濱田龍臣が、福岡放送開局50周年スペシャルドラマ『天国からのラブソング』(3月15日午後3時~、BS日テレ3月20日午後7時~)で主演を務める。演じるのは男子高校生の光井天星(てんせい)。福岡放送の深夜番組『発見らくちゃく!』に「文化祭を盛り上げてほしい」と依頼したことがきっかけで他界した祖父・浩(こう=イッセー尾形)の知られざる思いを知る。それまで控えめだった天星はこの出来事で「真のかっこよさ」を知り一歩踏み出す勇気を手に入れる。一方、濱田自身にはオーディションに落ち続け「このまま俳優を続けていいのか」と悩んだことがあった。転機となったのは『ウルトラマンジード』での主演。「子どもたちの夢を守るため俳優であり続けなければならない」と思いを強くした。自身の境遇とも重なることが多かった今回の役柄。実話をもとにしたこの物語にどう挑んだのか。そして支えになった音楽とは。【取材・撮影=木村武雄】

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落ち続けたオーディション、俳優を続けることを決めたウルトラマン

――出演が決まった印象と役作りは?

 実際に放送された実話がもとになっていますので、多くの方が観ていたものを再現するのは難しいと感じ「頑張らないといけない」と思っていました。福岡に行くまでは緊張をしていました。役作りでは「天星くんはどんな人なのだろう」と考えていましたが、実際に会えたのが大きくて。現場にも何度も足を運んでくれて嬉しかったです。何度も話していくうちに人柄も見えてきて、それが作品の中にも表れていると思います。天星くんに聞いたのは、どんな音楽を聴くのか、とか。ライブをするシーンがありますが、その時の心境はどういうものだったのか、ギターはどれぐらい練習したのか。インタビュアーになった気分で、それはそれで新鮮でした(笑)。

――天星さんについてはどういう印象を受けましたか。

 会うまではきっと心が温かい人なんだろうなと思っていました。中学生の時の作文も読んで、なんとなくの印象は、優しい、でも内弁慶。僕と似ているところもあるなと思いました。実際会ってみると笑顔が素敵な方で温かいなと。でも引っ込み思案というか、会う前の印象と変わらなかったです。

――作品を試写して青春を感じましたが、濱田さん自身の青春は?

 高校時代に、体育祭の振替休日に友達11人とディズニーランドに行ったことです。皆で色違いの同じ柄のTシャツを着てすごくはしゃいで(笑)。小雨のディズニーランドでしかも平日でしたのでアトラクションにはいつもよりはスムーズに乗れて。あれは青春でした。高校の友達はどこか違うというか、素でいられる。すごく遊びましたし、今も会ったりします。

――天星さんは番組に依頼をしたところが転機です。濱田さんの転機は?

 17歳の頃に出演した『ウルトラマンジード』(主演・朝倉リク/ウルトラマンジード)です。幼稚園の誕生日会で「将来の夢はウルトラマンになることです」と言って。その夢が叶って嬉しかったです。

――その夢が叶った後の次の夢は?

 まだ決めていなくて…。ただ、『ウルトラマンジード』をやらせて頂いたことで、自分の気持ちは変わりました。イベントを開くと小さいお子さんたちが来てくれて、少年少女の目がキラキラとしていて。僕も小さい頃はそういう目線で見ていたのに、逆に見られる立場になっていることがすごく不思議。どの時代も子供は、ウルトラマンや仮面ライダー、スーパー戦隊、女の子ならプリキュアなどに憧れを持っている。僕はその一人として、その夢や憧れを守らないといけないと思いました。そのためには「この仕事を続けている」「ドラマに出続ける」「この仕事を生涯現役で続ける」ことだと思いました。

――天星さんは祖父の過去を知り「真のかっこよさ」と言うことに気づきますが、濱田さん自身の気づきというのはこれまでにありますか。

 中学生の頃はオーディションに落ち続けました。学園が舞台の作品を受けても、まわりの役者さんは20歳ぐらい。でも僕一人だけ14歳で、年齢的に合わなかったり。落ち続けたことで「別の道があるのかもしれない」と諦めかけたことがありました。でも、その後に俳優という職業の素晴らしさを知ることが出来てから、今もこうして仕事をずっと続けようと思っています。そこは天星くんの「気づき」と似ているかもしれないです。

――オーディションを落ち続けても前に進めた原動力は?

 映画のオーディションを受けときに、最終審査まで残りましたが結果は落ちて。その時に「受かるか落ちるかという結果だけではないよ。それ以外の事も絶対にある。その中でも印象に残っている役者は今後も呼ばれるし、今回はたまたま役柄とのイメージが合わなかっただけかもしれないから」と言って下さって。そこでもうちょっと頑張ってみようと思って、それで諦めずに続けたら『ウルトラマンジード』の話を頂きました。

――ではいまの自分は、オーディションに落ち続けてきた当時の自分では考えられなかった?

 想像できていなかったです。その時は目標も見失っていたので。高校も芸能活動のできる学校には進むけど、大丈夫かなって思っていましたから。

役者人生に重ねたGReeeeN「僕らの物語」

濱田龍臣

濱田龍臣

――イッセー尾形さんとの共演はどうですか。

 優しい方で器が広くて素敵な方です。お墓でトランペットを吹くシーンがありますが、練習されていて、その姿がかっこいいなと思いました。歌いながら料理しているときは可愛らしいおじいちゃん。役としては気さくで可愛らしい。その部分はイッセーさんと似ているなと思いました。打って変わって病院のシーンは苦しそうにしていてすごいなと感じました。

――ドラマではギターを弾くシーンがあります。どれぐらい練習されましたか。

 半年ぐらい練習して、撮影の時にはそこそこ弾けるようになっていました。ギターを最初に弾くシーンは、少し初心者っぽいような感じで、自分の記憶のなかでFってこんな感じだったから鳴らなかったのかなとか、ということを思い出しながらやっていました。ですので、あのシーンは懐かしみながらやっていました。

――苦労された点は?

 ずっと押さえていて左の指先が痛くて…。アコースティックギターは弦が硬いというのもあって人差し指、中指、薬指は指先がすごく硬くなっていて、「あ、ギターやっている人の手になった」と感動しました(笑)。

――もともとギターは弾いていた?

 高校2年生の時に作品とは関係なく、出来たらかっこいいだろうな、モテるんだろうなと思って始めました。買ったのは初心者用の3万円しないようなアコギでした。中学校の時に友達に教えてもらったんです。テイラー・スイフトの「We Are Never Ever Getting Back Together」という曲で。ちょっとだけ弾けるように教えてもらったけどいざやってみたら全然弾けず。どんなに調べて弾いても鳴らないし、もういいやと(笑)。でも今回の役で日の目を見ることになって良かったです(笑)。弦も自分で張り替えて、チューニングもしました。

――ラストのギター演奏のシーン、あれは大変でしたか。

 大変でした。ギターの練習はずっと座ってやっていましたので、立って弾くということに慣れていなくて…。座っているとボディが右太ももに当たって支えてくれますが、立って弾くとその支えがないので安定して弾けないんです。本当に緊張しました。

――音楽はもともと聴かれますか?

 仕事に行くときはずっと音楽を聴いています。

――そのなかで助けられた曲はありますか?

 GReeeeNさんの「僕らの物語」のミュージックビデオ(MV)に出させて頂きました。あの曲からすごくパワーをもらいました。歌詞には生きる気力があって、MVでは線路を飛び降りるところから始まるのですが、役者を辞めたいと思った自分と一瞬重なるというか。その後に続く歌詞の「生きていくんだ!」という力強さにパワーと感銘を受けて。今でも幅広くいろんな曲は聴いていますが、「僕らの物語」が流れるとテンションはあがります。

――最後にこのドラマは何を伝えようとしていると思いますか。

 物事の多面性だと思います。最初の天星くんはじいちゃんに対しての思い込みがあって。「じいちゃんが目立つようなことをして周りから笑われていて恥ずかしい」と。でも、本当のことを知るとじいちゃんは人を笑顔にしたいという思いがある。それは周りから見るじいちゃんと、真のじいちゃんの姿とは真逆。なのにそれに気づくのはじいちゃんが亡くなってから。じいちゃんが亡くなってもばあちゃんが泣いていない、だから冷たいじゃなくて、そこにはじいちゃんの思いがあったから。いろんな角度から見ることの大切さを伝えていると思います。

濱田龍臣

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(おわり)

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