<対談:鈴木蘭々×川原伸司(3)新しい扉を開いた>
 90年代絶大な人気を誇った鈴木蘭々がデジタルリリースした新曲「Mother」は認知症の母親を持つ友人の“親子の絆”を込めたバラード。歌詞は鈴木。作曲はデビュー当時の音楽プロデューサーで、過去に楽曲提供も行ったことがある“平井夏美”こと川原伸司。鈴木の魅力に迫る今回の対談。第2弾では新曲の音作りにフォーカスを当てた。第3弾では鈴木蘭々の歌手としての未来について触れていく。【取材・撮影=木村武雄】

取り戻した感覚と新たな歌唱表現

――作曲の面でもアレンジの面でも「蘭々さんが軸にあったからこういう曲が出来た」という話がありました。蘭々さんの歌はデビュー当時と今とでは変わってきていると思いますが、印象はいかがですか。

川原伸司 5年前に久々に聴いたら、しばらく歌っていないだろうな、という歌い方だったんですよ。

鈴木蘭々 その時言われて、また練習しなきゃなって思いました。

川原伸司 彼女自身、歌うのがしばらくぶりで、ナチュラルに伸びやかに歌えていたことを忘れているように感じて。もちろん声は出ているんだけど、曲の全体像を掴む力が弱くなっている気がした。勘が取り戻せていないというか。それで「ああいう調子だったら困る」と正直に伝えて。

――蘭々さんはミュージカルを中心に活動されていた期間もありました。川原さんの指摘をどうやって改善されたんですか。

鈴木蘭々 ステージで歌を歌うと言う事においては同じなんですけれど、ジャンルが全然違うというか、ミュージカルで歌うと言うのは、あくまで演じる役としての歌声や歌い方が求められる世界。そこに鈴木蘭々の歌い方のクセや、個性とかは求められない。寧ろ内容がクラシックな題材だと徹底的に削がれる。一方、鈴木蘭々として歌う場合は、強くその個性が求められる世界で、私の中では全く違うジャンルなんですよ。ミュージシャンとして歌うのとミュージカルで歌うというのは。川原さんが言ってるのは、おそらくそのことだと思ったんです。25周年記念のライブでは鈴木蘭々として歌っているのに、自分の個性がうまく出し切れていなかったように見えたんだと思います。確かに演劇とダンスと歌が全部入った総合ライブでもあったのでその時は。

川原伸司 実際に彼女が出演した『ジキル&ハイド』(2005年上演、鹿賀丈史・マルシアほか出演)を観に行ったこともあって。ミュージカルの場合は、その役を演じるから役柄の人が歌っていることを表現しないといけない。自分が歌うのとは違うんですよ。歌の中にドラマを持ち込むことをドラマタイゼーションと言うんですが、シャンソンなんかもそうですよね。演技過剰でしょう。今のフランスの若い人たちのシャンソンは洗礼されているけどね。僕らが若い頃に聴いていた演歌もいわゆる役になりきって歌っている点では演技過剰でオーバープロデュース。もちろんそれがうまく表現されている方もいる。若い人はそれが大袈裟すぎて好まないというのもあるよね。

――日本ではシャンソンと聞いて越路吹雪さんや三輪明宏さんなどが思い浮かびますね。

川原伸司 越路さんや三輪さんは演技もお上手だし、何でも演じられる方だと思うんですよ。でも、下手な演技者だったり、オーバープロデュース気味だったりすると、聴いていて「too much」で二度と聴きたくないものになっちゃう。蘭々としてはそれが今回、個人の歌として歌えたんでしょうね。

鈴木蘭々 そうですね。あの時は、一番中途半端な時だったのかもしれないですね。昔のようなハイトーンボイスよりも裏声で逃げるみたいな歌い方に慣れてしまっていたので。

――当時はその指摘を理解できたんですか。

鈴木蘭々 最初何を言っているか分からなかったんですけど、それが分かったのはだいぶ先。自分らしい歌い方を取り戻すのにちょっと時間が掛かりましたね。久しぶりに録った「迷宮輪舞曲」も「今の自分らしい歌い方ってどんな感じだろうな」と自分自身が迷宮入りしていましたから(笑)。その模索のなかであえて違う歌い方で録音して。その後に「ビュリホー ビュリホー」をリリースしたけど、2000年に大ヒットしたAQUAの「Cartoon Heroes」カバーで、当時もカバーする予定だったけどそれが叶わなくて、それを20年越しに歌うとなったら当時に歌い方を寄せないといけなくて。それでそれを意識して歌ったら「そういえばこういう感じで歌ってたな」と思い出して。

――「ビュリホー ビュリホー」はそういった意味でも重要な曲なんですね。

鈴木蘭々 そうそう。それとこの曲によって、昔は歌い方の表現の幅が狭かったけれど、今はできることも増えているので、ほどよく鈴木蘭々を残しながら、曲の醸し出す世界観を演じるスタイルが、今なら確立出来るんじゃないかと思うきっかけとなりました。

――「Mother」が初披露されたのは昨年夏のバースデーライブでしたが、この時はどうだったんですか。

鈴木蘭々 だいぶ確立し始めていた感じです。

――ライブを観ていて心の奥に刺さるものがありました。

鈴木蘭々 「Mother」もそうでしたが、色々な人が曲を聴いて涙を流していました。正直、自分でも驚きましたがとてもうれしかった。なので、その都度その都度、その曲の世界観を演じきる思いで歌いたいです。

新しい扉を開いた

――蘭々さんは新しい歌い方を手にすることが出来たという話ですが、川原さんが見て当時と今の違いは感じますか。

川原伸司 そもそも当時はこういう会話が成立しなかったと思います(笑)。

鈴木蘭々 感覚だけでやっていた感じ(笑)。あの頃はまだ20歳だったから。時を重ねてその感覚が口で説明できるようになってきたのかな。

川原伸司 20歳そこそこで大人の世界に飛び込んで、実際はハードじゃないですか。翻弄されて、分からないまま終わっちゃう人も沢山いるんですよね。数十年経ってまた音楽活動できるということは、本当に音楽が好きなんだろうし、音楽の才能に恵まれたから続けられるんですよ。

鈴木蘭々 音楽を再開するつもりはなかったんですけど、でも何かこうなっている(笑)。

――時代は求めているかもしれないですね。前回のライブの反響がすごくて。

鈴木蘭々 そうであったら嬉しいんですけど、せっかくですからこの曲を多くの人に聴いて貰いたいですね。

――テレビでも反響がありましたね。川原さんはどう思いますか。

川原伸司 テレビやライブを見た方が反応してくれるということは「聴いてみたいよね」と思っている証だから幸せな環境だと思う。その要因の一つに、オーバープロデュース的なことをしなかったからこうやって持ちこたえられているんだと思うんですよね。

鈴木蘭々 自分の中では一応、やり切った感はあるんですけど…(笑)。

川原伸司 やり切り過ぎなかったから、まだやれるんじゃない。燃焼しなかったというか。

鈴木蘭々 出し惜しみしてたんですかね…(笑)。

川原伸司 いや、蘭々の欲が足りなかった。

鈴木蘭々 それ、よく言われる!

川原伸司 ある種、名誉欲とか成長欲とか色々な欲があるけど、強欲じゃないから。自分のプライドとか色々な事象に対しての強欲な所がないと、なかなかスタートして成立しなかったりするけど、彼女は持って生まれたルックスや歌声だけでナチュラルに活動していただけで。

――鈴木蘭々=ナチュラルという言葉が合いますね。

鈴木蘭々 その感想はびっくりです。私の事をナチュラルだと思っている人っていないと思ってました。

――当時はそうじゃなかったのかもしれないですね。ただ今の時代に当時を振り返ると、ナチュラルだなと思えるかもしれないです。時代が変わってきたというか。

川原伸司 音楽業界がバブルの時代だったから、そういう中では、自然体で振舞っていたんだなって。

――それで最近の歌声はどう感じますか。

川原伸司 劣化していないのがなによりです。年と共には変化しているんでしょうけど、トップも変わらないし。容姿も体系も歌声も変わらない。それって大事なことですよね。

――それは努力されているんですね。

鈴木蘭々 一番痩せていた頃よりかは今太っていますけど(笑)、ダンスは趣味でずっとレッスンしていますし、そういうところはありますね。

――歌声はどうですか。

鈴木蘭々 自分のオリジナル曲を歌いこなすにあたっては、ミュージカルで高音を逃がすテクニックではないほうに戻す練習をカラオケボックスでしました。

――すんなり出たんですか。

鈴木蘭々 出ないです。「kiss」と言うオリジナル曲があるんですが、昔のような歌い方はできないので、苦労しました。でもやっていくとだんだん戻ってくるんですよね。

――今が一番調子良いですか。

鈴木蘭々 そうですね、調子良いですよ。

川原伸司 長年やっていると、段々表現過多になって重たくなってくるんですよね。どんなことでも続けていくと、過多になったり、クドくなってくるんですよ。往年の一番良い時のテンションを維持できている。だから今の歌い方が一番良いんじゃないですか。

――表現者としての意識の違いは。

鈴木蘭々 全然違いますよね。昔はもっと緊張していました。今も緊張しますけど前より緊張していないです。

――それこそナチュラルにという。

鈴木蘭々 ナチュラルの度を越して、フリートークはグダグダですけど(笑)。

――歌う事に対しては新しい歌唱スタイルも発見されて、もしかしたら今が最高潮でそのまま維持していく感じかもしれないですね。

鈴木蘭々 色々な曲を歌ってみて「こういうのもいけるのかな」とか「こういうのはどうかな」とか、今の自分がどんな歌を歌えるようになっているのか、知りたい気持ちにはなってます。

――そういった今の意識のもとで「Mother」はシンプルにして、それを歌ったご自身をどう感じていますか。

鈴木蘭々 すごく良かったと思います。今までにない内容の歌詞で歌い方も違うし、ピアノ1本で歌うイメージでもないし。新しい扉を開いた感じがしています。

点と点で繋がる「…of you」と「Mother」

――川原さんに、蘭々さんの芸能30年を総括してほしいと思います。

川原伸司 まず、30年続けられていることが素晴らしい。節目節目で、ミュージカルに出たり、映画に出たり、テレビに出たり、追っかけているわけではないのに、自然に目に入って来る。過剰露出じゃないし、ずっとコンスタントに出ている印象が強い。

――成長の部分はどうですか。

川原伸司 彼女の自由な感じというのが、好きな事をやるということではなくて、自由に物を発想して、長く続けられているというのは、ある種お金だけがすべてではないし、売れることがすべてではない。長く表現者として生きていけるという事が一番尊いのではないかとこの歌を聴きながらそう思いました。僕は、自分が作った歌はレコーディングした後、何度も聴かないんですけど、この曲は何度も聴きました。家族も反応して「いい歌ね」って。

鈴木蘭々 聴いてくれる人が喜んでくれたり、舞台など演技もそうですけど、涙するシーンには涙してくれる事が喜びなので。そう言ってもらえたら嬉しい。

川原伸司 定型の芸能人になる必要はなくて、こうやって一つ一つ表現してやっていくのが、蘭々らしいなと思いますけどね。

鈴木蘭々 売れるともっと嬉しい(笑)。

川原伸司 良い作品が出来たのが一番嬉しいね。

鈴木蘭々 長く歌っていけるものがあるってすごく宝物ですね。

――「…of you」は今振り返るとどんな曲になっていますか。「Mother」という曲が20年後どうなっているかを知るヒントとして聞きたくて。

鈴木蘭々 「…of you」は、一生心の悔いに残る曲ですし、歌詞も亡くなった兄に向けて書いている曲なので。棺桶まで持っていくんじゃないですかね。

――「…of you」と「Mother」は繋がっている感じがしますね。描いている内容が違っても蘭々さんの根底にあるものとして。

鈴木蘭々 そうかもしれないですね。今後さらに自分の心の中に杭が打たれていくんだと思います。

――この30年でこの曲が出来たというのは、歌い方という技術的なところ以外にも自分として大きかったですか。

鈴木蘭々 そうですね。人間っていつかは死んじゃう。死んだあとは住む世界が変わるだけで、命は永遠に続くと思っているんだけど、そのサイクルに不思議さを感じていて、人生たったの80年、せっかく生まれてきたのに、私としての人生はこの地球ではなくなっちゃう。それが子供の頃から不思議過ぎて。だからこういう生死に興味があるんですよね。見えない心とか。

――その答えを見つけるのではなくて、そういう世界の中で「自分は何ができるのか」を考えたり、それをベースに行動されているんですか。

鈴木蘭々 自分に何が出来るだろうか…と言うことは、昔から常に考えてますけど、歳を重ねた今は、生きる事そのものを、まず自分が楽しもうと言うところに落ち着きました(笑)。昔は、人の期待に応える事ばかりが先に立ってましたけど…。

川原伸司 歳を取ると、ようやく色々なことから解放されて、ようやく楽だなと思う半面、あと10年くらいなのかなって思ってしまって「ちっとも楽しくないじゃん」って。先を考えてしまうんだよね。ジョン・レノンが言っていたんだけど、自分が死んでも、作品さえ残っていればいいんだって。それを歌い継いでくれたら、僕は永遠に生きているってことになると。この曲も、誰かが作品として歌い続けてくれれば、生きている証になる。

鈴木蘭々 レジェンドの言葉には、流石重みがありますね。何はともあれ、こうやって曲を書いて欲しいとお願いしたら快く書いて下さったり、協力して下さる方がいるから成立するという事が本当に有難いです。

――今後が楽しみですね。

鈴木蘭々 色々な事をやってきたいです。今、時代も随分と変わって副業なんかも認められてきていますよね。勿論【軸】というものは大事だけれど、何か1つしか選んじゃいけないと言う時代でもないと思いますから、なるべく頭を柔らかくしてやっていきたいと思っています。

――それは「鈴木蘭々」という軸があるからこそですね。

鈴木蘭々 そうかもしれないですね。

(おわり)

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