広告音楽業界からアーティストへ

――「愛華」の制作はどのように?

 この曲がどこで使われるのかということに関して、監督とお話をしてからお話をしてから作曲しました。先ほどと同じく理解できない部分もあったのですが、任せてもらった自分の感覚を信じて仕上げています。観客が「これはどういう映画だったんだろう?」と判断する最後のシーンで流れますから、この音楽の役割は大きいですよね。

 監督は「ポジティブな終わり方にしたい」と話していて、僕も色々と考えました。ただ音楽が目立ちすぎてもいけないですから、ミニマルでどうとでも考えられる音のなかに少し希望が持てる様なサウンドにしようと考えました。何度も映像を観ながら作りましたが、それは普段やっている曲作りと似ているんですよ。だからこそ監督も自分の音楽を使いたいと言ってくれたのかもしれません。

――「愛華」はサウンドトラックのなかでピアノのノイズなど、ヒスノイズ(環境音)が一番大きく感じました。これについて意図はありますか?

 作っているサウンドは同じですけど、あの曲だけ違うマイクとプリアンプを使っているせいかなと思います。あとマスタリングエンジニアが違うので差があるかも。

――小さな音を増幅するという話は、少し前から注目されているAMSR(Autonomous Sensory Meridian Response)にも通じるところがありますね。

 あれはかなり肉体的なものなので、オーガズムに近いと思います。100パーセント体がリラックスして、脊髄を通って、一瞬にして気持ちがリラックスするんですよ。生まれた直後みたいな感じで、聴くというよりは母親に守られているような居心地のよさに近いんじゃないでしょうか。

 トリガーになる音はたくさんあると思うんですが、その人に感覚がないと気持ちよくないんですよ。人によってそれそれですから何とも言えないところではありますが、僕自身は咀嚼音は苦手ですね。ピアノのフェルトとかが擦れる音とかがトリガーの人もいると思います。

――今の話を聴いていて、現代音楽家のジョン・ケージが無響室で神経系統の作動音と血液の循環音を聴いた、という逸話を思い出しました。ちなみに彼のプリペアド・ピアノによる作品や「4分33秒(4'33")」をAMSR的な観点で見直すことは可能だと思いますか。

 ジョン・ケージ自身は「音楽よりも音そのものに興味があるんだ」と言っていて、哲学的な創作をしていました。そういう意味ではAMSRとは違うと思いますが、初期のピアノ曲とかは瞑想のためのサウンドで今聴くとAMSRに関係している気がしますね。

――ところで、以前は広告音楽を作る仕事をしていて、表彰されるほどの実績があったそうですが、疲弊もされていたそうですね。それはなぜですか。

 いくつかあるんですけど、一つ目はその時作っていた音楽は自分の書いたものではなかったから。二つ目はそれが自分自身と関係性を感じられないもので、それにエネルギーを使うことに疲れてしまったからです。日本にも支社がある大きな会社だったんですけどね。スタジオがあって、制作会社や広告代理店がクライアントで、外部のソングライターにCM曲を書いてもらっていました。運よく成功することができたんですけど、どんどん展開が大きくなってしまって、自分が本当にやりたかったクリエイティブなことができなくなってしまったんです。

 プロデューサー的な仕事もしていて、クライアントとアーティストの仲介もしていました。どうしてもクリエイティブな人間から言わせれば、自分のやりたいことをやりたいわけですよ。でも、クライアント側はそうじゃないから20回くらい書き直しをさせられたり。そういう場面を何度も見てきましたし、自分もそういう経験があります。そういえば最近、久々にコマーシャル曲を作りましたが楽しかったですね。今はユップ・ベヴィンとして依頼が来るので以前とは状況が違うんですよ。

――それにしても、全ては最初に音源を自主リリースすることがなかったら起きなかった出来事ですよね。

 確かにあの時に小さな一歩を踏み出して、あっという間にここまで来れました。だから自分のなかにやりたいことがあったら、それを出さないと物ごとを動かないんだなということを思います。でも、本当にやりたい想いがあれば語られなきゃいけないことは自然に語られるはずですよ。語られるべきは「自分だけの声」。

 それを若いうちに理解できる人もいますけど、わからなくて悩む人もいます。「この人の声とあの人の声を組み合わせたら、自分の声になるかも」と思っても、それは計算なんですよね。それを超えたところで出てくる自分の声を見つけられるかどうか、そこだと思います。アーティストになるための準備としては、楽器練習や勉強以上に「生きる」ということの方が実は大事なんじゃないですかね。

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