に聴こえてくる感じもありますよね。

四方から「消費」を促される渋谷の音

『フルフォニー』ジャケ写

――横尾忠則さんによるアートワークについても、お聞かせください。

 横尾忠則さんの作品に「日本原景旅行」というシリーズがあります。70年代に横尾さんが日本各地を旅しながら描いた風景画なのですが、その中から「大沼と駒ケ丘」という作品をアートワークに選ばせていただきました。この絵は人間が描かれていない風景画です。鳥や蓮の花、山などがそれぞれの環世界で生きているように想像します。70年代に横尾さんは日本の風景から何かを感じ取ってこの作品を手がけられていますが、それが2020年の現代とシンクロするようなものになっていること自体がすごいことだな、と個人的に思っています。

 作品を貸していただくということではなく、アートワーク全般を手がけてくださり、CDやLPには裏側がありまして、それも横尾さんの作品になっています。ぜひお楽しみにフィジカルのリリースを待っていて欲しいです。

――今後、配信ライブなどは考えておられますか。

 4月にGinza Sony Park企画の『Park Live』初の自宅スタジオからのインスタライブをさせていただきました。タブラ奏者のU-zhaanと表参道にあるスパイラル・ホールから無観客での有料配信ライブコンサートを行いました。居ても立ってもいられないという状況や気持ちではありませんが、いま出来ることは可能な限り行っていきたいと思っていました。8月29日に蓮沼執太フィルによるオンライン配信ライブ『#フィルAPIスパイラル』を開催します。ダンサーのAokid、シンガーのxiangyu、新潟の4人組アイドルRYUTistをゲストに迎えて、この時期だからこそ出来る公演を行います。さらにはRYUTistの楽曲「ナイスポーズ」をプロデュースしたシンガーの柴田聡子さんにもご登場いただき、蓮沼フィルをバックにして特別にRYUTistの楽曲を演奏予定です。僕もどうなってしまうのか、予想がつきません!

――今年は東京で活動されるそうですが、何か計画されていることなどはありますか。

 緊急事態宣言が出た翌日、渋谷にフィールドレコーディングをしにいきました。まず感じたのが、渋谷の音の広告だらけだということ。自粛が促されているので人もいないので、その消費を誘う音がエコーになって街に響き渡っていました。これは都市設計としては最低だと思いました。それと同時期に、コロナ禍において小売店などの経営が大変な場所を自らお金を落とすことで実質的なサポートになっていることが身にしみました。

 そのふたつのトピックが僕のなかでとても響きました。それを経て、街自体と合奏をする『都市と合奏』というプロジェクトを行う準備をしています。フルフィルのメンバーが個人的に信頼関係がある場所に対して、音楽(BGM)を作ろうという行動です。秋から少しずつスタートしていきます。

――興味深いです。他の都市の様子や蓮沼さん自身が好きなサウンドデザインの都市はありますか?

 サウンドスケープの研究はたくさんの国々で行われていて、日進月歩でもありますよね。フルフィルにも田中堅大くんという、その分野を研究しているメンバーがいます。音楽からというものを「都市と人間の合奏」がシティ・サウンドスケープだと思うので、音が重なり音楽が作り上げられていく方法というのは、都市設計にも応用が可能だと思います。僕はボストンの街の音が好きです。港町、学生の街、ニューヨークとロンドンを足して割ったような雰囲気、路地裏の庶民感など、好みな部分が多いです。でも街が静かだから良いというわけでもなく、僕はアメ横みたいに雑多な風景も良かったりもしますよね。

 ただ、渋谷のスクランブル交差点のビジョンがたくさんあって四方から「買え」と言われているような消費を促されている光景は耐えられません。東京にいて思うのは、羽田空港への空路が変わって飛行機の音がとても気になる様になってしまいました。

――日常音に耳をすませることも忙しいとなかなかできないのかもしれません。

 毎日生活をしてれば、自分のおかれている環境は当たり前のことですものね。やはり何か通常では起こらないことが発生しない限り、簡単には人間は違和感には気付かないですよね。営みや生き方を見直すことができる時間が生まれたことは事実で、人間が変わっていかなければいけない時期が来ていると切実に感じます。

(おわり)

公演情報

蓮沼執太フィル・オンライン公演 #フィルAPIスパイラル

■開催日時
2020年8月29日(土)19:00~ ※90分程度の演奏を予定しています。

■視聴料(税込/電子チケット)
前売:2,500円(8月13日(木)0:00~-8月28日(金)23:59)
当日:3,000 円(8月29日(土)0:00~)
デジタル音源付き:3,500円

チケット購入ページ ZAIKO https://shutahasunuma.zaiko.io/_item/328870

■開催形式
ライブ配信 ※購入者は9月5日(土)20:00までアーカイブ視聴が可能。

■出演
蓮沼執太フィル
(蓮沼執太、石塚周太、イトケン、大谷能生、尾嶋優、葛西敏彦、K-Ta、小林うてな、ゴンドウトモヒコ、斉藤亮輔、千葉広樹、手島絵里子、三浦千明、宮地夏海)

ゲスト
RYUTist、xiangyu、Aokid、柴田聡子

主催:蓮沼執太、株式会社ワコールアートセンター
企画制作:蓮沼執太、スパイラル

Release Information
蓮沼執太フルフィル『フルフォニー』
総勢26人編成によるアンサンブルが奏でるボーカル楽曲「ウインドアンドウインドウズ」、全4楽章から連なる協奏曲「フルフォニー」、そして蓮沼執太自身によるリミックス、全10曲を収録。

[Digital]
2020.8.12 先行配信「windandwindows」
2020.8.26 Digital Album『フルフォニー』

[Physical]
2020.10.28 CD『フルフォニー』
POCS-23007
定価:税抜2,545円 税込2,800円
※LPはオフィシャルWEBのみ
https://store.universal-music.co.jp/product/pocs23007/

ArtWork:横尾忠則
Label:Caroline International japan

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