矢野沙織(撮影・小池直也)

 コロナウイルス禍の影響で「ニューノーマル」という言葉が聞かれるようになった。生活のあり方を見直そうという動きとともに、音楽のあり方も変わっていくことも予想される。その流れのなかで、YouTubeやSNSなどで新しい活動を始める音楽家も少なくない。

 ジャズサキソフォン奏者・矢野沙織もそのひとりだ。昨年末にジャズを独自解釈したYANO SAORI HOUSE OF JAXXという新プロジェクトを発足させ、自粛期間の前後からはYouTubeでのライブ動画の配信やnoteでの文章執筆などで“新しい活動様式”を確立させている。その彼女に14歳の活動スタートから現在までの活動、出産後の変化、コロナ以後の音楽について語ってもらった。【小池直也】

――現在の活動はいかがですか?

 私の新プロジェクト・YANO SAORI HOUSE OF JAXXのツアーが1月末で、そこからレコーディングしている内にコロナ禍がやってきてしまいました。実は今、第二子を妊娠中で本来ならお腹を大きくしながらリリースライブをやっている予定だったんですよ。お腹を大きくしながら頑張ろうかと思ってたんですけどね。

 なので、ほとんど活動という活動はできていません。新型コロナに関しては一人でも多くの方が健康に過ごされることだけを願っています。かねてよりジャズを含めた音楽の発信の方法や在り方自体をを考え直さなくてはならないと感じていましたが、それが急に目の前に来てしまったと感じています。

――自粛期間からはnoteで盛んに書かれていますね。

 書くのは小さい時から好きです。これを機会にYouTubeとかを見てみると、みんな好きなことを好きな様に発信していて。「プロ並に書けなければダメ」とか「誰かに褒めてもらわなければダメ」という自意識を変えなきゃ、と書き始めたのが率直なところです。次に出す作品は音源にミニ小説を付ける予定で、すでに音楽とは関係ないフィクションの小説を2つ書き上げています。あとは短編で怪談も書きあげていて、それを本当はnoteでも発表したいんですけど、いきなり出すのには抵抗がある(笑)。なので今は音楽系の話や普通のブログ寄りの内容にしているんですよ。

――昨年12月の投稿では<2020年以降、無形のものを見る力、聴く力がより必要になります。常識も在り方も、当たり前ですが変わります>と書いていました。なかなか予言的な文章だったなと思うのですが。

 そんなことを書いていましたか(笑)。例えば私も女子ジャズの先駆者、と言われて光栄ではあります。続く女性プレイヤーの皆さんは好手ばかりで素晴らしい。私がデビューした当時は女性プレイヤーが珍しく、「女流棋士」や「女医」と言われるのと同じだと思っていたんです。でも今は女性プレイヤーが増えて「美しいから」とか「女性だから」というレッテルが無意味になりました。

 当時は映画『スウィングガールズ』(2004年)が流行って、女の子のジャズ奏者として取り上げられなければ会えなかった人が多いのは事実です。それは私の持つタイミングと運命かも知れません。デビューして15年以上たった現在は、性別や国籍なんて関係ない時代です。私自身はデビューの頃から大人の世界に入って性別も国籍もない方々から好き放題に言われてきたので、変化を自然に理解できた気がします。

矢野沙織(撮影・小池直也)

――矢野さんはデビューが14歳でデビューされて、年上の方と演奏する機会が多かった印象です。

 やっぱり先輩の言うことが絶対でしたね。何かを言ったとしても目線を下げて言ってくれている感覚がどうしてもあって、議論というよりも一方的に怒られる感じですし「これも知らないの? それじゃダメだよ」と、よく言われました。それは確かに正しいのですが「何それ?」と親になった今は感じています。

 もし娘が将来「カマシ・ワシントン(現代ジャズサックス奏者)が好き」と言っても、私は「ジョン・コルトレーン知らないの?」とは言わないし、戦争の歴史を知らないからって「明日が平和だといいな」と考えてはいけないとは私は思いません。それと同様に「音楽の歴史なんて知らなくてもいい」という時代になっていくのではないでしょうか。

――矢野さんにはジャズの巨人と言われる、故ジェームズ・ムーディー氏に師事して自己流だった音楽的な言語を正されたというエピソードがあります。それは正当と思われる歴史を教育された、ということになりませんか。

 もう亡くなっていますし、太刀打ちできる様な方ではありませんが、自分が良いなら何もしなくていいと思います。それを誰かが評価して仕事にできるのであれば、好きなことをやればいい。他人の価値観に左右されて変に固くなってしまうくらいなら、やる必要はないと思います。人それぞれでいいのかなと。ただ私が一緒にプレイするミュージシャンたちは新しいものを吸収しつつも、死ぬほど練習しているんですよ。そういう人に囲まれているから、こんなに呑気なことを言うのかもしれませんね(笑)。

 今は「同世代と一緒に音楽を作るのはこういうことなんだ」とHOUSE OF JAXXをやりながら実感し始めています。以前は同世代の方と演奏すると緊張して恐縮でしたが、ピアニストの宮川純くんが「そんな必要ないよ」と言ってくれて。それもあり、今まで貯めてきたリリックや曲など、私のデタラメなアイデアをみんなが形にしてくれました。

 これまでオーソドックスなジャズしかやってなかったし、できないと決め付けていたんです。でもチャーリー・パーカーをまるでラップやストリートの音楽みたいに聴いてましたし、普段聴く音楽は流行りものだったり、ヒップホップだったりしていましたから。「聴く曲と演奏する曲を分ける必要はない」と我慢できなくなったんですよ。

2020年1月の公演の模様(撮影・Shuntaro Maeda)

2020年1月の公演の模様(撮影・Shuntaro Maeda)

――今年はチャーリー・パーカー生誕100周年ですが、彼が活躍した1940年代は世界大戦の戦下にありました。コロナ禍のなかで新しいジャズのプロジェクトを起こすのは、象徴的にも感じます。

 戦争の時代って、人や文化のエネルギーを突き動かす力があるんですね。第二次世界大戦もベトナム戦争の時もそうでした。それが2020年に当てはまるかと言われると違うと感じます。でも溢れる情報を選べる力が無いと、ただ集合体のひとつになってオンライン上の戦争に飲まれる気はしていますよ。寝ながらスマホを見て、Twitterで攻撃しているだけの人は、気付いたら周りが“焼け野原”になっているかもしれない。特に若い人には何の根拠がなくてもいいから、自分に自信を持ってほしいです。

 まず自分で何が正しくて、何が間違っているのかを誰にも聞かずに決める。その上でニュースやSNSの情報を取り入れ、自分で何かを考えて、情報を選択していくこと。何を学び、何を否定し、何を無視するべきかを決めるんです。自分の間違いに気付いたら直せばいい。そういうことの積み重ねで判断力は付いていくかと思います。その場にいない誰かの意見はあまり信用せず、見えない目を使わないといけない、そんなことを最近よく考えています。

――第一子の出産後に何か自身の変化を感じましたか?

 娘は2歳半ですが、最初はしんどかったですね。今までは自分が世界で一番ワケの分からない人でしたが、はるかに分からない人が出てくると「今日は気分が落ち込んでるから寝てるわ」と言えない毎日ですから(笑)。あと子育てを通して「待つ」ということを教わりましたね。今まで人が私に合わせてくれてたんだな、と

 音楽について言えば、どんな小さなライブハウスでも大きな会場でも、今までは本番まで誰とも離せないくらい緊張してました。観光に行くなんて、もっての他でホテルから出れないという精神状態。時間の経ち方がよくわからなくて「1時間待ちです」と「15分待ちです」の区別が子どもを産むまでつかなかったんです。

 でも産まれてからは「あと15分もあるじゃん!」みたいに思えたりして(笑)。「1時間あるから何か食べれられるな」とか、今まではそんなこと考えられなかったんです。今まではバンドの人とご飯を食べに言ったりもしませんでしたが、「私も行く」と言い出してから関係がよくなりました。個人的には大きな変化です。

――演奏のタイム感か変わったりは?

 バラードが怖くなくなりましたよ。以前はゆっくり流れるコード進行が永遠の様な感じがしていましたから。良いのか悪いのかは分かりませんが、今はそのなかで起承転結を付けられるよ様になったんです。それにしても、このパニック時に自分に守るものがなかったら、どうしていたかと逆に恐ろしいですね。

2020年1月の公演の模様(撮影・Shuntaro Maeda)

――今後のジャズシーンや自身の活動について、何かあれば教えてください。

 ひとりひとりの食い扶持(くいぶち)というよりも、ジャズシーン全体で広がっていかないといけないと思ってます。最近、私よりずっと年下で起業しながらジャズミュージシャンをしている女の子を知りました。目から鱗(うろこ)でしたね。そういうことなんだろうな、と思いますよ。あと5、6年で社会における仕事のあり方が大きく変わってしまうと思うので、今のうちからできることを少しずつ始めていこうと思ってます。日本ってのんびりしてて良いじゃないですか。その辺りを踏襲しつつ、日本なりのジャズや新しい音楽を発信できればいいんじゃないかなと思います。

 オーソドックスなジャズを演奏するにしても、新しいライブハウスで演奏するとか、ジャズの裾野をカジュアルにするような活動をHOUSE OF JAXX以外でも取り組んでいきたいです。HOUSE OF JAXXはまだ制作期間なので、来年の今頃とか良いタイミングでまとめて発表できればといいですね。配信ライブとかもあれば、やってみたいです。

矢野沙織:プロフィール

 1986年東京出身。9歳のときブラスバンドでアルト・サックスを始める。チャーリー・パーカーに衝撃を受けジャズに傾倒、14歳でビリー・ホリデイの自叙伝に感銘し、自らジャズクラブに出演交渉を行ってライブ活動をスタート。

 ジャズの名門SAVOYレーベル日本人アーティスト第2弾として2003年9月、16歳でセンセーショナルなデビューを飾る。モダン・ジャズの起源である“ビ・バップ”に真摯に取り組み、日本にとどまらずニューヨークでもライブを重ねる一方、テレビ朝日系『報道ステーション』テーマ曲に起用され、世に新世代ジャズの到来を知らしめた。

筆者紹介

小池直也 ゆとり第一世代の音楽家/記者。山梨県出身。サキソフォン奏者として活動しながら、音楽に関する執筆や取材をおこなっている。
ツイッター:@naoyakoike

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