ブルースシンガーのHORIKEN(ホリケン)が18日、シングル「徒花は咲いたか」でメジャーデビューした。「徒花は咲いたか」は小柳ルミ子の「お久しぶりね」、「今さらジロー」、近年では石川さゆりの「河童」などの作曲家活動や、自身が歌唱した大ヒット曲「吾亦紅」の作曲・歌唱でも有名な杉本眞人氏の初プロデュース作品。同曲は2017年にインディーズで発売し、特に男性熟年層に徐々に浸透していった曲。MusicVoiceでは3月11日、都内某所でおこなわれたミニライブを取材。以下にその模様をレポートする。【取材=村上順一】

 群馬県を中心に活動を続けてきたHORIKEN。1975年に上京しナイトクラブ等で歌手活動、78年には群馬に戻り高崎や前橋を中心に活動をおこなっていた。85年からオールディーズ R&B バンド「スクラッチ」、バンド「アメリカンドリーム」、ブルースバンド「ブルース オン ザ コーナー」などバンドでも活動。

 そして、2010年4月に初のソロアルバム "HORIKEN sings favorites with friends IT'S MY TREASURE" を発リリースし、2015年、60歳(還暦)の記念アルバムで”Blues R&B Standard をカバ ーした『HORIKEN 60』を発表した。

 この日、デビューシングルに収録された「徒花は咲いたか」と「どこへいくの」を生歌唱。HORIKENはエレガットギターで指弾きでギターを奏でる。エレガットだがアンプなど音響機器にはつながず、歌もマイクは使用しない真のアンプラグド・ライブで披露された。何もフィルターを通さない生の臨場感は音楽の原点を感じさせてくれた瞬間だった。

 デビュー曲「徒花は咲いたか」は歌謡曲にロックのテイストを融合したもの。そこに小学生の頃に衝撃を受けたという加山雄三から始まり、B.B KINGやサム&デイヴ、オーティス・レディング、ウィルソン・ピケットなどブルースやR&Bをルーツに持つHORIKENが歌うことで、その枠から飛び出した楽曲に昇華されていた。

 1曲目に披露されたブルージーな「どこへいくの」は杉本眞人氏と出会い、一番最初にもらった曲だと話す。その杉本氏とはライブで出会い、HORIKENの歌に感銘を受けた杉本氏から「売れても売れなくてもいいから一生懸命やろう」と声を掛けられ、意気投合しながらも、純粋に音楽を作りたいというなかでスタート。この曲を制作するまでの背景に現在よりも18キロ太っていたHORIKENがダイエットに成功したら曲を書くという約束をしていたと話し、HORIKENもまさかメジャーデビューに繋がるとは考えてもいなかったという。

 この曲についてHORIKENは年齢を重ねるとわかることもあり、若い時には感じなかったことが胸にくると話す。特に死というものは年齢を重ねるごとに多く直面する。<どこへいくの どこへいくの 一緒にいきたい 連れてって>という言葉がそれを連想させる。

 作詞には女優の烏丸せつこが山口カラス名義で作詞家として参加し、今作が彼女にとってもデビュー作となる。HORIKENは烏丸と同年代ということもあり、歌詞に共感でき、感情移入もしやすかったという。人の心情に寄り添うような歌詞でメロディを後押ししている。

 そして、同じく杉本、山口コンビによる表題曲「徒花は咲いたか」は人生というテーマを強く感じさせる深い1曲に仕上がっている。歌詞にある<徒花よ 徒花よ 徒花は生きたか>とサビで放たれる言葉は、経験を積んだHORIKENだからこそ、より響く歌だと感じた。徒花とは実を付けない花、無駄花などと呼ばれる花のことで、成功を夢見た者たちへ送るかのような熱い1曲。目の前で聴いた「徒花は咲いたか」の歌声は、人々の心の叫びを代弁するかのように部屋に響き渡り、生き様が反映されているような歌だった。

 筆者は約2メーター弱という近距離でHORIKENの歌と演奏を生で体感。まず一聴して驚いたのが声量だった。ソウルフルという言葉がふさわしい力強さと、長年音楽とともに歩んできた経験と矜恃、人生から滲み出る哀愁のある歌声に耳が奪われる。目の前の空気が確かに振動しているのが伝わってきた。

 彼にとって音楽とはどのような存在なのか。その答えに「天職だと思っています。他に何も出来ないですから」と音楽への一途な想いが垣間見れた。

 最後に65歳でメジャーデビューする心境を尋ねたところ、HORIKENは「今まで出会えなかった人たちに会える事、そして表現の場所が広がっていくことにワクワクしています」と少年のような瞳で語った。時を経ても色褪せることのない音楽をこれからも響かせてくれることだろう。そんな事を確信させてくれた歌唱だった。

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