INTERVIEW

杏沙子「自分が少し愛しく思えるようになった」自身を受け入れて見えた景色


『ノーメイク、ストーリー』をリリースした杏沙子にインタビュー。

記者:榑林史章

掲載:20年07月08日

読了時間:約10分

 シンガーソングライターの杏沙子が8日、2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』をリリース。2016年から本格的に音楽活動を開始し、2018年7月に1stミニアルバム『花火の魔法』でメジャーデビュー。作詞家でミュージシャンの松本隆から影響を受けフィクションの物語として歌詞を書いてきた彼女。今作は、自分の体験をモチーフにした初のノンフィクション作品。「自信の無さから生まれている曲がすごく多い」と話す彼女だが、そのことによって自信を肯定的に捉えることができるようになったという。楽曲に込めた想いを語る彼女が“スッピンの心”をさらけ出してくれた。【取材=榑林史章】

原作=私。私なりのさらけ出し方ができた

『ノーメイク、ストーリー』通常盤

――2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』は、杏沙子さんのホンネが詰まった作品だと思いました。今回は杏沙子さん自身の経験を書いたということですが、そういう気持ちになったきっかけは何かありましたか?

 きっかけは、昨年リリースした1stアルバム『フェルマータ』の最後に収録した「とっとりのうた」です。私は鳥取県出身でタイトルからも分かる通り、聴いてくれる人に当てはまるとかそういうことをまったく考えず、初めて自分だけのための曲を書いたんです。でも最初は「こんな自分よがりの曲を誰が聴いてくれるんだろう?」と不安で。だから挑戦だったんですけど、「自分の故郷を思い出しました」「自分の大切な初心を思い出しました」など、ファンの方から感想をいただいて。そういう反響があったことによって、自分のことを書くことで誰かとより近くなっていけるんじゃないかと可能性を感じたんです。

――なるほど。

 その次に書いたのが、今作の10曲目に収録している「ファーストフライト」で。それも自分の負の感情をさらけ出した曲で、「とっとりのうた」とは違った角度から、普段あまり見せない自分のなかにある本当の感情を、自分のお守りにするみたいな気持ちで書いたんです。そうしたらこの曲もファンの方から、「自分のテーマ曲になりました」「この曲を聴いて受験を頑張ることができました」など、言っていただけて。この2曲がキーになって、自分のなかにある本当の気持ちを歌うことの可能性を、もっと広げてみたいと思って作ったのがこのアルバムです。

――シンガーソングライターの方の多くは、自分のことを書いて歌っているわけですが、杏沙子さんはなぜ今までそうしてこなかったんですか?

 私の原点は、鳥取時代に母が車でかけてくれた松田聖子さんの曲で、聖子さんの曲を聴いて歌手に憧れたんです。聖子さんの曲の歌詞はどれもフィクションの物語で、1曲1曲が本になっているような、1本の映画を観るような感覚で、それを書いていたのが作詞家の松本隆さんで。それ以来、松本隆さんの歌詞に影響を受け、私自身もそういう歌詞が好きだというのもあって、自分でも小説や映画のように1曲で完結する物語を書くようになりました。それにフィクションの物語のほうが、より多くの人に受け入れてもらえるんじゃないかという気持ちもありましたね。

――今までフィクションばかりを書いてきた小説家が、今回初めてノンフィクションで物語を書いたみたいなことでしょうか?

 エッセイを書きたくなったと言うか。

――いきなりスッピン顔を公開するような感じだと思いますが、恥ずかしさや照れみたいな気持ちはなかったですか?

 それは無かったですけど…。以前が原稿用紙に書いていたとしたら、今作はSNSでつぶやくようなライト感覚の言葉を選ぶように意識していたので、「こんなに生々しい言葉で大丈夫かな?」という、葛藤みたいなものはありました。でも、書き終えて思ったのはまだライブでは数曲しか歌っていませんけど、赤裸々な内容だったからこそ歌ったときの開放感が、フィクションを書いたものを歌っていたときとはまったく違ったんです。

――心地良かったみたいなことですか?

 自分の解放と言うか。今まではフィクションの主人公を演じている感覚だったのが、もう何も演じなくていいんだという感じで、その開放感をレコーディングでも感じたんです。

――自分の体験だけで曲を作る上で、大変な部分もありましたか?

 あくまでも“原作=私”というだけで、最終的に物語にするというスタイルに変わりはないので、大変というのはありません。世の中には、もっと自分をさらけ出しているシンガーソングライターさんがたくさんいらっしゃいますが、それとは違う私なりのさらけ出し方が、今作ではできたかなって思います。

――楽曲について聞いていきますが「東京一時停止ボタン」は、タイトルが面白いですね。

 これは原作=私ではなく、友人の体験を元にしていて。友人が実際に言った言葉や感じていたことをそのまま曲にしたので、そういう意味ではノンフィクションの楽曲ですね。

――東京在住の地方出身者は、みんな一度は思うことでしょうね。

 そうだと思います。友人の体験や言葉を曲にしましたけど、そのまま自分にも重ねられることがいっぱいあったし、時間が経てば経つほどこの曲の言葉に共感している自分がいます。

――<東京のエキストラ>という表現が面白いと思いました。

杏沙子

 そこは友人の言葉そのままなんですけど、私もたまに思うんです。世界は自分のために作られていて、他の人は全員エキストラなんじゃないかみたいに。でも、自分のなかの光が失われれば失われるほど、今度はどんどん自分がエキストラ化していくように感じて。夢が叶わないときは、いいように東京に使われている感じがすると言うか。

――自分がエキストラ側にならないように、主人公であるためにはどうしたら良いですか?

 自己肯定感を持つことですね。自分も経験がありますけど、エキストラ化していく人は、自分は手放したつもりがなくても、自分から光を手放してしまっている気がするんです。これは1曲目の「Look At Me!!」にも繋がることで、「私を見て!」という強気でいることや、「自分らしさが誰よりも魅力的だ」と信じる気持ちが、光を失わないためには大事だと思っています。

――曲を聴いた人には光を取り戻して欲しいですか?

 この曲は結局救いがないまま終わってしまうんですけど。曲は日記的と言うか、残したい気持ちを記しておくために書いている部分もあって。この曲を聴いて、「もっと光を守っておかなきゃ。自分に自信を持っていなきゃ」と思ってもらえたら良いですね。

――救いがないまま終わるっているのは、ある意味でノンフィクションらしいですね。

 ノンフィクションってオチがないですから。終わりがないと言うか。それは、その人がまだ生きているからで、死なない限りオチはないので。

――また「クレンジング」という曲は、『ノーメイク、ストーリー』というタイトルとも通じる1曲で、フワフワとした夜っぽいサウンドが心地良かったです。

 アレンジは山本隆二さんで、アルバムのなかでもお気に入りのサウンドです。この曲は、原作=私のノンフィクションです。実際にこの体験をした日に書き上げたもので、その日の夜の雰囲気を歌詞から感じ取って音にしてくれた、山本さんとのシンクロ率が高い曲だなと思います。

――女性はメイクをする時間と落とす時間がほぼ毎日あって、一生に換算するとすごく長い時間をメイクに費やしています。女性にとってメイクというのはどういうものですか?

 特に好きな人に会うときのメイクには、すごく時間をかけますよね。メイクって本当の自分を隠して、なりたい自分になるためにやっていて。本当の自分を好きになって欲しいけど、自信がないからメイクをする。でも、その相手を好きだと思っているのは、まぎれもなくクレンジングでメイクを落とした自分です。好きな人に会いに行っているのは理想の自分であって、本当の自分ではないという、そういう矛盾した不安定な気持ちが書けたかなと思います。

内面をさらけ出したことで前に進めた

『ノーメイク、ストーリー』初回限定盤

――「見る目ないなぁ」は、弾き語りっぽい雰囲気を持った曲ですね。2人でいると時間を忘れるけど1人だと長く感じるという歌詞がリアルで、そこに喪失感や虚しさが表れていると思いました。

 2人で帰っていたときは秒で家に着いた帰り道が、1人で帰るとすごく遠いし無駄なことばかり考えてしまう。実際の帰り道で生まれた曲で、<見る目ないなぁ>と歌っているサビは、その帰り道のときにすでに歌っていました。

――普通は失恋するとショックで号泣するという感じでしょうけど…

 このときは、相手が悪いのはわかっているけど、そんな彼を選んだ自分が情けないし、「どうして自分はこうなんだろうか」と、自分に対して呆れて笑っちゃっていたんです。だからちょっと変な気持ちで、すがすがしさもあるし、でもすごく悲しいし。

――呆れるということは、同じような恋愛を何度も経験しているんでしょうね。

 確かに何度か経験しないと、呆れるまでいかないですからね。私は友だちからも「見る目がない」と言われていたのもあって、それで余計自分に呆れてしまったんです。結局みんなが言った通りだったな、と。情けなくて、友だちにも「別れたことを言えないな~」って思いながら、歌いながら帰ったんです(笑)。

――また「変身」は、ジャズっぽい感じからスカになって、魔法を思い起こさせる様な音も出てきて楽しいサウンドですね。

 魔法少女に変身するときのような音も出てきて、“ザ・変身”といった曲になっています。歌詞に<美少女戦士にスーパーマン>というフレーズが出てきますけど、でも決してファンタジーなことを歌っているわけではなくて、クレンジングした本来の自分自体が変わりたいと歌っているんです。メイクをして偽りの自分に化けるのではなく、ベースの自分自身が変わりたいと強く願っている曲です。音はポップでハッピーですけど、内容は少しシリアスです。

――杏沙子さんも、魔法少女アニメなどが好きだったんですか?

 『おジャ魔女どれみ』が大好きでした。特に変身シーンが好きで、クリスマスプレゼントで変身ステッキを買ってもらったこともありました。そういう変身願望は、きっと大人になってもあるんじゃないかと思います。私自身も、「あの人みたいになりたいな」とか、今の自分じゃない誰かになりたいとよく思うので。

――最近は誰になりたいと思いましたか?

 自粛期間中にライブフェスの動画がたくさん無料公開されていて、よく見ていたんですけど「私もあのステージに立ちたいから、あの人になりたい」とか、「バンドやっていたらあの人みたいになれたかな?」とか。それこそ「あの人の立ち位置に私が行きたいから、あの人になりたい」とか。決して夢見がちではなく、現実的な妄想ばかりしていました。

――でも、そういう気持ちは焦りや嫉妬心に繋がって、逆に落ち込んだりしませんでしたか?

 しましたよ、すごく(笑)。だから「変身」という曲の背景には、そういうドロドロとした気持ちがあって。劣等感と言うか。今回のアルバムは「クレンジング」もそうだし「Look At Me!!」など、自分の自信の無さから生まれている曲がすごく多いです。

――杏沙子さんは、自分に自信がない?

 そういうタイプです。私のなかで渦巻いている気持ちは、実はそういう類いのものがすごく多くて、それが今回スッピンになったことで、いろんな曲のなかでさらけ出されているんだと思います。

――自信が無いことで、こういうアルバムができたと。

 はい。自信が無くて焦ったり不安に思ったりしているときは、すごく辛いんですけど、自分の内面をさらけ出した曲を書いたことで辛さから少し解放されて、結果として少し前に進めた気がします。こんな自分が、少し愛しく思えるようになったと言うか。曲にすることで自己肯定感が高まった感じです。

――アルバムは10曲収録で、コンパクトさも良いなと思いました。

 自然とそうなりましたね。それに1曲1曲が濃密なので、これ以上増やしても飽和状態になると思って。アルバム単位で1つの物語として繰り返し聴いてもらうためにも、このサイズ感がちょうど良かったと思います。表面張力でコップに水が溢れるギリギリまで入っているみたいな感じですね。

――このアルバムは、やっぱり同世代の女性に聴いてほしいですか?

 好きなように聴いてもらいたいというのが私のモットーなので、どんな年代でも、男女どちらにも聴いてもらって、これがその人の物語になってくれたら嬉しいです。杏沙子の物語というワンパターンだけじゃなく、いろいろな聴き方をして欲しいですね。ただ私のノンフィクションだからこそ、私と同世代の女性が聴いたときにどんな風に受け止めてくれるのか、それにもとても興味があります。

(おわり)

作品情報

杏沙子
7月8日発売
2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』
通常盤[CD] VICL-65383/3,000円(税抜)
初回限定盤[2CD] VIZL-1772/4,000円(税抜)/特殊パッケージ

<CD収録曲> ※初回限定盤・通常盤共通
1.Look At Me!!
2.こっちがいい
3.変身
4.クレンジング
5.見る目ないなぁ
6.outro
7.交点
8.東京一時停止ボタン
9.ジェットコースター
10.ファーストフライト

<初回限定盤 LIVE CD収録曲>
(ワンマンライブ「あさこまとめ2019 ~まとめません~」2019.12.8 Veats Shibuya公演)
1.ファーストフライト
2.青春という名の季節
3.Look At Me!!
4.真っ赤なコート~toi toi toi
5.見る目ないなぁ
6.道
7.花火の魔法
8.あなたのことが好きだなんて言えないんです
9.こっちがいい

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