INTERVIEW

追いかけても逃げていく―、市原隼人「芝居は虚像。だからリアルを求める」


記者:木村武雄

写真:市原隼人

掲載:20年02月28日

読了時間:約10分

 市原隼人が3月14日から上演される舞台『脳内ポイズンベリー』に主演する。水城せとなの同名漫画が原作。脳内で擬人化された思考(ネガティブ思考、ポジティブ思考、記憶、瞬間の感情)が会議を繰り広げるラブコメディ。市原は、“脳内会議”をまとめる議長・吉田役を務める。市原はどのような思いで本作に挑むのか。市原の芝居論に触れた。【取材・撮影=木村武雄】

追いかけても逃げて行く

――ある舞台挨拶で「芝居は虚像」と言うことを語っていました。市原さんにとって俳優というのはどういうものでしょうか。

 生活の一部です。僕の人生の半分以上を芝居に捧げてきましたが、理想を求めても、いくら追いかけても逃げてしまうんです。これまでにいろいろな役をやらせて頂きましたが、虚像に過ぎなくて。どんなに役に入り込んでも、物語が真実だとしても演じるということでは嘘の世界。だからこそ、役者はリアルを求める。だけど、リアリティを追いかけてもどうしても近づけない。毎回毎回、その葛藤です。

 その場の見せ方だけでなく、その役柄の在り様をつかさどる心情や感情をどう映像で残すかが自分自身の務めとも思っています。ただ、そうした理想はあるのに正解も不正解もない。芝居に正確な点数や順位は付けられませんし、はっきりと見える形では分からない。何が良くて、何が悪いか、常にそうした見えないものと葛藤しながら、迷いの中で作品に挑んでいます。

 今でもまだ分からないんですが、「役者とは何か」と質問されたときに自分でも逡巡(しゅんじゅん)してしまう瞬間がある。ただ、追いかけても逃げてしまう、というのは芝居の世界では大切だと思うんです。着地点や山はどこにあって、誰に向けてどうやっていくのか。そして、自分の中のアイデンティティを大切にしながら、本気で泣いて、本気で悔しがって、物事の根源を大切にし続けるという志だけを胸にやっていれば、ブレないと思っています。

 役者というのは本当に難しい。でもそれが生活の一部になってしまったので、それが無いと自分ではないような感覚に陥る。それも役者にハマっている証だと思いますから、感謝もありつつ、嬉しいことだと思っています。

――アートの場合は、自分が表現したいものと、お客さんが求めているもののバランスを考慮する必要がありますが、俳優という視点ではいかがですか。

 根源にあるのは「エンターテイメントとしてお客様に届けること」だと思っています。何のために芝居をしているかというとお客様の為です。花形はお客様であって、自分はあくまでも黒子や裏方のイメージで役者をやっている。みんなに見えないようなところで日々撮影が行われて、葛藤や熱量を、花形を歩くお客様に最後に届けることが出来れば良いなと。作品を見て下さった方々が、その作品の余韻をもってご自身の経験に変えていく。それによって人と人との絆が繋がったり、ご自身の生活がより豊かになったり。それを目指しています。

市原隼人

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